【あらすじ】
かつて喫茶店で働いていた鳴海は、菓子メーカーの創業一家・南雲家から子守役として雇われる。そこで出会ったのは、気難しい少年の栄輝と、美しい年上の奥様・彌栄子だった。次第に心を通わせていく三人だったが、ある出来事をきっかけに、彌栄子から「二度と会わない」と鳴海は突き放され、関係が途絶えてしまう。
それから二十年。大人になった栄輝から、ある日突然「母がそちらに行っていませんか」と電話が掛かってきて……。
きっと、ページをめくるたび、あなたは力を取り戻していく。
傷も時間も刻んだ体で、どこまでも自由に踊り出すための物語。
『このあいだ用があって実家に電話をしたら、母から「市の健康診断でお父ちゃんの血圧が高かったので心配だ、もしあの人に先立たれたらどうすればいいのかわからない」という、母にとっては深刻な、しかしわたしにとってはものすごくどうでもいい話を延々と聞かされた。いいかげんな相槌を打ちながら、この人ほどきびしがり屋な人間を、わたしは他に知らない、と思った。ひとりでいることをとにかく恐れ、愛するよりも愛されたがる。』
『こっちが「賢く」あるまえば相手はこっちを軽く見て、いい気になってまた踏みにじってくるのだ。かわす、なんて。なんでこっちがそこまで我慢しなきゃいけないんだよ、あいつらが自重しろよ。その思いを説明するための語彙が、この時のわたしにはなかった。』
『自分が見たことがないのと存在しないのは違うんですよ。
「エミリ、わたしは減ると思うよ」
人の尊厳は、理不尽な扱いをうけるたびにごりごりと削りとられていく。つまりそいつらは、尊厳泥棒ということだ。』
『「おれはね、知ってる言葉が増えるのって、器が増えることだと思う」大きすぎる感情を小さな器に注げば溢れる。知っている言葉が増えると、いままでただ「むかつく」で処理していた感情を「こんなふうに言われて恥ずかしかった」「傷ついた」
「みじめだった」「でもみじめだと認めたくなかった」「だから、強い態度をとった」と細分化できる。
それぞれの器に注げば、溢れ出さない。よく器が大きいとか小さいとかいうけれども、おれは自分はきっと器の小さい人間なんだろうと思ってる、でも小さい器をたくさん持つことはできると思ってる、と暖は言うのだった。』
『若いんだから、のあとになにか続けようとしたように見えたが、三枝さんはそのまま口を磨んでしまった。二十五歳のわたしはその沈黙を、「突き放された」と受け止めた。四十五歳のわたしはそれを三枝さんの誠実さとして思い出す。安易ななぐさめの言葉を口にしなかったのだから。』
『世間一般の基準では、暖は「いい夫」ではないのかもしれない。男性が持っておくとよいとされるものをなにひとつ持っていなかった。たとえば学歴とか社会的地位とか資産とか。でも、そんなのはわたしにとっては全部どうでもいいことだ。どうでもいい、と思えるような相手と結婚できたこと自体、とてつもない幸運だった。』
【個人的な感想】
読んでいる途中で泣きそうになった。
ページ数はそこまで多くないのに、寺地はるなさんワールド全開ですごく好きな話だった。
無理にハッピーエンドにしようとしないところが好きだった。