野中郁次郎のレビュー一覧
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ネタバレ知識の方法論についての本。知識経営についての指南本。
相互継続的な学習 検証につながり、発見・体得につながる。
ドラッカー指摘の知識労働の生産性向上の条件
・タスク定義(仕事の目的は何かを主体的に考える)
・自律性(働く者自身が生産性向上の責任を負う。自らをマネジメントする)
・継続的イノベーション(継続してイノベーションを行う)
・継続的学習とコーチング(自ら継続して学び、人に教える)
・量より質(生産性は量よりも質の問題である)
・自己選択(知識労働者は組織にとってのコストでなく、資本財であることを理解)
日本人は無思想で技術がある。日本は暗黙知を駆使してテクノロジーを取り入れる反面概念化を経由せず、思想は輸入しない。理性的な概念化が課題とあってしまう。
知識創造のモデル
・共同化(socialization)暗黙知から新たに暗黙知を生み出すプロセス
・表出化(externalization)暗黙知から新たに形式知を生み出すプロセス
・連結化(combination)形式知から新たに形式知を生み出すプロセス
・内面化(internalization)形式知から新たに暗黙知を生み出すプロセス
あわせてSECIモデル
・共同化はフェイストゥフェイスで暗黙知の共有、獲得、増幅を行うプロセス。主客を越えた共通の経験や直覚。OJT、顧客との共体験により自分自身を環境の内部に組み入れ、全身で環境の知と一体になって知を獲得するプロセスなど。
・表出化は個人と集団の相互作用が媒介となり、思い(暗黙知)を持つ個人が討議などを通じて、他者の思いを共有し、より高い理念やビジョンと結びつけながら、言葉にする。さらに、言葉を磨き新たな観点を持つ概念へと産出していくプロセス
・連結化は形式知の獲得、結合。形式知を体系的に結びつけ、構築的に新たな形式知を生み出すこと。表出化された概念を操作的に再構成していくプロセスでもある。
・内面化は形式知を自分自身のものとして身体的にとりいれること。実験や現場での成果の反省が重要となる。思いの結晶物として市場に投入され、顧客、競合企業などと新たな知を触発し、SECIを回し続けることになる。
・ヘーゲルによる弁証法的運動の一般法則
1量から質、および質から量への転化。2対立物の相互浸透。3否定の否定。
・綜合の知
整理一環させる。まとめる→電気メーカーの総合に近いレベル
科学的結合→新しい構成物を生み出す。次元は変わらない
相乗効果
弁証法的綜合→相互に矛盾する定立と非定立から仮説やコンセプトを生み出すこと。話題が一義的なら対話は生まれない。対話が成り立つには、前提も疑うことのできる開かれた思考でなければならない。コンセプトを創っているとアイデアが出ることもある。次元の高まり。
・コンセプト 新たな思考形式。新たな視点と物事の本質を掴み取ることができる観点。アイデアが結びついてできるもの。それがコンセプト。新しい洞察があること。それが結びついたものが理論。
・メタファーの知 メタファーを用いて新たなコンセプトの発見を行う。商品開発に留まらず、事業戦略や事業構想、組織設計、経営戦略のレベルにおいても重要な役割を担う。
・創造性を高めるために重要なポイント
・創造的なエネルギーの獲得(開放)
・好奇心と関心を持つ
・日常生活の中でフローを育成する
・習慣化した強さ(創造性の維持)
・創造的属性や行動の内面化
・4つのリーダーシップ
・プラトン的リーダー 経営理念、収益以前の会社の存在意義、失敗から学ぶ発送。経営美学。問題提起、本質追求をめざすような「なぜ」という問いが企業成員に自問自答されることを目指すリーダー
・デカルト式リーダー 分析的戦略計画、ベストプラクティス 企業の生命線である損益について企業成員に明晰かつ判明に提示する姿勢や、ベストプラクティスの賞賛とそれを理論家する能力、論理的合理的な考え方を奨励する経営
・デユーイ的リーダー マニュアル化、反省的実践の中からの知の練磨 自ら率先して実施することで、部下の観察眼を刺激するやり方、部下が実践しやすい環境づくり、理論やノウハウを伝授する場づくり
・西田幾太郎敵リーダー 職人的な熟練の知。現場知の重視 関係性の中での自己認識、情や連帯感の強調。身体、感情レベルでのコミュニケーションの醸成など -
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ネタバレ本書はナレッジ・マネジメントの導入書である(といってよいと思う)。ナレッジ・マネジメントは、この本の著者の1人である野中郁次郎が提唱した企業マネジメントの方法論であるが、この本では、ナレッジ・マネジメントの胆となる概念である「知識」と、組織の成員が集まって知識を創出する「場」の重要性を説いている。
私自身が本書を読んで重要だと感じた点は、以下の3点である。
(1) 「知識」と「情報」は、曖昧な形ではあるが、ある程度は区別することができる概念である(著者はあまりこのことを重要視していないようではあるが)。「知識」は「個人や組織(集団)が認識・行動するための、道理にかなった秩序(体系・手順)」(101-102ページ)である。その際、知識を用いる人がその知識内容を正当なものとして認識していることがポイントとなる。一方で「情報」は、(一般的には)「データから構成された意味や意義」(103ページ)のことを指し、「情報」は「知識」の形成に寄与するものである。
(2) 「知識」はさらに、「形式知」と「暗黙知」に区別されて考えられる。「形式知」とは言語化が容易な知識のことを指す。例としては、マニュアルや文書情報などが挙げられる。こうした形式知は、言語を媒体として共有や編集が可能である。
一方で、「暗黙知」とは言語化しえない、あるいは言語化しにくい知識のことを指す。例としては、熟練の職人の技術などが挙げられる。暗黙知は言語化の難しい知識であるが、身体経験によって個人に取り込むことができる知識である。
知識の創出の際には、形式知を暗黙知へ変換したり、逆に暗黙知を形式知へと変換する作業などを通じて、組織に所属する人々の間で形式知や暗黙知を共有するプロセスを構築し、分析することが肝要である。ちなみにこのプロセスは「SECIプロセス」と呼ばれている(cf. 111-115ページ)。SECIプロセスは繰り返されることが重要であり、それによってこのプロセスにかかわる人々の成長が期待できるのだという。
(3) 「場」は、組織に属する人々が知識(形式知・暗黙知の両方)の共有や創出を行う結節点となるために、重視されるものである。そしてまた、「場」の様態は、SECIプロセスに沿って分類し分析することができる。
「知識が重要だ」と指摘すること自体は簡単である。しかし、実際には現場の知識を持つ人々(組織に所属する人々)の参加意識が必要であり、知識共有に人々が貢献することで人々にメリットが感じられなければならない。そのため、知識共有に対して人々が自発的に取り組んでくれるような状態とすることが重要となる。
本書は、ナレッジ・マネジメントという方法の要点を整理しており、それゆえに私はこの本をナレッジ・マネジメントの「導入書」であると見なした。しかし、本書の内容だけでは、組織の中での具体的な実践へと結び付けることは難しいだろう。ナレッジ・マネジメントは魅力的な方法論のひとつであると思うが、当然ながら、組織の状態をよくふまえた上で用いることが肝要となる(本書の著者は、ナレッジ・マネジメントが短期的に成果をもたらすような方法でもなければ、体系的に商品化されたような「便利な経営手法」でもないことをきちんと記している)。このマネジメント手法についてさらに深く知りたい方は、『知識創造企業』も併せて読むとよいかもしれない。 -
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[ 内容 ]
日本企業は、二度の石油ショック、ニクソン・ショック、円高などを克服し、強い競争力をつくりあげてきた。
日本企業に比較優位をもたらしたのは、年功制度・終身雇用という労働形態だけでなく、組織的知識創造をコアとする労働スタイルにあった。
それは個別的な直感=暗黙知を形式知化して組織全体のものにし、製品やサービス・業務システムに具体化するという組織の運動能力のことである。
トヨタやホンダ、花王、富士通、富士ゼロックスなど優良企業のケース・スタディをもとに、知識創造と知識資産活用の能力を軸として、大転換を迫られている日本的経営の未来を探る。
[ 目次 ]
第1章 情報から知識へ
第2章 21世紀の経営革命
第3章 第五の経営資源
第4章 「場」をデザインする
第5章 成長戦略エンジン
第6章 創造パラダイムの経営
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
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知識創造企業の著者である野中郁次郎と日産自動車人事部などに所属していた徳岡晃一郎の本。
日産のアメリカ・ヨーロッパでの開発を題材にグローバル共創戦略について纏めている。
グローバルを舞台に共創していくことの困難さ、困難だが解決方法は存在する。
教科書的な理想論ではなく、「新しいインフラをつくりこんでいくリーダーは、ホラを吹いたり政治力も使う」といった現実的な事例が示されていることが好感が持てる。
今後、日本企業がグローバル化できなければ、
・少子化の中で身動きが取れずに取り残されるか
・高コスト体質で新興国に競り負けてしまうか
・形式知主導の欧米列強の下請けと化してしまう -
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ネタバレ本書は多くのビジネスパーソンに愛されている野中郁次郎の代表作「失敗の本質」の続編にあたる。前作がいわば状況の
分析を通じて、日本軍という組織の特徴を洗い出し、その延長線上として日本式の組織と米系組織の退避を行うといった構造だったのに対し、本作はより直接的に、その組織でリーダーシップを振るっていた人間の分析を行おうとしている。これは野中の興味関心が組織そのものから、後年になるにつれてよりリーダーシップに移っていたことを反映しているだろう。
ただし本書の場合、野中一人で書いているのではなく実質者が複数にいるということで、ややテーマがぼんやりしてしまっているところがあるのは否めない。また、前作はかなりの時間をかけられて執筆されたことが伝わってきていたが、今作については出版社の企画ありきだったと思えるようなところもあり、完成度としては世の中の本の中では低い方に入るだろう。
特に第三章「リーダー像の研究」は、著者の思い入れがある人物を対象としたのか、取り上げられている石原莞爾も山口多聞も、神聖化されすぎている嫌いがある。
これでは研究というよりもむしろファンブックという感じで、かなり強引だったというのが本音だ。
もし、野中の後期の他の本を手にしていないのであれば、本作も読む価値はあると思うが、この代表作を既に手に取っているのであれば、無理して読む必要はないと感じてしまった。 -
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ネタバレ失敗の本質やSECIモデルの構築で世界的に有名な野中郁次郎がこれまでの研究を振り返る一冊。タイトルからは失敗の本質についてより詳細な解説を加えるような内容を記載していたのだが、実際には野中郁次郎がこれまでの人生と研究生活を振り返る一冊だった。
当初の期待とは違ったわけだが、それではつまらなかったかというと決してそんなことはない。彼がどのような問題意識のもとで研究を始めたのかとか、失敗の本質を読むだけではわからない彼の持つ思想的な背景などもよく理解できて、野中郁次郎についてあまり詳しくない人にとっては入門的な一冊になると思う。
ただどうしても新書ということもあり、また彼の研究生活が非常に広いということもあり彼の書籍が本格化する2000年代以降に関してはかなり駆け足になってしまっている。本作で興味を持った一冊があれば手にとって読むという意味においては、野中郁次郎の思想変遷のガイドブックといった位置づけとして手に取るのが正しい期待値だと思う。 -
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バンダイナムコでは、常日頃から、頻繁に組織改編を行っている。しかも業績のよい部署ほどその対象になるというから興味深い。組織を進化させるには、組織を絶えず不均衡にしておく必要がある。ゆらぎといってもよいだろう。そうしたゆらぎがあるからこそ、二項が動いて変容が生じ、新たな道が見つかる可能性が広がる。
しかも、バンダイナムコの組織変革は、グループ全体としての動的変革 (transformation) プロセスを通じて行われている。これは、二項動態経営そのものである。意図的に組織にゆらぎを起こすことにより、知的コンバットの場で異質が組み合わさって、無意識的な発想の飛躍を集合的に触発するのである。
二項動態の定義: 変革 (Transformation) の原理
本書の冒頭で、二項動態経営の本質が自己変革 (self-transformation) にあることを述べた。自己組織化(self-organization)とは、自ら創発的に秩序をつくり出す、あるいは構造を変えていくプロセスのことである。現状への安住や固定化の作用に抗って変革に向かうために、動く現実の流れのなかで、矛盾やジレンマがもたらす不安定さやカオスを内部に取り込み、新たな意味や価値へと能動的に変換させ、過去の自己を超越していくことが自己変革である。
以下、変革の原理としての二項動態について詳述していきたい。
・二項動態は、矛盾を超える
・二項動態は、異質性から創発する
・二項動態は、その都度の最善をめざす
・二項動態は、多項動態である
「戦略的ナルシシズムとは、自信過剰やあきらめから、文脈を無視し自分が望むように認識し、 希望的観測と自分勝手な解釈によって短期志向で政策や戦略を決めてしまうことを表している。 状況が要求している方向よりも、それらを取りまとめる担当者たちが選好する方向が優先されてしまう。これらの傾向は、『失敗の本質』で描写した日本軍の姿やベトナム戦争時の米国国防長官ロバート・マクナマラ、あるいは不祥事や不正を起こしてしまった企業の姿に重なる。他方、相手の立場を歴史、政治、社会、文化を含めて理解し、刻々と変わる文脈の本質的な意味を洞察できるのが「戦略的エンパシー」だ。
二項動態は、多項動態になりうる。二者択一や二項対立など二分法に対するアンチテーゼとして二項動態を示しているが、実際は三者間、あるいはそれ以上のものに生ずるジレンマに直面することはありうる。それは、複数の二項対立の複雑な組み合わせに対処することでもある。多様な世界が共存しているという世界観を持ち、二項対立に還元されない複雑性や多様性をありのままに受け止めていくことが、自分にとって未知のものや異質なものを排除しない態度につながっていく。
・二項動態は、動的変革プロセスである
二項動態経営とは
経営活動においても、日々、アナログとデジタル、アートとサイエンス、トップダウンとボトムアップ、個別と具体、安定と変化、適応と革新など、さまざまな対立項に直面する。しかし、 これらを二元論で分断するのはやめておこうではないか。これらに明確な境界線はなく、グラデーションでつながっている。だから、相互作用している対極をバランスさせ、その都度、新しい道をひねり出す。それは単なる足し算や予定調和ではないし、中間でも折衷でもない。偶発性や異質性を取り込み、新たな知を創造する、開かれた動的変革プロセスである。これを、個人レベルではなく集合的に行うのが「二項動態経営」だ。
われわれが提唱する二項動態とは、一見矛盾や相反する事柄を状況や目的に応じて、異質な両極端の特質を活かし、跳ぶ発想で新たな地平を見出すことを意味している。物事や問題を「あれかこれか」で捉える二項対立 (dichotomy)ではなく、「あれもこれも」の二項動態 (dynamic duality) 状況に応じて何をなすべきかを機動的に判断し、行動する「生き方」を指している。
それは、異質なものとの出合いから新たな意味や価値を生成するイノベーションプロセスそのものだ。二項動態経営では、観念論で相手を倒すのではなく、暗黙知を源泉とする新たな知の創造、イノベーションを起こすことをめざしている。動いていく現実の只中で、状況に応じ、互いのせめぎ合い、妥協なき葛藤から、「こうとしか言えない」という「その都度の最善(より善い)」 を無限に追求し、試行錯誤しながらともに前進していく創造原理としての生き方である。
現場・現実・現物にしっかりと立脚しながらも、遠くにめざす共通善からもフィードフォワードすることで、跳ぶ発想を生む可能性が大きくなる。過去の成功体験に過剰適応することなく、 現状にも安住しないことが組織の自己変革につながる。
ヒューマナイジング・ストラテジーとは
ここでわれわれは、ヒューマナイジング・ストラテジー(戦略の人間化、人間くさい戦略)を提示したい。ヒューマナイジング・ストラテジーは、「人間は、未来志向で意味を創造する主体である」 という人間観に支えられたものであり、動的プロセスを措定している。この点において、経済学をベースに静的な状況を仮定する論理分析型の戦略論とは異なる。
ヒューマナイジング・ストラテジーは、次の3つで特徴づけられる。
①戦略とは、「思い」を持つ人間一人ひとりの生き方 (a way of life)を、相互主観性を媒介にして組織の客観へと昇華させ、新しい現実を共創するために集合的に意味づけ・価値づけを行うことである
②戦略とは、主観的な「幅のある現在」の時間軸において、文脈に応じて「いま・ここ」の判断を行い、変化の只中でより「善い目的(真・善・美)」を追求し、実践するオープンエンドの価値創造プロセスである
③戦略とは、「共通善」を掲げてその実現を志向する人間の「生き方」であり、未来創造の物語り(ナラティブ)によって表現される
野中らは「野性の経営」(KADOKAWA)において、タイの組織的なソーシャルイノベーションの物語りから普遍的なスクリプトを読み取った。クリエイティブ・ルーティンとしての大きな特徴は、一見相反するような行動を偏ることなく、バランスをとりながら行っている、ということであった。実践知とは「あれかこれか (either/or)」の二項対立ではなく、「あれもこれも(both/and)」の「二項動態」的な思考や実践である。新たな価値を生む創造的な実践には、この二項動態が欠かせない。このクリエイティブ・ルーティンは、本書で取り上げた企業事例にも普遍的なものであり、再掲したい。
これらの二項動態を可能にするクリエイティブ・ルーティンを同時に追求することは、非常に労力も時間もかかる難しいものばかりである。しかし、自己変革を達成するためには実践が不可欠なものばかりである。
・「共通善を追い求める」 & 「「いま・ここ」を歩き、感じる」
・「人々を信じ、衆知を活かす」&「対話し、覚悟を問う」
・「言葉に魂を込める」&「ともに汗を流す」
・「壮大な物語りを描く」&「小さくても、すぐに成果を出す」
・「大胆に挑戦する」&「細部にこだわる」
・「誰(何)にでも共感する(二人称)」&「生きる意味を見出す(一人称)」&「人々を巻き込み、スクラムを組む(三人称)」