野中郁次郎のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
■従来手法の何が問題なのか?
・人の創造性を奪ってしまう
・文書によるコミュニケーションには限界がある
・悪いタイミング
・未来を読む水晶玉はない
・仕事が楽しくない
・部分最適化
■アジャイルを大規模化するフレームワーク
【共通する点】
1.既にうまくいったチームが2つ以上あること
2.大規模化する必要があること
・Nexus:最も純粋なスクラムの複数チーム拡張。あくまでソフトウェアのプロダクト開発に焦点がある。チーム間の依存関係を調整しながら、同期的に全体スプリントを回し、動くソフトウェアをデリバリーする。
・Scrum@Scale:単にソフトウェア開発手法としてのスクラムを拡張したものではなく、スクラムによる組織運営を主眼としたフレームワーク。会社全体がすばやい意思決定と顧客指向の組織に変わること、そして、優れたプロダクトやサービスを市場に出していくことの両方を指向している。また、マーケティングチームや人事チームなど、これまでアジャイルが対象としてこなかったチームにも、スクラムを適用する。よって、導入には会社の方針が必要となる。EATを採用するには、エグゼクティブレベルの意思決定が必要になる。
・SAFe:プロダクト開発の方法論に留まらず組織運営や文化形成までを対象にしたフレームワーク。プロダクトを作る部分はもちろん、そこに至るまでの判断やワークフロー、チームを支える組織を対象とすることで、部分最適ではなく全体最適を目指している。
また、SAFeは大規模アジャイルフレームワークの中でもトップのシェアを誇っていて、世界中の多くの企業による導入事例がある。ScaledAgile,Inc.によって事業として運営されていることもあり、トレーニングや認定制度導入支援をしている企業や団体も多い。
SAFeの全体像を見ると複雑で難しく感じるかもしれないが、導入レベルに合わせた4つの構成、ロードマップ導入事例導入支援を受けられるという点が高いシェアにつながっている。
・LeSS:シンプルにスクラムを大規模開発に適応させたフレームワーク。チームを中心に、大規模に適応させるために必要なものだけを追加している。そのため、ある程度スクラムに慣れたチームや組織にとっては、すんなりと受け入れることができるであろう。
一方で、用意されたプロセスやルールを使って一気に導入したい場合には向かないかもしれない。プロダクトやプロダクトグループの成長に合わせて学習を繰り返し、フレームワークも成長させていく姿勢が求められる。
Nexusと共通点は多いが、詳細では違うところもある。スクラムの共同開発者の1人であるケン・シュエーバーが開発したNexusとは違うルートで、開発現場の大規模開発へのニーズに適応していったスクラムの形だといえる。
・Disciplined Agile:エンタープライズ対応に重きを置き、これまでアジャイルに含まれていなかった、「ガバナンス」「文書標準」「レビュー」「エスカレーション」「教育」「運用」「予算」「人事評価」などという言葉が出てくる。リアルな大企業でよく聞く言葉群だ。例えば、契約方法やリソースの戦略が「方向付け」フェーズの「予算確保」というゴールに登場する。
また、これまでチームベースのアジャイルがわざと避けてきた大域構造を示す言葉群、「アーキテクチャ」「フェーズ」を積極的に入れている。スコット・アンブラーの過去の仕事から、ラショナル・ユニファイド・プロセス(RUP)、アジャイル・モデリング(AM)、アジャイル・データ(AD)などの視点もしっかり入っており、集大成的なアジャイル百科事典ともいえるだろう。
PMIがこの手法を取得したことで、今後PMBOKと相乗した普及活動が活発になるだろう。
■事例:NTTコムウェア
【社内プロセスの変革】
そこで、これらの既存プロセスが抱える課題感例えばNTTコムウェアとしてウォーターフォール開発で積み上げてきた、統計データに基づく品質評価が、
・案件ごとに完成の定義が異なり、試験工程をまとめて取らないスクラムに適さない
・意思決定の会議体に必要となる、資料作成や事務処理、事前説明等が煩雑である
といった課題に対し、冒頭で出てきたアジャイル推進組織とともに、カイゼンに取り組んだ。
このプロセス改革においては、アジャイル開発の実践と同様、守破離のマインドで取り組んだ。実際にスクラムを行う中で、社内プロセスに対し理想論を押し付けず、既存のプロセスで取り組み、結果として見えた既存制度の課題点を、他組織を巻き込むことで社内プロセスの変革につなげたのである。
例えば品質評価のプロセスにおいては先述の通り、統計データに基づいたテスト消化曲線やパ発生曲線の収束を目指す従来型の評価方法が主流であった。しかし、開発の中で試験を同時に実施する私たちのチームでは時系列曲線を描くことができない上、「バグ」の定義も困難であった。
こういった課題に対し、定性的な評価として「プロダクトオーナーによる評価レポート」や、「品質コントロールのために行った施策の透明化」を用い、定量的な評価として「循環的複雑度」や「長期的に見たモジュールごとのコミット数」(コミット数が多い=リファクタリング頻度が高いモジュールは要注意)を用いる等、新たな品質評価の可能性を品質管理部門と連携して模索した。これら新たな指標値の出力に自動化を組み合わせることで意思決定プロセスの短縮化に挑戦した。
■「合宿をしなさい」
「形式的な会議で決めることはできない。いろんな背景を持った人の集合において、形式知で語れること、理解し合えることはごく一部だ。合宿をし、一緒に飯を食い、泊まって徹底的に話をする。そうすると、形式知は脱ぎ捨てられ、自分の主観で話をするようになる。そこで、なぜこのプロジェクトに自分が参加しているのか、という根源的な問いにまでたどり着けるだろう。そこから初めて、1つの共通理解が生み出される。この過程をみんなで踏みなさい」 -
Posted by ブクログ
かなり学術的な表現になっていて、長い時間をかけて読み込んで腹落ちさせないと、オーディブルレベルで流し聞きする程度では意味は薄い本だと思った。トップダウンでもボトムアップでもなくミドルアップダウンマネジメントアプローチとか面白いけど大変だなと思った。国際的な大企業のヒット商品誕生の事例分析は分かりやすかったが、では自社でどう取り込んで実践できるかと考えると、うーんと思ってしまった。初版は四半世紀以上前に出たこともあって、事例も古く、現在の(自分がいるような)IT企業としては国際間の協調とか参考にすべきところもありそうだけど、だいぶ事情も変わっているのでは...と思った。
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Posted by ブクログ
「失敗の本質」含め他の著作も数冊読んでいたので網羅的に理解できた。著者のSECIモデルに至る思考が分かる。
SECIモデルがSECIスパイラルに進化していく訳であるが、そもそもその発想の原点は「失敗の本質」からだった。
そんな著者自身の思考の経路を解説した書籍だった。
もし過去著作をバラバラに読んでいた場合は、本書を読むことで理解が深まるだろう。
思考の経路はつまり、自身の研究人生についての話でもある。
いつどんな人物と出会い、どういう影響を受け、そして自分なりの思考に至ったのかの軌跡。
話は経営学について論文を書こうとしたところ、企業の失敗事例を集められずに断念した経験から始まる。
テーマを「戦争の失敗事例」に変更し、それが後に「失敗の本質」として出来上がった。
つまり著者は、元々戦争を研究する専門家ではないということなのだ。
それが返ってよかったのかもしれない。
一般の読者にとっては非常に分かりやすかった。
経営学を意識して書かれているだけに、戦争の戦略と、会社のビジネス戦略と重なるところが見えたのだろう。
私自身も「失敗の本質」は非常に共感できる部分が多かった。
(つまり「失敗した理由」そのものについて共感したということなのだが)
そもそもだが、日本人は戦略を立てることが本当に下手なのかもしれない。
勝つ見込みだけを考えて、負けた場合の対処を考えない。
しかも、負けたのであれば、その原因を追究し、次の戦いに活かせばよいが、そんなことをしようとも思わない。
これらのように問題点が指摘できているのに、日本人は相変わらずビジネス現場でも同じことを繰り返している。
本当にその点については、日本人は反省がないというか、学習しないというか、一向に改善の様子が見られない。(自身の反省も含めてここに記載している)
例えば、鳴り物入りでスタートしたプロジェクトも、失敗した場合は「無かったもの」として社内で処理されることが多い。
当然原因追及もされなければ、結果の分析もされない。
70年以上前の戦争の失敗と、現代の経営の失敗が重なるなんて、これはどういうことなのか。
リーダーの選択がお粗末なのは、それも日本人の特質なのだろうか。
その後、著者は戦争から離れて、経営学に邁進していく。
「SECIモデル」は、実際の現場で当たり前に行われている事象かもしれない。
それを理論化したからこそ意味があると言える。
職人技のような「暗黙知」を如何に共有化し、さらに「形式知化」して、内面化として自らの中に取り込んでいく。
戦争戦略の失敗からどうしてこれら理論に辿りつけるかは、野中教授の天才たる所以であるが、面白いフレームワークだと思う。
現場が強い日本は、意外と無意識にこれらSECIモデルを実践していたのかもしれないが、改めてこうして意識することは大事なのではないだろうか。
混沌とした正解のない今の時代は、過去の経験が全く活かされない。
つまり、今現在は個人として高いレベルの暗黙知を持っていても、すぐに陳腐化してしまう可能性があるということなのだ。
それだったら早めに形式知化して、メンバーで共有し、チームの力にした方がいい。
正解のない難問に立ち向かうためには、1人で戦うよりも、チームで戦った方が優勢なのは言うまでもない。
さらにそのチーム力をどこまでもレベルアップさせていくことが、この時代を乗り切るために必須とも言える。
ビジネスの現場を戦場と言い換える人もいる。
かつての日本軍のように、間違った意思決定をしないためにも、そして生き残るために勉強して学ぶしかないということなのだ。
(2023/1/3) -
Posted by ブクログ
いかに共感できる夢(未来)を語れるかということだろう。
目次
序章 共感と物語りが紡ぐ経営
第1章 価値を生む経営は「出会い」と「共感」から生まれる
【解釈編】
・人間関係の本質は共感にあり、人間力の本質は共感力にある
・知的創造の起点は共感がある
第2章 イノベーションは「共感・本質直観・跳ぶ仮説」から生まれる
【解釈編】
・ものごとの本質を直観できる人が「跳ぶ仮説」を導き出せる
・「本質直観」には「外から見る現実」より「内から見る現実」が大切
・「全体」と「部分」の両方に目を向けると「跳ぶ仮説」が生まれる
第3章 「知的機動戦」を勝ち抜く共感経営
【解釈編】
・物量で戦う「消耗戦」か、共感力と知力で戦う「機動戦」か
第4章 不確実性の時代を「物語り戦略」で勝ち抜く
【解釈編】
・物語り戦略は「筋書き」と「行動規範」で構成される
第5章 共感型リーダーに求められる「未来構想力」
以下、引用
●日本はいま、オーバー・アナリシス(分析過剰)、オーバー・プランニング(計画過剰)、オーバー・コンプライアンス(法令順守過剰)という、三つの過剰による”三大疾病に陥って活力を失い、組織能力の弱体化が進んでいます。(中略)その一方で、現場が活性化し、社員一人ひとりが活き活きと仕事に向き合い、イノベーションや大きな成功を実現しているケースも少なからずあります。それらのケースに共通しているのは、企業と顧客、トップと部下、社員と社員、メンバーとメンバーとの出会いの場があって、つながりが生まれ、そこでわきあがる共感が新しい価値を生む原動力になっていることです。
●高知支店長だった谷村氏はこの現状を打破しようとします。不調のどん底にあって、キリンビールという企業に存在価値があるのかと思い詰めた末に、独自に「理念にもとづく支店改革」に踏み出すのです。「高知の人々に美味しいキリンビールを飲んでもらい喜んでもらう」ことを自分たちの「理念」として掲げ、「どこに行ってもキリンビールがあるようにする」という「あるべき姿」を描き、「あるべき姿」と「現実」を埋める「戦略」を実行する。
●経験はすべての知の源泉になります。経験から生まれた知は必ず何かと結びつき、大きく成長するという関係性を潜在的に持っています。人間は人と人との関係性を結びながら、あるいはモノとも関係しあいながら、常に動きます。そして動きながら経験が豊かに積み上がり、知が生まれ、それがまわりの知と結びつくなかで「新しい自分」へと変わっていく。これを繰り返すのが「ユニークな経験」としてのあり方です。この発想を支えるのは、人を静的なビーイングの「在る存在」ではなく、常に何かにビカミングする能動的な「成る存在」と位置づける人間観です。固定した存在である「~である」よりも、未完の状態にありながら未来に向かって開かれ、常に生成していく「~になる」を重視し、人間を常にプロセス(=コト)でとらえるのです。
●リーダーとメンバー、トップと社員、上司と部下、メンバー同氏の間において、人間関係のもっともベーシックな関係はペアリングにあり、新しい知は二人称の世界で芽生える。そこから一人称の思いがわいたら、三人称の概念を打ち出して組織を動かしていく。(中略)新しい知は人と人の出会いから生まれる。
●初代はやぶさのプロジェクトにおいても、リーダーは「イオンエンジンという新しい技術での惑星間航行」「宇宙の彼方での自立誘導航法」「微重力下でのサンプル採取」などの実現すれば世界初となる五つの目標を掲げました。この五つの目標をつなげていくと、はやぶさが三億キロ彼方の小惑星まで航行し、散布利を採取し、地球に帰還するという物語りとしての全体像が浮かび上がります。これにより、各メンバーが全体像のなかでの自分の目標の意味と価値を認識できるようにしました。そして五つのどれか一つでも達成できないと全体像も実現できなくなるように目標を設定することで、各メンバーが自分の直接の担当でない目標についても意識し、共有できるようにしたのです。
●「人間は理解と行動は別です。『地球が危ない』と説けば、頭では理解できますが、多くの人に行動してもらうには別の次元が必要で、それがエンタメです(後略)」
●このように思いや生き方を問いつつ、組織において仕事をするとはどういうことでしょうか。人間は自らの生き方を実践すると、そこに物語が生まれます。一人ひとりが他のメンバーたちと相互に作用しながら、自己の物語りつくりを通じて、組織の歴史を生み出していくという自覚を持つとき、自己の思いや生き方の価値観と企業の存在意義、すなわち、共通善が重なり合い、それぞれの思いや価値観が組織のなかで正当化されます。そして、その思いや価値観が仕事のなかで実現し、成果に結びついたとき、自己の生き方の高次な意味が生まれるのです。
●その目的や目標を達成するため、物語り戦略は、企業経営や取り組む事業、プロジェクトについての全体のプロット(筋書き)と、そのプロットを実現するため、メンバーや社員たちがどう判断し行動するかというスクリプト(行動規範)という二つの要素により構成され、展開されていきます。(中略)具体的には、「何を(WHAT)、なぜ(WHY)やらなければならないのか」を物語る、企業の存在意義や組織ビジョンにもとづいた経営計画や事業計画、プロジェクトプランがプロットにあたります。この経営計画や事業計画、プロジェクトプランを現実のものにするには、矛盾や対立関係をその都度、克服し、未来創造の方法論として戦略を実行するため、「どのようにやるか(HOW)」という戦略的判断や戦略的行為が必要になります。その判断や行為の基本を示すのがスクリプトです。
●戦略とはいわば、ソープオペラ(主に主婦向けの昼帯ドラマ)のような物語りだと主張しています。ソープオペラは番組が進むにつれて登場人物が頻繁に入れ替わり、プロットも大きく変化します。演劇や映画とは異なり、ある定まった終わりに達することを前提に構成されていないため、エンディングが決まっていません。経営における不確実性や動態的特性は、このソープオペラと本質的には同じです。戦略を実行していく過程では、状況がいつ、どこで、どのように変わるかが明確でなく、絶えず変化する状況に対応し、対処していかなければなりません。
●マネジメントでは一般的にPDCAのサイクルが多用されますが、PDCAが物語り戦略を遂行するための知的機動戦には不向きであると第3章で述べました。古森氏は第一線の社員一人ひとりが自律的にPを見いだせるよう、Pの前段階として、See(見る)とThink(考える)のステップを置いて「See-ThinkーPD」のサイクルを提起します。すなわち、客体を対象化して外から分析するのではなく、客体に共感し、同じ文脈に入り込んで五感で感じ取って、現実をアクチュアルにとらえ、WHAT(何が)、WHY(なぜに)を問い、本質を見抜くことを求めるのです。
●デジタル世代はチェキを、共感を醸し出すコミュニケーションツールとして楽しんでいる。チェキの本質的な価値をとらえたチームは、カメラというモノを売るのではなく、どんな使い方をすれば楽しめるのか、コトを提案する「コト提案」に注力していきました。
●人は相手に共感し一体感を抱くと、相手の目標が自己の目標と同一化し、達成に向かって強く同機づけられる、と同時に、自発的な自己統制が働きます。同一力による自己統制であるから、誰も人から統制されているとは思わない。組織における人間統制の一つの理想的な形です。 -
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「ワイズ・カンパニー」がでたのにあわせて、新装版がでたので、久しぶりに「知識創造企業」を読みました。20年ぶりくらいかもしれない。。。
最初に読んだときは、前半の理論的部分は難しいし、後半の事例とか、企業へのインプリケーションの部分は、少数の事例しかでてこなくて過度に一般化されている感じがして、今ひとつ、ピンときませんでした。
今回、あらためて読んで、後半部分の事例は、実証的なものではなくて、未来にむかって役に立つかもしれないヒントみたいなものなのだと思い、ちょっとなるほどと思いました。
一方、前半の理論部分は、ちょっと大雑把すぎるというか、この研究の世界的な独自性を強調したいがために、他の理論の問題を批判して、そうした理論と知識創造理論の差を大きめに言い過ぎている印象はあって、やはり今ひとつだと思いました。そして、ここまで難しく書く必要もないと思って、やはり、あまり共感できませんでした。(ちょっと気負い過ぎかな。。。)
そういうなかで、センゲの「学習する組織」に対しても、似ているところはあるとしながら、結構、厳しい批判をしています。主な論点としては、
・「刺激ー反応」という行動主義的コンセプトにとらわれている
・個人としての学習というメタファーを使っている
・組織学習は適応のための受動的変化としている
・ダブルループ学習は外部の専門家の介入を前提としている
といったことをあげていて、いずれも?な感じがします。この辺のところは、旧世代?の行動主義的な組織開発手法への批判をセンゲにもそういうとこあるよね、と強引に当てはめている印象があります。
「知識創造企業」の第2章は、哲学的な認識論からスタートして、経営学の既存の様々なパラダイムを批判的にレビューしているのですが、自分の理論の独自性を伝えようとするあまり、ちょっと言い過ぎているところが多いです。この章はなかったほうが良かったんじゃないかと思いました。
そういう理論的な混乱(笑)をわきにおいて、イノベーションという観点から、純粋にSECIモデル、ミドルアップアンドダウン、ハイパーテキスト組織といったコンセプトだけをみれば、やはりこの本から学べるところはあると思います。
もちろん、この段階では、コンセプトしかない段階で、その後、さまざまな実践がなされ、今、それが「ワイズ・カンパニー」とか、「全員経営」、「共感経営」になっているわけなので、これはこれで、大事な本ですね。
たしかに、アイスブレーキングな本ではあるのでしょうが、現時点で読み返すと、ちょっと辛い感じもあります。 -
Posted by ブクログ
ネタバレフランスが犯した失敗の本質を的確にした指摘した上で、物は、祖国フランスの救済策を次のように書いている
強くなること
敏捷に行動すること
世論を指導すること
国の統一を保つこと
外国の政治から世論を守ること
祖国の統一を撹乱しようとする思想から青年を守ること
治めるものは高潔のある生活をすること
汝の本来の思想と生活方法を情熱的に信じること
戦時体制のアメリカ政府は、統合参謀本部を始め、軍のポストに多くの民間人を起用した。それが知のバラエティーを豊かにし、組織にバランス感覚を植え付けたのだ
学校での成績が重視される10日システムに象徴されるように、日本軍の組織人事は極めて硬直的なものであった
羽を和ませ、気分を一新させる場合、ジョークやユーモアも必要だ。いざと言う時、こうした知の潤滑油を使うことができるかどうか。
失敗からいかに学ぶかこれは軍隊に限った課題ではない。贈収賄や談合、粉飾決算、個人情報流出問題等と、今なお企業不祥事が後を絶たないのは、組織の失敗の拡大再生産と言う負の連鎖に陥っているからだ -
Posted by ブクログ
花王とポーラの事例が特に感心した。
■自己組織とは
・自律的な振る舞いを持った構成要素が集まり、相互作用を媒介にして、それぞれの総和より質的に高度で複雑な秩序を創発していく組織のあり方
・各構成要素が管理―非管理の関係でなく、自らを動機づけながら新たな知を生み出していく
・個が積極的に関与し、自律的な個から生まれた独自のアイデアが広まり、全体のアイデアになる
■PDCAでは知的機動戦は戦えない
ビジネスの世界で有名なマネジメントスタイルにPDCAサイクルがあります。計画(Plan)し、実行(Do)し、その結果を検証 (Check)し、次の改善活動 (Act)につなげるプロセスです。PDCAサイクルの問題点は、最初から形式知の計画(Plan) ありきで、計画を生み出すプロセスが入っていないことです。それは、PDCAサイクルがトップダウン型の消耗戦に適応した効率追求モデルであるからです。
トップおよび戦略スタッフがデータなどをもとに、論理分析的にマスタープラン(基本計画)を策定し、それがブレークダウンされて数値ベースの計画や施策が降りてくる。第一線部隊は計画や施策ありきでPDCAサイクルを回し、効率を追求する。しかし、上から与えられた形式知の数値ベースの計画からは新しい意味や価値は生まれません。
日本の学校教育の現場に導入されたPDCAについて、計画はやたら大きく、現実から乖離した絵空事的であるため、実行が十分ではなく、それでいて検証だけはマイクロマネジメントで行われるものの、改善活動には つながらないとして、これを大文字と小文字をまぜて、「PdCa」と表現した社会学者の佐藤郁哉・同志社大学商学部教授の指摘は、実に正鵠を射ているといえます。 明かなのは、論理分析から導かれるPDCAサイクルでは知的機動戦は戦えないことです。
絶えず動く現実のただなかでは日々矛盾に直面します。ベストな解は誰にもわかりません。そこで、その場の文脈に応じて、「よりよい(ベター)」に向かって矛盾を解消する対処能力が重要になります。
その際、論理だけでは矛盾に対処することは難しいでしょう。論理は矛盾する関係性を「二項対立 (dualism)」としてとらえようとします。矛盾を相容れない二項対立としてとらえ、二者択一の
「either ~ or ~(あちらか、こちらか)」の否定により、どちらが論理的に正しいかを問う限り、ベターな解は導き出せません。
一方、外象に共感し、矛盾する関係性の文脈に入り込み、なかからとらえると、対極的で相客れないように見えることがらの間に実は連続した関係性があり、状況に応じてどちらも正しく、しかも境目がないような、いわば、「二項動態 (dinamic duality)」の関係にあることがわかります。
そこで、二者択一ではなく、両者両立の「both ~ and ~ (あれも、これも)」の均衡点を探し 出し、一見、矛盾する文脈に新しい意味づけや価値づけを行い、そこから跳ぶ仮説を導いて、 最善最適な解を導き出す。
アグリガールが、自治体とベンチャー企業という、価値観が矛盾しがちな当事者の利害を調整し、プロジェクトをスピード感を持って立ち上げることができたのも、相手への共感をベースに、矛盾する関係性の文脈に入り込み、矛盾を二項動態的にとらえて、ベターな均衡点をすばやく見つけることができたからでしょう。
トップダウンのPDCAではなく、現場の第一線部隊の一人ひとりが自律分散的に共感力を発揮し、矛盾を二項動態としてとらえ、均衡点を探し出す。そして、矛盾する関係性に新しい意味や価値が見えたら、跳ぶ仮説により、次のステップへとジャンプする。それが知的機動戦の戦い方です。
「上層部には、今回はこの方法で失敗したけれど、次はその学びをこう活かしていくと、その都度、ロードマップを示しながら、われわれが描くストーリーのなかでは一個一個積みあがっていることを伝えたのです」(ポーラ末延則子)
企業経営はまさに、「いま、ここ」の積み重ねであり、定まった終わりがあるわけでもなければ、エンディングも決まっていない。オープンエンドの連続ドラマともいえる物語り戦略こそが不確実で予測不能な環境下で企業革新を行い、成長を実現するうえで有効である所以がここにあります。状況をコントロールするための手段であるポジショニング理論では、変化への対応、対処はできません。
また、マネジメントでは一般的にPDCAのサイクルが多用されますが、PDCAが物語り戦略を遂行するための知的機動戦には不向きえあると第3章で述べました。古森氏は第一線の社員一人ひとりが自律的にPを見出せるよう、Pの前段階として、SeeとThinkのステップを置いて、「See-Think-PD」のサイクルを提起します。
すなわち、客体を対象化して外から分析するのではなく、客体に共感し、同じ文脈に入り込んで五感で感じ取って、現実をアクチュアルにとらえ、WHAT、WHYを問い、本質を見抜くことを求めるのです。 -
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花王とポーラの事例が特に感心した。
■自己組織とは
・自律的な振る舞いを持った構成要素が集まり、相互作用を媒介にして、それぞれの総和より質的に高度で複雑な秩序を創発していく組織のあり方
・各構成要素が管理―非管理の関係でなく、自らを動機づけながら新たな知を生み出していく
・個が積極的に関与し、自律的な個から生まれた独自のアイデアが広まり、全体のアイデアになる
■PDCAでは知的機動戦は戦えない
ビジネスの世界で有名なマネジメントスタイルにPDCAサイクルがあります。計画(Plan)し、実行(Do)し、その結果を検証 (Check)し、次の改善活動 (Act)につなげるプロセスです。PDCAサイクルの問題点は、最初から形式知の計画(Plan) ありきで、計画を生み出すプロセスが入っていないことです。それは、PDCAサイクルがトップダウン型の消耗戦に適応した効率追求モデルであるからです。
トップおよび戦略スタッフがデータなどをもとに、論理分析的にマスタープラン(基本計画)を策定し、それがブレークダウンされて数値ベースの計画や施策が降りてくる。第一線部隊は計画や施策ありきでPDCAサイクルを回し、効率を追求する。しかし、上から与えられた形式知の数値ベースの計画からは新しい意味や価値は生まれません。
日本の学校教育の現場に導入されたPDCAについて、計画はやたら大きく、現実から乖離した絵空事的であるため、実行が十分ではなく、それでいて検証だけはマイクロマネジメントで行われるものの、改善活動には つながらないとして、これを大文字と小文字をまぜて、「PdCa」と表現した社会学者の佐藤郁哉・同志社大学商学部教授の指摘は、実に正鵠を射ているといえます。 明かなのは、論理分析から導かれるPDCAサイクルでは知的機動戦は戦えないことです。
絶えず動く現実のただなかでは日々矛盾に直面します。ベストな解は誰にもわかりません。そこで、その場の文脈に応じて、「よりよい(ベター)」に向かって矛盾を解消する対処能力が重要になります。
その際、論理だけでは矛盾に対処することは難しいでしょう。論理は矛盾する関係性を「二項対立 (dualism)」としてとらえようとします。矛盾を相容れない二項対立としてとらえ、二者択一の
「either 〜 or 〜(あちらか、こちらか)」の否定により、どちらが論理的に正しいかを問う限り、ベターな解は導き出せません。
一方、外象に共感し、矛盾する関係性の文脈に入り込み、なかからとらえると、対極的で相客れないように見えることがらの間に実は連続した関係性があり、状況に応じてどちらも正しく、しかも境目がないような、いわば、「二項動態 (dinamic duality)」の関係にあることがわかります。
そこで、二者択一ではなく、両者両立の「both 〜 and 〜 (あれも、これも)」の均衡点を探し 出し、一見、矛盾する文脈に新しい意味づけや価値づけを行い、そこから跳ぶ仮説を導いて、 最善最適な解を導き出す。
アグリガールが、自治体とベンチャー企業という、価値観が矛盾しがちな当事者の利害を調整し、プロジェクトをスピード感を持って立ち上げることができたのも、相手への共感をベースに、矛盾する関係性の文脈に入り込み、矛盾を二項動態的にとらえて、ベターな均衡点をすばやく見つけることができたからでしょう。
トップダウンのPDCAではなく、現場の第一線部隊の一人ひとりが自律分散的に共感力を発揮し、矛盾を二項動態としてとらえ、均衡点を探し出す。そして、矛盾する関係性に新しい意味や価値が見えたら、跳ぶ仮説により、次のステップへとジャンプする。それが知的機動戦の戦い方です。
「上層部には、今回はこの方法で失敗したけれど、次はその学びをこう活かしていくと、その都度、ロードマップを示しながら、われわれが描くストーリーのなかでは一個一個積みあがっていることを伝えたのです」(ポーラ末延則子)
企業経営はまさに、「いま、ここ」の積み重ねであり、定まった終わりがあるわけでもなければ、エンディングも決まっていない。オープンエンドの連続ドラマともいえる物語り戦略こそが不確実で予測不能な環境下で企業革新を行い、成長を実現するうえで有効である所以がここにあります。状況をコントロールするための手段であるポジショニング理論では、変化への対応、対処はできません。
また、マネジメントでは一般的にPDCAのサイクルが多用されますが、PDCAが物語り戦略を遂行するための知的機動戦には不向きえあると第3章で述べました。古森氏は第一線の社員一人ひとりが自律的にPを見出せるよう、Pの前段階として、SeeとThinkのステップを置いて、「See-Think-PD」のサイクルを提起します。
すなわち、客体を対象化して外から分析するのではなく、客体に共感し、同じ文脈に入り込んで五感で感じ取って、現実をアクチュアルにとらえ、WHAT、WHYを問い、本質を見抜くことを求めるのです。