Posted by ブクログ
2021年04月29日
シリアスからユーモラスを通り越して(良い意味で)バカみたいな短編まで、宮内さんの引き出しの多さ、アイディアの多彩さに驚き、そして時に呆れる短編集です。
シリアス路線では「アニマとエーファ」がよかった。少数言語を操って小説を書くロボットを描いた短編。革命や紛争、消えゆく文化への郷愁、数奇な人間たちの...続きを読む運命、小説、そして物語の意味……、ロボットの繊細な語り口と、どこか虚無的な作品の空気感とテーマが何とも言えない余情を残す。『盤上の夜』『ヨハネスブルグの天使たち』など、初期の宮内さんの空気感の強い作品でした。
宮内さんというと、どちらかというと上記したような文学的な雰囲気と、人間の拡張やロボット・アンドロイドを掛け合わせた抒情のあるSFのイメージが自分の中では強いです。
しかし本人のあとがきいわく、そうしたイメージが初期につけられたことにだいぶ苦しんでいたらしく『洒落や冗談の通じないやつだと思われてしまわないだろうか』と深刻に悩み、『くだらない話』を書く必要性に迫られていたそう。
そんなわけで、この『超動く家にて』はどちらかというと、そのくだらなさが印象に残る作品が多かったです。
分厚い雑誌を圧縮する架空競技に人生を懸ける男たちを描いた「トランジスタ技術の圧縮」
競技はよく分からないけど、少年漫画のスポ根物を読んでいるような熱さとお約束を詰め込みつつ、至極真面目に雑誌を圧縮する技術やその大会の歴史を描いているのがシュール。
「文学部のこと」はタイトル詐欺だわ、これ(笑)
自分たちの世界とはまったく違う、文学部のことが延々と語られる短編。文学に対する皮肉もあるのかな。どことなく森見登美彦さんっぽさも感じました。
宇宙ステーションでの野球盤対決を描いた「星間野球」も面白かった。宇宙という舞台を生かした、心理戦あり、イカサマあり、熱さありの野球盤勝負! 自分たちだけのルールを作り、ゲームに興じる様は男子っぽいあほらしさを感じます。「テレビ千鳥」で千鳥が二人だけの企画に興じてるシーンが思い浮かぶ。
そんなあほらしさの中に人生の酸いもかんじさせる。あとがきによると、この「星間野球」をはじめは『盤上の夜』のラストに収録するつもりだったそうですが、もしそうなってたら、宮内さんの作家人生全然違うものになっていた気がする(苦笑)
ミステリ系の短編もいくつか収録されていますが、これも一筋縄でいかないものが多い。
日めくりカレンダーをめくったのは誰か、という日常の謎が描かれる「今日泥棒」は、登場する一家のコメディチックなやり取りが面白い。
駆け落ちしたカップルと二人の二人のヒッチハイカーが何者かに追われる「ゲーマーズ・ゴースト」のドタバタなやり取りがツボにはまりますが、そんなのはまだまだ序の口。
罠、罠、そして罠だらけのまさにバカミスと言うべき表題作「超動く家にて」
ヴァン・ダインの20則が支配する世界での殺人計画を描いた「法則」など、ミステリ好きが悪ノリに悪ノリを重ねたような短編があったかと思いきや、
ついにはかぎ括弧が凶器にまでなってしまう(自分で書いていても訳が分からない……)「かぎ括弧のようなもの」。
架空の都市伝説をwikipedia風に紹介する「エラリークイーン数」など、どれだけ『くだらない話』という強迫観念に縛られていたのか、と宮内さんの心理をおもんばかってしまう……
宮内作品を何冊か読んで、その魅力にハマったならこの『超動く家にて』も読んでもらいたい。さらに宮内作品にはまるか、はたまた理解が遠のいてしまうか。面白さは保証できないけれど。