村上春樹のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
レイモンド・チャンドラーの村上春樹翻訳シリーズ。過去に読んだ「ロング・グッドバイ」、「さよなら、愛しい人」がいずれも素晴らしかっただけに期待していたけれど、期待を裏切らない作品。
チャンドラーの作品における印象的な主人公である探偵フィリップ・マーロウが初めて登場する作品である本作も、自由に、かつシニカルに動き回る彼の姿を堪能できる。
依頼人からのさほど複雑ではない依頼を解決するために動き回るうちに、彼の周りで多くの殺人や起こり、そして行方不明になった一人の人間を見つけることが、依頼人にとっての本当に依頼ではないかと気づく。「大いなる眠り(The Big Sleep)」というタイトルは、この行方不明者の行方と、彼を待ち続ける依頼人の二人の姿を暗示する。
まっとうに面白いハードボイルド小説の極み、長らく未読の「リトル・シスター」もこれを機に再読したい。 -
Posted by ブクログ
1995年3月20日に(昨日がちょうど事件から19年目でした)
オウム真理教による地下鉄サリン事件が東京で発生しました。
死者は13人、被害者は6300人(本書には3800人)にものぼりました。
事件当時僕は17歳で、教室で1時限目か2時限目の生物の授業の時に、
教室に入ってきた先生が興奮しながら「ひどい事件が起こった」
といって、結局授業にならなかったことを覚えています。
そのくらい、インパクトの大きな事件で、その後もしばらく
世間はこの事件とそしてオウム真理教に関する報道にくぎ付けになりました。
本書は小説家・村上春樹さんが初めて手掛けたノンフィクションで、
彼がインタビュアーとなって、62人の被害者や関係者に事件のことを
語ってもらった、777ページに及ぶ大作です。
その日、何が本当に起こったのか。
事件の当時、地下鉄駅構内や周辺では具体的にどうだったのかは、
事件後マスメディアからは語られなかったようです。
語られるのは、正義の「こちら側」から断罪するように分析され糾弾される
悪の「あちら側」すなわちオウム真理教だったようです。
つまり、「こちら側」と「あちら側」を対立させ、相互流通性を欠いたかたちで
一方的に「あちら側」を責め立てる論調があったようです。
しかし、そこで著者はあとがき的なところでこう述べています。
「あちら側」の論理やシステムを徹底的に追求し分析するだけでは
物足りないのではないか、もちろんそれは大事で有益なことだが、
それと同じ作業を同時に「こちら側」の論理とシステムに対しても
平行に行っていくことが必要ではあるまいか、と。
このあたりについて「どうして?」と思う人は、本書を手に取ってみてください。
62人のインタビュイー(語り手)から語られることは、
たとえば同じ地下鉄を利用した人ならば状況は一緒なのですが、
そのときの対処の方法、感じたことや考えたことは十人十色で違います。
そして、その違うそれぞれの体験によって、事件当時の様子が多角的で
部分的にわかるようになっています。
インタビュイーの方々は、たぶん警察の事情聴取を受けておられるでしょうから、
語る内容が整っていて、対象化されていますが、
それは、もしかすると、書き起こし文の編集をした著者によってそう読みやすく
されたところが大きいのかもしれないです。
意外に思われるかもしれないですし、不謹慎とさえ誤解されるかもしれないですが、
インタビュイーのひとたちの人生を交えて語っていることが多いのですごく興味深く、
面白かったりします。笑えるようなことを言ってる人もいる。
こういう人もいるんだなぁ、大変な仕事をされているなぁ、
だとか、そういう感想を持ちながら読むことになります。
そうはいっても、そのインタビューの大部分であるところは事件の体験なので、
ぐっと気を引き締めたりしながら読む場面もあるのですが。
それだけ、本書は被害者の人生の一場面としての事件であり、
その大きさを語っているでしょう。
被害による「縮瞳」という症状、
後遺症とみられるような健忘の症状や疲労のしやすさというものが
多く告白されていました。
それで、ここが一つの問題なのですが、
サリンを撒いた犯行そのものによる被害と、
その後の社会の無理解からの被害がこの事件にはあると言われていました。
「もう時間がたっているんだから事件の被害のことは言うな」というような空気、圧力ですとか、
「あの人はサリン被害者だ」という差別があったようです。
それはどうなんだ、と思いますよね。
現代人の冷たさです。
原爆被爆者を差別するというのもありましたが、
サリン被害者もはみ出し者扱いをするムラ社会がこの日本の社会なのでしょう。
なので、本書でも、仮名でインタビューを受けておられる方が多くいらっしゃったようです。
安心社会とは、はみ出し者を無視したり迫害したりする排他的な性格を持っています。
それを信頼社会に移行していこうとする考えももちろんあって、その方が良いよなぁと、
僕もなんとなく考えていたりします。
信頼が裏切られた場合に機能する法律、
一定の道徳感覚・倫理感覚が社会全般で共有されているという信頼の前提があってこそ
「ムラ社会(安心社会)」後の「信頼の社会」は機能するのでしょう。
とまぁ、いろいろと考えさせられます。
オウム真理教の問題は、いまなおはっきりしない部分もあります。
そんななかで、事件を風化させないための力をもった本です。
あとがき的な部分はちょっと難しめですが、
「物語」が必要だ、などと語られる論説に繋がったものですので、
そういう知識や経験がある人はわかると思います。 -
Posted by ブクログ
ジャズが好き、和田誠さんの絵が好き…で購入したのですが、この本を読んで村上春樹さんの短いエッセイのファンにもなりました! 行間から、「音が聴こえてくる」んです。この本を読んでから聴いたビル・エヴァンズ「My Foolish Heart」、マイルズ・デイヴィス「Four &More」…ああ、村上春樹はこの音をそう表現するのか…と、うっとりしました。まだ聴いていないとっておきの曲がまだまだたくさんあって、考えるだけでわくわく。CD化もされていて、村上さんがエッセイを添えていますが、これも涙もの。ジャズとはどういう音楽か? 村上流のめちゃくちゃ素敵な答えがそこに。これもぜひ読んでみていただきたい名エッセイです♪♪
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Posted by ブクログ
レイモンド・チャンドラーの長いお別れ、村上春樹訳。
まずそのタイトルに惹かれた。ロング・グッドバイ。
なかなか粋なタイトルである。
フィリップ・マーロウの織り成す物語に、
読んでみて大分想像してたものと違っていた。
いわゆる推理物と呼ばれる、事件が起きて推理していって犯人を暴いていく、
そんな王道パターンとはどこかズレているような、
まずもって、人間臭さが全開である。そして何処までもキザな。
そんなフィリップ・マーロウという男の魅力を存分に味わう、
読んでいくうちに珈琲を深く味わうような、
そんな苦味にも似た切なさがそこには広がっていた。
ハードボイルドとはこういうことなのかもしれない。 -
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第三の新人と呼ばれる作家たち・・・恥ずかしながら、ほとんど読んだことがなかった。
代表作といわれるものが一作、読んだことがあるかどうか。
『翻訳夜話』を楽しく読んだので、この本も読んでみようという気になったのだが・・・なかなか馴染みのない作家の、しかも初めて聞くような作品ばかりで、びっくりした。
もう少し、本文の引用があるとうれしかったけれど・・・
読んでいくと、どこか、村上ワールドに重なるような何かをもった作品たちなんだな、と思わされた。
特に、達者とされる作家(吉行淳之介や丸谷才一)の中に、ぎこちないなにか、ごつごつしたなにかを感じ取る、こだわりのようなものを感じた。
巻末についている、編集者による読書案内も、丁寧に作られていて、好感が持てた。 -
Posted by ブクログ
村上春樹さんはホントのように嘘のお話を書くのが上手い方だなぁ、ということをしみじみ感じ入りました。マイ・スニーカーストーリーなどは「えええ!?嘘でしょ?でもホントかな?」と突っこみながら読んでいたらやはり嘘だったので大笑い。ユーモアの中に知的センスと哲学がさりげなく含まれていて、誰かがそう簡単に真似できるような類のものではないとおもいます。安西水丸さんのイラストにも同じことが言えますね。真似できそうで出来ない、親近感をもたせながらどこかきわめている。そんな感じ。忘れかけていた遠い日の夢を呼び覚ましてくれる、大人のポエム、大人のメルヘン集ともいえる本だと思いました。
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ネタバレ6話の短編。
いくつか挙げると、
「TVピープル」は身近なところに忍び寄る謎の生命体の話。彼もTVピープルになってしまったのだろうか・・・。
「我らの時代のフォークロア」は時代のせいなのか交わることのない彼と彼女。彼に残されたのは脱力感や無力感であり、そんな終わり方がよかった。”深い哀しみにはいつもいささかの滑稽さが含まれている。”
「ゾンビ」は短すぎる世にも奇妙な物語。短い。でも、最後の一文がここまでが序章であり、この後に続く長さを物語っていておもしろい。
「眠り」は眠れなくなる女の話。不可解な現状にありながら日常を生きていくことによる自分の変化。心理描写が上手いです。ただ、どうにも結末がよくわからない。彼女は何に揺らされているのだろうか。
どれも自分の立っている場所がわからなくなるような不安定さを感じさせる謎の多い奇妙な話ばかりです。 -
Posted by ブクログ
『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を訳した時のことなどを両氏があれこれ語っている内容ですが、
これは一粒で何度もおいしいような本ですね。
『キャッチャー』の巻末に理由あって載せられなかった訳者解説は読む価値があるし、
サリンジャーという人物にまつわる話もおもしろいし、
翻訳の奥深さを感じさせてくれる内容だし、
アメリカ文学の解説としても分かりやすい。
家に眠ってる米文学本でもぼちぼち読んでいこうと思いました。
『キャッチャー』の原書と野崎訳の『ライ麦畑でつかまえて』も家に眠ってるので、
時間があれば読み比べてみようかな~。
時間があれば、ですがね。
バルトは「作者の死」なんて言ってますが、
文学についてあれこれ言うのは、それはそれで楽しいことですよね。