藻谷浩介のレビュー一覧
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里山資本主義。なんて良い響きだろう。
2013年の本であるが、情報と考え方は10年以上経った未だに行きている。
寧ろ、様々なSNSを通して情報共有が盛んになった今からが勝負なのではないだろうか。
もちろん、それらはデメリットもある。
情報だけが先行したり、間違った広まり方をしたり、一時的な流行り廃りに巻き込まれてしまったりなど様々に。
しかし、選択肢として拡がるべき考え方だとこの本を通して改めて思いました。
本の内容としても里山資本主義とは何かと丁寧に説明され、形式として掴みやすかったです。
けれど成功例ばかりが載ってしまっているため、鵜呑みにするのは怖いと感じました。
それと最終総括も急に政治色が強くなりよく分かりませんでした。
それまではとても面白く読み進めれたので、またいつか読み直しもするつもりです。
少し話が飛びますが、2000年から2010年頃に一次産業(主に農業)を生かしたい人たちの本がよく書かれ、売れている気がします。
これはバブル経済で疲れた人たちが、大人になって本という形で発表し始めたんじゃないかと個人的に思っています。
これからもどんどんこの風潮が広まっていくことを願います。 -
Posted by ブクログ
エコノミストが新聞に投稿した特に政治経済・国際関係などについて意見、提言、批評したコラム集ものだ。中でも気になったのが、「日本の固く古い頭の『官僚制度』の復活では世界の変化には即対応できない組織だ」、また「安倍政権からの『今だけ、金だけ、自分だけ』がどの世界にも君臨し『自己主義』が蔓延、それが当たり前の世間に変わってしまった」という事実を指摘している点だ。更に、近年「ネット世論」なる一部の意見、一部の数値を用いた傾向と意見、それが世論へと変化させ、人々を誘導させているという事実も指摘していることだ。日本の政治も含め「自己主義」が王道になり始め、次期米国大統領のトランプで更に次の段階の「自己主義・自国優先主義」がどのような影響を受けるか気になる。
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『デフレの正体』などで知られる著者が、毎週日曜日に毎日新聞に掲載されるコラム「時代の風」に寄稿した原稿、2016年5月から2024年6月までの67回分を項目ごとに分け、当時の原稿に対し、現在の著者本人が解説をしながら進んでいく一風変わった一冊です。
『デフレの正体』を読んでから、他の著書や著者の講演を聞いたことがありますが、当時から客観的なデータをもとにした独自の視点は、とても新鮮で興味深く読んだり聞いたりしていたことを思い出します。
著者の問題意識は明確であり、政治や経済など、何となく常識と思い込んでいたことを信じてしまう危険性を改めて感じてしまいます。
そのため、気になった文章をメモしていたら、すごい分量になってしまいました。
現状に対し批判的な意見が多い著者ですが、冒頭で、『日本の本当の「実力」は、日本人が聞き及んでいるレベルよりもはるかに高い。しかしその力の発揮は、誤った思考法による誤った認識で妨げられている』と書いているように、批判だけではない視点も与えてくれます。国政選挙を間近に控えたタイミングで、こういった書を手に取ることは有益であると感じます。
▼GDPが増えないのは、日本が国際競争力を失ったからではない。日本は引き続き世界から稼ぎ続けているのだが、その稼ぎが国内で使われて循環するということが少ないために、「みんなの利益の合計」が増えていかないのだ。この基本認識が共有されない限り、日本の経済政策は見当外れの方向に向かい続けるだろう。
▼「無謀な政策遂行の責任は、それを強く主導する首相を支持した有権者にあるのだから、そのツケを国民各自が払うのも仕方ない」
▼欧米よりは断然優秀だが、アジアの先進・中進地域には大きく後れを取っている日本の現実は、アジア蔑視と欧米コンプレックスを併せ持つ人に、そうした性根の刷新を促している。
▼一連の経緯を見てみると、太平洋戦争の当時と変わらない。日本の剛さと脆さを感じる。個人の意識も現場の士気も高い日本社会は、「剛性」(=変化に抗して変わろうとしない力)が強い。しかし情報も論理的判断力も乏しい中枢がボトルネックを放置し、対処は現場の当事者の精神力に委ねられるので、弱いところから脆くも崩れて混乱に陥りがちだ。ボトルネックを正せないがゆえに、「靱性」(=変化にしなやかに対応し、肉を切らせて骨を断ち切り抜ける力)が弱いのである。欧米社会は逆に剛性がないが、事態が進んでからの靱性の強さは侮れない。それらに対し、中韓台は剛性と靱性の両方をうまく発揮したのではないか。この危機から得た自覚と教訓を、今度こそ生かすことが、いま責任ある立場にある者の務めである。
▼心に届いて信用される言葉を持つことは、「政権担当能力」の核心であう。そこを理解し実践できる政府を持つには、それがどうしてもわからない人々に退場していただくしかない。もちろん平和に、選挙で。
▼この認識のずれ、対応の遅さは、いったい何なのだろう。以前当欄で書いた表現を繰り返せば、「こびりついた先入観を、新たな事実で上書きできず」、万事を惰性に任せているからではないか。日本が「ガラパゴス化」している場面では、いつもこれと同じ態度が背後にある。
▼先入観への隷従と事実への無関心が、変化する世界の中で日本の立場を狭くし、体力を奪っていく。これをいま改めずに、いつ改めるのか。
▼自国の誤りを放置して他国のせいにする風潮は、自滅の伴奏曲だからだ。自省を知らず、口を開けば他責に終始する人が、あなたの周囲にもいたりしないだろうか。そういう人は不愉快なばかりか、チームの成果を遠ざける存在である。
▼島根県(若い女性の就労率1位、出生率2位)と。東京都(若い女性の就労率が当時は40位台、出生率は47位)の比較は、「女性が働くから少子化した」と、未だに信じ込んでいる人には、驚きの事実だろう。
▼震災後の日本は、過去へのノスタルジーで歪んだ現実認識のもとにズレた目標を立て、自己満足の世界に閉じこもってきた。
▼優劣をつけて選別しようとの、人を工業製品扱いするような、明治以来の教育の根本思想自体が、時代の求めに合わないのである。優秀な者は、学資と場を与えれば自分で育つ。「国際競争に勝ちたい」のなら、彼らの邪魔をしないことだ。イチローや大谷翔平を考えればわかるだろう。公教育は、それ以外の普通の人たちをこそ、幸せにすべきなのである。その人の能力と個性なりの身の置き所を社会の中に見つけられるよう、各人を動機付けて後押しすることで。
▼日本人の過半数が、大なり小なり、学校教育での経験を内部化して、「幸福総量一定仮説」に頭を支配されているのかもしれない。
▼地域振興に求められるのは、新たに「つくる」ことではなく、あるものを「残す」ことなのだが、首相はそこを理解しているだろうか。(円ベースでは)史上最高の税収水準、歳出水準にある中、どうして今、出生率は都会よりずっと高く、高齢者が都会に比べ福祉に頼らず自活できている過疎地の、生活を不便にせねばならないのか。
▼人間は生物の中で唯一、言語を通じて集団で虚構を共有する能力を有している。しかもその虚構は、環境変化に応じて、折々に柔軟に入れ換わる。この集団行動や分業や、移住先の自然環境への適応を可能にし、人間を地上の支配者たらしめたのだ。・・・これは2016年に日本語訳が出版された、世界的大ベストセラー『サピエンス全史』(ヘブライ大学教授ユヴァル・ノア・ハラリ著)の、冒頭に書かれた核心的記述である。
▼同書は日本でも大きな話題となったのだが、なぜか上記の核心的部分への理解は、世に大きく浸透しなかった。自らが「自分の意見」や「世の道理」や「確立された学説」だと思っていることは、そのほとんどが、周囲と無意識に共有している虚構にすぎない。この恐るべき事実を日本人は、学識経験者含めて、いや学識経験者であるほど、理解できなかったのである。
▼世の多数派が、現実の教訓に学んだ冷静な判断を下せるかどうかを「民度」と呼ぶのであり、これを高くするには、文字よりも実測数字、デスクワークよりも現場経験に学ぶ姿勢と訓練を、世に広めるしかない。
▼我々一般人に必要なものは、専門的な医学知識よりも、冷静に数字を見て事実を把握する習慣だ。そうした訓練を、暗記中心のお受験教育が欠いてきたことに、日本の問題があると感じるのは、筆者だけだろうか。
▼人間には、「複数の他人が同じことを言っている場合には、それを事実として信じる」習性がある。
▼サムライブルーが世界の先入観を打ち砕くように、虚構は現実には勝てない。「自分の脳は、共有された虚構を信じ込む仕組みになっている」と認識し、常に事実と条理の世界に戻る訓練を重ねていきたいものだ。
▼日本が、相対的にはもっとも安全で心安らぐ社会を、庶民レベルの自律自制を基盤に実現していると、世界の同じ庶民は本能的に感じ取り、そこに未来の希望を見出しているのだ。それこそが、日本の「実力」なのである。
<目次>
第1章 経済 アベノミクスから超円安に至る失政に角を立てる
第2章 政治 "政局"ではなく"政策"を愚直に論じ続ける
第3章 国際関係 ガラパゴス的な排外主義を脱し、生の現実に対処する
第4章 社会 歪んだ世相の根底にある、個人の観念の歪みを掘り起こす
第5章 思考法 共有される虚構の世界から解脱する -
Posted by ブクログ
デフレが続く日本についての対処法が的確であり、この当時から主張されている内容は現在でも喧伝されるべき内容です。
ただし、デフレが続く日本の主軸理由が人口の減少というのは少し的外れに感じますし、貨幣供給などの金融政策に関しても筆者の考えと私は異なります。どちらかといえば、日本国内の政治的(政策の)な動き、国内の主要企業の動きがデフレに進んだ大きな要因と考えます。
人口減少によってもGDPが変化していない、あるいは増加している国もかなりありますし、農業部門でも従事する人口が減っても4倍以上の収穫量を維持しています。生産維持を含めてGDPの付加価値は必ずしも人口減少で一括りにできるものではないでしょう。 -
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地方での持続可能な生活スタイルに関する多くの現場の知見と、経済に関する知見を両輪としていて説得力がある。
また文章も凄い。論文調ではなく、ドキュメンタリーのナレーションを読んでいるような心地よさがある。その分だけ自然、健康、地方の人間社会といった要素を消化しやすくするような描写も多いため、素早く要点を読み解いていくには速読的な読み方が必要になるだろう。
文圧があり焚きつけるような熱意、強い主張を感じる。自分の重視する価値観に大半合致するため嫌味は感じないが、冷静に評価するためには意識的に一歩引いて全体像や自分の場合の実現可能性を検討する必要があると思う。
さて内容についてだが、自然と一体になる関係性や、自然・人・食との関係性から生じる心身の健康、直接的・積極的人間関係の見直しによる福祉の強化といった視点は私が普段から良しとする価値観であるが、これはやはり人の好みや向き不向きに大きく左右される。
資本主義に包摂され育った人間の、とりわけ持てるがため成功している側は、里山の魅力よりも資本主義的・都市的生活スタイルの方により満足感を得る傾向があって、本書でされる啓蒙を啓蒙と感じない。
里山資本主義の魅力や強みは、既存のマネー資本主義を完全否定はせず、スマートシティと里山資本主義の両立をむしろ推奨する点にある。
向き不向きや好みの差、人の性質の差はどうしても生じてしまうし、多様性重視の観点からもその差は残しておきたい。
スマートシティによってポジティブな人間性を取り戻すのも別途応援したい部分だ。
少なくとも現在、といっても本書から既に10年以上が経過してしまっているが、現在においてもまだマネー資本主義の比重はあまりにも大きい。
「新しい資本主義」として岸田政権が打ち出すのは投資立国であって、これは本書内で棄却されたアイデアの一つでしかない。
パンデミックは大きな意識の変化の種を植えたが、解決後まもなく生活スタイルは元に戻ってしまった。
ソロキャンプのブームも既に落ち着いてしまい、週末には都心の公園にテントを張っているのが多くみられる。
地方移住の例は調べれば多く出てくるが、既存の都市ー地方バランスを大きく変えるには至っていない。
日本人の意識やライフスタイルはじわじわと変化していくのだろうか。
少なくとも私は都会が性に合わず、今すぐにでも東京から脱出したい気持ちを10年以上にわたって持ち続けているが、結婚によってその実現可能性がほぼ潰されてしまっている。
自分の影響の輪の範囲で、可能な限り里山資本主義的ライフスタイルを増長できるように頭をひねり続け行動し続けようと思う。 -
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世界から見た日本、日本人の変わったところを客観視して具体的に伝えてくれる。
しかも包み隠さず率直に。
とても考えさせる問いでした。
2038年に大震災が来るとなん度も紹介されていましたが、来ることがわかっているのに備えないのはおかしい。まさにその通り。
東日本大震災を間近で経験したわたしは、あのような経験は2度としたくないと思いますが災害大国日本に住んでいる限りは対策しないといけないと感じます。
もう一つ感じたのは日本人の同調主義です。
皆と同じでなければダメとか、あいつは考え方が皆と違うからおかしいとか、そんなくだらない考えは排除したいと感じた。
子どもを育てる環境から改善していきたいと思いました。
皆で考えようは考えているうちに入らない。
考えるのは1人でいい。
議論は皆でするもの。
自分の考えがいかに日本人的だったかを思い知らされる本でした。 -
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藻谷氏のデータに基づいた話に、養老氏がうなずきつつも、ところどころワンポイントで口をはさむような印象だったか。養老氏は、日本は大地震で御破算になった方がいいんじゃないか、という。でもそれってさぁ。内田氏が別の本で、維新とかグローバリスト系の人たちの目論見って、加速主義で破滅まで行こうとしている、みたいな話に近いものがあると思った。養老氏は話が面白いから、維新ほどに拒否感は感じていなかったんだけど、そういうところは、なんとも?なところ。
あと印象に残っているのは、補助金だ、生活支援だといって、お金を刷ってお金をばらまいても、収支でみると市中に出回っているお金はずっと少ないという。みんな貯金にまわしたり、あるいは海外に流出しているということだろうねぇ、という意見はあぁそうなんだ、と考えさせられる。なかなか単純じゃないね。 -
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如何に自分の思慮が浅く、日々の様々なことに疑問を持つことなくやり過ごしているか思い知らされた。
景気をよくしよう!と言うのは、健康になろう!と言うようなもので、なぜ不健康なのかが分からないと対処のしようがない、その通りだと思った。
生産年齢人口の減少は日本の雇用や内需を維持させつつ同時に生産性も高めていけるチャンスだと説いていたが、企業が景気対策を政府任せにしない、困窮した高齢者へのセーフティネットワークを万全にすることで高齢者の退職を促し、その分を若い世代に回すなんて実際可能なのだろうか...
「寡欲都市 TOKYO」にあった“美しい縮小”とも重なるのかな? -
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自分だったら絶対手に取らないであろう本だけど、貰い物で読んで正解だった。
まさに『脳化』側の人間として本書で否定されてる経済学者が言ってるようなことを思っていたので、価値観がたびたび揺さぶられた。
ただの理論としての本ではなく、どれも実体験からの派生なので生きた意見として参考になる。
林業や漁業の話は真のサステナビリティについて考えさせられるし、学級崩壊の話はまさに多様性である。
しかし理念として叫ばれるものの、ホワイト化社会とも言われるように不快を最小化する方向に向かっていて、どんどん不快が許容できない人たちが増えている。
自分と異なる他者を受け入れることはまさに不快であり、理念としての多様性が反転してむしろ排除の方向に向かってる例も多々見る。
6章で語られる「風景化」のように認知症の人や突然怒り出すようなおじさんを日常の風景のように捉えることこそが多様性なんだろう。
結局のところ身体感覚として、本質的なところを見失わないのが大事だなと常々思う。 -
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現在2023年4月末。先日、まもなく新型コロナが5類になることが正式決定されたとニュースで流れた。
この本に掲載されているインタビューや手記は2020年。コロナ禍がいよいよ始まり、おそらく世界中の誰もが、今まで非日常と思ってきたことを日常的なものとしなくてはならないという不安に覆われはじめてきた、そんな時期の発言だ。そのような意味では、更に数年後、コロナ禍を振り返るための格好の史料となりうると思った。
この本の中で多くの識者たちが言及していたと思うが、人間にとって一番厄介なのは、人間の心の中に生じる差別、偏見、批判なのだ。どのような状況下にあっても生じるこの心の動きに、私たちはどのように打ち勝っていけばいいのだろうか? -
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お金の循環が全てを決するという前提の「マネー資本主義」に対して、身近にある資源活用に着目し、お金がなくても水・食料・燃料が手に入る仕組み「里山資本主義」を提唱する。NHKのドキュメンタリー番組を元に書かれた本で、発売から3か月で16万部が売れたとか。
発売されたは2013年。東日本大震災により、都市部での計画停電や物流の脆弱さ、原発への不安といった経験から、お金に頼らない安心安全なエコシステムを作る大切さを説く。当時は東日本大震災であったが、今はコロナや戦争、食糧難など、昨今の情勢に当てはめてもやはり里山資本主義はもっと注目されてしかるべきと思う。
本書で取り上げられていた指標が興味深かった。通常国単位で見る貿易収支を、地方自治体ごとに見る考え方だ。要は地方自治体の中でどれだけ自給できているか、域内で経済を循環できているか。結論としては石油・電気・ガスを買うために多くの金額を域外、ひいては国外に払っており、一番の赤字要因になっている。一方、地下資源に乏しくロシアといった国外からのエネルギーに依存しているオーストリアは、10年も前から危機感を持ってエネルギー自給への転換に取り組んでいるという例は、昨今の情勢を踏まえるとさらに興味深かった。10年前に例として紹介されていた取組や企業を検索しながら読み進めると、時間の経過によって導き出されたとりあえずの「答え」も見えて面白い。
自分自身も結婚を機に昨年東京から地方へ移住し、オットの実家の裏山から持ってきた木で薪ストーブを燃やすようになった。畑仕事を終えて、温泉で話しているおばあちゃんたちは本当に元気だなと思うし、東京では感じられなかった自然のありがたみや季節の移ろいを感じて、非常に充実感を得ている。東京にいたときよりも、断然里山資本主義に近い暮らしをしている点で、力を込めて本書を読んだ。続編も読んでみよう。 -
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藻谷浩介(1964年~)氏は、東大法学部卒、日本政策投資銀行勤務を経て、日本総合研究所主席研究員を務める、地域エコノミスト。
私は新書を含むノンフィクションを好んで読み、興味のある新刊はその時点で入手するようにしているが、今般、過去に評判になった新書で未読のものを、新・古書店でまとめて入手して読んでおり、本書はその中の一冊である。(本書は2011年の新書大賞第2位。累計販売部数50万部超)
私は、著者の本では、『世界まちかど地政学』(2018年)と『世界まちかど地政学NEXT』(2019年)をこれまでに読んでいるが、本書はもっと早く読んでおくべきであった。
本書は、タイトル通り、バブル崩壊後に定着した日本のデフレ(実際の時期はバブル崩壊より後ずれしており、その背景は本書で語られている)の正体を解き明かし、その処方箋を示したものだが、その分析の手法は、政府やマスコミ(時には学者も)が語る曖昧なイメージや「空気」に捉われずに、徹底してデータと事実に基づいたものであり、分かりやすく、かつ説得力がある。
そして、本書が示すデフレの正体(=日本経済の停滞の原因)とは、「生産年齢人口の減少による内需の縮小」であり、それが、団塊世代の一次退職→彼らの年収の減少→彼らの消費の減退→内需対応産業の一層の供給過剰感→内需対応産業の商品・サービスの値崩れ→内需対応産業の採算悪化→内需対応産業の採用抑制・人件費抑制→内需の一層の減退、というスパイラルで、国内経済の縮小を引き起こしているとする。原因は、巷で言われる、国際競争力の翳りでも、地域間格差でもないのである。
更に、「生産年齢人口の減少による内需の縮小」が原因である以上、解決するための目標は、生産年齢人口が減るペースを少しでも弱める、生産年齢人口に該当する世代の個人所得の総額を維持し増やす、個人消費の総額を維持し増やす、の3つであり、具体的には、①高齢富裕層から若者への所得移転、②女性の就労と経営参加、③労働者ではなく観光客・短期定住客としての外国人の受入れ、を進めることなのである。巷で言われる、生産性を上げろ、経済成長率を上げろ、公共工事を景気対策として増やせ、インフレ誘導をしろ、エコ対応の技術開発でモノづくりのトップランナーとしての立場を守れ、という話ではない(もちろん、やり方次第で役には立つが)のだ。
著者は、本書の内容に対して、(伝統的な経済学の知識を有する人々から)反発を受けることは百も承知しており、想定される反論への反・反論を随所に交えているのだが、私は学生時代に経済学をかじっているとはいえ、反・反論の適否の判断はつかないし、この類の本の常として、著者の主張を鵜呑みにすることには慎重になるべきかも知れない。それでも、私としては、「経済規模に決定的な影響を与える人口が減る社会で、(生産性の向上だけで)経済成長を維持することはできるのか?」という漠然とした疑問は常々感じていた(る)ので、著者の主張は抵抗なく受け入れることができた。
長引く日本経済の低迷の原因と、具体的な処方箋を考えるに当たって、大いに参考になる一冊である。(10年以上前の本だが、現在にもそのまま通用する)
(2022年10月了)