村上春樹のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ【2026年8冊目】
妻が家を出ていったらしい。なんの心当たりもない僕は途方に暮れ、結果として井戸の底に座り込んだ。頭上に見える半月、見えなくなってからの真の闇。妻はどうして出ていってしまったのか、小さなショルダーバッグとクリーニング店から回収した衣服だけを持って。「僕の周りには女性が多すぎる」――ねじまき鳥クロニクル第二部。
シンプルに可哀想って思いましたが、だからといって、「ちょっと考えごとしたいから井戸の底に下りるか」とはならないし、危機感がなさすぎる。なんで間宮中尉の話聞いた後にそんな決断できるんだ。
主人公から欠落しているものが、もともとだったのか、それとも加納姉妹の出現によって加速しているのか、誰にもわかりませんが、第二部の最後らへんに近づくにつれ、「もうここで終わってもいい気がするのに、第三部あるの?(ここからどうなるっての?)」という思いを抱くことになりました。
最後の最後で天啓!って感じで、「あ、確かに続くのね」とは思いましたが、どうなるんでしょう。奥さん帰ってくるのかなぁ、めちゃくちゃ帰ってこなさそう。
あと、やっぱり物語のほぼ冒頭からパスタ茹でてて「ま、また茹でとる!」ってなりました。あと、水質検査の結果、どうなりました?
初読:2012年11月12日以前 -
Posted by ブクログ
【2026年7冊目】
弁護士事務所を辞めたぼくは、専業主夫として日々を過ごしていた。正体不明の女から電話を受けたり、いなくなった猫を探して路地裏に行くとカツラのバイトをする女の子に会ったり、謎の姉妹の身の上話を聞いたり――僕の人生は少しずつ変容を見せようとしていた。
全く覚えてないのですが、再読です。「村上春樹さんの小説って、よくパスタ茹でてるよな〜」とか思いながら読み始めたら初手から茹でて笑ってしまいました。あと、サラダもよく作りますよね。
第一部を読み終えましたが、物語の行き着く先がどこになるのか全く予測がつかなくて、ぼくこと岡田亨と一緒に不思議な心地で物語を辿っていきました。
間宮中尉の話は衝撃的でした。知らぬ間に違う小説を読み始めたのではないかと思ったほど。
電話の女は誰。水質調査でなにがわかる?謎が謎を呼びまくってくる今作。傾向的に全部がすっきりする結末にはならないと思うんですが、とにかく気になりすぎる話です。
初読:2012年1月12日以前 -
Posted by ブクログ
映画がやたら有名だが、未視聴で読んだ。
(よくパッケージに採用されている、オードリー・ヘップバーンが肘をついている写真くらいは知っている)
登場から退場までホリーらしい自由奔放さで、周囲を振り回しつつも結構な人が好いてくれるという、まさに物語のメインヒロイン。
解説にて訳者は、ホリー=オードリー・ヘップバーンという認知度が高すぎて、原作のホリーはまた違うので、あの映画の写真を表紙にしないで欲しいと頼んだらしい。
実際読んでみて、オードリー・ヘップバーンは容姿として完成されすぎており、大人っぽい。
原作では19歳の少女として、行動は大人の模倣というか、なんらかのキャラクターを演じているように発言の最後にダーリンとよく付けて話している。
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Posted by ブクログ
ネタバレちょいと“界隈”で、村上春樹が話題なのと、翻訳家として知る柴田元幸との対談はおもしろそうと、長野湯田中の古本屋で、というか、古民家を再利用したフレンチレストランの奥の和室に古本コーナーのある、ちょっと面白いお店で見つけたもの。
柴田氏の翻訳は、近年ではエドワード・ゴーリーの絵本の訳者として目にするなどしていて、実は、もう大御所の、なんなら鬼籍に入られているような方かと思っていた。本書を読んで、存命なのはもとより、村上春樹より年下なんだと驚いたりもした。
本書は、柴田が自分の大学の学生たち、若手翻訳者などとのセッションに村上春樹をゲストに招いて、翻訳とは、文章とは、といった日本語の表現についてあれこれ語りあい、参加者からの素朴な質疑応答に応えるもの。
そのセッションがPart.3まで、3回に分けて行われた様子が収録されている。
もう少し、柴田氏の翻訳、あるいは文章を生み出すときの姿勢や、心がけが知れるかと期待していたが、付箋紙を付けた箇所は、圧倒的に村上春樹の発言のほうが多かった。つまりは、春樹氏の姿勢、考え方が、やはり特異で、さすがと思わされる。一家言をお持ち、というところか。
心がけもさすがだが、やはり喩えが絶妙で面白い。多くは挙げないが、以下など、いかにも“らしい”
「小説を書くというのは、文章的に言えば、たとえばお客を呼んで特別料理を作るのとおなじなんです。スーパーマーケットに行っていろんな食材を買いこんできて、冷蔵庫に入れて、いろんな下拵えをして、客用の食器も出してきてというのがあるわけですよ。ところが翻訳というのは、おばんざいみたいなものなんです。冷蔵庫を開けて「あっ、きょうはこれとこれがあるから、これをささっと作っちゃおう」という自然体でやるのが、翻訳なんです。少なくとも僕にとってはそういうことですね。」
最後に、「少なくとも僕にとっては」と付言するあたりも、いかにも、ハルキ節(笑)
自分のスタイルを作るのも、愚直にやるしかない、と説く。
「寝食を忘れて一生懸命いろんなものを翻訳して、何度も何度も読み直して、何度も何度も書き直して、人に読んでもらってまた書き直すということを続けていれば、スタイルというものは自然に出てきます。それはもう、歩き方とか、食べ方とかと同じことです。生きている過程で自然に身につかなければ、意味ないですよね。」
このあたりも、日々のルーティンとしてジョギングを欠かさず、毎年、決まってマラソン大会にも参加する氏らしい(今はどうか知らないが)。
かつての、そんな生活ぶりを見聞きしているからこそ、響く言葉でもあった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレほとんど展開はなかった。前回同様淡々としていた。逆に言えばこの登場人物の少なさでよく文章を綴れるなと感心した。青豆はあの部屋の中で、妊娠が発覚し、天吾は猫の街で少女の青豆ともう一度会い、牛河が彼らに近づいていった。やっと小松が現れたためいよいよクライマックスに向かうのだろう。現実と夢が曖昧になる世界観だが、ここからどうなっていくのか。現実によっていくのか、夢によっていくのか、論理で回収されていくのか、輪郭がぼやけたまま終わっていくのか。登場人物がつくづく才能があり、孤独なのが面白い。牛河の司法試験中に劣等感と優越感を持ち合わせていたことに共感した。
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Posted by ブクログ
ネタバレあまり話は進まなかった。なんか淡々としている印象があった。おそらく登場人物が激減したからだろう。リーダーが死を望んでいる旨をなぜ信者に伝えないのか疑問に思った。あと、同じ固有名詞や言い回しが天吾と青豆の両方の章で出てくるのは常に疑問に思った。例えば不思議の国のアリスなど。やはり、天吾と青豆は一緒なのか。天吾が時々見る白昼夢は自分たちなのではと思った。そしてSFあるあるの無限ループみたいな。育ての親のところになぜ空気サナギが生まれたのか、親とは再び会わなかったのか疑問に思った。又、なぜ天吾は真実を知ることをいちいち恐れるのだろう。哲学よりは幻想によって欲しいと思った。今後一気に幻想的になるのか気になる。それとも整合性を持って、謎が明かされるのか。いよいよ二人が交わりそうなのが見どころ。