村上春樹のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
レイモンド・チャンドラーのフィリップ・マーロウもののひとつ。村上春樹の翻訳は、やっぱりすごいなと思う。なかなか思いつかない表現が随所にあって、それがマーロウのイメージにハマりまくっているというか、それ以外を想像できない。
この作品、プロットがめちゃくちゃややこしい。結局途中で正直よくわからなくなってきた。誰だったっけこれ、状態で最後まで読み切った。それでも読み進めてしまったのは、マーロウの毒舌が冴え渡っていたせいだ。こんなへらず口ばかり叩く奴がいたら、むかついてしょうがないと思うが、小説で読むと会話のテンポが気持ちいい。ダイレクトパスを自在に操るように、場の流れを読み切っている。
村上春樹さんがあとがきで書いていたが、チャンドラーはこれを書いていた時期、ハリウッドのシナリオを手がけたりしていて、調子を狂わせていたそうだ。どんな状況でも作品は残り、評価を受ける。誰も人生は平坦ではなく、困難の時期を迎える。そんな時でも形を残して次に進むこと自体に意味がある。マーロウ作品の最傑作「ロンググッドバイ」は、この作品の後に生まれている。 -
Posted by ブクログ
不協和音が小さい音でずっと鳴っているような薄い不快感がある。ミステリアスな要素が落ちきらないところがある。ダークな音調、闇が深いのに対する光の照射が小さく、彩度が低い。全体を通して強い諦観がある。彼らは色を名前に持ちながら、36歳というおそらく人生においてもっとも豊かな、あるいは豊かに差し掛かる年齢にありながら、すっかりその色を失いほとんど枯れ切っていた。資本主義社会に疲弊し諦めていた。沙羅も私も少しうんざりしていた。面白そうな人たちは物語から早々にいなくなる。他作品に比べカタルシスが少ない。
とモヤモヤしていたが、巡礼の年を聞いてすっきりと腹落ちした。なるほど、先にこの曲があるのなら、確かにこの物語は春樹にしか書けないな。すごいな。 -
Posted by ブクログ
安定した収入があって、家や車もあり、妻や子もいて、義実家との関係も良好で、全てが揃った人生を送っていると一般的には言えるが、本人としてはどこか物足りなさがあって、その穴を埋められるような存在が島本さんという過去の憧れ・夢。
イズミとの一件はあんまりだったが、それは再会した島本さんとの関係然り、始という人間の一貫性を感じる。
著者の具体的な人生と結構リンクしているようだが、飲食店の経営が読んでいて羨ましい笑
彼女は僕の前から消えてしまった。彼女はそこにいたが、今では消えてしまった。そこには中間というものは存在しない。中間的なものが存在しないところには、中間というものもまた存在しない。国境の南にはたぶんは存在するかもしれない。でも大腸の西にはたぶんは存在しないのだ。p273 -
Posted by ブクログ
ネタバレノルウェイの森でレズビアンセックスを見せられてもやっとしたものの、この本も最初にぱら読みするとまたあるじゃないの、フェルディナンド…。
気を取り直してじっくり読み始めてみれば、確かに今作にとってあの性描写は必要なものであった。
身を守るための精神分裂の比喩として、あちらの世界とこちらの世界。遊園地からの、自分だが自分ではない、おそらくレイプされている場面だが、俯瞰して見ている自分。
すみれもあちら側にいったのかもしれない。
「人々は荷車を引いて古戦場に行き、そこに散らばったり埋もれたりしている白骨を集められるだけ集めてきた。歴史のある国だから古戦場には不目由しない。そして町の入り口に、それらの骨を塗り込んだとても大きな門を作った。慰霊をすることによって、死んだ戦士たちが自分たちの町をまもってくれるように望んだからだ。でもね、それだけじゃ足りないんだ。門が出来上がると、彼らは生きている犬を何匹か連れてきて、その候を短剣で切った。
そしてそのまだ温かい血を門にかけた。ひからびた骨と新しい血が混じりあい、そこではじめて古い魂は呪術的な力を身につけることになる。そう考えたんだ」すみれは黙って話のつづきを待っていた。
「小説を書くのも、それに似ている。骨をいっぱい集めてきてどんな立派な門を作っても、それだけでは生きた小説にはならない。物語というのはある意味では、この世のものではないんだ。本当の物語にはこっち側とあっち側を結びつけるための、呪術的な洗礼が必要とされる」p26