宮内悠介のレビュー一覧
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リレー小説って、テーマ型のアンソロジーにも、一人の作者による連作短編集にもない、独特の味わいがあるんだと知った。
宮部みゆきのパワーが半端ないのだけど、辻村深月も負けてはいなくて、どうなるかと思いきや、クローザー宮内悠介の絶妙なバランス感(笑)
あ、ちゃんと、一冊になったな、と。
個人的に好きなのは、冒頭二作だけど。
宮部みゆき「人・で・なし」。
社会小説かと思わせる出だしの、お前らが俺に合わせろ系社員栗田くんエピソードが、ある種、自分的には身近で怖い。『名もなき毒』みたいな。
ただ、そこから俺に合わせろ系「家」のホラーに変わっていく所や、居酒屋での絶妙な相槌に、スコーンと読まされました。
続く、辻村深月「ママ・はは」。
これも、前半の教育熱心なクレーマー保護者が、子供と大人の線引きや躾の在り方を滔々と述べるエピソードから。
それを友人が引き継いで、自分の家も親の支配下に私がいて……と語り始め、見事なホラーに持っていくところがすごい。
でも、こっちも本当に怖いのは、子供に過度な干渉をして、気持ちを省みずにいると、いずれ子供から「同等の」扱いが返ってくるんだよ、という示唆の方かもしれない。 -
Posted by ブクログ
デビュー作『盤上の夜』に続いて囲碁を題材にした連作集です。四肢を無くした棋士の闘いが描かれた「盤上の夜」はかなりハードなSFでしたが、本作は探偵役・ワトソン役・ヒロイン役・ヒール役といった分かりやすい登場人物で固められていることからもわかるように、比較的ライトな感じで読みやすかったです。
表題作はバリバリの本格ミステリ、「焔の盤」は贋作師とのコンゲーム、「サンチャゴの浜辺」は異国での出会いと別れというように、読後に受ける印象がかなり違うであろう作品が並んでいます。自分の場合はまるで複数の作家が共通のテーマをリレー方式で描いた作品集を読んだような印象を受けました。ネガティブな言い方をするとまとまりがないということなのですが、著者の守備範囲の広さが垣間見えますし、統一感の無さが逆に本書のオリジナリティになるようにも思えます。とはいえ個人的には全編を通して浮かんでくるようなものがあったほうが好みではあります。
ミステリやトリックに矛盾や破綻は無さそうですが、状況設定でちょっと無理してるんじゃないのと思えるところがいくつかあり、リアリティという点ではいまひとつでしょうか。まあ、本格ミステリにリアリティを求めるだけ野暮なのかもしれませんけど。あと、囲碁の対局で一対一の頭脳戦が展開されるのかなと予想していたのですが、対局の場面そのものがほとんど描かれていなかったので、そちらもちょっと残念。 -
Posted by ブクログ
10棟からなるその病院は、火星の丘の斜面に、カバラの『生命の樹』を模した配置で建てられていた。
亡くなった父親がかつて勤務した、火星で唯一の精神病院。
地球の大学病院を追われ、生まれ故郷へ帰ってきた青年医師カズキは、この過酷な開拓地の、薬もベッドもスタッフも不足した病院へ着任する。
そして彼の帰郷と同時に、隠されていた不穏な歯車が動き出した。
(あらすじより)
SFで精神病をメインに取り扱うのって珍しい。
地球では機械とAIと豊富な薬によって、的確な診断と薬物投与が行えたが、火星では設備も薬も人も足りずに、対話を中心とした全時代的な治療が行われている。
現在の治療でも(たぶん)行われている薬物による症状のコントロール。
「どうして発症するのか?」は分からなくても、原因物質は分かるので薬物でコントロールできるという危うさ。
中世から科学黎明期の、現代から見ればありえない治療も当時の技術水準では根拠があり、最先端だったりする。
つまり、未来から見れば現在の治療が「科学的にありえない」かもしれないという指摘が透けて見える。
医師の精神状態や先入観によって患者の診断にバイアスがかかったり、社会情勢なども影響してくるなど、外科や内科と違って目に見えない病なので精神病って難しい。
思えば、「正常」の定義も結局は大多数と言うだけであって、個々に見れば誰でも少しは異常性を抱えているのではないか。
なーんて考えながら読んでみました。
病院最古の患者チャーリーってハンニバル・レクターがモチーフだよね? -
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最近ハマりつつある作家さん。
こんな話も書くんだなあ、とちょっと意外。
(一緒に須賀しのぶの文庫新刊も買ったので、てっきり須賀さんのピアノものだと思って読んでいた節もあり、あれ⁈ってなりました。)
アメリカの難関(かつクレイジーな)音楽学校を受験する脩。
そこでライバル兼良き仲間と出会い、父の後を追うのだが、というストーリー自体は裏側でありながらも、王道な展開。
アメリカという国の行き着く先を「仮想実験」するという部分も、面白い。
ただ、脩にあんまり感情移入が出来なかったからか、(なんだよ、アンリミテッドブレイドワークスの使い手め)と、分かる人には分かるだろうツッコミを入れて終わってしまった私なのでした。
「同じ曲を、日本のテーマパークで耳にしたことがある。
父がいなくなったあと、新たにできたガールフレンドと足を運んだ場所だった。作りものの空間のなか、子供たちを模した人形が、人間の壁を越えて手を取りあうアトラクションだ。いわば、アメリカの一つの潰えた夢。アトラクションを観ながら、脩はこんなことを思った。」
「イッツアスモールワールド」には二種類の歌詞が存在すること(ちなみに、私は、おとぎーばーなしのようなーから始まるバージョンで覚えていた)を初めて知ったのだけど。
ディズニーランドにあって、あのアトラクションの意味って何なんだろう、と思ったことをふと思い出した。 -
Posted by ブクログ
「わたし」が似非科学と対峙する連作短編だ。
と言っても、「わたし」は決してその似非科学を暴いてやっつけるようなヒーローではない。
ただそれを「見る」だけだ。
SFともミステリーとも言い難い本作。
スプーン曲げや代替医療など扱う題材は面白い。
しかしながら、どうにもうまく表現できないが、私にとっては読みにくく、そこまで厚いとは言えない文庫本を読むことにいささか難儀した。
著者と私との波長が合わない、それが最もぴたりとはまる表現なのだろう。
シンクロニシティと崇拝、言霊と水質浄化、プラセボと終末医療......。
どれもこれも弱った心にするりと入り込んで狂信的とも言える信仰を集める。
それゆえに私の心はその描かれた疑似科学を拒んだのかもしれない。
知れば洗脳されてしまうかもしれない。
第六感、それも似非科学だろうか、本能が危険だと知らせた。
これは作り話、そう思っていても、簡単に人の心は流されてしまうものだから。
そんな考えこそが、いや、真実を突いているかも、いや、それも科学じゃない、いやいや、科学だって万能じゃない、仮定の話ばかりだ.....。
堂々巡りが、「かも」が、私の頭を埋め尽くしていく。