鈴木涼美のレビュー一覧
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平成を彩った女性ファッション雑誌の特徴、分類、影響などについて熱く語られた一冊。
90年代のこの文化のど真ん中にいた著者の言葉は独特でリアルで生々しくて熱い。
単なる流行ファッション誌ということに留まらず、女子を微細なまでにカテゴライズし、生き様やアイデンティティやロールモデルを提示し、個性の余地を残しつつも「外さない」戦略的なその紙面は、平成文化史の一面として興味深い。
ファッションに限らないけど、スマホ&ネットがなかった時代は、買い物一つのインパクトが大きくてハズレるリスクもあったので、マスメディアが作るイメージや「外さない」領域が示されていていたことの影響は大きかったのだな。 -
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ネタバレp30
本当は、無意味の自由こそ最も大切にするべきことだったはずなのに、大人はそれを自ら手放してしまうのです。
p41-42
伸びるよりも咲くことを選ぶある種の人々の生き様は、自分の若さがいつか必ず喪失するものであるとは信じたくない私には、潔く思えました。彼女たちを目の前にすると、昼の光の下で男と肩を並べて、無骨なまま輝こうとする女性たちはどこか愚鈍で要領が悪いような気がしたのです。
p70
そのかわり、自分がどんなに矛盾しても罪悪感に押しつぶされたり、疑問を抱いたりはしません。不条理な東京にいるのだから、個人も不条理であるに決まっているからです。
p148
昼の職にいた時に感じた、オカネについてやや不自由な気分というのは結局は比較的安全な場所にいる人というのは不運に対して許せる器量が目減りするという事実に依っているのではないかと思うのです。
p178
でも、言葉に不具合がないと思っていても、人生に感じている不具合が言葉に起因するものであれば、やはり言葉に関係しているとも考えられる。
p219
私には経験とは時間でしかないという感覚が、それこそ経験的な直感としてあるからです。
p221
空っぽな時間はそれでとても尊いものだし、空っぽな時間をふんだんに散りばめた私の若さは良質な青春だった。
官能小説を思わせるような表紙はどこか挑発的で、著者のバックグラウンドも込みで興味を惹かれ購読。楽しい読書時間でした。
著者の想定するターゲット外にいても、文章は、ある種、冷笑的、論理的と言えばいいのか、それ以上に論理主義的で清々しさすら感じます。つまりは、恐ろしいほどに客観的、俯瞰的であるし、AVや売春に対する後悔や嘲は感じられず、そこには冷徹で理知的な視点があるようにも思えました。
オトナやオンナ、オカネという単語に意味以上の意味と、視座を与え、読む人の価値観にも影響を与えるような文章。
書評、エッセイ、と一言で言えばそうなのですが、赤裸々で一般的な本の紹介文とは一線を画す。何より話の構成、導入がうまい。この人にしか書けないものを読んでいる、という感覚は心地よく、新たな気づきも多い読書時間でした。 -
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著者の鈴木涼美は、慶応大学在学中にAV女優としてデビュー。その後、東大大学院に進み、日本経済新聞社に入社して新聞記者となるという異色の経歴を持つ。2016年に亡くなった母は児童文学研究家で翻訳家の灰島かり、父の鈴木晶は翻訳家で法政大学教授、エーリッヒ・フロムの『愛するということ』の訳者でもある。
「アドレッセンスというものの中を突き進んでいく若いオンナノコたちに向けて書いた」と著者が書くように、若いオンナノコが向き合うことになる性の問題について、身体の商品化の眼差しと意識化という観点を軸として、著者ならではの言葉を重ねている。
【概要】
『娼婦の本棚』では、以下の20冊の本が紹介されている。自らの経験と意見を絡めたその文章は書評として、とても整っている。そして、著者の経験がその言葉を特異で説得力のあるものにしている。
ひとまず、それぞれの名著をネタに語られる内容を一行にして、20冊を紹介してみる。
■ 『不思議の国のアリス』 ルイス・キャロル
・女の子だからこそ得られる意味からの自由の素晴らしさと脆さについて
■ 『”少女神” 第9号』 フランチェスカ・リア・ブロック
・青春の不安定さと見えなかったオトナの弱さについて
■ 『悲しみよこんにちは』 サガン
・聖母と娼婦の両極性と相補性。相反しながらも両立する価値と魅力について
■ 『いつだってティータイム』 鈴木いづみ
・「制服」が持っていた魔法のレッテルと束縛について
■ 『pink』 岡崎京子
・お金をもらって誰かと寝るという経験から見えることについて
■ 『性的唯幻論序説 改訂版』 岸田秀
・男女のワカラナサを壊れた本能を補うわれわれの幻想で説明することについて
■ 『蝶々の纏足』 山田詠美
・身体の商品化と眼差しが自らの中に生む卑屈さや軽蔑について
■ 『わが悲しき娼婦たちの思い出』 ガルシア=マルケス
・身体と引き換えにお金を払うことによる罪悪感の消去と関係の非対称性について
■ 『大胯びらき』 ジャン・コクトー
・少年期と青年期の乖離と一方での女性の身体性の言語化について
■ 『遊女の対話』 ルーキアーノス
・夜の街のお金の論理と倫理について
■ 『ぼくんち』 西原理恵子
・ドストエフスキーの『白痴』とおねえさんの崇高性について
■ 『大貧帳』 内田百閒
・幸福と不幸と心の許容度について
■ 『シズコさん』 佐野洋子
・母と娘の支配関係と赦しについて
■ 『夜になっても遊びつづけろ』 金井美恵子
・早逝するセックスシンボルたちの運命とオトナとなって生き延びることについて
■ 『私家版 日本語文法』 井上ひさし
・言葉について自覚的になることと、そして言葉を整えることについて
■ 『モダンガール論』 斎藤美奈子
・「女性」の歴史、性差別の根深さと階級差別との区別について
■ 『ちぐはぐな身体 ファッションって何?』 鷲田清一
・制服という制度による属性付与と、制度からの逸脱と縛りについて
■ 『桃尻娘』 橋本治
・意味のない言葉の渇望と必然性について
■ 『モモ』 ミヒャエル・エンデ
・「時間」というもの「経験」というものについて
■ 『風の谷のナウシカ』
・腐海と風俗街との相似性、善悪二元論の否定について
【所感】
紹介された20冊の本は、かなり有名な本が多く、著者や本の名前は知っているというものが多かったが、なぜか読んでいない本ばかりだった。例えば、『不思議の国のアリス』や『悲しみよこんにちは』、『モモ』といった本読みの中ではほぼ必読本クラスなのになぜか読んでない。また、山田詠美や金井恵美子は、著作は手に取ったものの、あまり他に食指が動かず、ここで挙げられた本は読んでいない。その著作はほとんど読んでいる岸田秀の『性的唯幻論序説』は、内田春菊さんが表紙の装丁を担当された改訂版の方は読んでなかったりした。
「アドレッセンスというものの中を突き進んでいく若いオンナノコたちに向けて書いた」という著者の選書の意図が当たって、オジサンである自分には刺さっていなかったということはあるだろう。つまりは、読む本を選ぶときに図らずも性差のバイアスがかかっていることの証拠なのかもしれない。自己の一部が読んだ本によって形成されるのであれば、今の自分がバイアスがかかったものであることを自覚する必要があると改めて感じ入った。
また、通底するテーマでもある身体の商品化に関して、男性である自分は、少なくとも同じ意味では自身の身体の商品化について意識することはなかった。もちろん、女性でもこれまで自身の身体を商品として見ることはなかったという人は多いとは思う。しかし、実際に金銭と引き換えに売るということを行為を具体的に想定しなかったとしても、商品化の可能性を自覚し、比較の眼差しに暗黙的にでも晒されるということだけでも世界をどう認識するのかという影響は出てくるのだろうと思う。そういう普段考えたこともないことを考えさせる本だった。 -
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ハマトラ、ニュートラの女性たちを仰ぎ見て、心をときめかししてきた世代としては、昨年の紙のJJがなくなるというニュースはものすごいショックでした。そのJJを中心とした女性誌クロニクル。1975年のJJ創刊から始まる女性誌カンブリア期は、消費文化という観点からの女性の生き方の多様性を提示し、次々と新しいロールモデルを輩出して来た時代です。でも、3年前に大学生に洋服の情報は雑誌じゃなくてインスタから得るの?と知ったかぶりなインタビューをしたら、いやインスタも見ずに、googleの画像検索という答えを聞いて、雑誌時代の終わりはなんとなく予感していました。それでも、きっとこれからも女性と社会の接点は変わり続け、だからこそ自分のアイディンティファイに立ち向かう必要は進化し、それだからこそ雑誌時代にあったコミュニティとかカルチャーとかはますますニーズが高まる気がします。それを誰が、どんな風に担うのだろう…
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学歴、不倫、出身地、等たくさんの切り口で、真逆な選択をした女性達の幸福と不幸が描かれている。著者の鋭い分析力と流れるような文章によって、もはや内容なんてどうでもいいからこの文章を読み続けていたいという気にすらなるが、登場する女性達が多様でありながらも、自分自身に重ね合わせたり、そういう人いるいると知人に重ね合わせることができる。
著者があとがきにも書いているが、女性の人生は抑圧され差別されてきた祖母の時代から、それを一生懸命打ち壊してきた母達の時代を経て、今は差別されながらも多くの選択の自由を与えられている。しかし選択の自由を与えられたからこそ、言い訳ができない苦しさや寂しさがあり、選択の自由を与えられてもなお、女しか子を産むことができず、それも35歳までじゃないと安全じゃなかったり妊娠しづらかったりする。未だに女性であることで縛られる部分や、選択を男性ほど自由に組み立てることができない不自由さがある。そんな苦しさや、あの時にこうしていれば自分はもっと幸せだったんじゃ…と誰しもが考えてしまう隣の芝生を、実際覗いてみたらどの芝生も青くなんかなかったと著者が教えてくれる。 -
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慶応大→東大院卒→日経新聞勤務かつキャバ嬢&AV女優経験あり、というトンデモエリートな著者による30代女目線のオトコぶった切りコラム。男女関係で落ち込んでる時に読んだら元気出そうな内容でした。面白い。女性同士のお喋りに近いリズムの文章が、ダラダラ女友達としょうもない話をしている時間のようなスッキリ感をくれる。
・未知なる女の持ち物事情
・アラサー女の真のスッピン
・間違いだらけのフェミニズム
・女性活躍社会の不都合な真実
が特によかった。
女性活躍を本気で後押ししながら嫁には若くてバカでかわいい女を選ぶ、そんな自分に何の矛盾も感じない男性、とかあるあるですね。 -
Posted by ブクログ
ミクロな視点で風俗嬢たちの現実を見てみると、それはとても平凡な女の子たちのリアルな生き方だった。資本主義のスペクタクルにすっかり覆われた彼女たちの視点は時に非常に驚くが、細かい点を除けば、あとはどこにでもいる女の子。生き方とは、自分の価値や居場所をどこに設定するかであって、その選択権はすべての人々に平等に付与されているもの。体を売って生きるという生き方も世の中にはある。女の体は売れるし、若ければ若いほど、クオリティが高ければ高いほど、高額で取引される。自分の価値(値段)をすごく客観的に眺めている彼女たちはタフだなぁと思う。誰だって、自分にはお金では測れない価値があると思いたいじゃない。というか、そう思った方が楽じゃない?と思ってしまうのは、私がまだ自分の価値(値段)を知らないからなのだろうか。
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鈴木涼美さんという著者のことを一切知らずに、ただタイトルでおもしろそうだなーと読んでみた本だったのですがどストライクでした。
慶應卒で東大の修士ってすごいですね。そして日経新聞社勤務の後にAV女優て。どえらい経歴だ。
エッセイ中にはセックスとかホス狂いとかデリヘルとかそんな単語が臆面もなく散らばっているのですが、ちっとも下品だったり馬鹿っぽく感じられたりしないのは、著者の筆力と知性ゆえなんだろう。
地頭がいいと文章のテンポも良くて読みやすくてなにしろとてもおもしろい。
一種独特なんだろうけど、娘に対して依存するでもなく束縛するでもない著者の母親が素敵だ。
否定しながら愛し、愛しながら許さない。否定し続けても愛しており、愛してはいても許していない。
このスタンスには全く矛盾がないと思う。聡明で懐の深い愛し方だと思った。
そして娘にもその考え方や姿勢や愛がきちんと伝わっている。私もこんな風な母娘関係を築きたい。
他にも、オンナとしての人生や、愛についてや、夜の世界についてや、著者による目新しくて斬新で清々しい見解をたくさん発見できました。
とにかく最後まで興味深く読ませてもらえる濃ゆい一冊でした。