鈴木涼美のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
慶應と東大出て、日経の記者でAV女優もやってたっていう涼美さんの経歴が大好きです。やりたいこと、全部やって生きている感じ。
けっこう下ネタや夜の世界のことが書かれているけれど、
氏の筆力で論壇チックでしたよ。
お母さまとのコンプレックスの章が、やっぱりわたしには
かさぶた剥がすような痛みがあって、それでも向き合いたくて、
結果とてもおもしろかったです。
表紙、ご本人です。美人さんですね。
【本文より】
・それでも私たちは、自分が新しい世界に出会う度に、誰かに複雑な思いをさせていることには自覚的であるべきだ。
・「大学出てオトナになったらさ、理不尽なものに頭下げたり、礼儀としてダサい恰好したり、自分の都合より会社の都合優先したり、好みと反対のことさせられたり、そういう場面って絶対あるでしょ。」
・否定しながら愛し、愛しながら許さないというのが、母の一貫した態度であった。そして、否定し続けても愛しており、愛してはいても絶対に許していない、ということを理解するくらいの人間に私を育てあげた自信は失っていなかった。 -
Posted by ブクログ
※まだ読み途中
圧倒的に強いジャケットに惹かれて読んでみる。
中央公論.jpで約1年間連載された内容の総集編。改題前は『夜を生き抜く言葉たち』、書籍化にあたりタイトルが攻めたものに変わっていることがわかる。これはおそらく正解だと感じる。
元AV女優という生き方が色濃く反映された内容ではあるが、慶應大学や東京大学大学院、その後に日経新聞に勤めるという素養の良さと文章に長けた能力の持ち主であることもわかる。
タイトルの通り、幼き頃から読書を通して育った著者の、その時々で思い入れのある本を紹介する内容である。前述したかなり変わった経歴、嗜好により、かなりの珍しい(?)作品が多く取り扱われていた。夜に関することや、身体のこと、時にはエロに近い内容で、著者の持ち味がかなり発揮されていて面白い。
ちなみに、本書は『アドレッセンスというものの中を突き進む若いオンナノコたちに向けて書いた』とされているのでわたしは対象読者ではないのかもしれないが、それでも手にとって良かったと感じる。
その理由としては、文章能力かと思う。面白く魅力的な読書感想文はこういうものか、という観点で読んでました。内容も相まって、かなり惹き込まれることは間違い無いです。
読書感想に自己の体験をこのように埋めるのかと感嘆していました。しかも、紹介されている本について読んだことがなくタイトルも聞いたことがない物が多数だったが、なるほどそういう話なのかと少しながらでもわかった気になっていた。一冊あたりの本の紹介が長すぎず短すぎないのもよく、この人が何に興味を持ち何に関心があったのか、どういう成長過程だったのかわかるのも良かった。また、紹介される本も、自己啓発本やビジネス本の類ではなく、物語やエッセイ集など肩肘張らないもので構成されていたのも良かった。 -
Posted by ブクログ
別の作品目当てに買って、つまみ読みしていた文學界2026年6月号。芥川賞候補作の中にあった本作が、その号に掲載されていると知ってダンボールの中から引っ張り出して読んだ。
妊娠をきっかけに、夜の街を歩きながら自身の過去を振り返る主人公・茜。
夜というのはなんだか色々考えすぎてしまう。それこそ見通しのよくない夜道をふらふらと歩いていくみたいに過去を遡って考えたりして、なぜ自分はあんなことをしたのか、とか思う。うじうじと悩んでいるうちに朝が来て、太陽が空の色を黒から白、白から青へと変えていく。それにつれて頭の中に黒く立ち籠めてた悩みも薄まっていく。みたいなことはよくある。
そんなふうにして考えるのはたいていはちっぽけな悩みだけど、本作で扱われるのは、妊娠(命)と、それに伴い思い返される自身の過去の過ち。けどそんな重いテーマでさえ、他人から言わせれば、そんなに考えすぎないで良いんだよ、ということもあるんだと思うと救われる。
でもそんな救いも一瞬のもので、夜が来ればきっとまた人間は悩みの中を彷徨い歩く、というのを繰り返す。
僕自身も、悩んだり落ち込んだりしたとき、家でじっとしていられなくて散歩に出かけることがある。自身の過去に罪の意識を持ち、夜の街でもがく彼女のことが愛おしく思えた。
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Posted by ブクログ
さすがいろいろな経験を経ているだけあって?面白い。私も守りに入らずもっといろいろ経験したらもっと深い人になれたかな。傷つくのはいやだけど。
雑誌『ダ・ヴィンチ』に連載されていたものなので、必ず本や映画やドラマなどが取り上げられていて、読んだ本があると嬉しいし(綿矢りさ『パッキパキ北京』)、読んでいない本だと読んでみたくなる(角田光代の「夏のマリー」(『これからはあるくのだ』所収とか)。
疑問に思っていたことを問題にしてわかりやすく解析してくれたり、なるほどなぁ~と勉強になったり。
「結婚とは、自分の罪を許し、幸福になる資格を自らに付与する儀式」(p118)なのだったらいいな。
それにしても友人たちとの女子トークが楽しそうでうらやましい。
p19
「自分で簡単に太刀打ちできる事態を神に頼ったとき、なくなるのは苦痛ではなく努力らしい。太らないシュークリームには毒がある。」
p33
「過去の恋や傷が人の深みを作るのであれば」
p35
「恋愛過ぎ去りし後の人生が変わる」
p44
「自分の幸福のために一緒にいるから。彼女が好きなのは「表面だけ舐める楽しみ」、「楽しいの数珠つなぎ」」
p48
「一生男の話をしていられるのは、彼らが滑稽で面白く、いつまでたっても手がかかるし、アホくさいことをしまくるからなのだろう」
「母について語る女性作者は多い(中略)娘の眼差す母親はやはり複雑で滑稽、語るに値するものなのか」
p56
「明日何をしようということが極めて純度の高い好奇心や興味、そして根拠なき地元への愛」
p59
「一人の中に矛盾なく同居する親しみやすさと聡明さ、愛らしさと信頼度、明るさと真面目さみたいなもの」
p69
「嫌われたくないという我々常識的な大人が、ギャーギャー騒ぐ女子たちに恋愛で勝つことはないんじゃなかろうか」
p75
「明るく振る舞っているけれども実は悩んだり辛かったりすることがある、と言っておいた方が多少の知性を醸し出せる」
p89
「人を信じる強さ」
p116
「島本理生の小説『天使は見えないから、描かない』に、結婚についての至言がいくつも書き込まれていた」
「堆積した時間とそこに落としてきた自分の人生が重た過ぎるため」
p122
「追い詰められたときほど実はフィクションに救われる」 -
Posted by ブクログ
上野千鶴子さんと鈴木涼美さんがお互いにリスペクトを持って手紙を書いているのがすごく伝わる。
2人の対談はそれぞれのパーソナルな部分をえぐるものだけれど、真摯なやりとりが成立していることに感動する。
内容として印象的だったのは、「被害者」と呼ばれたくない、「弱者」であることがガマンできない、ウィークネス・フォビアの話。
上野さんの「ご自分の傷に向きあいなさい。痛いものは痛い、とおっしゃい。ひとの尊厳はそこから始まります。自分に正直であること、自分をごまかさないこと。その自分の経験や感覚を信じ尊重できない人間が、他人の経験や感覚を信じ尊重できるわけがないのです(それを前便でわたしは「『被害者』を名のることは、弱さの証ではなく、強さの証」と書きました)。」という言葉が、自分にも響いた。
そして、鈴木さんの「構造自体を疑う」ということと、「とりあえず今の現実で傷つかないよう対処する」ということを、「しっかりバランスよく両方やらなくてはいけない」というのもよくわかる。
「エロス資本」「母と娘」「恋愛とセックス」「結婚」…と対談テーマが12個もあるので、刺さる部分、考えさせられる部分がきっと読む人それぞれにあると思う。 -
Posted by ブクログ
鈴木涼美さんが五歳だったことの香りの記憶からはじまり、その後もターニングポイントといえるような印象的な記憶を追うエッセイで、これまで読んできた文章とは少し筆致が異なる気がしたし、けれど巨乳の人格に目覚めたり、P活女子高生としてパンツを売ったり、キャバクラで荒稼ぎしたり、友人と狭いアパートで飲み暮らしたり、いつもの饒舌っぷりは変わらないような気もした。
なんだろう、それによる回顧と哀愁と諧謔と慈愛のさじ加減があまりにも絶妙で、端的にめっちゃいい文章だなぁと思いながら読んだ。
教養があるご両親のもとで文化的資本を受け、いいところの私立小学校から、都心の大学附属校に進学して、渋谷で遊びながらそれなりの成績はつねにキープしてして、後のビリギャルと同じ大学にそつなく合格して、その後の異色の経歴が続いていく彼女が、じつはいかにふつうの女の子であったかというのを初めて垣間見た気がする。
クラスにいるキラっと目立つ女子や、男の子からの視線を集める人気の女子を羨み、劣等感を抱きながら、しかし少しずつ自分の武器をみつけながら成長していく姿には悲壮な勇ましさがあった。
そしてそして何より、結婚されたのは知っていたけど、まもなく一歳になるという娘さんが突然でてきてびっっっっくり。
〈無防備な寝顔が、広大な都会に酷く傷つけられることがないように。〉という一文にこめられる慈愛に震えた。
芥川賞受賞とはならなかったけれど、小説のほうの新刊『悪い血』を読むのがますます楽しみになった。