宮内悠介のレビュー一覧
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宮内悠介の代表作の一つは「盤上の夜」であることは間違いないが、それ以外に知っているのは「ヨハネス」「エクソダス」「超動く家」。最近購入したのは本書「国家」と「金融道」文庫版、そして「ラウリ・クークス」。という中、単行本として読むのは本書が初めてである。読まず嫌いにも程があるというもの。本書を読むまで宮内悠介と言う作家はSF作家だと思っていたが、実はSFの他にミステリー、冒険小説、純文学と多方面で活躍しているとのこと。大森望の話では、今はSFからは離れているらしい。確かに、本書を読んでみたが、SF色は極めて薄い。とはいうものの、せっかく買ったのだから最後まで読み切ることを心に誓った。
13の短編集で、長いもののあれば、2ページという極めて短い作品も含まれていた。それらの中で良かったのは、「ジャンク」「料理魔事件」「国境の子」「夢・を・殺す」「三つの月」「最後の役」「十九路の地図」、あれ?7つもある。半分以上の作品が気に入ったのなら、今後も注目する作家に入れておきたい。特にSF作品には拘っていないので、再度直木賞クラスの作品に着手して欲しい。手持ちの宮内作品も少しずつ集まってきたので、早い機会に定期購読するようにしたい。 -
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短編集。
時々、どこからフィクションか分からなくなる。
一番印象に残ったのが「パニックー一九六五年のSNS」。
開高健が小説を書くために臨時特派員としてベトナム戦争に赴き、結果、一時行方不明となる。
その報道を受け、「ジコセキニン」なる糾弾の声が高まっていく……いわゆる1965年に炎上沙汰が起きる、という話だ。
「それにしても、自己責任とは何を意味するのか。
みずから覚悟して行った以上、責が自分にあることは一種当たり前のことであり、事実上、何も言っていないに等しい。それがなぜ、「私」を攻撃する材料になるのか」
ちょっと立ち止まらされる。
「ジコセキニン」は、「私たちのコミュニティにおいて、貴方の振る舞いは許されない」ことの、罰なのかもしれない。
現代版の村八分。ムラの境界が定まらなくなってしまったからこそ、私たちは外界に逃げることが出来なくなった。
糸を切れば「見ずに済む」。
でも、最早、ヴァーチャルの世界の中に完結はしない。現実世界に私は晒されているのだ。
「三つの月」も良かった。
臨床心理士と、看護師と、中国から来た整体士のアルバイト。
三人の「月」が付くもの同士が、お互いを癒しながら、自身の病を見つめていく。
病とは実際の病気だけではない。
職業に関わる、生き方や考えに関わるような病を、私たちは抱えている。
自分の立ち位置から出来ることに、行き詰まりを感じたとき。
それまで一顧だにしていなかった事柄から、思わぬ手がかりを得られることってある気がする。
ともすれば、病を抱えていることそのものにも、意味があるのかもしれない。 -
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ネタバレ「超動く家にて」「スモーク・オン・ザ・ウォーター」「クローム再襲撃」「星間野球」が特に印象的です。面白かった。
表題作、「ミステリでは謎解きしようと思わないで読んでいても、先入観持って読んでしまうとこあるんだ…」と改めて思いました。そして誰もいなくなった系だなと思うと全員人間だと思うし(少なくとも3人違う)、そもそも何故マニ車?というところからなので、ツッコんではいけない。楽しみました。
「クローム再襲撃」は「パン屋再襲撃」が未読なので春樹っぽさはわからなかったですが、乾いた感じは受けました。
SFは哀愁漂う世界観があるものが好みなんだな…とわかったのは掘り出し物でした。でもバカSFも好き。
著者のあとがきも、酉島伝法さんの解説も面白かった。
著者の作品は、意識せず何作か読んでいました。「ディレイ・エフェクト」「あとは野となれ大和撫子」…確かに色々書かれてるなぁ。 -
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■個人的なメモ
[△]久永実木彦「一万年の午後」/ヒト絶滅後、一律なマ・フたち、聖典、宇宙の地図づくり、変化しないこと。
[▽]高山羽根子「ビースト・ストランディング」/ビースト挙げ競技、旧野球場。
[○]宮内悠介「ホテル・アースポート」/宇宙エレベーター、ホテル、殺人事件。
[△]加藤直之「SFと絵」/ゲーム「ディガンの魔石」以来ファンです。
[○]秋永真琴「ブラッド・ナイト・ノワール」/旧吸血鬼の「夜種」、人間は王族、ローマの休日、好みのキャラ、好みの設定、好みの会話。
[△]松崎有理「イヴの末裔たちの明日」/技術的失業、AI、ロボット、ベーシックインカム、治験、星新一さんっぽいオチ。
[△]吉田隆一「SFと音楽」/音楽SF案内。
[▽]倉田タカシ「生首」/生首落とし、半世紀ほど前の前衛的小説のようなレトロ感。
[△]宮澤伊織「草原のサンタ・ムエルテ」/異星人憑依型スーパーガール、戦闘サイボーグ部隊、死の概念。
[▽]堀晃「10月2日を過ぎても」/大阪市内中を自転車で走っているので馴染みの地名や風景ばかりですが・・・ -
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あってもなくてもいいけれどもオカルトと医療に造詣がある方がすらすらと読める作品。
信仰による奇蹟と科学の進歩、倫理と道徳の大きくふたつのテーマが禅問答や反証実験のように繰り返されながら進んでいくストーリーに感じた。
読みながら思ったのが「信仰による奇蹟」はいくら科学が発展したところで無いものにはならない。現存する科学をもってしても、ましてや「科学の進歩」を底上げしても、信仰による奇蹟は完全にはうち消せない。
ましてや天秤の両端に信仰と科学をのせたところでどちらとも言えない現象は存在するので、科学と信仰の中間を線引することもできない。
この作品に関して著者は読み手に好きなように取ってもらえるように書いてあるものの、個人的には「好きなようにとってもらって構わないが僕自身のひとつの結論を隠しています」みたいな風であった方が読み返したい欲が高まったかなあと思う。
SF成分は最低限で、あくまで近未来に起こりうることとして描こうとしていたのかなと思う。バチバチなSFが読みたい!っていう人には肩透かしを食らうだろうけどあくまで手法としてSFを使っているだけで無駄がないのでこれはこれで良いと思う。かといって事件が暴かれること自体が問題では無いようなウェイトで描かれていて、ミステリ色もそこまで強くない。
哲学とか思想とかそういうのが好きな人はまあアリだと思う。