無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで201万冊以上配信中!
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
Posted by ブクログ
火星に人類が移住した近未来を舞台とした作品です。今回のテーマは精神疾患。
と、その設定だけみるとバリバリのハードSFで、最初は随分敷居が高そうに思えたのですが、実際読んでみるとそんなことはなくて、前2作よりずっと分かりやすくなっていました。
その一方で『ヨハネスブルグの天使たち』でみられた不穏さというか、ある種とんがった感じの魅力が減じられたような印象も受けました。
まあ、前作は戦場に初音ミクが落ちてくる話でしたからね。比べるのもどうかという気もしますが。
読む人の好みにもよるでしょうし。
それにしてもよく考えて作られた作品だと思います。
何度か読み返しましたが、決定的な矛盾や不整合は見つかりませんでした。
プログラムの暗号に関しては若干強引な気もしましたが・・・
精神医学の歴史と舞台となる病院の歴史がリンクしている点、およびカズキの出生の秘密を解明していく過程が読んでいて面白かったです。
精神医学に関してはど素人ですが、精神疾患は社会のあり様による、というのはその通りだと思います。
一方で、人間だれしも狂気を持っており、それを抑圧して適応させるのは社会の必要悪であるというのも一面の真実であると考えます。
もちろん程度はあります。前者を突き詰めるとチャーリーになってしまうし、後者を突き詰めるとナチスになってしまう。
結局何が健常で何が異常か、みたいな話になってしまいますが、私たちが最後に依るべきなのは、人間としてのバランス感覚なのではないでしょうか。
・・・といったあたりを考えさせてくれただけでも読む価値はあったと思いました。
以下は物語の本筋とは全く関係ないのですが・・・
第四章でノブヤのプログラムコードに混入したループ変数について、「i」が違和感がある、自分なら「iLoopCnt」と書く、とノブヤが語るくだりがありますが、私は逆で、「iLoopCnt」のほうに違和感を持ちました。
というのも、エンジニアの駆け出しのころ私も似たような変数名を使って、レビューでダメ出しをされたことがあるんですよね。「iLoopCnt」の「i」は「Integer」「index」のどちらかだと思うのですが、前者であればハンガリアン記法なのでダメ、後者であれば省略せずに「indexLoopCounter」って書かないとダメ、みたいに当時言われました。逆にただの「i」はFORTRANに由来したループカウンタ変数なのでOKなんだとか。
そんな昔の話を思い出しました。
ホントどうでもいい話・・・
Posted by ブクログ
これまでの精神医学の闇がわかり、今の医学に対しても薬を大量投入という側面を描いていた。医者が言うことは正しいというような先入観から処方された薬を飲んでしまうが、確かにそう言う観点もあるなと感じられた。
希死念慮が現代医学の引き換えとして現れたと描かれているのは、精神疾患をなんでも薬で対処できるようになったことで、感情の行き場がなくなって、突発的にいなくなりたい、消えたい、と考えてしまうからと感じた。
カズキがチャーリーやカバネを診断しているところが印象的だった。しらみつぶしに有名な精神疾患を考えては棄却し、分類学みたいだと指摘される。そもそも人の精神疾患は境界線が曖昧でこの診断方法は合わないのでは、と疑問にも思ったが、それぞれの病気に対して薬が合う合わないがあるなら、合っているのか、、?とも思った。だか正常と異常の境界は何が決めるんだろうと疑問に思わされた
Posted by ブクログ
未来の火星を舞台としながら、精神医療史を総括したうえで精神医療というものをクリアな目で見てみる試みのような性質のある小説でした。この分野の知識がない人には内容はむずかしいと思いますが、それでもすっきりとして無駄のない文体なので、すらすら読めてしまう。知識をかみ砕いて読者に伝えるワザにも長けた書き手という感じがします。
地球帰りの精神科医・カズキが働きはじめる火星の精神病院・ゾネンシュタイン。「突発性希死念慮(ISI)」と「エクソダス症候群」という、未来世界で問題となっている架空の精神疾患が物語のカギとなっています。
物語世界を築き上げるのには骨が折れそうな舞台設定なのですが、序盤からぐいぐい、そしてスマートに読者を本の中に引き込んでいく筆致でした。言うなれば「冷温な文体」で、落ち着いている。そのなかで、たびたび、突発的な動きが生まれて、そのギャップで引き込まれるところがあります。終盤にかけてはセリフ回しを巧みに使って独特の思想を露わにすることで読ませるつくりです。
宮内悠介さんははじめて読みました。第一印象として、構成力が洗練されている感じがしました。そして、社会性に優れている。社会、組織、仕組みなどをよく知っている。これはエンターテイメントを創るうえではそうとうの武器なのではないでしょうか。また、巻末の参考文献の膨大な量からしてよくわかるし、読んでいてもその中身からはっきり感じられるのだけれど、勉強量がすごい。知識量と、その処理能力がこの作家のストロングポイントなのかもしれない、まだ一作しか読んでいないのでわからなくはありますが。
ここからは気になったところを引用します。最初は、主要人物であるチャーリーのセリフから。
__________
「この病院では、貴族客が一人一ペニーで入場し、患者を見物して楽しんだそうだ。このとき、見物客は長い杖を持ちこんだ。患者を突いて興奮させるためにな」(p98)
__________
18世紀や19世紀の癲狂院の様子についてのところですが、こういった闇がやっぱりあるんですよね。人間の素地にはこういったところがあるので、誰しもちょっとは自分を律しないとと僕なんかには思えるのです。
次は知識としての記述のところを。
__________
かつて、ジェームズ・ファロンという神経科学者が、二十一世紀の初頭、自著でこんなことを明かした。自身の脳をポジトロン断層法スキャンにかけたところ、前頭葉や側頭葉の共感やモラルに関係する部位の活性状態が低く、典型的なサイコパスの脳であることが判明したというのだ。(p253)
__________
この科学者は、それでも自分は暴力などを働いたことがないし、社会順応したサイコパスだと結論したようです。それはそれだとしても、この引用部分にあるように、自制がきかないなど、前頭葉が弱いなあと思える人っています。また、自分本位で共感性が見られないなあと思える人もいるものです。たとえその人がサイコパスではなくても、老化によってこのような状態になることがありますし、僕は「サイコパス様症状」と口には出さずに考えることがあるんですが、そういったところと符合する部分でした。
最後、おまけですが、途中に朝鮮朝顔がててくるんです。「ダツラ」とルビがふってあった。村上龍『コインロッカー・ベイビーズ』の「ダチュラ」とつながって「ああ!」と思いました。長らくあれは創作かと思っていたんですが、違いました。本作『エクソダス症候群』は村上龍『希望の国のエクソダス』のように、エクソダスが掲げられた本ですし、リュウという頼もしい脇役が出てきたりもして、宮内さんは村上龍さんの熱心な読者だたったりしたのかも、なんてちょっとだけ頭に浮かびました。まあ、わかりませんけども。
最初の方で書いたように、本作は冷温な進み方をしますから、すごく感情を揺さぶられたり振り回されたりするのを好む人には物足りないかもしれません。しかし、淡々と物語を味わいたい人には、文体が端正ですし、知識部分についていけたならば、すーっと読めてしまうに違いありません。僕は精神医療分野にはちょっと心得があるので、ひっかかることなくおもしろく読めました。
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸