島津家作品一覧
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4.7★電子書籍限定書き下ろしSS付き★ やつ【朽木】がいなければ、俺たちの天下だった。 本編では描かれない、他家の英雄たちの最期を綴った人気SS「老雄」シリーズを中心にまとめた初の番外編! シリーズ累計40万部突破!(電子書籍含む) 書き下ろし外伝、漫画:もとむらえり描き下ろし4コマ漫画などなど豪華特典を多数収録! 【あらすじ】 老雄──それは年老いた英雄。六角家の六角定頼、朝倉家の朝倉宗滴、朽木稙綱、毛利家の毛利元就、島津家の島津貴久、いずれも強大な指導力と影響力を持ちながら、この世を去った。俺こそが天下を獲るはずだったのに……そう夢見る彼らの野望を打ち砕いたのがそう、朽木家の当主・基綱である。 「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり」 これは本編では描かれなかった偉人たちの目を通した戦国サバイバル! 朽木へ仕官する決意を固める山内一豊、嫁いできたばかりの小夜、御家騒動に烈火する信長をはじめ、貴重な思い出が彩り豊かに蘇る! 新規番外編×2を収録したシリーズ初の番外編! 漫画:もとむらえり描き下ろし4コマ漫画も収録! <収録リスト> 老雄~六角定頼~ 老雄〜朝倉宗滴〜 老雄〜朽木稙綱〜 老雄〜毛利元就〜 老雄〜島津貴久〜 邂逅 帰郷 近江へ 御家騒動 焼き討ち 伴侶 野良田異聞 ★嫉妬 ★決意 ★:完全新規書き下ろし
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4.8お茶会ブームの戦国時代に、美少女茶器泥棒現る!? 消滅したはずの陰陽道、翻弄される半兵衛、良晴の妹が4人も増え、島津家久は上京。さらに本朝最後の鬼が蘇る!? 毛利・島津家の書き下ろし短編2本も収録!
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-さっと読めるミニ書籍です(文章量8,000文字以上 9,000文字未満(10分で読めるシリーズ)=紙の書籍の16ページ程度) 「役立つ」「わかりやすい」「おもしろい」をコンセプトに個性あふれる作家陣が執筆しております。 自己啓発、問題解決、気分転換、他の読書の箸休め、スキルアップ、ストレス解消、いろいろなシチュエーションでご利用いただけます。 是非、お試しください。 【書籍説明】 島津家の家臣の端くれの子孫である私にとって、関ケ原の敵中突破は格別な出来事です。 そして、いろんな本や資料を読み漁り、島津義弘と言う人を知れば知るほど、 侍の忠誠心や薩摩武士の精悍さと考える世間の敵中突破の評価に違和感を持ちます。 この本の目的は、その違和感の理由を説明し、人間関係としての島津義弘と家臣たちの話を、現代に生かすことです。 経営者として、今後それを目指すものとして、どうあるべきかを島津義弘は教えてくれます。 「自分は義弘になれるかな」と、少しでも考えていただければ、本書の目的は達せられたと思います。 【目次】 第1章 鬼島津の実像に迫る 四兄弟と祖父日新斎 第2章 島津の合戦法 寡勢で大軍を破るは、信頼関係あってこそ 第3章 朝鮮出兵 鬼島津誕生!味方にも敵にも礼儀を尽くすとは 第4章 関ケ原 義弘の苦手分野、関ケ原の軋轢と敵中突破の熱い話 第5章 関ケ原以後 天下を描いた教育は幕末へ 【著者紹介】 宮内露風(ミヤウチロフウ) 鹿児島生まれの52歳(2016年現在) 鹿児島大学卒 関西学院大学法科大学院終了 42歳で税務署を辞め弁護士を目指すが、試験の半年前に妻が末期がんとなる。 妻の介護と受験勉強をしつつ、完治を目指して職と住居を転々とするが、願い虚しく妻は他界。生きる目標を失い、3ヶ月無気力に過ごす。 その後、両親や友人たちの励ましで一念発起し、再び生きる理由を見つけるため、ウェブを利用して、幼いころからの夢であった執筆活動に入る。 作品はモバスペブックで連載中の歴史小説「巨人の城」、カクヨムで連載中の歴史小説「肥前の熊に薩摩の狐」「奇叛天」、 エッセイ「聞かせたい話があるんだ。」
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-将軍家御台所『篤姫』誕生の真の意味とは? 幕末の勝者・島津と戦国の覇者・徳川を同時並行で論じる! ――鎌倉時代から南九州を治め、幕末に栄光の時を迎えた島津家。室町時代から東海に活躍し、江戸幕府を開いた徳川家。はたして、それは対立の歴史だったのか……。幕末に島津斉彬の養女として、将軍・家定に嫁した天璋院篤姫。徳川と島津の雪解けのように言われる縁組だったが、江戸期の徳川・島津関係は、関ヶ原の遺恨による敵対関係では決してなかった!? 両家の創始から現代まで、著者ならではの斬新な論で、数多くのエピソードを鋭く紐解いてゆく。歴史ノンフィクション。 ※本書は2000年3月、同朋社より刊行された『葵の呪縛』を改題、大きく加筆・訂正、再編集し、文庫化したものです。
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4.0馬が日本の歴史を動かした! もともと馬がいなかった日本列島に、馬が持ちこまれたのは五世紀ごろ。 古墳時代の中期である。それを期に、この国は大きく変貌を遂げた。 「馬」という補助線をひいて、日本の歴史を考えると、これまで謎とされてきた事象が説明できる。 ○なぜ世界最大の古墳は、ヤマト王権の中心地であった奈良ではなく、大阪・河内地方にあるのか。 ○なぜ東日本最大の古墳は群馬県にあるのか。 ○なぜ九州最大の古墳は宮崎県にあるのか。 ○なぜ前方後円墳がもっとも多いのは千葉県なのか。 ○なぜ武士政権は東日本に誕生したのか。 こうした謎を解く鍵が「馬」なのである。 山がちでありながら、じつは日本列島には馬の飼育に適した草原が広がっており、東アジア随一の巨大な馬の生産国だったのだ。 おもな馬の生産地は北東北、千葉、山梨、伊勢、河内、九州南部。 すなわち奥州藤原氏、平将門、武田信玄、平清盛を輩出した伊勢平氏、源頼朝のルーツ河内源氏、島津家と、日本史に輝く武将の地盤と重なっているのだ。 徳川家康の生まれた三河も馬産地である。 古代から近代以前、馬は重要な輸送機関であり、軍事兵器だった。 だから高値で売買され、莫大な富を馬産地にもたらした。その馬産地から、馬の活用にたけた武力集団が誕生し、彼らが権力を奪取した。 この国のかたちを決めたのは「馬」なのだ。
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3.7下級藩士の家に生まれ、何度も島流しという不遇に遭いながら、なぜ西郷は藩内で重用され続け、維新のリーダーとなり得たのか。 その要因を薩摩国のユニークな風土、鎌倉以来の「名門中の名門」島津家の家風と歴史にまで遡りつつ解明。さらに日本の歴史教育が見落としている「朱子学中毒」という視点から、改革と弾圧とが繰り返された背景と西郷たちの苦闘の真相に迫る。 混沌とした歴史の点が線につながる、新たなる幕末維新史。 第一章 薩摩隼人のルーツ 第二章 名門・島津家の誕生 第三章 戦国大名・島津の台頭 第四章 家康が恐れた東アジア最強軍 第五章 琉球王国征服計画 第六章 亡国の朱子学 第七章「近思録崩れ」と「お由羅騒動」 第八章 島津斉彬と西郷隆盛の日本改革 第九章 奄美流罪と西郷待望論 第十章 大西郷の敬天愛人 第十一章 倒幕と最期の奉公 関連年表
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4.3慶長五(1600)年九月十五日、日本国内における史上最大の戦闘、関ヶ原合戦が行われた。動員された兵士数は実に15万人超、全国各地の大名が真っ二つに分かれ、まさに天下分け目の決戦となったこの戦いだが、豊臣政権崩壊の原因から戦後処理に至るまで、合戦の前後も含めて考えると多くの謎が残されたままである。なぜ家康は朝鮮に渡海しないですんだのか、なぜ家康暗殺計画は未遂におわったのか、なぜ上杉・直江は西に向かう家康の背後を突かなかったのか、なぜ秀吉の縁戚である小早川秀秋は裏切ったのか、なぜ敵中突破を図った島津家が本領を安堵されたのか……。本書は通説では語られていない関ヶ原合戦の謎あれこれを新進気鋭の歴史作家が徹底分析。本戦前の家康の虚虚実実の駆け引きの真相から、本戦前後の局地戦にまつわる謎、さらには戦後処理の真相まで新史料をもとに謎を大胆に解き明かす。「関ヶ原合戦」の常識を覆す一冊。
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-※本作品は最新作を含む合本版です。収録書籍をご確認の上、重複購入にご注意下さい。 【「淡海乃海 水面が揺れる時 外伝集~老雄~」1-2巻を収録した合本版!】 やつ【朽木】がいなければ、俺たちの天下だった。 本編では描かれない、他家の英雄たちの最期を綴った人気SS「老雄」シリーズを中心にまとめた初の番外編! ※本電子書籍は「淡海乃海 水面が揺れる時 外伝集~老雄~」1-2巻を1冊にまとめた合本版です。 (収録書籍) 淡海乃海 水面が揺れる時 外伝集~老雄~【電子書籍限定書き下ろしSS付き】 淡海乃海 水面が揺れる時 外伝集~老雄~二【電子書籍限定書き下ろしSS付き】 【あらすじ】 老雄──それは年老いた英雄。六角家の六角定頼、朝倉家の朝倉宗滴、朽木稙綱、毛利家の毛利元就、島津家の島津貴久、いずれも強大な指導力と影響力を持ちながら、この世を去った。俺こそが天下を獲るはずだったのに……そう夢見る彼らの野望を打ち砕いたのがそう、朽木家の当主・基綱である。 「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり」 これは本編では描かれなかった偉人たちの目を通した戦国サバイバル! 朽木へ仕官する決意を固める山内一豊、嫁いできたばかりの小夜、御家騒動に烈火する信長をはじめ、貴重な思い出が彩り豊かに蘇る!
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-熾烈なサバイバル戦争を勝ち残った龍造寺家と島津家。そして、ついに九州の覇者を決める戦いの火蓋が切って落とされた。大軍を率いて侵攻する龍造寺隆信に対し、必勝の陣で待ち構える島津軍。龍造寺の豪勇と島津の智謀、栄光はどちらの手に!?
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-源平から徳川一門、戦国大名家21家の系図を網羅。なぜ源氏が武家の棟梁になったか、鎌倉殿13人とはいったい何者か? そして、戦国大名家、名門家が家名存続のためにどう行動したのかをかを解説。もくじ 第一章 将軍家をいかに守るか――徳川一門の生き残り 徳川将軍家 最後の将軍・徳川慶喜後の将軍家 尾張徳川家 ないがしろにされた御三家筆頭は幕末以降に大逆転 紀伊徳川家 御三家の勝ち組は養子で繋いで家名を守ったが…… 水戸徳川家 光圀の思想によって明治維新になって家格がアップ 一橋徳川家 御三家、御三卿の中で目立つ存在になった理由 会津松平家 家祖は秀忠のご落胤、二六〇年後に徳川宗家を引き継ぐ 越前松平家 歴史の転換期のキーマンになった子孫たち 徳川家 先祖は本当に源氏だったのか? 第二章 源氏と平家――武家政権はどのように繋がれてきたか 清和源氏 頼朝につながる「武家の棟梁」の原点 坂東八平氏 源平合戦の生き残りが集った「鎌倉殿の13人」 北条家 源頼朝とともに鎌倉幕府を作り、二重構造で権力を握り続ける 足利家 北条支配下で生き残り、なぜ幕府を開くことができたか 新田家 一族の歴史は「負け組」の歴史 第三章 戦国大名たちは幕藩体制をどう乗り切ったか 織田家 地味に引き継がれてきた子孫の意外な血脈 今川家 桶狭間の負けで終わらず、明治まで生き残り 小田原北条(後北条)家 早雲の子孫が北条を名乗った理由 武田家 断絶せずに生き残りを助けた意外な人物 上杉家 鎌倉、室町、戦国、江戸、幕末……の紆余曲折 伊達家 戦国の雄「独眼竜政宗」と幕末の「四賢侯・宗城」 真田家 実は幕末まで残った子孫は、伊達政宗の子孫 井伊家 家祖の登場は平安時代、譜代大名筆頭に残る伝説 黒田家 暗愚、押しつけ養子、すり替え……名軍師の家も跡継ぎはままならず 前田家 「加賀百万石」の失敗しない後継者の選び方 土岐家 清和源氏有数の名門一族と明智光秀の関係 斎藤家 光秀の側近として処刑、父の無念を晴らした春日局 細川家 「遊泳術の天才」の子孫も、現代の政界を遊泳し総理大臣に 喜連川家 室町幕府滅亡後の足利家、子孫は昭和天皇の同級生に 第四章 家を守り、維新を成し遂げた雄藩 島津家 戦国の負け組が幕末の雄藩になった理由 毛利家 中国地方の覇者の戦国~幕末の浮き沈み、そして維新後 山内家 関ヶ原での一豊、幕末の容堂の活躍で歴史に名を残す 鍋島家 薩摩を凌ぐ軍事力で雄藩の一角に
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-明智光秀と盟友細川藤孝の視点で「本能寺の変」をまるごと明らかにした、変の通説・新説、読者もひっくり返る上中下の三巻。 「神君伊賀越え」の一行に三河一向一揆の武将が多く、本多正信・鳥居元忠がいない謎。自筆本『信長公記』の改竄とその目的。連歌と源氏物語の繋がりや愛宕山と光秀・藤孝・島津家・朝廷・本願寺・徳川家の深い関係。また光秀天海説では、天海の関与した建造物に、必ず左甚五郎の彫物があるという謎など、多くのテーマを満載し究明した書。
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-明治維新を実現した最大の「功臣」でありながら、なぜ西郷隆盛は明治政府に叛き、無謀な西南戦争を起こして「逆賊」の汚名を負ったのか……? 西郷の生涯は、彼を育んだ薩摩国と藩主島津家を抜きにしては語れない。本書はまず島津家の歴史を紐解き、激動の時代をともに生きた大久保利通・島津久光・勝海舟・坂本龍馬らの証言を織り交ぜながら、西郷の考え方や行動の「成功と失敗」要因を分析して、西南戦争に至るまでの「全軌跡」を詳述する。 そのプロセスを経ることで、維新と明治期の西郷の落差、知られざるリアルな人物像を浮き彫りにし、併せて複雑な幕末維新史を分かりやすく解説する書き下ろし歴史評伝。 〈目次〉 序章 西郷隆盛の生涯 第一章 薩摩藩の歴史 第二章 薩摩藩士西郷隆盛 第三章 激動する幕末京都 第四章 王政復古の実現 第五章 戊辰戦争の勃発 第六章 明治政府と西郷隆盛 第七章 最後の内乱・西南戦争
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4.0なぜ挙兵したのか? 熊本城炎上の原因は? 西郷家と大久保家「不仲説」の真相は? NHK熊本「西南戦争140周年シリーズ」取材記者が古戦場を歩き、日本最後の内戦の謎に迫る! 明治10年(1877年)、西郷隆盛率いる薩摩軍と明治政府軍が九州各地で激突し、約7ヶ月間にわたって戦闘が続いた。両軍あわせて1万4000人余りが命を落とした西南戦争は、近代日本最後にして最大の内戦であった。 だが、140年以上の時を経ても、いまだに多くの謎が残されている。 「政府に尋問の筋これ有り」とする西郷の挙兵理由は本当なのか? 熊本城はなぜ炎上したのか? 最大の激戦「田原坂の戦い」で薩摩軍が不可解な挙動を繰り返したのはなぜか? 連隊旗を奪われるという大失態をおかした政府軍の乃木希典はなぜ「切腹」しなかったのか? また、藩主・島津家が博愛精神を是としてきたにもかかわらず、戦後も長らく鹿児島において分断が続き、わだかまりが残ってしまったのはなぜか?…… 著者は九州各地の史跡を訪ね歩き、関係者への聞き取りを重ねながら、西南戦争の謎に迫っていく。西郷・大久保の両家がとうの昔に「和解」し、婚姻関係まで結んでいたことや、日本赤十字の発祥が西南戦争にあったことなど、日本史好きの興味をくすぐるエピソードも満載。 前提知識なく読めて、ためになる歴史紀行文!
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-さっと読めるミニ書籍です(文章量13,000文字以上 14,000文字未満(10分で読めるシリーズ)=紙の書籍の26ページ程度) 【書籍説明】 戦国の島津家と言えば島津義弘。島津家最強の男。おそらく世間の大多数の方はそう思っていらっしゃるでしょう。 関ケ原の三百人での十数万を相手にした敵中突破や、朝鮮出兵の際に、 明・朝鮮の二十万の大軍を七千人で打ち破ったことをご存知の方も多いはずです。 しかし、島津家には、もう一人並外れた武将がいました。 その武将、島津家の末弟家久は、少なくとも戦術面においては、兄義弘をも上回る才能を持っていたと言えるでしょう。 その証拠を挙げるならば、島津家中興の祖として知られる島津忠良が、孫である義弘のことは、「雄武英略を以て他に傑出し」と評して、 比較級で武勇と戦略をほめたたえているのに対して、家久のことは、「軍法戦術に妙を得たり。」と言い、 その戦術面に注目して「妙を得る。」といった最上級の表現を使っていることです。 家久は島津家伝来の戦術である「釣り野伏せ(り)」に習熟し、この難しい戦術を、大事な場面で何度も使い、 同時代の武将としては格段の戦果を上げています。その戦術の冴えは、まさに天才の名に恥じぬものです。 本書の目的は、この家久の戦術を学び、その合理性や臨機応変さ、果断や勇気を今の時代、今の仕事に活かしていくことです。 さあ、それでは、島津家久が軍法戦術の妙、とくとご覧あれ。 【著者紹介】 宮内露風(ミヤウチロフウ) 鹿児島生まれの52歳(2016年現在) 鹿児島大学卒 関西学院大学法科大学院終了 42歳で税務署を辞め弁護士を目指すが、試験の半年前に妻が末期がんとなる。 妻の介護と受験勉強をしつつ、完治を目指して職と住居を転々とするが、願い虚しく妻は他界。 生きる目標を失い、3ヶ月無気力に過ごす。 その後、両親や友人たちの励ましで一念発起し、再び生きる理由を見つけるため、ウェブを利用して、幼いころからの夢であった執筆活動に入る。 作品はモバスペブックで連載中の歴史小説「巨人の城」、カクヨムで連載中の歴史小説「肥前の熊に薩摩の狐」「奇叛天」、 エッセイ「聞かせたい話があるんだ。」
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4.3鎌倉時代から650年にわたり薩摩の地を治めてきた島津家。その私領である都城島津家は4万石に多数の武士を抱え、藩の中で特殊な地位にあった。その都城島津家が残した日誌をはじめとする多数の史料から、明治維新とその後の日本の近代化を主導した薩摩藩の実像、都城島津家の君主と家臣団の知られざる物語が浮かび上がる。薩摩から見たもう一つの日本史、迫真の歴史ノンフィクション。
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3.0西郷隆盛ら幕末の薩摩藩士たちが尊敬・崇拝していただけでなく、今も尚、鹿児島の人たちに愛される戦国時代の猛将として名高い島津義弘。 信長、秀吉、家康たちが台頭していくなか、鎌倉時代から続く島津家を存続させるだけでなく、広い視野で九州を平定しようとした島津義弘と兄弟たちを描く長篇歴史小説。 序 第一話 敵中突破 第二話 遥かな海 第三話 鉄砲の城 第四話 万里の波 第五話 急ぐなよ 第六話 花の宗麟 第七話 肥前の熊 第八話 闘将と愚将 第九話 おのれ秀吉 第十話 三顧の礼 第十一話 鬼石曼子(グイシーマンズ) 第十二話 燃ゆる桜島 解説 細谷正充
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-分家の一つに過ぎなかった伊作島津家の忠良は、本宗家やその他の一門との激しい抗争を勝ち抜き、相州家の当主となり、次なる飛躍を準備した。そして忠良の嫡子貴久が、ついに本宗家守護職を奪取する。忠良・貴久、薩州統一戦。
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-戦国島津家四兄弟の末弟、辺境の田舎武士、島津家久。家久は、野戦で三人の大名を討ち取った、たぐいまれなる戦上手であった。無敵をほこった家久だったが、豊臣秀吉を前に遂に屈伏する。享年四十一。若すぎる死を向かえた武将の戦いや如何に。
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-九州統一に向けて躍進する島津軍だったが、その前に豊臣秀吉という巨大な壁が立ちふさがる。秀吉との正面衝突、根白坂の合戦。そして、自軍の数の少なさを嘆きつつも、「島津退き口」によって戦国史に名を残した関ヶ原合戦。二つの戦いにみる、島津家。
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-守護権力の再統合を成し遂げた島津氏にはまだやらなければならないことがあった。地元に根をはる国人衆との対決である。「南九州の桶狭間」と呼ばれる木崎原合戦に迫るとともに、島津家久・忠辰、二人の武将にクローズアップした二編を合わせて収録。
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-天正十四年(一五八六)十月下旬、大友氏の「自崩」の兆しをとってみた島津氏は、その隙を利用して、豊後への侵攻を開始した。肥後口の大将は、島津義弘。日向口の大将は、島津家久。敵味方四〇〇〇余人が討死した戸次川の合戦の行方やいかに。
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-550円 (税込)弘法大師空海、御誕生1250年 目次 【巻頭特集】南方熊楠と高野山の土宜法龍 高野山 武将たちが求めた安息の地 【巻頭言】今も昔も多くの人々や魂が集う 高野山への誘い 第一章・平安─鎌倉時代 開基から武士の入山 空海の生涯にみる 高野山成立と弘法大師伝説の誕生 嵯峨天皇の庇護を受け紀州の霊山に伽藍を建立 空海入定し その存在は永遠となる 高野山霊宝館で観る 豊麗な仏教美術の数々 貴族から武士へ 源平時代と高野山 平清盛 弘法大師の化身と会い根本大塔を再建した 北条政子 源頼朝の妻が建てた現存の寺院と宝塔 【高野山ゆかりの人物事典】其の壱 藤原道長・足利義満・平敦盛・熊谷直実 古地図と古写真で訪ねる 高野山 境内・奥之院 第二章・戦国時代 戦乱の中の高野山 【寄稿】調査から探る 高野山の石塔と戦国武将の真の姿 武将たちが信仰せし霊峰 上杉謙信・景勝 世を捨て、高野山に隠棲しようとした 武田信玄・勝頼 その死から3年後、位牌が納められたと伝わる 装化した聖地 覇王・信長と対峙 信長の紀州攻めを受け あわや全山が戦場に 信長に焼かれた比叡山 辛くも免れた高野山 忘れ去られていた信長の墓 妹・お市たちの菩提寺 天下人・秀吉が聖地に刻みし足跡 秀吉の紀州攻めと青巌寺の建立 高野山を舞台にした豊臣親子の確執 奥之院に眠る豊臣一族の魂 【高野山ゆかりの人物事典】其の弐 北条早雲・明智光秀・柴田勝家・黒田官兵衛・筒井順慶 第三章・江戸時代 徳川政権下の高野山 江戸の泰平を築いた徳川家の人々も祀られる 徳川家康 三河の豪族から興り戦乱の世に終止符を打つ 徳川秀忠・家光 家光により高野山に建立された霊廟 徳川家霊台 絢爛豪華な須弥壇と厨子が残る 紀州と尾張の徳川家 高野山を手厚く保護、歴代藩主も眠る 破れし武士たちの御霊を鎮める真田家三代の人物像 真田昌幸・幸村 高野山に蟄居の後、武士の矜持を貫く 【ルポタージュ】真田幸村の足跡とともにたどる 高野山と大坂の陣 石田三成 生前に自らの墓を高野山に建立した 名だたる雄藩の廟所が並ぶ奥之院 佐竹義重 義を貫く志が格調高き霊屋から伝わる 最上義光 東北の雄にふさわしい威厳を放つ石塔 伊達政宗 仙台の本家と宇和島の分家が肩を並べる 前田利家 高野山にふさわしい禅を捉えていた武将 島津家久 累代に渡り「お骨上がり」を続けた島津家 毛利元就 高野聖・勢尊法印と師檀の関係を結んだ武将 【高野山ゆかりの人物事典】其の参 浅野長矩・松尾芭蕉・大岡忠相・井伊直弼・市川團十朗 第四章・空海の伝承 弘法大師・空海の生涯と高野山の開山 【寄稿】空海が到達した最高の境地 密教とは何か? 空海誕生 なぜ、仏の道に目覚めたか? 無名の沙門・空海 ついに海を渡る 34日間の漂流の末、赤岸鎮上陸 長安入京、唐の文化と密教の奥義を学ぶ 帰国した空海、入京の許しを待つ 空海、神の化身に導かれ高野山へ 空海から弘法大師へ……その存在は永遠となる その後の高野山と真言密教の広まり 第五章・宿坊に泊まる 戦国武将と高野山の宿坊 時空旅人 SELECT SHOP 大人が観たい美術展2023 告知 奥付 裏表紙
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-550円 (税込)戦国武将が眠る霊峰 目次 高野山 空海が求めた密教の聖地 〈巻頭特集〉鎌倉殿と北条政子 頼朝を弔った政子の想いとは? 金剛三昧院 上杉謙信ゆかりの古刹に高野山文化歴史研究所がオープン 清浄心院 偉人たちの魂が集う超世の存在 なぜ高野山なのか? 高野山1200年、悠久の時を越えて、今──。 第一章・平安─鎌倉時代 開基から武士の入山 空海の生涯にみる 高野山成立と弘法大師伝説の誕生 嵯峨天皇の庇護を受け 紀州の霊山に伽藍を建立 空海入定し その存在は永遠となる 高野山霊宝館で観る 豊麗な仏教美術の数々 貴族から武士へ 源平時代と高野山 平清盛 弘法大師の化身と会い 根本大塔を再建した 北条政子 源頼朝の妻が建てた 現存の寺院と宝塔 【高野山ゆかりの人物事典】 其の壱 藤原道長・足利義満・平敦盛・熊谷直実 古地図と古写真で訪ねる 高野山 境内・奥之院 第二章・戦国時代 戦乱の中の高野山 武将たちが信仰せし霊峰 上杉謙信・景勝 世を捨て、高野山に隠棲しようとした 武田信玄・勝頼 その死から3年後、位牌が納められたと伝わる 武装化した聖地 覇王・信長と対峙 信長の紀州攻めを受けあわや全山が戦場に 信長に焼かれた比叡山 辛くも免れた高野山 忘れ去られていた信長の墓 妹・お市たちの菩提寺 天下人・秀吉が聖地に刻みし足跡 秀吉の紀州攻めと 根来寺の焼き討ち 秀吉、高野山を再興し 青巌寺を建立する 高野山を舞台にした 豊臣親子の確執 奥之院に眠る 豊臣一族の魂 【高野山ゆかりの人物事典】 其の弐 北条早雲・明智光秀・柴田勝家・黒田官兵衛・筒井順慶 第三章・江戸時代 徳川政権下の高野山 真田家三代の人物像 高野山に蟄居の後、武士の矜持を貫く 破れし武士たちの御霊を鎮める 真田幸村の足跡と共にたどる 高野山と大坂の陣 石田三成 生前に自らの墓を高野山に建立した 江戸の泰平を築いた徳川家の人々 徳川家康 三河の豪族から興り戦乱の世に終止符を打つ 徳川秀忠・家光 家光により高野山に建立された霊廟 徳川家霊台 絢爛豪華な須弥壇と厨子が残る 紀州と尾張の徳川家 高野山を手厚く保護、歴代藩主も眠る 名だたる雄藩の廟所が並ぶ奥之院 佐竹義重 義を貫く志が格調高き霊屋から伝わる 最上義光 東北の雄にふさわしい威厳を放つ石塔 伊達政宗 仙台の本家と宇和島の分家が肩を並べる 前田利家 高野山にふさわしい禅を捉えていた武将 島津家久 累代に渡り「お骨上がり」を続けた島津家 毛利元就 高野聖・勢尊法印と師壇の関係を結んだ武将 【高野山ゆかりの人物事典】 其の参 浅野長矩・松尾芭蕉・大岡忠相・井伊直弼・市川團十朗 第四章・近代 激動の世界情勢と高野山 世界へと船出した日本と高野山が受けた試練 女人禁制の聖地に赤ん坊の産声が響く 【高野山ゆかりの人物事典】 其の四 陸奥宗光・高浜虚子・与謝野晶子・司馬遼太郎 第五章 戦国武将と高野山の宿坊 無量光院 持明院 恵光院 光臺院 蓮華定院 蓮花院 時空旅人 SELECT SHOP バックナンバー 奥付 裏表紙
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 激動の歴史に翻弄されながらも行き抜いた猛者たち 江戸時代に各地を治めていた藩主は、明治4年の廃藩置県によって国元から切り離されて強制的に東京住まいとなった。戊辰戦争で勝った大名も負けた大名も一緒くたに、領地は没収され、家臣は解散させられた。 島津家や毛利家など、元大名は華族として「鹿鳴館」で開かれる舞踏会場で華やかに踊っていたというイメージでとられがちである。外交官となって世界各地を飛び回る元殿様や、実業家として成功した元殿様もいる。が、実際には極貧生活にあえぐ元殿様もいれば、宮司となって世間の片隅でひっそりと生きた元殿様、函館戦争後ずっと隠遁生活を送った元殿様もいた。 一方で、大名や公家のお姫様たちのその後は、もっと知られていない。 有栖川宮家から水戸家に嫁ぎ、最後の将軍慶喜の母となった徳川吉子、徳川家の最後を見届けた篤姫と和宮のその後とは……? 戊辰戦争で命をかけて逃げざるを得なかった二本松藩正室の丹羽久子や、北海道にわたり辛苦をなめ「開拓の母」と呼ばれるようになった亘理伊達家の伊達保子など、知られざるお姫様たちの生き様は大変興味深い。 こうした元殿様・お姫様の知られざる幕末・明治の生き様を、テレビなどでお馴染みの河合敦先生が紹介する。 ◆もくじより抜粋 巻頭特集 時系列で追う幕末事件簿/幕末維新時の三〇〇藩勢力図 第一章 家柄に翻弄された徳川の殿様とお姫様 (最後の将軍・徳川慶喜/紀州藩主・徳川茂承/尾張藩主・徳川慶勝/16代徳川宗家・徳川家達/13代将軍正室・篤姫/14代将軍正室・和宮など) 第二章 落日の徳川幕府を支えんとした殿様とお姫様 (会津藩主・松平容保/岩城平藩主・安藤信正/唐津藩主・小笠原長行/川越藩正室・貢姫/二本松藩正室・丹羽久子など) 第三章 維新後の社会を動かした殿様とお姫様 (土佐藩主・山内容堂/鳥取藩主・池田慶徳/米沢藩主・上杉茂憲/広島藩主・浅野長勲/亘理伊達家正室・伊達保子など) ※この商品は固定レイアウトで作成されており、タブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 新装版では新たに2017年大河ドラマ「おんな城主 直虎」の主人公・井伊直虎を含む井伊家の章を追加! 2017年秋公開予定の映画「関ヶ原」も楽しめるように再構成しています。 戦国時代に全国に割拠した32の戦国大名家と、156人の戦国武将たちを、すべて描きおろしによる美麗なイラストで収録! 全頁フルカラー、戦国武将の能力をグラフで表現するなど、ゲーム感覚で楽しみながら読める“武将本の決定版"です! 【目次】 第1章:戦国時代の主人公たち 織田家、豊臣家、徳川家 第2章:一時代を築いた群雄たち 伊達家、上杉家、北条家、武田家、真田家 井伊家、毛利家、長宗我部家、島津家 第3章:その他の群雄たち 最上家、佐竹家、結城家、今川家、斉藤家 浅井家、朝倉家、足利家、雑賀衆、筒井家 本願寺家、三好家、尼子家、宇喜多家、大内家 一条家、大友家、龍造寺家など
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3.0乱世では、歴史に名を残している才覚と覚悟の持ち主たちも、多くは無念の最期を遂げている―― 人気歴史家・作家の加来耕三氏が、生きるか死ぬかの乱世に焦点を当て、37の戦国武将と戦国姫の思い・決断・行動とその結果を分析。シリーズのテーマである"知られざる失敗の原因"を明らかにし、現代に通じる教訓を浮き彫りにしました。 歴史家・加来耕三の痛快&独自考察が満載 ・天才? 魔王? 織田信長をこの世に生み出した織田信秀には、重大な落ち度があった ・老舗ブランド企業が新興企業に打ち負かされる現象とダブる朝倉義景がすがっていたもの ・失敗を失敗で終らせなかった島津義久。窮地での覚悟の行動が、のちの島津家に与えた恩恵 ・徳川憎し? 誇りと意地は通すべきか。豊臣宗家を滅亡させた淀殿の先を見通す目 ……など 失敗に学べば、「成功」「逆転」「復活」の法則が見えてきます。日々、決断に迫られている経営者、ビジネスリーダーにもお薦めです。
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 「超高速!参勤交代」成功の鍵は取手宿にあった!? 所要日数は、コストは、その規模は? 豪華絢爛・威厳ありげな参覲交代も、実は人間味にあふれていた? 謎と不思議の多い参勤交代の仕組みやこぼれ話を満載、様々な街道の特徴も分かる、新感覚の歴史交通雑学新書! ■パート1 参勤交代の姿/参勤交代の歴史。老中にあいさつするまでが参勤交代―参勤交代のルール■パート2 宿場と参勤交代/宿場の歴史と役割。本陣・脇本陣には無料で泊まれた。日光例幣使街道は風俗街道だった!? 飯盛女について■パート3 参勤交代で使われた街道/徳川家康も恐れた仙台藩・伊達家の参勤交代のルートとは? 総勢なんと4000人! 加賀藩の大名行列は最短ルートの下街道を通った。薩摩藩・島津家の参勤交代は海路から陸路へと変わった。死亡者行方不明者19人! 長州藩の海の参勤交代。坂本龍馬・板垣退助も通った土佐藩の参勤交代ルート、北山道。18回にわたって江戸に派遣された琉球使節団が通ったルートとは? オランダ商館長が江戸に参府したルートとは? 将軍の代替わりごとに来日した朝鮮通信使が辿った道■パート4 参勤交代にまつわるおもしろ話/「田んぼを通って近道せぬこと」!? 参勤交代のこまかい決まり事とは。移動手段の馬と駕籠・早くて安いのはどっち? 大名行列同士がバッティング! どうやって対応した? 大名行列に出会っても土下座する必要はなかった!? 大名行列の威容を支えた派遣社員、映画「超高速!参勤交代」に出てくるルートを検証!■パート5 参勤交代と五街道/中山道―日本橋を背に出発する道。日光街道―将軍家御用達の道。奥州街道―北の最果てをめざす道。甲州街道―江戸城に危機が及んだときの避難路。東海道―川が難所の天下の幹線道路■パート6 “脇往還”と参勤交代■パート7 街道と歴史事件に迫る/「敵に塩を送る」ために上杉謙信が使った超マイナーな道・千国街道。信長の最大のピンチ「金ヶ崎退き口」のルートを検証する。秀吉が天下統一の足がかりをつかんだ西国街道。ペリー艦隊の入港で突如注目された下田街道。今も昔も地図にのっていない塩硝街道。佐渡から江戸へ1回に100箱以上も運ぶこともあった「金の道」。たった18kmの道に60もの関所が乱立した伊勢参宮街道
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-幕末激動の時代。薩摩藩主・島津斉彬の養女として徳川第十三代将軍・家定の正室となった天璋院。本書は、彼女と、彼女を取りまく徳川将軍家、島津家、そして次代将軍・家茂に輿入れした孝明天皇の妹・和宮についての101の話を紹介したものである。天璋院が将軍家に迎えられた真の理由は何か? 家定はどんな将軍だったのか? 将軍との間に子どもが生まれなかったのはなぜか? 姑・天璋院と嫁・和宮の仲が悪かったといわれるが本当か? 薩摩藩士による「天璋院奪回計画」とは何か? 大奥はほんとに「男子禁制」だったのか? 江戸無血開城の実現に天璋院と和宮が大いに活躍したのは本当か? 漱石の『吾輩は猫である』に登場する天璋院とは? 以上のような興味深いテーマが次から次へと登場して読者を引き付ける。天璋院という女性の具体像、そして徳川将軍家や大奥というものの実際の姿がよく分かるものになっており、座右に置きたい一冊といえよう。
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 “善人?”“本当は大悪人?” 大河主人公のすべてがわかる!! 西郷隆盛の真実 5分でわかる! 西郷隆盛 西郷隆盛を取り巻く幕末人物相関図 西郷隆盛の愛蔵品&島津家・薩摩藩の至宝 など、“西郷どん”がもっともっと楽しくなる完全ガイド ※この電子書籍は、原本をスキャンして作成しているため読みづらい箇所がある場合がございます。 何卒ご容赦ください。
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-戦国時代、三河国松平郷の豪族であった松平氏は、西三河に勢力を張るが、隣国の織田信長と今川義元との勢力争いに巻き込まれて没落してゆく。その後、松平一族は三河を統一した徳川家康の譜代として家臣団の中核をなし、のちに幕府の要職を占めてゆく。江戸幕府を樹立した家康は、「徳川」姓を将軍家と尾張・紀伊・水戸家の御三家にしか認めなかった一方、伊達・前田・浅野・毛利・島津家など縁戚関係にある有力大名に「松平」の称号を与えた。結束を武器に戦国時代を戦い家康を大大名の地位に押し上げ、江戸時代を通じて幕藩体制をささえた松平一族の「本質」を探る!
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-NHK大河ドラマ「篤姫」の時代考証を担当者した歴史研究家が、これまで日が当たらなかった、薩摩藩を復興させた家老たちを再検証。薩摩藩がなぜ幕末に力をもてたかを検証する。 ■どうやって歳入の40倍以上の借金を解消させたのか!? 薩摩藩と聞くと、大きな藩で経済的に余裕があったのではないかと思う人も多いかもしれません。 しかし、それは正しくありません。薩摩藩もかつては破産寸前だったのです。 「島津の退き口」とも呼ばれた壮絶な退却劇を演じ、徳川家康にも一目置かせた島津家の薩摩藩ですが、江戸時代中期には、薩摩藩も他の多くの藩同様に経済的には困窮してしまっていたのです。 そもそも薩摩藩の石高は数字上72万石ですが、痩せた国土のため、実質的には32万石程度に過ぎず、借金は歳入の40倍以上に膨れ上がっていました。 もはや金を貸してくれる商人はおらず、家臣たちへの給料は1年以上も滞り、薩摩屋敷は雑草が生え放題だったのです。 幕府からつぎつぎと命じられる無理難題、多額の借金。 これらの問題に、自らの命と名誉を投げ打って立ち向かった3人の家老たちに焦点を当てます。 西郷隆盛や島津斉彬らが世に出る下地をつくった「名も無き家老たちのプロジェクトX」があったのです。 ■目次 第1章 藩の命運は「家老」にあり 第2章 体を張って組織に尽くす―「宝暦治水」の指揮官・平田靭負 第3章 私情を捨て、憎まれ役に徹す―倒産した財政の大改革・調所広郷 第4章 組織を動かし時代を動かす―薩長同盟・大政奉還を主導・小松帯刀 ■著者略歴 原口泉(はらぐち・いずみ) 東京大学文学部国史学科、同大大学院修士課程修了(文学修士)。同博士課程二年を終えて(単位取得)、1979年鹿児島大学法文学部に赴任。1998年より教授。琉球大学非常勤講師、放送大学客員教授を歴任。2005年、鹿児島大学生涯学習教育教育センター・センター長に就任。 専門は日本近世・近代史。特に、沖縄・北海道・韓国・中国等、東アジア諸地域とのつながりの中で、薩摩藩の歴史研究に取り組む、日本各地から東南アジア、欧米で講演。NHK大河ドラマ「翔ぶが如く」(1990年)「琉球の風」(1993年)、「篤姫」(2008年)の時代考証を担当。