川上弘美のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
川上弘美さんの作品を知ったのはまだ数年前ですが、
1993年に書かれた「神様」が…ほんわかして優しくて大好きです。
その後、2011年に「神様2011」が「あのこと」をベースにした神様の物語が書かれています。
あのこととは、2011年東日本大震災による福島原発事故。わたしは、震災のニュースを見、大きな衝撃を受けたが、原発事故のことは、あまり意識の中になかった(というか、わからなかった)。
最後の川上弘美さん自身の「あとがき」は、まるで川上さんが話しておられるような語り調で、背筋が伸びる気がした。非常に訴えを感じた。怒りと受容にも似た。
本の中の前述の「神様」の文は、原文そのまま。
後の方の「神様2011」は、くまとの楽しい一日が、あのことがあって変ってしまった日常に加えて描いてある。例えばくまが防御服を着ているところとか。
日本は大きく変わってしまったけれど、日常は続いてゆく。怒りは最終的に自分自身に向かってくるのだが、(中略)それでもわたしたちは、それぞれの日常を、たんたんと生きてゆくし、意地でも「もうやになった」と、この生を放り出すこともしたくない。だって、生きることは、それ自体が、大いなるよろこびであるはずなのですから。
と締めくくってある、この文章は(よく思うのは、川上さんの書かれるものはラストは生きることの素晴らしさを訴えているように感じる)、原発のみならず、今起きているコロナ禍に向けてのエールにも感じる。 -
Posted by ブクログ
こういう乾いた恋愛ものはとても好き。語弊があるかも知れないけれど、江國香織さんの世界観とも共通するものがあるように感じた。
川上弘美さんの小説は私の場合、はまるものと世界が独特すぎてついていけないものに分かれる。この小説は完全に前者。
主人公は35歳のリリ。主婦で、夫の幸夫がローンで買ったマンションに暮らし、申し分ない生活をしている。だけど毎日が、なんとなく退屈だ。
幸夫は、リリの親友の春名と恋人関係にあり、リリもまた、マンション前の公園で知り合った9歳年下の暁と恋人関係にある。
こんなにせまい人間関係のなかで、さらにあるひとつのつながりがある。
リリはどことなく謎めいていて、感情をあまりおもてに出さない。幸夫のことを愛してはいないけれど、不満はないし、感謝はしている。春名との関係にも気づいているけれど、どちらにも何も言わない。
暁と過ごすのはとても心地よい。でもどちらかというと、深みにはまっているのは暁のほう。
春名はリリに対して申し訳なさを感じるものの、幸夫のことを愛してやまない。
幸夫は春名との身体の相性を愛おしく感じているけれど、おそらく心底で愛しているのはリリだ。
こんな世界観が、乾いた雰囲気で繰り広げられている。そんなにドラマティックではなく、淡々と日々は過ぎていくけれど、最初とは違う状況にそれぞれが変化して物語の終わりを迎える。そこからまた、変化の予感を感じさせつつ。
欲求が薄い人間(この小説の場合は主人公のリリ)はある意味とても厄介な存在だと思った。何かを選択するとき、欲がないから、先のことも深く考えず選んで進んでしまう危うさがある。
そういう風には生きられない人が大半だから、このリリという女性に嫉妬や羨望を感じてしまうのかもしれない。
主人公が魅力的な小説はとても良い、と、常々感じている。 -
Posted by ブクログ
通り過ぎるような、あるようなことを引き延ばしてふわりとお話になった、かんじ。月火水では、「やっぱりいいです」と言いそうになったが、やっぱりと言いはじめたあたりで、おじさんがくるりと振り向いて・・たのでいいやめることができた。この感じがよくわかる。私も迷い癖があるので、相手に委ねたい方だから(笑)
好みでは、菊ちゃんのおむすび。菊ちゃんは尻ポケットから何やらたたんだものを取り出す。小さな青いビニールふろしきだった。青いビニール風呂敷か(笑)!?と、私はひとり突っ込みを入れる。
椰子の実では、「それより、咲はおれのかわりに親孝行してくれ」ってところが泣けた。
合間にちょっと読むも、次も次もとやめられず離れられなくなる。へこんだときも、なんかうれしくなる本。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ川上弘美さん2冊目。
修飾語が好き。
「ミドリ子にとってチダさんとのセックスは、真夜中ひっそりと起きて読む哀しい小説にようなものだった。読んでひそかに涙を流すとあんまり気持ちがいいのでやめられない、やめられないことが情けなくてさみしくせつないのだけれど、やめられないことがうれしくもある。」
「姉の吐き出していた空気がなくなり、姉の持ち物と姉自身も見えなくなってしまうと、しばらく家の中はまばらな感じになったが、やがてまばらなところは均された。知らぬ間に母と私は薄く家の中に広がり、姉の不在によってできた隙間は満たされた。」
「疑ってるんじゃないよ ぜんぜん信じてないだけだよ」
「誰かを好きになるということは、誰かを好きになると決めるだけのことなのかもしれない」 -
Posted by ブクログ
ママが死んでしまったのでパパが出て行った。子供の頃からいてパパと呼んでいる人は実は叔父だった。
家族の物語。55歳になった都の思い出話。
心にはいつも死んだママがいる。
ママが死んでから同居をしないといって出て行ったパパがいる。弟の陵がいる。
パパと呼んでいるが実は叔父で子供の時からママと一緒にいるのでずっとパパと呼んでいた、家族だ。
一緒に暮らしている陵は弟で生まれた時を知っている。
ママの心はいつも満たされていて、家族の中心だったが若いのに癌で死んでしまった。
最後のピクニックでママがいった。
「もうすぐあたし、死ぬのね」
「もうそれ,飽きたから、やめて」
「せっかくその気になっているのに」
「その気になってならなくていい」
「こんなにこの家で権力をふるえるのって,初めてのことなんですもの」
「あなたはいつだって、この家の一番だったでしょう」
パパは笑った。ママも私も、陵も。
「ねえ、後悔しちゃだめよ」
「何かを、してもしなくても、後悔はするんじゃない?」
陵がぽつりと言った。
「してもしなくても、後悔しちゃだめなの」
「それって、おなじようなものじゃないの」
「違うの。後悔なんかしないで、ただ生きていればいいの」
死んでいく人間の言うことはよく聞かなきゃ。ママはそう言って、おむすびを口に運んだ。
(意味を考えては、いけない)
(そこから何かがもれていってしまう、あるいは入り込んできてしまうから)
おれたちって、生まれてこのかたずっと、だだっぴろくて白っぽい野に投げ出されているみたいだよね。いつか陵が言ったことがある。
「たとえば荒野のように、雨風そのほかこっちにつきささってくる攻撃的なものから無防備な場所じゃなくて、なんだかぼんやりした抽象的な感じの場所」
この白い野のことを時折思うようになった。
その光景は次第に形を変えてきたが、やはり果てのない野だった。
陵と都が住んでいた家は古くなって取り壊された、今はマンションで隣り合わせに済むようになった。
お互いに訪ねあって暮らしている。
恋人を愛することと、陵を愛することはまったく違うことだった、けれど、その違いをわたしはうまく言葉にできない。誰かに聞かれる機会もないから、言葉にする必要もない。
パパとママの関係も陵と都の関係も世間から見るといびつな家族の形をしている。
その家族はそれでも、好きだといいあったり、同じベッドでねむっている。
しかし都はいつも白く広がっている野の風景を見ている。
陵は会社に行き都はうちでイラストを描く、世間の秩序に沿って暮らしてはいるが、家族という絆とは違った結びつきの中で漂っている日々が、ママの思い出とともにたゆたうような言葉で読者を浮遊させる。
一気に読ませる不思議な魅力は相変わらず川上さんのものだ。 -
Posted by ブクログ
テーマは、家族と愛。愛は近親相姦と世間で呼ぶ類のものかもしれないけれど、卑猥な感じではなく、読んでいると、愛の変形系の一種としてナチュラルにスムーズに受け入れられる。主人公の都の両親は、実の兄妹で、都も弟の陵に恋愛感情を持つ。都の母親「ママ」はさばさばしていて冷たいところがあるけれど、どこか人を惹きつける魅力を持った女性。世間から見れば、都の家族は歪んで、ねじれている。いとこの奈穂子はアメリカ帰りの帰国子女で、都から見ればいつも笑顔なように見えて、少しも笑っていない無表情にも見える女の子。(「奈穂子は笑っていた。あるいは、無表情でいた。」)都の育ての父親は、時計コレクターで、都の弟の部屋には掛け時計がたくさんあって、そして南京錠がかけられ開かずの部屋になっている。
冷静にみたら、えーそんなんある?って思うくらい風変わりな家族で風変わりな暮らしだけど、読んでいるとまあそれもありかと思う。そして自分の外への寛容度が高まって、自分自身への寛容度も高まる感じがした。
よく、話の細部まで理解できなかったように感じる。自分の心の中がさざ波が立っているからなのか、それとも人生の経験不足からなのか。またいつの日かゆっくりと読み返してみたい。 -
Posted by ブクログ
川上弘美作品は「センセイの鞄」や「どこから行っても遠い町」など読んできたけれど、一番テンポ良く読めた。まさに、ガールズトークを聞いているような。
夫と義母と自分で帰省した時のお風呂問題などなど、とりあげられるテーマがおもしろい。
そして新川亭で皆が注文するオムライスやビーフカツ、ポークソテーもおいしそう。
人と人との難儀な関係性については納得。
ちょっとした言動を気にしてしまったり、あれこれ憶測したり。夫婦間でもそうだし、会社の人間関係でも。
そして自分の悩みを人に聞いてもらいたい時、いざ言葉にしようとすると大したことではなく思えたり、言葉にすればするほど本当に悩んでいることから遠ざかっているように感じたりするのことも、よくある。
日々そんなことを感じていたから、あるあるが詰まった1冊でした。