母でもなく娘でもなく愛もなく子宮もない。そんな風に遠巻きして読むと…。
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念のため述べておくが、エロ本と間違えたのではなくて、献本を戴いたものだ。自分でお願いした献本だが、もちろんエロ本と間違えたのではない。
著者を語るときには元AV女優で元日経記者、東大大学院、ということに触れないと行けないのだろうか。ヒトを肩書で見るなよなーと思いながらも、そういう肩書がついていなければ気が付かれないこともあるかもしれないので(僕もそうだ)、それはよしとしましょう。
さて、本書は、「テロをやってもかばうけど、AVに出たから味方をしない」という母と本人の、愛憎いりまじったというか母娘論、とでもいえばいいのかもしれないが、なにか見たこともないような文体で、私ってこうなの〜みたいなことが書かれていて、通常は本という50メートルプールを一気に泳ぎ切る僕に、途中で足を着かせた。というかプールから上がってしまった。
知らんがな。
本は著者との無言の対話だ。この人と対話、無理かな…しかし、今まで見聞きしてきた著者の言動から、対話可能だと思っていたんだけど…。
というわけで、一旦プールからあがった僕は、本人のブログを見に行った。
そこには、
前作が夜のお姉さんの恋バナやら女の子同士の猥雑な感じを
女の子同士特有のひたすら脇道にそれてそれてまとまらない会話を模した文体で綴ったものだったのですが
本作は夜のお姉さんの親子関係を
母親と不貞腐れた子供のぼそぼそ煮え切らない会話を模した文体で綴りました。
そもそも
その人自身の話って
ただその人自身の話ってだけでは
面白くないじゃないですか。
私はこういう人です
と言われても
知らんがなと思います。
普遍性のない個人的な話をするべきか否かという迷いを抱えながら書くくらいならば
目の前の灰皿について延々と書いていた方が
結局は自分について分かることは多いような気もするのですが、
今回の本では自分の話をかなりの枚数さいて書きました。
だと。わかっていてやっていたのか!
さて、著者のブログというビート板を手に入れて、僕は改めてプールを泳ぎきったのでした。
きっとこういう話に共感し、救われる人がいるのだろう、ということには想像が至るようになった。母親にも娘にもなったことがないが、この関係というのは本当に不気味な関係だと思う。父と息子の仲悪さはわかりやすいが、母娘というのは、ほんとキモチワリイ。
そして、著者にはなんらかのなにか(ってなんだ)を感じて、そこからのなにかは読み取りたいと思って近づいていったが、他の取材対象(?)の母子には、まだまだお近づきに慣れそうもないのであった。
結局のところ、50メートルプールは泳ぎきったが、泳ぎ切るチカラを身につけられたわけではなくて、なんとか対岸にたどり着いただけ、のような気がする。わかったような気がする、のではなくて、身につけたい。そんな焦燥感にかられる。
書いてあることがよくわからない本、というのが、当然存在する。いわゆる難しい本、にそれが多いが、この本はそうなのか? あるいは、愛か子宮があったら、もうちょっとうまく読めたのかな…。