村上春樹のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ読み返してみると、本当に内容を覚えていない。各エッセイのタイトルを読み返してみても、どのような内容であったかを思い出すことができない。それ程までに、意味づけのプロセスを経ていない著者の日々の考え事が、そのまま提示されている作品であるとも言える。ただその中でも、以下に幾つか引用しているように、印象に残る文章はある。それは何故かを振り返ると、著者の中で考え事の中にもその洗練度或いはかけた時間に濃淡があるからであり(例えば、仕事への取組み方や仕事の境界に対する意見は、現時点の著者に通じる部分がある)、特に考えが濃く出ている部分に惹きつけられるためではなかろうかと思う。その濃淡も含めて人間らしい。若いうちは幾つもの薄い関心事が頭の中を駆け巡るが、それが次第にこぼれ落ちていき、限定された但し洗練された考え事に仕上がっていく時、それがその人のスタイルと呼ぶものになるのかもしれない。
特に印象に残った箇所は以下
・しかし長期にわたって努力や集中力を維持するにはどうしても体力が必要だし、努力や集中力を維持することによって才能を増殖させていくことは不可能事ではない。だから「一に健康、二に才能」なのである(p.81)
・要するに何から何までうまくやってのけることなんて自分にはとてもできないし、何かをなしとげるにはべつの何かを捨てるしかないのだと認識することである(p.213)
・でもひとつだけ例をあげる。それは「作家は批評を批評してはならない」ということである。少なくとも個別の批評なり批評家なりを批評してはならない。そんなことをしても無意味だし、無益なトラブルに巻きこまれるだけだし、自らが卑しくなるだけである。僕はずっとそんな風に考えて生きてきたし、そのおかげで自らをすり減らせる機会をずいぶんうまくパスしてくることができた(中略)作家は小説を書くーこれは仕事だ。批評家はそれについて批評を書くーこれも仕事だ。そして一日が終わる。それぞれの立場の人間がそれぞれの仕事を終えて家に帰り、家族と食事をし(あるいは一人で食事をし)、そして眠る。それが世界というものである(p.216) -
Posted by ブクログ
ネタバレ一度短編を読み、「難しいかも」と思いながら、これなら読めるかもと思い手に取ったもの。
やはり難しい。特に最後の数ページ。
物語はミステリー小説のように謎を含んでいる。
なぜ、つくるは突然に切られなければならなかったのか。シロは誰に犯され、殺されたのか。しかし、後段の謎は明かされないままでした。
沙羅とつくるはどうなるのか(をなぜ仄めかしもしないのか)?
灰田の登場した意味は?
わかないっす…。
ちなみに、YOUTUBEで「ル・マル・デュ・ペイ」を聞いてみましたが、コメントを見ると皆この方を読んだ人でした。
考えることは同じですねw。 -
Posted by ブクログ
初めての村上春樹。
ずっとこの話はどこに向かってるんだろうと思いながら読んでいた。
ミュウの話、すみれの話、ボクの話を経て、人はどんな辛い経験をしてもぬけの殻になっても、外の皮は周りからは変わらず同じように見えるし、変わらず生きていると見られているんだということ言いたいのかなと思った。
どんな事があっても肉体が機能してる限り変わらず生きていく。視点の違い、人格(精神?)の分裂の話のように自分と他人の視点から物事を見た時に得られる情報の違いなんかを示唆していたのかなと思う。本当の自分とはなんだろうか?読み終えて考えても「本当の」自分というのを知るのは難しいなと感じた。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ村上春樹が三十代半ばに書いたエッセイ集。所々出てくる固有名詞が分からない(知らない)こともあった。著者の作品を数多く読んできたが、年齢がそうさせるのか、断定口調が際立つというか、言い換えれば尖ったようなものの考え方/書き方が随所に垣間見え、面白がりながら読み進めた。例えば、「ビーフ・ステーキ、ビーフ・ステーキ」は、短い文章でよくここまで肉を目の前にした条件を細かく読者に伝えられるものだと関心させられる。他にも色々と興味深いエッセイが収録されているが、個人的な好みは「わり食う山羊座」。自分が山羊座だから過度に共感(している気になっている)だけなのかもしれないが、書いてあることがよくわかる。コツコツ地道に物事に取り組む山羊座(その中でも特にA型)は、細かいことが気になり、その細かいことに注意を向けている間に、他の星座の人は軽やかに別の場所に向かっていたりする。それをチラッと一瞥した後、山羊座はまた同じ細かいことを考え始める・・・というように、とにかく地味な存在なのだと思う。でもだからといって何か対策ができるわけではない。地味なりにコツコツ何かを積み上げるしかないのだろう。
特に印象に残った箇所は以下の通り
・しかしこれだけ相性の悪い山羊座・天秤座の組み合わせなのだが、それで結婚生活が破綻をきたすかというと、そうでもない。いつまでたっても事態はちっとも改善されないのだが、ぶつぶつと文句を言いながらもなんとかうまくやっている。これは山羊座が生来わりを食うことに慣れているからかもしれない。あるいは天秤座がいざというところでうまくバランスをとっているからかもしれない (p.19-20)
・たとえ一行も書けないにしても、とにかくそのデスクの前に座りなさい、とチャンドラーは言う。とにかくそのデスクの前で、二時間じっとしていなさい、と (p.44)
・我々は自分以外の人間になることはできない。これは根本的な原則である。でもそれにあわせて自分にあったスタイルを身につけていくことは可能である (p.156)
・それは金とは関係のないことなのだ。それはいわば想像力の問題なのだ。想像力というものがあれば、我々は大抵のものは乗り切っていけるのだ。たとえ金持ちであろうが貧乏であろうが (p.201) -
Posted by ブクログ
ネタバレまあ、なんというかこれはもはや村上作品、といってもよいでしょうか。
以前『ロング・グッドバイ』の村上氏訳でも感じましたが、やはり雰囲気が村上氏なのですよ。
『ティファニーで…』はあらすじのとおり、何とも天真爛漫な破天荒な「あばずれ」(あえてこう表現しますが)に皆が魅了されてゆくさまを描きます。
小説家として世間からやや距離をおいた主人公が、女性に振りまわされつつ物語が紡がれるのは村上氏の長編での典型ですが、そういう所もやはり村上氏のお気に入りなのでしょうか。
なお本作は解説も村上氏ということで贅沢この上ないのですが、村上氏はかつて高校の時に原書でカポーティを読んでこんなの絶対に書けないとその洗練さにたじろいだとか。
残念ながら翻訳では原書の流麗さは分からないのですが、村上風『ティファニーで朝食を』を十分堪能することができました。
その他、掌編の「花盛りの家」「ダイアモンドのギター」「クリスマスの思い出」が収録されていますが、どれも味わい深い翻訳でした。
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ということで、カポーティの作品でした。再読でしたが楽しめました。
村上氏の作品・作風が好きな方はお気に召すのではないかと思います。