司馬遼太郎のレビュー一覧
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司馬遼太郎の代表作のひとつ。
文庫本にして八巻、構想五年・連載五年という大作。
1972年刊行。
伊予・松山の城下町に生まれた秋山好古・秋山真之兄弟と、真之の親友であった正岡子規の三人を主人公とし、明治初期〜日露戦争終結までを描いた小説。
秋山好古は、佐幕藩であった伊予松山藩の徒士(下級士族)の三男として生まれ、大阪師範学校を経て陸軍士官学校を卒業する。その際、創立間もない騎兵学科を選択する。以降、好古は生涯を懸けて日本騎兵を世界水準まで押し上げることに身を捧げ、「日本騎兵の父」と呼ばれるに至る。
後年、フランス軍人から「秋山好古の生涯の意味は、満州の野で世界最強の騎兵集団を破るというただ一点に尽きている」と賞される。
秋山真之は、好古の実弟で、秋山家の五男として生まれる。幼少期は腕白なガキ大将だった。地元の松山中学を中退後、共立学校を経て、兄を頼って上京し、大学予備門(現東京大学教養学部)に入る。予備門では子規らと共に帝国大学進学を目指すが、経済的な事情で海軍兵学校に進学、主席で卒業する。
真之は、先輩・同輩から「異常に頭が切れる」と賞され、思考耐久力と直感力を併せつ天才的な作戦家だった。その能力を買われ、日露戦争においては若くして連合艦隊作戦参謀となり、海上作戦を一任される。
正岡子規は、言わずとも知れた明治文学を代表する俳人。真之の幼馴染でもある。
子規は、松山中学を中退後、太政大臣になることを志して大学予備門に入る。卒業後、帝国大学に進学したものの、在学中に文学に強い興味を持つようになる。
大学を中退後、新聞『日本』の記者となり、傍らで文芸活動をおこなう。
子規は20歳頃から肺結核を患っており、35歳で若くして没するまで病に苦しんだ。しかし、彼の活動は俳句、短歌、新体詩、小説と多岐に渡り、日本の近代文学成立に多大な影響を与えた。
本作で司馬遼太郎が取り扱うのは、「日本人とは何か?」という問いである。
作者はこの問いの答えを、世界史上としても奇跡的な急成長を遂げた明治初期〜中期の日本に求めた。
作者は、この時期の日本を「史上最も楽天的な時代」だと称している。
はじめて日本が近代国家として成立し、その政府も陸海軍も小所帯であるが故に、どの階層の子も自らの努力と功績次第で国の中枢に入ることができる。各々の働きが日本の前進に直結する。この簡明さが、彼らのオプティミズムを醸成していると述べる。
実際、これは小説を読んでいて感じた。
若い国家において、若人が皆、健全な野心をもって世に出ていく。この価値観が強く描かれている。
彼らには迷いがない。己が日本を前に進める大物になることを信じて疑わない。
対して、現在の日本はどうだろうか。
長く低迷の時代が続き、アメリカに追いつくどころか、かつては歯牙にもかけなかった中国・韓国にすら経済規模で抜かれようとしている。
空気は暗く、日本人は自信喪失と自虐に蝕まれている。
悪い要因はいくつもある。
世襲と無能が招くビジョンが欠乏した政治、腐敗したオールド・メディア、現役世代を搾取して老人への、「仕送り」を強制させる悪循環、挙げればキリがない。
しかし、全てを前の世代と他人のせいにはできない。
現役世代のビジネスパーソンも、その99%は知識もスキルも足りていないと個人的に思う。危機感と主体性を欠いた怠惰な人間だと。
現在の日本に必要なのは、これらの悪環境を嘆いて暮らす従順さではない。自らが上位1%の人間となり、根本からの変革を主導してやるという、健全な野心なのだと、私は考える。
冒頭の問いに戻る。
「日本人とは何か?」
私が本書を読んで考える答えは、「日本人とは、勤勉さと勇猛さを兼ね備えた、本来は創意と工夫を得意とする類稀なる優秀な民族だ」ということだ。
日本人は、この資質を持って、列強国に200年を遅れた近代化からわずか三十余年で当時世界最大の国家の一つであるロシア帝国と対等に戦い、列国の仲間入りを果たすことができた。
このドラマは素晴らしい。それは間違いない。
しかし、本書においても触れられているように、巨大な成功体験はその国を狂わせる。
日露戦争の大勝は、後世の陸軍の自己批判の欠如を助長し、暴走を招いた。結果、日本を太平洋戦争という狂気に突入させた。
経済においても、戦後の高度成長という、単なる先進諸国へのキャッチアップに過ぎなかった事象が自信過剰を招き、構造的失陥を是正することなく持ち越されてしまった。
作中では、明治維新の藩閥を引きずる陸軍と、自浄作用を発揮して新生した海軍が対比的に描かれる。
陸軍に無能が跋扈して大量の犠牲を出したのに対して、海軍は若く、何の後ろ盾もない真之を連合艦隊作戦参謀に登用し、完全勝利を果たした。
現在の日本で求められるのは、旧態依然とした体制からの脱却である。
三十年間日本を停滞させてきた主犯の老人たちを一掃し、若く有能な若者を重要なポストに就かせるべきだ。これは政治でもビジネスの世界でも同じことだ。
現在の日本は、本書で描かれる老朽したロシア帝国とアナロジーだ。彼らは旧く、内に抱える構造的欠陥ゆえに亡国の憂き目に遭った。
日本を同じにしてはならない。変革が必要だ。
それが、日本を高めるために身を砕いた秋山好古・真之ら英雄に報いる唯一の手段である。 -
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ネタバレ秋山兄弟と正岡子規を主人公に置いて、日清戦争から日露戦争へと向かう明治の日本を描いた歴史小説。日露戦争についての細かい知識が無い状態で読んだため、物語の展開を素直に楽しむことができた。また、各人物のキャラクターがハッキリしていて、なおかつ印象に残るフレーズも出てくるため、長さの割りには飽きずに読めた。もっとも、元が連載小説であるためか、同じ説明が何度も繰り返される点は、冗長に感じた。
読後、坂の上の雲の内容は、司馬史観と呼ばれ、批判されていることを知った。司馬遼太郎が描く明るい明治と暗い昭和の対比は、たしかに現代日本人にとってしっくりくる感じがある。しかし、それが本当に正しい見方なのかを疑うことも必要では無いか、などと考えさせられた。
色々な批判はあれど、坂の上の雲で描かれる明治日本の疾走感や、各人物の生き方には、勇気や戒めをもらえた。長かったが、読んで良かったと思う。 -
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ネタバレ「維新の十傑」の1人である大村益次郎は、改名するまでの期間を村田蔵六と名乗っていた。「蔵六」という熟語は、亀が手足を甲羅の中にしまって閉じ籠る様子を指す言葉であるようだが、これほど村田蔵六という人物を的確に表す言葉は他にないだろう。攘夷思想によって殺気立つ長州藩に仕えながらも、政治活動には興味を示さず、ひたすら蘭方書を読み漁る村田蔵六という人物は、同藩の士にとっても奇怪な人物として写ったに違いない。そんな蔵六が、後に木戸孝允と名乗る桂小五郎の指名を受けて長州藩の軍事統括を担うことになる。蔵六が大村益次郎として幕軍との戦争に挑むのは本作(中巻)以降である。
最後に、幕長戦争に臨むにあたって長州藩が作成した日本初の「革命宣言書」について。蔵六が書いた印象的な文章についてまとめておく。
「東人(幕府)は病気だ」
中略
「防長(長州)は、医師である」
以下、原文。
「今日の事は、人身に疾病ある如く、人心は国家な
り。疾病は東人なり。医師は防長なり」
「医師に任せ、すみやかに病根を御絶ち遊ばされず候
ては、他日再発」
「再発候節、病人、元気衰え、快気むつかしく存じ奉り候」
医学の徒でもある蔵六らしい「革命宣言」である。
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ネタバレ印象的な記述を記しておく。
「この極東の島にいる日本人のおもしろさは、オランダ文字といういわば針の頭ほどに小さな穴を通して、広大な西洋の技術世界をのぞいている。」
中略
「西洋人がヨーロッパの他の言語をまなぶ作業とは、大いにちがっている。言語の世界に対してそれぞれの学び手がもっている文明の像と質に対する想像力を最大限にはたらかせることであった。」
「そういう想像力の作業は、この地球上のいかなる民族よりも、日本人はふるい鍛錬の伝統をもっていた。」
スマホやSNSが普及した現代では、情報が波のように押し寄せてくるため、想像力を膨らますにも脳の容量が足りなくなるケースが多い。実際、最近は似たようなコンテンツが多く、独創性に欠ける。それで満足するのも1つの手ではあるが、本当に独創的なコンテンツを作りたければ、一度情報の受け口を狭めて、情報が不足している状態で想像してみると面白いものができるのではないかと、ふっと思った。