あらすじ
すべての精神疾患がコントロール下に置かれた近未来。10棟からなるその病院は、火星の丘の斜面にカバラの“生命の樹”を模した配置で建てられていた。ゾネンシュタイン病院――亡くなった父親がかつて勤務した、火星で唯一の精神病院。地球の大学病院を追われ、生まれ故郷へ帰ってきた青年医師カズキは、この過酷な土地の、薬もベッドもスタッフも不足した病院へ着任する。そして彼の帰郷と同時に、隠されていた歯車が動き始めた。25年前にこの場所で一体何があったのか。舞台は火星開拓地、テーマは精神医療史。俊英による初長編。/解説=牧眞司
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セフィロトの樹を、あるものに見立てた発想が秀逸。宮内さんはアイディアが本当におもしろい。
「よくこんなこと思いつくなあ」っていう驚きもあるけど、「よくこんなアイディアを物語にできたなあ」って唸っちゃう。
参考文献がすごい量だから、そうとう勉強してるんだろうね。努力する天才。眠らない兎。それが宮内悠介という作家。
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21世紀半ば、火星で唯一の精神病院に赴任した主人公。人手も薬も不足する中で奮闘しながら、病院に隠された自分の過去の秘密を探ります。精神医療の暗部がテーマになっており、巻末にたくさんの参考資料が列記され、作者の力の入れ方が感じられます。
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初宮内。たぶんカバラの“生命の樹”で手に取ったんだと思うが、当たりの作家でした^^ 精神医療史をテーマに、父親で精神科医・イツキの病院内で起きた(起こした?)過去から主人公・カズキの出生の秘密へ——そこから病院最古の患者兼○○のチャーリー、度々カズキの前に現れる失語症のハルカ…などのキャラクタも相まって、SFでありミステリィチックも感じつつ、とても良かった!参考文献も多く、一つのジャンルに囚われない作家という印象。他作品も読みたくなりました^^ 星四つ半。
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評価が難しいけれど、後につなぐために星四つになった。終始淡々と話が進んでいくのだけれど、読み継ぐことをやめられず。読み始めから、なんとも言えない第三者感のようなものを感じていたのだけれど、カズキの真実を知った今は、むしろわざとそのように書いていたのかもしれないという気になった。
171116
Posted by ブクログ
火星に人類が移住した近未来を舞台とした作品です。今回のテーマは精神疾患。
と、その設定だけみるとバリバリのハードSFで、最初は随分敷居が高そうに思えたのですが、実際読んでみるとそんなことはなくて、前2作よりずっと分かりやすくなっていました。
その一方で『ヨハネスブルグの天使たち』でみられた不穏さというか、ある種とんがった感じの魅力が減じられたような印象も受けました。
まあ、前作は戦場に初音ミクが落ちてくる話でしたからね。比べるのもどうかという気もしますが。
読む人の好みにもよるでしょうし。
それにしてもよく考えて作られた作品だと思います。
何度か読み返しましたが、決定的な矛盾や不整合は見つかりませんでした。
プログラムの暗号に関しては若干強引な気もしましたが・・・
精神医学の歴史と舞台となる病院の歴史がリンクしている点、およびカズキの出生の秘密を解明していく過程が読んでいて面白かったです。
精神医学に関してはど素人ですが、精神疾患は社会のあり様による、というのはその通りだと思います。
一方で、人間だれしも狂気を持っており、それを抑圧して適応させるのは社会の必要悪であるというのも一面の真実であると考えます。
もちろん程度はあります。前者を突き詰めるとチャーリーになってしまうし、後者を突き詰めるとナチスになってしまう。
結局何が健常で何が異常か、みたいな話になってしまいますが、私たちが最後に依るべきなのは、人間としてのバランス感覚なのではないでしょうか。
・・・といったあたりを考えさせてくれただけでも読む価値はあったと思いました。
以下は物語の本筋とは全く関係ないのですが・・・
第四章でノブヤのプログラムコードに混入したループ変数について、「i」が違和感がある、自分なら「iLoopCnt」と書く、とノブヤが語るくだりがありますが、私は逆で、「iLoopCnt」のほうに違和感を持ちました。
というのも、エンジニアの駆け出しのころ私も似たような変数名を使って、レビューでダメ出しをされたことがあるんですよね。「iLoopCnt」の「i」は「Integer」「index」のどちらかだと思うのですが、前者であればハンガリアン記法なのでダメ、後者であれば省略せずに「indexLoopCounter」って書かないとダメ、みたいに当時言われました。逆にただの「i」はFORTRANに由来したループカウンタ変数なのでOKなんだとか。
そんな昔の話を思い出しました。
ホントどうでもいい話・・・
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未来の火星を舞台としながら、精神医療史を総括したうえで精神医療というものをクリアな目で見てみる試みのような性質のある小説でした。この分野の知識がない人には内容はむずかしいと思いますが、それでもすっきりとして無駄のない文体なので、すらすら読めてしまう。知識をかみ砕いて読者に伝えるワザにも長けた書き手という感じがします。
地球帰りの精神科医・カズキが働きはじめる火星の精神病院・ゾネンシュタイン。「突発性希死念慮(ISI)」と「エクソダス症候群」という、未来世界で問題となっている架空の精神疾患が物語のカギとなっています。
物語世界を築き上げるのには骨が折れそうな舞台設定なのですが、序盤からぐいぐい、そしてスマートに読者を本の中に引き込んでいく筆致でした。言うなれば「冷温な文体」で、落ち着いている。そのなかで、たびたび、突発的な動きが生まれて、そのギャップで引き込まれるところがあります。終盤にかけてはセリフ回しを巧みに使って独特の思想を露わにすることで読ませるつくりです。
宮内悠介さんははじめて読みました。第一印象として、構成力が洗練されている感じがしました。そして、社会性に優れている。社会、組織、仕組みなどをよく知っている。これはエンターテイメントを創るうえではそうとうの武器なのではないでしょうか。また、巻末の参考文献の膨大な量からしてよくわかるし、読んでいてもその中身からはっきり感じられるのだけれど、勉強量がすごい。知識量と、その処理能力がこの作家のストロングポイントなのかもしれない、まだ一作しか読んでいないのでわからなくはありますが。
ここからは気になったところを引用します。最初は、主要人物であるチャーリーのセリフから。
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「この病院では、貴族客が一人一ペニーで入場し、患者を見物して楽しんだそうだ。このとき、見物客は長い杖を持ちこんだ。患者を突いて興奮させるためにな」(p98)
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18世紀や19世紀の癲狂院の様子についてのところですが、こういった闇がやっぱりあるんですよね。人間の素地にはこういったところがあるので、誰しもちょっとは自分を律しないとと僕なんかには思えるのです。
次は知識としての記述のところを。
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かつて、ジェームズ・ファロンという神経科学者が、二十一世紀の初頭、自著でこんなことを明かした。自身の脳をポジトロン断層法スキャンにかけたところ、前頭葉や側頭葉の共感やモラルに関係する部位の活性状態が低く、典型的なサイコパスの脳であることが判明したというのだ。(p253)
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この科学者は、それでも自分は暴力などを働いたことがないし、社会順応したサイコパスだと結論したようです。それはそれだとしても、この引用部分にあるように、自制がきかないなど、前頭葉が弱いなあと思える人っています。また、自分本位で共感性が見られないなあと思える人もいるものです。たとえその人がサイコパスではなくても、老化によってこのような状態になることがありますし、僕は「サイコパス様症状」と口には出さずに考えることがあるんですが、そういったところと符合する部分でした。
最後、おまけですが、途中に朝鮮朝顔がててくるんです。「ダツラ」とルビがふってあった。村上龍『コインロッカー・ベイビーズ』の「ダチュラ」とつながって「ああ!」と思いました。長らくあれは創作かと思っていたんですが、違いました。本作『エクソダス症候群』は村上龍『希望の国のエクソダス』のように、エクソダスが掲げられた本ですし、リュウという頼もしい脇役が出てきたりもして、宮内さんは村上龍さんの熱心な読者だたったりしたのかも、なんてちょっとだけ頭に浮かびました。まあ、わかりませんけども。
最初の方で書いたように、本作は冷温な進み方をしますから、すごく感情を揺さぶられたり振り回されたりするのを好む人には物足りないかもしれません。しかし、淡々と物語を味わいたい人には、文体が端正ですし、知識部分についていけたならば、すーっと読めてしまうに違いありません。僕は精神医療分野にはちょっと心得があるので、ひっかかることなくおもしろく読めました。
Posted by ブクログ
アイデアは面白いけど、終始内容が暗いのと、ストーリーにクライマックスがあまりないのがちょっと寂しいかも。
タイトルが派手なだけに病的ななにかを期待してしまった。
SFではあるけど、いたってまともな小説。
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10棟からなるその病院は、火星の丘の斜面に、カバラの『生命の樹』を模した配置で建てられていた。
亡くなった父親がかつて勤務した、火星で唯一の精神病院。
地球の大学病院を追われ、生まれ故郷へ帰ってきた青年医師カズキは、この過酷な開拓地の、薬もベッドもスタッフも不足した病院へ着任する。
そして彼の帰郷と同時に、隠されていた不穏な歯車が動き出した。
(あらすじより)
SFで精神病をメインに取り扱うのって珍しい。
地球では機械とAIと豊富な薬によって、的確な診断と薬物投与が行えたが、火星では設備も薬も人も足りずに、対話を中心とした全時代的な治療が行われている。
現在の治療でも(たぶん)行われている薬物による症状のコントロール。
「どうして発症するのか?」は分からなくても、原因物質は分かるので薬物でコントロールできるという危うさ。
中世から科学黎明期の、現代から見ればありえない治療も当時の技術水準では根拠があり、最先端だったりする。
つまり、未来から見れば現在の治療が「科学的にありえない」かもしれないという指摘が透けて見える。
医師の精神状態や先入観によって患者の診断にバイアスがかかったり、社会情勢なども影響してくるなど、外科や内科と違って目に見えない病なので精神病って難しい。
思えば、「正常」の定義も結局は大多数と言うだけであって、個々に見れば誰でも少しは異常性を抱えているのではないか。
なーんて考えながら読んでみました。
病院最古の患者チャーリーってハンニバル・レクターがモチーフだよね?
Posted by ブクログ
精神医療が発達し、ほぼ全ての精神疾患がコントロール可能になったかと思われた近未来、突如発生した症状「突発性希死念慮」。恋人の発症と自死を防げず、追われるように地球から火星へとやってきた精神科医カズキ・クロネンバーグは、火星で唯一の精神病院・ゾネンシュタイン病院で働き始める。カバラの「生命の樹」を模した構造を持つこの病院でカズキが直面したのは、スタッフも物資も不足する中でギリギリの医療活動を続けねばならない壮絶な環境、権謀術数に明け暮れる政治手腕に長けた幹部医師たちとの抗争、そして「特殊病棟」に長年入院/拘束され、同時に君臨し続けている謎の男。かつてこの病院で勤務していたカズキの父もまた、カズキには言えない秘密を抱えたまま息を引き取っていた。目に見えぬ悪意と亡き父親の影を感じながら日々の勤務に追われるカズキの前に、火星特有の症状「エクソダス症候群」の集団発症が襲いかかる・・・
こうしてあらすじを書くとまるでサスペンスか医療ホラーか、といったエンタメ色の強い作品のように思えてきますが、それは鴨の筆力の拙さ故で、実際には精神医療史と精神医療を巡る社会の変遷を軸にした、重たい読後感の作品です。作中のある登場人物が精神医療に関するペダンティックな語りを延々と続けるシーンもあり、相当な事前準備の上で構成された作品であることが伝わってきます。
前作「ヨハネスブルグの天使たち」を読んだ時は、「少女型ロボットが空から降ってくる」というヴィジョンありきで後からストーリーが付いてきたような中途半端なイメージを受け、その現実味のなさが鴨的には馴染めなかったのですが、それに比べると今作は地に足がついた展開で、ストーリー展開で読者を引っ張って行こうとする勢いがあります。ある意味、「普通の小説」っぽくなってきた感があります。
ただ、ラストの展開は正直ちょっと尻窄み。魅力的で謎めいた登場人物を前半どんどん投入してきた割りには、活かし切れずに小ぢんまりと納まってしまった印象です。鴨はこの方の作品をそれほど読んでいるわけではありませんが、何となく方向性を模索しているところなのかなという感じがしました。筆運びは相変わらず達者ですし、これからますます多様さを増していくのかもしれません。これからも注目していきたいと思います。
Posted by ブクログ
火星の精神病院に赴任された青年医師カズキ・クロネンバーグ。
はじまりから続く、この不穏感。
火星という地球を飛び出したSF要素に、精神病院という、人ののぞき見趣味を刺激するような設定で、ワイドショーをみるぐらいの軽い感覚で読み始めた。
しかし読んでみると、近い将来を予言しているかのようなリアルに感じる世界が構築されており、サスペンス部分もありながら、人間ドラマもしっかり描かれている、きちんとした骨格を持つ作品だった。
人の善なるものが終始どこかに存在していて、自分自身の病的な部分も治癒されたかのような清涼感ある読後感。
私にとって初の宮内悠介氏の作品だったが、また別の作品を読んでみたくなった。