鈴木涼美のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
赤坂憲雄『ナウシカ考』を読んだのが2019年。
まさかの、宮崎駿と鈴木敏夫がこの本を読んでいて、「こんなこと考えて描いていない」「けれども、この本はおもしろい」と感想を述べている。
漫画版ナウシカが取り上げられるのは、扱っているテーマと今の状況に重なりがあるから。
でもって、ナウシカが行った最後の選択が、サラッと読むだけでは「よく分からない」からかもしれない。
「人類全体にとって重要な決断を、ナウシカ一人の直感で決めてしまってよいのか。」と長沼毅は語っている。
「シュワの墓所の科学力をうまく活用して、人間にとって劣悪な環境を改善し、人間性を向上させていくという物語の展開だったらよかったのに」と。
でも、私は、ナウシカは「直観」的に、それを選択してはいけないと分かったのではないかと、思っている。
川上弘美の「『人類が人類として精いっぱい生きる』ということと、『人類がいつかは滅びる』ということ」の両立を述べているように。
カタストロフィ後の世界を扱った物語として、パッと頭に浮かんだのは、ニアサー後のエヴァの世界、つまり第三村だった。
文明が後退し、限られた資源を共有しながら、脆弱な人間たちは生きている。
第三村が「シュワの墓所の超科学力」によって救われる結末は、やっぱり相応しくないと思う。
インタビュアーは敢えて、現実世界には「生命を操る技術」(たとえばワクチン)が必要とされていることを、何度も問いかける。
今の我々にはまだナウシカ的解答が出来なくとも、逆説的に?ナウシカが出した答えは、一つの古典に昇華したのだと思う。 -
Posted by ブクログ
慶應義塾大学在学中にAV女優したり、その後東大院にいったりホステスしたりマスコミで働いたり。そんなインテリと性的サービス業を往来してきた元文学少女で現在アラフォーという、プロフィール濃すぎる著者の文学談。
文章表現が面白いとオススメされて読んだ本ですが確かに絶妙な表現が多くて楽しめました。取り上げられてる本(山田詠美とかサガンとか)も4冊くらいは既読のものでした。
以下一部引用
「人はお金を払うことで矛盾を補えるという錯覚を持つため、幾らか迂闊になりやすい」
「本当は、無意味の自由こそ最も大切にするべきことだったはずなのに、大人はそれを自ら手放してしまうのです」
-
Posted by ブクログ
社会学、と言ってよいかはわからないけど、社会の一側面を見るには面白い教材。
風俗やキャバクラ、性をお金で買うおじさま達の悲哀が見える。
私はこういうお店は行かないので気持ちはよくわからないが、性はそれが犯罪でなければ多様性があった方が面白かろう、とは思う。
ただ、本質的に私はこの業界が好きになれない。
それは、女性の性を売買してるからではない。あるニーズがあって、それを満たすソリューションがあり、それをお金を出して買う人がいる。ただのビジネス。そこに良し悪しはなく、成立してるなら問題ない。
しかし、通常のビジネスは、さすがにここまで「お金」だけを中心に回っていない。依頼する/される(お金を出す/もらう)側のどちらの立場にせよ、社会的な行為なので、その仕事を通して相手への信頼感など、人としてのつながりが生まれる。しかし、この業界は特にサービス提供側にそういった他者への信頼が無く、金銭のやり取りしかない。何億も扱うような投資銀行を好きになれないのも同じ理由。機械を相手にしてる感覚になる。これは良し悪しの価値観ではない。個人的に感覚的に嫌なだけ。
★3つと低い評価なのも同じ理由。
著者の経歴からこれらの話が当たり前なのはわかるが、言葉の端々に感じられる、所詮は記号でしかない「お金」中心の考え方が本当に空虚で、読後にあまり得られたものがなかった、と感じてしまった。 -
Posted by ブクログ
多様化する女性のライフスタイル。どれを選ぶかの自由は格段に増えたけれど、気づけば同時に選ばなかった方の人生も降り積もっていた。何を得て、何を失ったのか。
「学歴」や「結婚」や「出産」、はたまた「旦那のスペック」や「出身地」などのテーマを掲げ、対照的な人生を歩むA子とB美、2人それぞれの言い分に耳を傾ける一冊。
贅沢な悩み、と言えばそうなのかもしれない。
隣の芝は青いなんて言葉は昔からあるけれど、2019年を生きる女性は確かに昔には存在しなかったわけで。自由だからこその不自由。選べたけど選ばなかったもう一つの人生が羨ましくみえてしまうことは往々にしてある。私に限って言えば、むしろもう一つの人生ばかり夢想して、今の人生を蔑ろにしている感すらある。
この本に出てくる女の子たちは、今の生活に大まかに満足はしているけどちょっと不満がある、という程度だが、まぁそこのところは私とは土俵が違う。
どうせ田舎で生まれたし、離婚した両親には頼れないし高卒だしキャリアもないし非正規雇用だし、若くして出産して遊んだこともないし、旦那は普通のサラリーマンだし賃貸住まいだし、特売のチラシは毎日チェックするし。
美人と言われて得したことなら結構あって、娘たちもよく似てると言われて可愛くて、とりあえずみんな健康だ。
それを差し引いてもどうだろう、ここまでの20何年間、恵まれた人生だったとはちょっと言い難い気がする。
けれど自分で選択してきた結果なんだよな。どうしてこんなに選ばされたみたいな気持ちになってしまうんだろう。
この人生を生きる今の私がA子だとしたら、B美はどんな人生だろう。岐路はどこにあったんだろう。
分からないし、分かることは生涯無いけれど、結局言えることは、すべてを手に入れたってしあわせなわけじゃない。同じなんだ。 -
Posted by ブクログ
「女だから」と言われて悔しくて手に取った本。
選択に迫られて選んだ方の道を生きるしかないが、選ばなかった道があるからこそ、過去のことでも悩み、時には落ち込み続けてしまう。
子育て、結婚、仕事のタイミングで悩んだり、自分にはできないことをしている人と自分を過度に比べたりしてしまうが、どんな選択をしたところでみんなそれぞれ不幸であり、それぞれの幸福がある。
社会に出て数年は、「女性だから」と言われることもなく仕事に集中してきたが、結婚してから世の中の「女」としての役割を求められることが増えてきて、生きづらさを感じるようになってきた。
出身や学歴など、変えられない過去をのろうこともある。だが、どんな選択をしても、捨ててきた選択肢の中にもそれなりの幸福はあったはずで、自分の選ばなかった選択肢を味わうことはもうできない。
ふと振り返って「こんなことがしたかったのか」と選ばなかった選択肢が恋しくなったり、自分が生まれ持たなかった素質を妬ましく思ったりもするが、他者との比較ではなく幸福を感じられるよう今を生きるしかない。