【感想・ネタバレ】ワイズカンパニー―知識創造から知識実践への新しいモデルのレビュー

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前著である「知識創造企業」の続編。25年を経てのアップデートとして、個人的には期待に応える内容だった。
前著ではサイクルを回すところまでを提示していたが、こちらではサイクルを回しながら発展させていくこともモデルの中に追加している。
前著は理論先行で実践に移しづらいところがあったところの反省からか、事例を紹介しながらその点を解消しようと試みている。(それでも実践に移すには難しいところはあるが…)
前著を読んだ上で、そちらが好きであれば続編としてこちらもオススメ。約500ページと長いので前著がハマらなければ辞めておいたほうが良いだろう。

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2023年12月17日

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前著「知識創造企業」の続きで、前著で紹介したSECIモデルを発展させたSECIスパイラルについて、その軸となる共通善と実践を抽象化したフロネシスを中心に解説し、SECI行き詰まり症候群を打破するための6つのリーダーシップ実践について提案している。
事例が豊富でかつ25年前に出版された前著と比べて新しくなっているのでより腹落ちしやすいのではないかと思う(JALの再建や東日本大地震のときの企業の実践などが事例として挙げられている)。
メインテーマでもあるワイズリーダーの理想が高すぎる気がするが、9章で述べられている自律分散型リーダーシップをもって相互補完するというのであれば納得できる。
一つ残念なこととしては後半の6章がSECI行き詰まり症候群への対策として挙げられているが、実際に対策を実行した事例がないこと。
とはいえ、事例が豊富でボリュームの割に読みやすく、前著から一貫してミドルマネージャの重要性を説いているため、今ここで自分から実践することの背中を押してくれる。

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2023年10月07日

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われわれの研究では、形式知と暗黙知を用いるだけでは不十分であることが示されている。リーダーはもう一つ別の知識も使わなくてはいけない。それはしばしば忘れられがちな実践知である。実践知とは、経験によって培われる暗黙知であり、賢明な判断を下すことや、価値観とモラルに従って、実情に即した行動を取ることを可能にする知識である。
(引用)ワイズカンパニー 知識創造から知識実践への新しいモデル、著者:野中郁次郎、竹内弘高、訳者:黒輪篤嗣、発行者:駒橋憲一、発行所:東洋経済新報社、2020年、39

野中氏によって著された「知識創造企業」からおよそ四半世紀、ついに待望の「ワイズカンパニー(東洋経済新報社、2020年)が刊行された。サブタイトルは、「知識創造から知識実践への新しいモデル」とある。本書では、知識創造の世界から実践を繰り返し、知恵にまで高めることの重要性を示している。

野中氏が提唱し、もはや知識創造・実践モデルとして世界でも受け入れられている「SECI(セキ)モデル」。本書では、新しいSECIモデルが示されている。そこには、個人から始まり、チーム、組織、そして環境という要素を加え、存在論的な次元で生じる相互作用を加えた。そして、いまや伝説となっている京セラの創業者である稲盛和夫氏によるJALの再建を事例として、本書ではSECIモデルをやさしく説明してくれる。当時、私は、稲盛氏が難なくJALを経営再建していく姿を目の当たりにし、まさに、稲盛氏の「実践知」の凄さに感銘を受けた。と同時に、本書を読み、稲盛氏によって、JALの再建がSECIモデルに沿って実行されたこと、またSECIモデルの有効性が実証されたのだと感じた。

SECIモデルでは、共同化、表出化、連結化そして内面化のスパイラルを発生させることにより、拡大していく。最近、私は、シティプロモーション関連の本を読んだが、そこにもSECIモデルが紹介されていた。なにもSECIモデルは、企業だけのものではない。私は、まちづくりやNPO、行政など、様々な組織で活用ができると感じた。

本書の前半で「知識実践の起源」が紹介されていることも興味深い。時代は、アリストテレスの時代まで遡る。そのアリストテレスが唱えた「フロネシス(実践的な知恵(実践知)(本書、59)」は、2400年の時を経ても色褪せることがない。普段、私も仕事をしていて感じることは、「何事も実践してみること」だと思う。ときには、失敗を繰り返すこともある。しかし、実践を繰り返さなければ、「実践知」を得ることはできない。本書には、YKKの創業者、吉田忠雄氏の語録も紹介されている。

「何しろ、私は理屈抜きにして働かない人を好きじゃないですね。どれだけ頭がよくてもね(本書、172)」

この言葉に、私は強く共感する。いま、私が自分の仕事を通じて感じることは、「働きたくても働けない人」がいるということだ。それは、吉田氏が言われる「頭のよさ」に関係しない。私が言う「働けない人」というのは、今までの自身の仕事で、実践を繰り返さず、実践知が足りないということだ。ときには、「綱渡り的な仕事」も存在する。この仕事が失敗すれば、自分の地位を失うと感じ、チャレンジを諦める人たちがいる。私から言わせれば、「もったいない」の一言だ。新型コロナウイルス感染拡大時において、北海道や大阪府の知事が脚光を浴びた。これは、その危機から逃げず、前面に立ち、道民や府民を守るというリーダーの姿を見せたからであろう。私は、「ピンチはチャンス」だと思う。その危機的な状況においては、さらに貴重な「実践知」が得られると私は思う。そして、リーダーとしての自信にもつながるのではないかと思う。

少し脱線したが、本書では、私の敬愛するピーター・F・ドラッカー氏や稲盛和夫氏をはじめ、ホンダの創業者の本田宗一郎氏、ユニクロの柳井正氏、トヨタの豊田章男氏などが登場する。本書を読み進めると、「どこかで聞いたエピソードだな」と思うところが随所に出てくる。そのため、この1冊で、ビジネススキルの要点が網羅されているような感じも受けた。それらのエピソードは、ワイズ(Wise)リーダーになるための心得にもつながる。

今後、SECIモデルを用いて自身の事業や公共的な施策などを拡大していきたいかた、また一流のリーダーシップを学ばれたいかたに、本書をオススメしたい。

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2020年11月07日

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感想
新しいSECIモデルは、コトだけでなく、人間という不確定変数の多い部分のプロセスを示すことで、現場で使えるものに解釈されている(実践から生まれたものをまさに形式知にしたようなイメージ)

評価

内容
知識創造理論を現在目線で捉えなおすこと
【今までの知識創造との変化】
存在範囲の概念が加わった(個人なのかチームなのか)
←知識理論を実体化することには、人と人との相互作用が非常に重要な観点である

①共同化
 個人同士が暗黙知を共通する(考えを話し合う)
 組織内の各メンバーが暗黙知を獲得
 ※身体的・感情でも理解が進む→相互信頼
②表出化
 個人がチームレベルで、共同化された暗黙知を統合(共通言語や事象とする)
 暗黙知のエッセンスが言葉やイメージ、モデルになる
③連結化
 形式知が組織内外から集められる(集合知マニュアル)
 組み合わせや整理、慧さんを通した複合的で体系的な知識になる
④内面化
 連結化によって増幅した形式知が実行に移される
 個人がそれぞれのチームの中で行動を起こす
→個人の血肉となるとともに、組織の業績が上がる

【JALの再生】
稲盛さんが考えていたことは、
・個人が能力を引き出せて、生きがいをもって働けるようにするにはどうしたらいいか。 ➡創業時に戻ること(全員経営と業績連動の高速化)
・好業績の処遇はステップがある。まずは自分の満足・周囲からの感謝や称賛。そして、処遇。まずは人間として感情で得られる最高の報酬を味わう。
★従業員の信頼関係と考えの共有と能力の集結が実現する

①共同化 稲盛さんとの2way、幹部会議、幹部のコンパを通して破綻の原因、再生への想いなどの表出が行われ理解が一人一人JALのメンバーとしての進んだ
②表出化 その結果、JALフィロソフィのガイドをリーダーシップを持ってまとめるに至り、全社員チームの言葉に変換された。チーム制をとることで、それぞれの利益がどれだけかを正確に把握できることとなった
③連結化 表出した知識とチームの相互関係によって初年度のコストダウンは数百億円となったほか、新たな形式知となったフィロソフィは続々と自主的な勉強会に発展
④内面化 これらの活動を通して、個人の具体的な行動に移されることとなった。手袋を捨てない・上司に意見を言う、フライトが満席であることが笑顔につながる(今までは仕事増で不満) など、多くの行動が変化した。
重要なのは、従業員の心に触れること(プロセスに踏み込む)。そうしないと個人の行動は変わらない。


【そもそも知識創造理論】
新しい知識はある知識を別のものに変換すること。
知識とは、二つの相互作用プロセスを踏むことで創造される。
一つは、知識の種類として ①暗黙知②形式知 の間で生じる認識の壁を越えていくこと
もう一つは、人と他人の存在の中で生じるプロセス。ただし、これは多くを語られていなかった

【第7章】
ワイズリーダーは、あらゆる隠喩、比喩、物語を駆使して、
効果的に意思疎通を図る。
カギとなるのはレトリック。

相手のこと、受け止めを理解した上でレトリックを
うまく扱うこと。
その前提には、共感できる力と、本質を見抜くこと。

・共感、見抜く
・表現
・意思疏通する

本田宗一郎のマン島TTレースの文面のように、
【誰にでも分かる言葉で、ここの状況の本質を捉え抜いて表現】すること。

【第8章】
人を動かすには政治力
政治力は、機転が効き、狡猾であること

チームを動かすのはスクラム
組織のメンバーに権限を与えて、
分散的に進めつつもある一点で集まり、
チームでプロセスを完了させること

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2021年08月10日

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難しい本であるが、具体例が多いため、理解はしやすい。企業の競争力の向上のためには、差別化、知識創造が必要である。二次元的に語られていた、知識総合が、知識実践として、三次元上に繰り返されることが大切と理解した。私の実践としては、日々の業務もそうだが、そういった場の提供に努めていく。

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2022年04月05日

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第1部が特に良かった。読者への定着を狙ってか、第2部はエピソードの繰り返しが多かった。企業の社会的ポジションや、善や美について、論が展開されるが、引き合いに出されるエピソード(インタビューや公表されている情報)のいくつかは共感を持って受け止められなかった。実践者として取材対象となった企業のいくつかが、ブラック具合を報道されていたり、訴訟をかかえていたり、社会的な姿勢を批判されているので。マキャベリズムの話も出てくるけど、その手段を取ることで、社会的に理念を疑われる事態になるのであれば、それは上手くないのではないかと思った。

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2021年11月06日

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•社会的利益を目的とした知識創造と実践サイクルからの実践的な知恵は、継続的なイノベーションの基盤
•具体的な未来を描くことは、人を巻き込み、未来を創造することにつながる
•JALフィロソフィー:人生・仕事の結果=考え方x熱意x能力考え方が1番重要
•従業員1人1人が会社を支えていて、会社を変えることができる
•人間には新しいアイデアを思いつく能力創造性と、不確かな状況と向き合って別の可能性を思い描く能力想像力がある

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2021年10月24日

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ネタバレ

知識創造企業の続編というか完成版というべき本。
海外の研究者が書く、企業研究・経営系の本より、やはりしっくりくる。取り上げられている企業が、本田やトヨタ、JAL、エーザイなど見知った企業のため、それも理解の助けになる。
ワイズカンパニーになるためには、ワイズリーダーが必要であり、それは必ずしもCEOだけではなく、ミドルマネジメント層も大事だ、というのは実感にあっている。
特に大企業では、経営目標の数値自体は、上から降りてくると思いますが、実際に、アイデアを出すのはミドル層が多いと思います。イノベーションを起こすために、知識に加え、知恵と実践が重要です。
ただし、こうなんというか熱い感じの現場の話は、盛り上がるけど、「不夜城」とブラック企業の境がとてもあいまいな気がする。
広い意味で、成功すればそれが正解なのだろうが、火中の栗を拾うとはいえ、取り返しのつかない失敗により、そのまま消えていった企業やプロジェクトもあると思われ、成功した企業のみの研究だと、生存バイアスがかかっているよなーとも感じた。
繰り返しになるが、プロジェクトX的な、燃える展開は面白いですけどもね。

<気になった点>
・未来の創造では自社が儲かりすればよい、という発想はやめなければならない。公益の追求でなければならない。
・(本田宗一郎)「現場」「現物」「現実」の三現主義。社員は直接的な経験を通じて、問題解決やイノベーションに役立つ有益な知識を得られる。
・前著の要点は、知識創造がイノベーションをもたらす。本書では知識の実践がイノベーションを支える、ということ。
・宗一郎は、身体的な感覚によって得られた暗黙知をすべて統合することで、バイクの状態を見抜いたのである。(→ここ!いっぽ間違えれば詐欺か怪しい宗教団体だが、正解を見つけてしまうと、カリスマになる。うーむ)
・本質を見抜くためには、個別のことの中から普遍的な「真理」をつかみ取ることが求められる。普遍と個別をつなぐには、主観的・客観的な考えを概念化して、みなが分かる言葉にするとともに、意欲を掻き立てる野望やビジョンとして表現する能力が必要になる。
・トップが実現したいと望むことと、現場が実際に直面していることの間に横たわる矛盾、つまり理想と現実のギャップの解消に努めているのが、ミドルマネージャーである。
・①エピテーメー・・・なぜを知る、②テクネー・・・いかに知る、③フロネシス・・・何をすべきかを知る。

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2021年06月19日

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暗黙知が共有され、形式知になり、実践を経てまた暗黙知となる、その繰返しによって組織及び個人が成長していく、SECIスパイラルモデルの実例が豊富で現場の様子がありありと浮かんでくるようだった。また、組織の話が中心かと思いきや、リーダーシップの本だった。ワイズカンパニーを作るのはリーダーであり、そのリーダーのあるべき姿についてかなりのページ数が割かれている。政治力を行使する、の話あたりがすごく面白い。ただただ綺麗事を並べているわけではなく、矛盾に満ちたリアルな現場をどう打開していくか、そこに企業の未来はかかっているのだと思う。

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2021年06月19日

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原点となる知識創造企業は1996年出版。時代に応じて書き加えられた要素と本質的な完成度。野中先生にとって晩年の最新刊という点も特に感慨深い。

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2021年03月23日

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留学先で唯一聞いた日本人学者の名前が「イクジロウノナカ」だった。矛盾を解決すればそこにチャンスが。空白の市場は挑戦者がないか挑戦者がいても諦めて撤退している。
物語。

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2020年10月24日

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「知識創造企業」の25年ぶりの続編という位置付けで、おそらくは野中さんの最後(?)の主著、集大成という感じかな?

「知識創造企業」(1996年)以降の研究をまとめたということだけど、もともと英語ででたものを日本語に翻訳したというものなので、この25年の間の野中さんの本をある程度読んできた日本人にはデジャブ感のある話が多いかな?

集大成的な本としては、「知識創造企業」(1996年)とこの「ワイズカンパニー」(2020年)のあいだには、「流れを経営する」(2010年)という本がある。この「流れを経営する」からの理論的な進化という意味ではそこまで明確ではないかな?

また、「流れを経営する」で、取り扱われた事例とのダブりもある気がする。「流れを経営する」をみると、英語版をベースにしたけど、いろいろ事例の入れ替えなどもしたとあるので、もしかすると英語圏の読者にとっては新しい事例を多く含む内容なのかもしれない。

いずれにせよ、日本の読者には、知っている話しが多いと思うけど、現時点での野中さんの考えの全体が1冊でわかるのはいいな〜。

とくに、知識・知恵の実践にフォーカスがあるためか、リーダーのあり方というところの説明が充実している。これもまた、「流れを経営する」と重複した内容が多いが、野中さんの言いたいことがより明確になった印象。

個人的には、10年くらい前に野中さんからきいてよくわからなかった「リーダーはマキャベリズムも必要」という言葉の意味もようやくわかったかな?

ここで言われているのは、時と場所、コンテキストによっては平時のルールも乗り越えて、柔軟に変化していくことみたいな話し。

わかってみると、それって本当にマキャベリズムなの?という疑問が湧いてくるのだが、野中さんによると「目的は手段を正当化する」というのは俗流の理解とのこと。

もうちょっと違う言葉のほうがいいと思うが、とりあえずはキャッチーということでいいのかな?

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2020年10月06日

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偉大な本。帯には「経営学の世界的名著『知識創造企業』著者両氏による四半世紀ぶりの【続編】」と書かれている。これは必ず読まねばならない本だと購入。

『知識創造企業』は20年前にビジネスマン人生がはじまるにあたって会社から入社前研修キットの中に入っていた本で、読んだ当時もそうだが昨今のVUCAの時代で昨年読みなおして(時代が変化しても読み継がれるべき本だと)物凄く感銘を受けた本。

失敗の本質、戦略の本質もそうだが野中先生の本はその時の出会いから直観の経営とか含めていくつか読ませていただいている。自分の社会人人生で最も影響を受けた先生と思っている。

さて、本書の内容としては、『知識創造企業』25年の歳月を経たところからの、SECIモデルの発展形、SECIスパイラルモデルというところが研究のメインとなってくるところであるが「知識創造から知識実践への新しいモデル」との副題のあるとおり、アリストテレスが提唱した「フロネシス(実践知)」という概念に向けて日本の読者でも理解のしやすい多数の日本企業の事例でもって検証している。(フロネシスは「何をなすべきかを知る」知識、という記述もあった)トヨタやホンダ、JALやファーストリテイリングといったところから、最近ではあのトースターのバルミューダまで事例に含まれていて興味深い。

そうそう、前書もそうだったのだが、日本人のお二人が記載された本なのに訳となっていて、英語版を先に出版後の日本語版という位置づけ。日本語版あとがきには「多くの日本人が本書を読んで、一緒に腕まくりして、これからの新しい時代の「生き方」について議論を深めていただきたい」とある。


『知識創造企業』がいかにすごい本だったかを表現する部分も冒頭にあったのでその部分も含めて抜粋しておく。 (本書そのものが著名な書籍の引用抜粋も多いので抜粋の抜粋になっているところもありますが… :原注と参考文献だけで50ページ以上あります)

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ⅰ 2013年、英国の経営学の学術誌『ナレッジマネジメントの研究と実践(Knowledge Management Research and Practice)』では、『知識創造企業』が2003年から2012年までの10年間において、ナレッジマネジメント分野で最も引用された文献だったことが紹介された。同じ年、日本のビジネス誌「週刊ダイヤモンド」の「100年後も読み継がれるべきベスト経営書」では第一位に選ばれた。

P68 今、どういう行動をとるか次第で、どういう未来が生まれるかは決まるということである。ハイデガーの考えに従うなら、未来の可能性を最大限に高められるよう、「いま・ここ」を生きることこそ、知識実践の理想的な方法になる。

P313に2005年6月のスタンフォードで行われたスティーブ・ジョブズの伝説の卒業式スピーチもあったが割愛

P376 従来のマネジメント理論では、組織設計や、報奨制度やルーティンや、組織文化の設計を通じて矛盾の解消がめざされる。ワイズカンパニーでは、矛盾は克服されるべき障害とは見なされない。むしろ逆に、知識の創造と実践に不可欠のものとされる。ワイズリーダーは矛盾を受け入れるからこそ、成し遂げるべき善を見失うことなく、状況に応じた最善の判断を下せる。

P406 そして、その末に行き着いたのは、『原理原則』ということでした。すなわち『人間として何が正しいのか』というきわめてシンプルなポイントに判断基準を置き、それに従って、正しいことを正しいままに貫いていこうと考えたのです。
 嘘をつくな、正直であれ、欲張るな、人に迷惑をかけるな、人には親切にせよ…そういう子どもの頃に親や先生から教わったような人間として守るべき当然のルール、人生を生きるうえで先験的に知っているような『当たり前』の規範に従って経営も行っていけばいい。 
 人間として正しいか正しくないか、よいことか悪いことか、やっていいことかいけないことか。そういう人間を律する道徳や倫理を、そのまま経営の指針や判断基準にしよう。

P438 本書『ワイズカンパニー』の刊行につながった研究は、次のように要約された。
 「情報から知識へ、知識から知恵へと考えを進化させてきた野中は、人間的なリーダーシップの必要性をますます強く訴えている。それはよりよい社会を築くために人間の独創的な能力を役立てるリーダーシップである。『ビジネス界にもっと人間中心の経営という発想や実践が求められる時代だ』と野中は指摘する」

P459 生き方としての経営では、自社が何を象徴するか、どういう世界に生きたいと思うか、そのような世界をどのように実現するか、どういう方向に進むか、どういう未来を築きたいか、どういうレガシーを残したいか、どのように社会に貢献できるかということが考慮される。よりよい未来を実現できるのは、自分たちにどういう使命が与えられているかを理解し、ひたすら正しく生きようとし、終わりのある一生の中で常に自分を磨き続けるときである。

P461 SECIは組織モデルだったが、共通善という概念が組み込まれたことで、社会モデルになった。知識創造とは、組織と社会との絶えざる相互作用であり、対話である。したがって知識の創造や実践は、組織の物理的・社会的な境界線内に限定されるものではない。

P469 本書では、その知識を絶えざる実践を通じて知恵(wisdom)にまで高めることの重要性と、その知恵を獲得・活用するための方法を示した。実践を積み重ねていくと、実践知が得られる。なおも繰り返していくと、実践知が豊かになり、次第にスケールが大きくなる。企業の枠を超えて社会までも巻き込んでいく。
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また何年も読み返そうと思う。

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2020年09月24日

Posted by ブクログ

最新の事例を用いながら、SECIモデルをスパイラルさせて知識実践していくには?を論じた本。
JAL、シマノ、エーザイ、ファーストリテイリング、ホンダ、トヨタなど、ドキドキする話が多くて惹き込まれた。

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2021年05月15日

Posted by ブクログ

 SECIモデルの復習。

第1章 知識から知恵へ
 藤野はプラグマティストに徹することで、ホンダジェットの夢を実現させた。藤野の仕事の仕方はいろいろな表現で言い表されている―粘り強い、実際的、現実的、行動志向、細部重視―が、それらすべてが指し示しているのは、「いま・ここ」での遂行力である。


2章 知識実践の土台
 知識実践の起源は、アリストテレスによる知識の三分類の一つであるフロネシスにあると、われわれは考えている。『二コマコス倫理学』第六巻第五章の定義によれば、フロネシス(実践知、賢慮)とは「人間にとってよいことか、悪いことかに基づいて行動できる、真に分別の備わった状態」とされる。

 ネルソンとウィンターがとりわけ強調したのは、「実習」の大切さである。二人は次のように書いている。「組織は『行動によって記憶する』。(中略)記憶するということは主に実習を通じて成し遂げられる。書かれたものをどれほど読んでも、完全に記憶することはできない」
「実践によって記憶する」ためには、ルーティンとサブルーティンを絶えず繰り返すことで、学習を促進し、組織的知識を利用することが欠かせないと、二人は説く。行動によっても、組織は文脈に応じた知識を学び、記憶することができるという。そのような文脈に応じた習慣的な行動をすべて足し合わせたものが、ネルソンとウィンターのいう「組織的知識」、われわれの言葉でいえば「組織的知識実践」になる。

■まとめ
 本章では本書で説く知識実践の土台となった哲学、心理学、神経科学、社会科学の各分野の知見を吟味した。以下に要点をまとめておこう。

・知識実践は古代ギリシャ哲学の大きなテーマの一つだった。そのことはアリストテレスがエピステーメー(科学的な知識)やテクネー(技術的な知識)と対照的な概念として、フロネシス(実践知)という概念を用いていたことからわかる。
・知識実践は以来、ほとんど無視されてきたと考えられているが、多くの哲学者の主要な関心事であり続けたこともまた事実である。そのことはエトムント・フッサール、マルティン・ハイデガー、モーリス・メルロ=ポンティなどの現象学者、チャールズ・サンダース・パース、ウィリアム・ジェイムズ、ジョン・デューイなどの米国のプラグマティスト の著作からうかがえる。それらの思想家たちは、われわれが世界についての「本当」の知識をどのように得るのかを解き明かそうとした。彼らの考えでは、世界とは、現在進行中の特定の状況と密接に結びついたものだった。また、そのような知識は本質的に主観的なものであるとされた。
・マイケル・ポランニーも独自の言葉でそれと似たようなフレームワークを考え、人間が物事をどう理解するかや、いかに実践的な知識を獲得するかを解き明かした。明確な目的意識が、人と環境との相互作用を導き、ひいては、われわれが何を知るか、何に基づいて行動するかを左右するという。
・ポランニーによれば、人間は身の回りの世界に関する暗黙知を蓄積するとともに、それをひとまとまりのものとして理解できるよう統合する。知識がどのように統合されるかは、目的に基づいた意識的な考えによって決まる。
・近年の脳科学研究による発見では、人と人との直接的でダイナミックな交流があらゆる知識の源泉であるという考えが支持されている。
・加えて、社会科学の研究では、実践的な知識が個人レベルだけではなく、組織レベルでも獲得され、活用されうることが示されている。
・組織の共通の目的を保つためには、共通善の追求を組織の活動の中心に据えることが要に なる。共通の目的を保つことで、環境と直に向き合おうとするメンバーの足並みを揃えることができ、メンバー全員に積極的に目的の実現に取り組ませることができる。


第3章 知識創造と知識実践のモデル
■まとめ
 本章では、知識の創造・実践モデルの事例として、JALの再建、シマノの六〇年に及ぶ実践、エーザイの認知症とアルツハイマー病への取組みの三例を紹介した。そこで描き出されたSECIの複数のサイクルによって、われわれが本章で提示した知識創造と知識実践の概念モデル、すなわちアップデートされた新しいSECIモデルとSECIスパイラルモデルについての理解を深めていただけたのではないかと思う。
 知識の創造と実践に関して、三社の事例で観察されたのは、以下のようなことだった。

・知識は時間をかけて、繰り返し絶え間なく創造され、増幅され、実践される。
・その結果、SECIのサイクルが一巡するたび、知識ベースが水平方向に広がる。
・知識ベースが水平方向に広がると、部や課や室といった部署の垣根を超えて、知識の創造と実践に携わる個人が増える。
・加えて、SECIが次のサイクルに進むたび、知識は存在論的次元でもスパイラルに上昇する。
・その結果、知識ベースは時間をかけて次第に垂直方向にも広がる。
・知識ベースが垂直方向に広がるにつれ、個人によって創造・実践された知識は、「相互作用のコミュニティ」によって増幅される。相互作用のコミュニティは組織内、組織間の境 界を超えて拡大し、コミュニティレベルないし社会レベルへと上昇する。
・ある存在論的な次元で創造された知識が一段高い存在論的な次元へ上昇する(たとえば、組織レベルからコミュニティレベルへ)につれ、知識実践の規模と質は増幅され、さらなる行動が引き出される。
・知識のスパイラルな上昇のためには、新参者にいつも開かれている知識の実践者のコミュニティが組織内に必要になる。
・そのような開かれた知識の実践者のコミュニティでは、メンバーは「相互主観性の関係」 でつながっている。相互主観性の関係にある者同士は、気分や、感情や、視点を共有して おり、直観的に文脈を理解できる。
・相互主観性の関係でつながった知識の実践者のコミュニティは、持続的にイノベーションを生み出し、組織の回復力を強くする。
・知識創造・実践企業におけるリーダーの役割は、信念や、哲学や、価値観を掲げるとともに、従業員が率先して、また安心して、自分の知識を口にし、みんなと共有しようとする環境を築くことにある。
・知識のスパイラルな上昇のためには、知識の実践者たちが「高次の目的」を持つことも求められる。
・そのような目的をもたらすフロネシスが、SECIスパイラルの原動力になる。
・フロネシスの要をなすのは、組織の利益だけを追い求めない、「共通善」の追求である。
・多くの企業がSECIプロセスのスパイラルな上昇が滞ってしまう、「SECI行き詰まり症候群」に陥るのは、上昇の原動力であるフロネシスを欠くからである。
・SECIスパイラルのプロセスには、組織が単に環境の変化に対処するだけではなく、「自分たちが思い描く未来を実現する」という目的の下、絶えず自己革新を繰り返すプロセスが描き出されている。
・たとえば、エーザイの場合、アリセプトの研究開発チームのリーダー、杉本八郎の母親が、 見舞いに来た杉本を自分の息子だと認識できるようになるという未来が思い描かれている。

 これで本書の第I部を締めくくる。第I部では、われわれの考えや研究が前著の刊行から約 二五年の間にどのように発展し、進化したかを述べた。われわれの理論的な土台は、元のモデ ルに存在論的な次元を組み入れることで深まり、知識の上に知恵の層を足すことで広がった。 知識だけでは、「よい行動」は起こせない。知識を「よい行動」に結びつけるためには、フロ ネシス、すなわち実践知が必要になる。
 第Ⅱ部では、理論から実践へと移り、リーダーシップの六つの実践について一つずつ論じる。 われわれの考えでは、それらの実践こそがワイズリーダーの最大の特徴をなしている。
・何が善かを判断する(第4章)
・本質をつかむ(第5章)
・「場」を創出する(第6章)
・本質を伝える(第7章)
・政治力を行使する(第8章)
・社員の実践知を育む(第9章)


第4章 何が善かを判断する
 本章では、広い範囲のさまざまなCEOやリーダーを取り上げた。東洋(本田宗一郎、吉田忠
雄)と西洋(サム・ウォルトン、ウォルト・ディズニー)、起業家(柳井正)と九代目のCEO(木川眞)、親会社(福井威夫)と子会社(渡辺博美)、長老(稲盛和夫)と若手(横山正直)、単一事業(藤野道格)と多角化経営(飯島彰己)、米国での合弁事業(内藤晴夫)と日本での合弁事業(小林陽太郎)。
 これらのリーダーに共通するのは、自社や社会にとって何がよいことかを判断する能力に秀でていることである。彼らの優れた判断の拠り所となる目的と価値観が、組織内を言わば「下降」して隅々に行き渡ることで、組織はスパイラルに「上昇」する。これらのワイズリーダーたちが認識しているように、ミドルマネジャーと現場の社員もまた、組織内での善についての判断を支えている、その会社のワイズリーダーなのである。


第5章 本質をつかむ
 本田宗一郎によれば、本質を理解するためには心が大切だという。宗一郎はホンダを引退後、 ホンダインターナショナルテクニカルスクール(HITS)の校長に就任した。その校長としての最後のスピーチの中で、自動車の修理という至って単純な事柄の本質を説くことを通じて、 自身の哲学と、他者の心に寄り添うことの大切さを語っている。

 「私が十代の頃、自動車の修理をやっていて初めてわかったのは、自動車の修理という仕事は、単に自動車を直すだけでは駄目なのだということだった。そこに心理的要素がなければならぬことに気がついたのである。
 車を壊したお客さんは、修理工場へ来たり、電話で連絡してきたりするまで、さんざん苦労し、憤慨し、動揺しているのが普通である。機械も壊れているが、お客の心も壊れている。(中略)
 だから、修理を終えて、『これで、直りました』と言っても、なかなか素直には通じない。(中略) 直りました、だけでは、車は直ってもお客の心までは治せない。いかに相手に納得してもらい、安心してもらうかが問題である。いったいに仕事上の親切というのは、相手を納得させることに尽きるのではないだろうか。(中略)
 もう、今日では、車を直す技術に、そんな大きな違いはない。悪いところを取り替えればよい時代である。それなのに、お客に信頼される人とそうでない人がいる、カネとモノのやり取りで、そこに人間が存在しないような、心さびしい世の中になっていけばいくほど、そういう親切が重みを持ってくるのである。 私が校長をしているHITSの若い学生諸君にも話すことである。君たちは、相手の人の心を理解する人間になってくれ。それが哲学だ。哲学というのは、小難しい理屈でも何でもない。机上の空論ではないのである。
 たとえば、自動車修理の仕事に従事して、お客さんと接したとき、車を直したうえで、その人の不安や怒りを取り除いてやることができたら、それは素晴らしいことである。親切という形で、そういう生きた哲学を使える人になってほしい」
 
 宗一郎に言わせれば、優秀なエンジニアと凡庸なエンジニアの違いは、顧客の心に寄り添えるかどうか、顧客に対して共感できるかどうかにある。人の気持ちを理解できるエンジニアは、修理の背後にあるものを見抜け、ひいては顧客の信頼を獲得できる。

■まとめ
 本書の第Ⅱ部の冒頭で指摘したように、実践知によって人を率いるのは容易ではない。われわれが本書で一貫して述べているのは、自社と社会の両方にとっての善をなせ、ということである。本章では、本質をつかむためにはAとBを二つながら、めざさなくてはいけないことを論じた。何が善であるかを判断するためには、企業と社会の利益が重なる部分を見出すことが求められるが、本質をつかむためには二つ以上の根本的に相反することをしなくてはならない。
・「頭」と「手」を使う。
・「細部への注意」と「全体像」の両方を大事にする。
・「粘り強く」なおかつ「素早く」動く。
・「普遍」と「個別」の両方を追求する。
・「主観的な直観」と「客観的な知識」を組み合わせる。
・「シンプルさ」と「複雑な状況」の両方に対処する。
・「基本」に忠実であると同時に、「変化に適応」する。
・「ひらめき」と「努力」のどちらもおろそかにしない。
・「知らないことを知っている」ことと「知らないことを知らない」ことの両方の解決策を探る。
・「木」と「森」の両方を見る。
 わかりにくい話に感じられるかもしれないが、ワイズリーダーには、本質をつかむため、深い根を張って、高みをめざすことが求められるのは間違いない。SECIスパイラル(第3の 図3-5を参照) の上昇を図りたいのであれば、下へ降りていき、組織の全員をかかわらせる必要がある。
 最後に助言を一つ述べて、本章を締めくくりたい。それはAとBの両方を追求して、本質を つかむためには、デカルト的な心身の分裂に別れを告げたほうがよいということである。スキーをこよなく愛する筆者は、スキーの体験と本章の内容に驚くほどの類似点があると感じている。
 以下に紹介するのは、ボスニア・ヘルツェゴビナ出身の米国の作家アレクサンダル・ヘモンが、『フォーチュン』誌に寄せた「スキー」という題のエッセイの一節である。ここには、その類似点が見事に描き出されている。

「私がスキーを愛するのは、瞬間的な即興のみで成り立っているスポーツだからだ。猛烈なスピード(たとえば、時速八○キロとか)で滑りながら、刻々と状況が変わる中(雪の形状と感触とか、こちらに迫ってくる木々とか、アイスバーンとか、微妙な傾斜の変化とか)、次々と正しい判断を下していかなくてはならない。しかも一度下した判断に訂正のチャンスはない。(中略)前もっていくつかのことは決めておける。しかし、絶えずその場での変更に備えていなくてはならない。あらゆることがどんどん変わるからだ。そういう流れの中にあっては、思案したり、分析したりしているひまはない。体と心の働きを完璧に一致させなくてはならない。そうなれば、デカルト的な心身の分裂にも別れを告げられる」


第6章 「場」を創出する
 JALでの稲盛がそうだったように、ワイズリーダーは共感の能力に富み、他者の気持ちを想像することで「場」をうまく導ける。文脈の変化に対処するうえで、この共感と想像は重要である。ワイズリーダーはすみやかに、状況を読み取って、何を求められているかを理解し、それに適応しなくてはいけない。タイミングがすべてである。

■まとめ
 本章では、いろいろな「場」があることを明らかにした。それらの「場」は、次のように大きく二つに分けることができる。

・非公式の「場」(酒席など)と社内の公式の「場」
・大きな「場」と小さな「場」
・社内の「場」と社外の「場」
・物理的な「場」と認知的な「場」
・直接顔を合わせる「場」とバーチャルな「場」

 これらの「場」すべてに共通するのは、参加者が文脈を共有し、「いま・ここ」の人間関係を築き、相互交流を通じて新しい意味と洞察を獲得するということである。新しい意味と洞察が引き出されるためには、参加者同士の相互交流が適切な文脈で、適切な時に、適切な環境で行われなくてはならない。
 「場」は知識の方程式の両辺、すなわち創造と実践のどちら側でも重要な役割を果たしている。創造の側についていうと、知識は真空からは生まれない。知識の創造には文脈、つまり、「場」が欠かせない。情報は文脈の中に置かれて初めて、解釈され、意味を持ち、知識になる。 知識創造のプロセスは、時と場所、それに他者との関係という文脈と切り離せない。
 したがって「場」とは、共有された文脈のことだといえる。「場」の参加者たちは、その共有された文脈の中で、互いの主観的な視点や価値観を理解し、「いま・ここ」の関係を築き、 相互作用によって新しい意味と洞察を生み出そうとする。
 また、「場」は動的なものともいえる。そこには絶えざる変化があるからである。参加者が常に出入りして、各自の文脈を「場」に持ち込み、他の参加者や環境と作用し合うことで、各自の文脈が変わり、「場」そのものの文脈が変わり、各自と環境や他者との関係が変わる。
 方程式の右辺の知識実践についていうと、「場」は、知識を実践する人々のコミュニティを拡大させる原動力になる。知識の創造と実践が時間をかけて繰り返され、SECIスパイラル の存在論的な次元が上昇するとき、その上昇は「場」によって促進される。シマノやエーザイの事例で見たように、SECIスパイラルが上昇するほど、社内からも、他社からも、コミュニティからもSECIのプロセスにかかわる人が増える。
 だから、個人にとっても、企業にとっても、そしてもちろん、社会にとっても有益な知識の実践が、SECIスパイラルによって可能になるのである。


第7章 本質を伝える
 トヨタの元人事部長は次のように話している。「昇進できなかった人には、人間性のせいではなく、人数の制限のせいでやむをえずそうなったことを伝えます」。悪い結果を知らせるときには、相手をいたわり、希望を持たせることが大事だという。一方、昇進した社員に対しては「紙一重で落ちた」候補者がたくさんいることを告げる。これは驕りを戒めるためのメタファーである。

■まとめ
 言うまでもなく、フロネシスはワイズリーダーに卓越した洞察力を与える。本質を見抜くためには、個別のことの中から普遍的な「真理」をつかみ取ることが求められる。普遍と個別をつなぐためには、主観的・直観的な考えを概念化して、みんなにわかる言葉にするとともに、意欲を掻き立てる野望やビジョンとしてそれを表現する能力が必要になる。
 一方、本質を伝えるためには、メタファーと物語が役に立つ。なぜならメタファー(特にスポーツや子どものメタファー)は感情に働きかけることで(パトス)、物語は追体験によって、共感を引き出すからである。
 また、本質を伝えるためには、豊かな想像力、中でも歴史的構想力を働かせなくてはならない。なぜなら、あるとき、ある場所で起こったことの背後に何があるかは、想像力を働かせることで初めて見えてくるからである。そのような想像力を育むためには、いろいろなジャンルの本を読み、心に残るスピーチからレトリックを学び、経歴の違うさまざまな人と会って、話をするとよい。
 大事なのは、これらのことを習慣化することが、本質を伝える能力を磨く秘訣であるということである。


第8章 政治力を行使する
■まとめ
 最後に、本章の中心をなす言葉、「政治力」に再び戻ろう。ワイズリーダーは部下を一つにまとめて、行動に駆り立てなくてはならない。その際、政治力を行使して、相反する目標を総合して、共通善を成し遂げることが求められる。ワイズリーダーはまた、マキャベリズムの手段も含め、それぞれの状況に適した手段を選んで、使わなくてはいけない。狡猾さが善をなすための助けになることもある。
 「マキャベリズム」という言葉には、昔からさまざまな解釈がなされている。一番有名なのは、「目的は手段を正当化する」である。しかし、われわれが注目したのは、賢い君主の適応力である。前に述べたとおり、マキャベリの著書で描かれている賢い君主は、①目的を遂げる方法がいくつもあることを知り、②その中には安全なものと危険なものがあり、それは時期に左右されることを知り、③いつどの方法を選べばよいかを知っていた。つまり、知識は力の源泉になるということである。
 ただし、力の源泉としての知識は脆弱であり、養ってやらなくてはならない。「脆弱」であるのは、今の世界では不測の事態~、人確かさや、複雑さや、創造的破壊が当たり前になっているからである。今の世界は途方もない速さで変化している。工業化の時代には、大きくて強いことが企業に力を与えた。現代においては、大は小に勝てず、強さは機敏さに勝てない。『9プリンシプルズ』で伊藤が指摘するように、既存勢力にとっての最大の脅威は「スタートアップ、変わり者、離脱者、無名の研究所など、最も小さいところからもたらされる」し、「もは強い者が生き残るとは限らない」。
 速い者が勝ち、遅い者が負けるのが現代の世界である。賢い君主のように、ワイズリーダーは素早く状況の変化に適応するだけではなく、並外れて迅速に行動することも求められる。そのためには知識を養う必要がある。われわれは矛盾や、対立や、パラドックスが当たり前になった時代に生きている。だから弁証法や、ミドル・アップダウン・マネジメントや、肯定的な反抗という形で、多様な考え方を入れることが肝心になる。
 変化の目まぐるしい矛盾に満ちたこの世界で、変わらないものが一つあるとすれば、それは共通善の大切さである。マキャベリの思想は、一面ではアリストテレスの思想にも通じている。前に触れたとおり、マキャベリは「高次の善に無関心だったわけではない」。手段の正当化は、あくまで道徳的な立場からのものだった。「道理に背いた行為が結果によって正当化されるとしたら、それは結果がよいもののときである。善は常に行為を正当化する」とマキャベリは書いている。変化の激しい今の世界を生き抜くため、ワイズリーダーの行動には、迅速さと善の両方が求められる。


第9章 社員の実践知を育む
■まとめ
 今日の知識創造企業は明日のワイズカンパニーへと変わらなくてはならない。そのために は、新しいタイプのリーダーシップ(自律分散型リーダーシップ)、新しいタイプの創造的ルーティン(型)、新しいタイプの徒弟制度(守・破・離)、新しいタイプの経営哲学(「全員経営」)、新タイプの組織構造(ダイナミックなネットワーク型組織)、新しいタイプの戦略立案のアプローチ(インサイド・アウト)が必要である。
 ここまでの議論で、ワイズカンパニーの輪郭がだいぶ明確になってきた。ワイズカンパニー とは、次のような企業のことをいう。

・社内のあらゆる層にワイズリーダーがいる企業。
・「悟空吹毛」のように、ワイズリーダーが後継者として絶えず育まれ、誕生している企業。
・フロネシスが経営幹部、ミドルマネジャー、現場の社員によって実践されている企業。 ・アメーバ経営やスクラムなどのシステムによって小さなチームの力を活用し、ダイナミッ
クさと俊敏さを保っている企業。
・ミドル・アップダウン・マネジメントや、「型」などの創造的ルーティンを通じて、自律 分散型リーダーシップを実現している企業。
・ヒエラルキーとネットワークの融合で、今の世界の複雑さや速さに適応している企業。 ・インサイド・アウトのアプローチで戦略を立案し、信念と理想主義的な現実主義に基づく
未来を思い描いている企業。
・社内のあらゆる層で実践知を育み、持続的なイノベーションと長寿を実現している企業。

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2020年11月21日

Posted by ブクログ

 SECIモデルの復習。

第1章 知識から知恵へ
 藤野はプラグマティストに徹することで、ホンダジェットの夢を実現させた。藤野の仕事の仕方はいろいろな表現で言い表されている―粘り強い、実際的、現実的、行動志向、細部重視―が、それらすべてが指し示しているのは、「いま・ここ」での遂行力である。


2章 知識実践の土台
 知識実践の起源は、アリストテレスによる知識の三分類の一つであるフロネシスにあると、われわれは考えている。『二コマコス倫理学』第六巻第五章の定義によれば、フロネシス(実践知、賢慮)とは「人間にとってよいことか、悪いことかに基づいて行動できる、真に分別の備わった状態」とされる。

 ネルソンとウィンターがとりわけ強調したのは、「実習」の大切さである。二人は次のように書いている。「組織は『行動によって記憶する』。(中略)記憶するということは主に実習を通じて成し遂げられる。書かれたものをどれほど読んでも、完全に記憶することはできない」
「実践によって記憶する」ためには、ルーティンとサブルーティンを絶えず繰り返すことで、学習を促進し、組織的知識を利用することが欠かせないと、二人は説く。行動によっても、組織は文脈に応じた知識を学び、記憶することができるという。そのような文脈に応じた習慣的な行動をすべて足し合わせたものが、ネルソンとウィンターのいう「組織的知識」、われわれの言葉でいえば「組織的知識実践」になる。

■まとめ
 本章では本書で説く知識実践の土台となった哲学、心理学、神経科学、社会科学の各分野の知見を吟味した。以下に要点をまとめておこう。

・知識実践は古代ギリシャ哲学の大きなテーマの一つだった。そのことはアリストテレスがエピステーメー(科学的な知識)やテクネー(技術的な知識)と対照的な概念として、フロネシス(実践知)という概念を用いていたことからわかる。
・知識実践は以来、ほとんど無視されてきたと考えられているが、多くの哲学者の主要な関心事であり続けたこともまた事実である。そのことはエトムント・フッサール、マルティン・ハイデガー、モーリス・メルロ=ポンティなどの現象学者、チャールズ・サンダース・パース、ウィリアム・ジェイムズ、ジョン・デューイなどの米国のプラグマティスト の著作からうかがえる。それらの思想家たちは、われわれが世界についての「本当」の知識をどのように得るのかを解き明かそうとした。彼らの考えでは、世界とは、現在進行中の特定の状況と密接に結びついたものだった。また、そのような知識は本質的に主観的なものであるとされた。
・マイケル・ポランニーも独自の言葉でそれと似たようなフレームワークを考え、人間が物事をどう理解するかや、いかに実践的な知識を獲得するかを解き明かした。明確な目的意識が、人と環境との相互作用を導き、ひいては、われわれが何を知るか、何に基づいて行動するかを左右するという。
・ポランニーによれば、人間は身の回りの世界に関する暗黙知を蓄積するとともに、それをひとまとまりのものとして理解できるよう統合する。知識がどのように統合されるかは、目的に基づいた意識的な考えによって決まる。
・近年の脳科学研究による発見では、人と人との直接的でダイナミックな交流があらゆる知識の源泉であるという考えが支持されている。
・加えて、社会科学の研究では、実践的な知識が個人レベルだけではなく、組織レベルでも獲得され、活用されうることが示されている。
・組織の共通の目的を保つためには、共通善の追求を組織の活動の中心に据えることが要に なる。共通の目的を保つことで、環境と直に向き合おうとするメンバーの足並みを揃えることができ、メンバー全員に積極的に目的の実現に取り組ませることができる。


第3章 知識創造と知識実践のモデル
■まとめ
 本章では、知識の創造・実践モデルの事例として、JALの再建、シマノの六〇年に及ぶ実践、エーザイの認知症とアルツハイマー病への取組みの三例を紹介した。そこで描き出されたSECIの複数のサイクルによって、われわれが本章で提示した知識創造と知識実践の概念モデル、すなわちアップデートされた新しいSECIモデルとSECIスパイラルモデルについての理解を深めていただけたのではないかと思う。
 知識の創造と実践に関して、三社の事例で観察されたのは、以下のようなことだった。

・知識は時間をかけて、繰り返し絶え間なく創造され、増幅され、実践される。
・その結果、SECIのサイクルが一巡するたび、知識ベースが水平方向に広がる。
・知識ベースが水平方向に広がると、部や課や室といった部署の垣根を超えて、知識の創造と実践に携わる個人が増える。
・加えて、SECIが次のサイクルに進むたび、知識は存在論的次元でもスパイラルに上昇する。
・その結果、知識ベースは時間をかけて次第に垂直方向にも広がる。
・知識ベースが垂直方向に広がるにつれ、個人によって創造・実践された知識は、「相互作用のコミュニティ」によって増幅される。相互作用のコミュニティは組織内、組織間の境 界を超えて拡大し、コミュニティレベルないし社会レベルへと上昇する。
・ある存在論的な次元で創造された知識が一段高い存在論的な次元へ上昇する(たとえば、組織レベルからコミュニティレベルへ)につれ、知識実践の規模と質は増幅され、さらなる行動が引き出される。
・知識のスパイラルな上昇のためには、新参者にいつも開かれている知識の実践者のコミュニティが組織内に必要になる。
・そのような開かれた知識の実践者のコミュニティでは、メンバーは「相互主観性の関係」 でつながっている。相互主観性の関係にある者同士は、気分や、感情や、視点を共有して おり、直観的に文脈を理解できる。
・相互主観性の関係でつながった知識の実践者のコミュニティは、持続的にイノベーションを生み出し、組織の回復力を強くする。
・知識創造・実践企業におけるリーダーの役割は、信念や、哲学や、価値観を掲げるとともに、従業員が率先して、また安心して、自分の知識を口にし、みんなと共有しようとする環境を築くことにある。
・知識のスパイラルな上昇のためには、知識の実践者たちが「高次の目的」を持つことも求められる。
・そのような目的をもたらすフロネシスが、SECIスパイラルの原動力になる。
・フロネシスの要をなすのは、組織の利益だけを追い求めない、「共通善」の追求である。
・多くの企業がSECIプロセスのスパイラルな上昇が滞ってしまう、「SECI行き詰まり症候群」に陥るのは、上昇の原動力であるフロネシスを欠くからである。
・SECIスパイラルのプロセスには、組織が単に環境の変化に対処するだけではなく、「自分たちが思い描く未来を実現する」という目的の下、絶えず自己革新を繰り返すプロセスが描き出されている。
・たとえば、エーザイの場合、アリセプトの研究開発チームのリーダー、杉本八郎の母親が、 見舞いに来た杉本を自分の息子だと認識できるようになるという未来が思い描かれている。

 これで本書の第I部を締めくくる。第I部では、われわれの考えや研究が前著の刊行から約 二五年の間にどのように発展し、進化したかを述べた。われわれの理論的な土台は、元のモデ ルに存在論的な次元を組み入れることで深まり、知識の上に知恵の層を足すことで広がった。 知識だけでは、「よい行動」は起こせない。知識を「よい行動」に結びつけるためには、フロ ネシス、すなわち実践知が必要になる。
 第?部では、理論から実践へと移り、リーダーシップの六つの実践について一つずつ論じる。 われわれの考えでは、それらの実践こそがワイズリーダーの最大の特徴をなしている。
・何が善かを判断する(第4章)
・本質をつかむ(第5章)
・「場」を創出する(第6章)
・本質を伝える(第7章)
・政治力を行使する(第8章)
・社員の実践知を育む(第9章)


第4章 何が善かを判断する
 本章では、広い範囲のさまざまなCEOやリーダーを取り上げた。東洋(本田宗一郎、吉田忠
雄)と西洋(サム・ウォルトン、ウォルト・ディズニー)、起業家(柳井正)と九代目のCEO(木川眞)、親会社(福井威夫)と子会社(渡辺博美)、長老(稲盛和夫)と若手(横山正直)、単一事業(藤野道格)と多角化経営(飯島彰己)、米国での合弁事業(内藤晴夫)と日本での合弁事業(小林陽太郎)。
 これらのリーダーに共通するのは、自社や社会にとって何がよいことかを判断する能力に秀でていることである。彼らの優れた判断の拠り所となる目的と価値観が、組織内を言わば「下降」して隅々に行き渡ることで、組織はスパイラルに「上昇」する。これらのワイズリーダーたちが認識しているように、ミドルマネジャーと現場の社員もまた、組織内での善についての判断を支えている、その会社のワイズリーダーなのである。


第5章 本質をつかむ
 本田宗一郎によれば、本質を理解するためには心が大切だという。宗一郎はホンダを引退後、 ホンダインターナショナルテクニカルスクール(HITS)の校長に就任した。その校長としての最後のスピーチの中で、自動車の修理という至って単純な事柄の本質を説くことを通じて、 自身の哲学と、他者の心に寄り添うことの大切さを語っている。

 「私が十代の頃、自動車の修理をやっていて初めてわかったのは、自動車の修理という仕事は、単に自動車を直すだけでは駄目なのだということだった。そこに心理的要素がなければならぬことに気がついたのである。
 車を壊したお客さんは、修理工場へ来たり、電話で連絡してきたりするまで、さんざん苦労し、憤慨し、動揺しているのが普通である。機械も壊れているが、お客の心も壊れている。(中略)
 だから、修理を終えて、『これで、直りました』と言っても、なかなか素直には通じない。(中略) 直りました、だけでは、車は直ってもお客の心までは治せない。いかに相手に納得してもらい、安心してもらうかが問題である。いったいに仕事上の親切というのは、相手を納得させることに尽きるのではないだろうか。(中略)
 もう、今日では、車を直す技術に、そんな大きな違いはない。悪いところを取り替えればよい時代である。それなのに、お客に信頼される人とそうでない人がいる、カネとモノのやり取りで、そこに人間が存在しないような、心さびしい世の中になっていけばいくほど、そういう親切が重みを持ってくるのである。 私が校長をしているHITSの若い学生諸君にも話すことである。君たちは、相手の人の心を理解する人間になってくれ。それが哲学だ。哲学というのは、小難しい理屈でも何でもない。机上の空論ではないのである。
 たとえば、自動車修理の仕事に従事して、お客さんと接したとき、車を直したうえで、その人の不安や怒りを取り除いてやることができたら、それは素晴らしいことである。親切という形で、そういう生きた哲学を使える人になってほしい」
 
 宗一郎に言わせれば、優秀なエンジニアと凡庸なエンジニアの違いは、顧客の心に寄り添えるかどうか、顧客に対して共感できるかどうかにある。人の気持ちを理解できるエンジニアは、修理の背後にあるものを見抜け、ひいては顧客の信頼を獲得できる。

■まとめ
 本書の第?部の冒頭で指摘したように、実践知によって人を率いるのは容易ではない。われわれが本書で一貫して述べているのは、自社と社会の両方にとっての善をなせ、ということである。本章では、本質をつかむためにはAとBを二つながら、めざさなくてはいけないことを論じた。何が善であるかを判断するためには、企業と社会の利益が重なる部分を見出すことが求められるが、本質をつかむためには二つ以上の根本的に相反することをしなくてはならない。
・「頭」と「手」を使う。
・「細部への注意」と「全体像」の両方を大事にする。
・「粘り強く」なおかつ「素早く」動く。
・「普遍」と「個別」の両方を追求する。
・「主観的な直観」と「客観的な知識」を組み合わせる。
・「シンプルさ」と「複雑な状況」の両方に対処する。
・「基本」に忠実であると同時に、「変化に適応」する。
・「ひらめき」と「努力」のどちらもおろそかにしない。
・「知らないことを知っている」ことと「知らないことを知らない」ことの両方の解決策を探る。
・「木」と「森」の両方を見る。
 わかりにくい話に感じられるかもしれないが、ワイズリーダーには、本質をつかむため、深い根を張って、高みをめざすことが求められるのは間違いない。SECIスパイラル(第3の 図3-5を参照) の上昇を図りたいのであれば、下へ降りていき、組織の全員をかかわらせる必要がある。
 最後に助言を一つ述べて、本章を締めくくりたい。それはAとBの両方を追求して、本質を つかむためには、デカルト的な心身の分裂に別れを告げたほうがよいということである。スキーをこよなく愛する筆者は、スキーの体験と本章の内容に驚くほどの類似点があると感じている。
 以下に紹介するのは、ボスニア・ヘルツェゴビナ出身の米国の作家アレクサンダル・ヘモンが、『フォーチュン』誌に寄せた「スキー」という題のエッセイの一節である。ここには、その類似点が見事に描き出されている。

「私がスキーを愛するのは、瞬間的な即興のみで成り立っているスポーツだからだ。猛烈なスピード(たとえば、時速八○キロとか)で滑りながら、刻々と状況が変わる中(雪の形状と感触とか、こちらに迫ってくる木々とか、アイスバーンとか、微妙な傾斜の変化とか)、次々と正しい判断を下していかなくてはならない。しかも一度下した判断に訂正のチャンスはない。(中略)前もっていくつかのことは決めておける。しかし、絶えずその場での変更に備えていなくてはならない。あらゆることがどんどん変わるからだ。そういう流れの中にあっては、思案したり、分析したりしているひまはない。体と心の働きを完璧に一致させなくてはならない。そうなれば、デカルト的な心身の分裂にも別れを告げられる」


第6章 「場」を創出する
 JALでの稲盛がそうだったように、ワイズリーダーは共感の能力に富み、他者の気持ちを想像することで「場」をうまく導ける。文脈の変化に対処するうえで、この共感と想像は重要である。ワイズリーダーはすみやかに、状況を読み取って、何を求められているかを理解し、それに適応しなくてはいけない。タイミングがすべてである。

■まとめ
 本章では、いろいろな「場」があることを明らかにした。それらの「場」は、次のように大きく二つに分けることができる。

・非公式の「場」(酒席など)と社内の公式の「場」
・大きな「場」と小さな「場」
・社内の「場」と社外の「場」
・物理的な「場」と認知的な「場」
・直接顔を合わせる「場」とバーチャルな「場」

 これらの「場」すべてに共通するのは、参加者が文脈を共有し、「いま・ここ」の人間関係を築き、相互交流を通じて新しい意味と洞察を獲得するということである。新しい意味と洞察が引き出されるためには、参加者同士の相互交流が適切な文脈で、適切な時に、適切な環境で行われなくてはならない。
 「場」は知識の方程式の両辺、すなわち創造と実践のどちら側でも重要な役割を果たしている。創造の側についていうと、知識は真空からは生まれない。知識の創造には文脈、つまり、「場」が欠かせない。情報は文脈の中に置かれて初めて、解釈され、意味を持ち、知識になる。 知識創造のプロセスは、時と場所、それに他者との関係という文脈と切り離せない。
 したがって「場」とは、共有された文脈のことだといえる。「場」の参加者たちは、その共有された文脈の中で、互いの主観的な視点や価値観を理解し、「いま・ここ」の関係を築き、 相互作用によって新しい意味と洞察を生み出そうとする。
 また、「場」は動的なものともいえる。そこには絶えざる変化があるからである。参加者が常に出入りして、各自の文脈を「場」に持ち込み、他の参加者や環境と作用し合うことで、各自の文脈が変わり、「場」そのものの文脈が変わり、各自と環境や他者との関係が変わる。
 方程式の右辺の知識実践についていうと、「場」は、知識を実践する人々のコミュニティを拡大させる原動力になる。知識の創造と実践が時間をかけて繰り返され、SECIスパイラル の存在論的な次元が上昇するとき、その上昇は「場」によって促進される。シマノやエーザイの事例で見たように、SECIスパイラルが上昇するほど、社内からも、他社からも、コミュニティからもSECIのプロセスにかかわる人が増える。
 だから、個人にとっても、企業にとっても、そしてもちろん、社会にとっても有益な知識の実践が、SECIスパイラルによって可能になるのである。


第7章 本質を伝える
 トヨタの元人事部長は次のように話している。「昇進できなかった人には、人間性のせいではなく、人数の制限のせいでやむをえずそうなったことを伝えます」。悪い結果を知らせるときには、相手をいたわり、希望を持たせることが大事だという。一方、昇進した社員に対しては「紙一重で落ちた」候補者がたくさんいることを告げる。これは驕りを戒めるためのメタファーである。

■まとめ
 言うまでもなく、フロネシスはワイズリーダーに卓越した洞察力を与える。本質を見抜くためには、個別のことの中から普遍的な「真理」をつかみ取ることが求められる。普遍と個別をつなぐためには、主観的・直観的な考えを概念化して、みんなにわかる言葉にするとともに、意欲を掻き立てる野望やビジョンとしてそれを表現する能力が必要になる。
 一方、本質を伝えるためには、メタファーと物語が役に立つ。なぜならメタファー(特にスポーツや子どものメタファー)は感情に働きかけることで(パトス)、物語は追体験によって、共感を引き出すからである。
 また、本質を伝えるためには、豊かな想像力、中でも歴史的構想力を働かせなくてはならない。なぜなら、あるとき、ある場所で起こったことの背後に何があるかは、想像力を働かせることで初めて見えてくるからである。そのような想像力を育むためには、いろいろなジャンルの本を読み、心に残るスピーチからレトリックを学び、経歴の違うさまざまな人と会って、話をするとよい。
 大事なのは、これらのことを習慣化することが、本質を伝える能力を磨く秘訣であるということである。


第8章 政治力を行使する
■まとめ
 最後に、本章の中心をなす言葉、「政治力」に再び戻ろう。ワイズリーダーは部下を一つにまとめて、行動に駆り立てなくてはならない。その際、政治力を行使して、相反する目標を総合して、共通善を成し遂げることが求められる。ワイズリーダーはまた、マキャベリズムの手段も含め、それぞれの状況に適した手段を選んで、使わなくてはいけない。狡猾さが善をなすための助けになることもある。
 「マキャベリズム」という言葉には、昔からさまざまな解釈がなされている。一番有名なのは、「目的は手段を正当化する」である。しかし、われわれが注目したのは、賢い君主の適応力である。前に述べたとおり、マキャベリの著書で描かれている賢い君主は、?目的を遂げる方法がいくつもあることを知り、?その中には安全なものと危険なものがあり、それは時期に左右されることを知り、?いつどの方法を選べばよいかを知っていた。つまり、知識は力の源泉になるということである。
 ただし、力の源泉としての知識は脆弱であり、養ってやらなくてはならない。「脆弱」であるのは、今の世界では不測の事態~、人確かさや、複雑さや、創造的破壊が当たり前になっているからである。今の世界は途方もない速さで変化している。工業化の時代には、大きくて強いことが企業に力を与えた。現代においては、大は小に勝てず、強さは機敏さに勝てない。『9プリンシプルズ』で伊藤が指摘するように、既存勢力にとっての最大の脅威は「スタートアップ、変わり者、離脱者、無名の研究所など、最も小さいところからもたらされる」し、「もは強い者が生き残るとは限らない」。
 速い者が勝ち、遅い者が負けるのが現代の世界である。賢い君主のように、ワイズリーダーは素早く状況の変化に適応するだけではなく、並外れて迅速に行動することも求められる。そのためには知識を養う必要がある。われわれは矛盾や、対立や、パラドックスが当たり前になった時代に生きている。だから弁証法や、ミドル・アップダウン・マネジメントや、肯定的な反抗という形で、多様な考え方を入れることが肝心になる。
 変化の目まぐるしい矛盾に満ちたこの世界で、変わらないものが一つあるとすれば、それは共通善の大切さである。マキャベリの思想は、一面ではアリストテレスの思想にも通じている。前に触れたとおり、マキャベリは「高次の善に無関心だったわけではない」。手段の正当化は、あくまで道徳的な立場からのものだった。「道理に背いた行為が結果によって正当化されるとしたら、それは結果がよいもののときである。善は常に行為を正当化する」とマキャベリは書いている。変化の激しい今の世界を生き抜くため、ワイズリーダーの行動には、迅速さと善の両方が求められる。


第9章 社員の実践知を育む
■まとめ
 今日の知識創造企業は明日のワイズカンパニーへと変わらなくてはならない。そのために は、新しいタイプのリーダーシップ(自律分散型リーダーシップ)、新しいタイプの創造的ルーティン(型)、新しいタイプの徒弟制度(守・破・離)、新しいタイプの経営哲学(「全員経営」)、新タイプの組織構造(ダイナミックなネットワーク型組織)、新しいタイプの戦略立案のアプローチ(インサイド・アウト)が必要である。
 ここまでの議論で、ワイズカンパニーの輪郭がだいぶ明確になってきた。ワイズカンパニー とは、次のような企業のことをいう。

・社内のあらゆる層にワイズリーダーがいる企業。
・「悟空吹毛」のように、ワイズリーダーが後継者として絶えず育まれ、誕生している企業。
・フロネシスが経営幹部、ミドルマネジャー、現場の社員によって実践されている企業。 ・アメーバ経営やスクラムなどのシステムによって小さなチームの力を活用し、ダイナミッ
クさと俊敏さを保っている企業。
・ミドル・アップダウン・マネジメントや、「型」などの創造的ルーティンを通じて、自律 分散型リーダーシップを実現している企業。
・ヒエラルキーとネットワークの融合で、今の世界の複雑さや速さに適応している企業。 ・インサイド・アウトのアプローチで戦略を立案し、信念と理想主義的な現実主義に基づく
未来を思い描いている企業。
・社内のあらゆる層で実践知を育み、持続的なイノベーションと長寿を実現している企業。

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2021年08月08日

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