司馬遼太郎のレビュー一覧
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時勢だけでなくその地その人々の性質をも描写しつつ史記を追っている感覚。題の項羽にしても劉邦にしても、秦将の章邯・司馬欣・董翳にしても、好感一辺倒な人物はいないし、それこそが歴史物なのだなと思わされた。
上巻の最後が中々に苛酷な締め方。楚軍と投降した秦軍との間に不和が起こり、潜在する脅威排除のために秦兵二十余万を坑にしたとはなんとも……。その後の章邯らの覇気が無くなるのも尤もな仕打ちだ。
これを読んでつくづく思うのは、中国のあの広大な土地と種々の人々を一国として治めること自体が間違いとは言わないまでも無理難題ではないのか、ということ。やはり分割統治が一番丸いんじゃなかろうか。 -
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目次
・湖西のみち
・竹内(たけのうち)街道
・甲州街道
・葛城みち
・長州路
「知識があるということは、自分を高いところに立たせることである」=見晴らしがよくなるという意味。
という言葉がぴったりの紀行文。
同じ景色を見ても、解像度が違うんだよなあ。
目を引いたのは、滋賀県にある「穴太(あのう)」という地名。
石垣づくりの「穴太衆」などで近年有名になったけれど、これが卑弥呼の時代から土木工事に活躍していた穴穂と同じ語源なのではないかという説。
要するにこれは、大陸からの技術を持った人たちを先祖としているということなのだ。
穴穂と言えば、推古天皇の弟の穴穂部皇子(あなほべのみこ)や、聖徳太子の母の穴穂部間人皇女(あなほべのはしひとのひめみこ)と、やけに聖徳太子の周囲に多い名前なのが気になるなあ。
ちょいちょい古代史の話が出てくるので、そのたびに高田崇史のQEDシリーズを復習しているような気になる。
一言主の神とか、製鉄の話とか。
あと、長州藩が好きではないので、「長州路」での長州人たちの話はあまり刺さらなかった。
著者も言っているとおり、一流の人ってむやみやたらに熱くならない。→人殺しに手を染めない。
木戸孝允や高杉晋作は、剣の使い手ではあったけれど、命を狙われている時逃げ回るだけで殺しはしなかったらしい。
でも、吉田松陰は志を遂げるためなら、反対する者たちを殺してよいと言っていたし、伊藤博文や井上薫は殺してるよね。
高杉晋作も奇兵隊など煽るだけ煽って使い捨てて見捨ててるし。
そういうあれこれが好きじゃないの。 -
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息子へ)
お父さんが司馬遼太郎作品に出会って、もう4年になる。
本作品で、やっと70作品中16作品目だ。
とはいえ、4冊を超える長編小説としては、残りは「菜の花の沖」を残すのみ。
遼太郎先生にはいつも楽しませてもらえる。
本書も、戦国時代、汎用な山内一豊が妻のおかげで24万石の大名に成り上がる物語。
一般的にヒーローとされる人物を描かなくとも、ここまで、みごとにヒューマンドラマを描写できているのは、遼太郎先生ならでは、といったところだ。
人間、だれもが長所もあれば短所もある。
不運もあれば幸運もおとずれる。
それが人生であり、そこには必ずドラマがある。
書き手しだいで、人生の見え方は大きく変わる。
まだまだ読んでいない司馬作品は半数を超える。数十年かけて、じっくり楽しんでいきたいと思う。
(お父さんの本の買い方)
BOOK・OFF \105
(読め、もしくは、読むな)
読め!
(君が・・・歳のころに)
読みたいときに年齢関係なく楽しめよう。 -
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足利義昭を擁して京に上洛した織田信長だが、その後義昭の計略により朝倉、浅井、武田、大阪本願寺などと対抗するようになる。その過程で人を道具のように扱う信長に対し不信感を募らせていく光秀。朝倉討伐の際には当主朝倉義景の頭蓋骨で作った器で酒を飲まされたり、比叡山を焼き討ちにしたり、謀反を起こした荒木村重の一族を殺したりと残忍な面に光秀は困惑していく。毛利討伐の達しがでたタイミングで丹波にいた光秀は山に籠り謀叛をすることを決意。本能寺にいる信長、妙覚寺にいた信忠らを討ち3日天下となる。最後は山賊に槍で殺されてしまうが光秀の人望の無さや計画性の無さがなんかむやむやする。あれだけ才知に富んでたのに、無鉄砲な計画すぎて成功するわけないんだよな。味方になってくれると思ってたら細川藤孝のちの幽斎は立ち振る舞いが上手い、光秀の謀反がうまくいかないことをすぐに悟り光秀と断行しすぐに秀吉についたのはさすが。幽斎は足利、織田、豊臣、徳川の4つの時代で生き抜いており世渡りがうまい。
あと信長は天に恵まれてすぎてる。四方から攻められているのに雪で朝倉浅井軍となんとか和睦したり攻めてきた武田信玄が病死したりと信長のいいように転んでる。もちろん信長の計略の凄さはあるけど、
4巻通して戦国時代って感じがした。浮浪者の松波庄九郎が油屋を乗っ取りその後美濃を征服、その意志を注いだ信長と光秀の対立ととても濃い内容だった。 -
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この本を手に取って読もうと思ったきっかけは大河ドラマだ。
「豊臣兄弟」というドラマが最近放送されたことで少し興味が湧き、個人的に司馬遼太郎作品を読んでみたいという思いもあり購入した。何気に司馬遼太郎の作品を読むのはこれが初めてだ。
日本人であれば、戦国時代三英傑の1人である秀吉に対して、ある程度の人物像を持っていると思う。私もその1人だった。
秀吉といえば「人たらし」で有名だが、そのイメージに付随して、私はどこかズル賢い人物という認識しか持っていなかった。
この本を読んで一番良かったと思ったのは、彼の人生を通して、1人の人間の生き方を追体験できたことだ。
貧しい生まれから天下人へと上り詰めるまでの過程を、まるで自分がその場にいるかのように体験できる。そんな類稀な人生に触れられること自体が、この作品の大きな魅力だと思う。
そして読後には、秀吉に対するイメージが大きく変わるはずだ。
秀吉の幼少期はかなり貧しく、ほとんど奴隷のような時期もあったという。
そんな彼だからこそ、「商人」という存在に憧れを抱いたのは、自由な生き方への強い渇望があったからなのかもしれない。
そんな彼が、信長と出会う。
それは彼にとって、これまでの人生を一変させるような出会いであり、自分の運命を掴み取る最初の瞬間でもあった。
私が秀吉に対して見落としていた点の一つに、「チャンスを掴み取る力」がある。
人間には平等とまではいかないが、少なくとも人生の中で何度かチャンスが巡ってくる瞬間があると思う。
秀吉はその機会を見抜き、迷わず手を伸ばし、自分のものにしていった。
この力こそが秀吉という人間の核心なのかもしれないと、私は感じた。
秀吉は、人間が何を求め、何に怒り、何に感動するのかを見抜くことに長けている。
その上で、自分を地の底から拾い上げてくれた織田信長が求める人材──「最強の道具」として振る舞うことで、織田家の中で頭角を現していく。
これはあくまで私の主観だが、秀吉は信長に触れ、信長もまた秀吉に触れることで、お互いに影響を与え合い、視野を広げていったように感じた。
そして、私の中での秀吉のピークが訪れる。
それが、金ヶ崎の戦いで殿を務めた場面だ。
誰もが死を覚悟する状況の中で、秀吉は確かに死を受け入れていた。
しかし同時に、どこかで「自分は死なない」と信じているようにも見えた。
この、死を受け入れる覚悟と、生き延びようとする強い意思の両立。
ここに、野心だけで動く人間とは決定的に違うものを感じた。
そしてこの在り方は、自分にはない。
だからこそ、あの瞬間の秀吉は、常識の範疇を越えた存在として強く印象に残っている。
その後の秀吉は、少しずつこの本を読む前に自分が抱いていたイメージに近づいていく。
自分を神に近い存在だと感じ始め、緩やかに自分自身を客観視できなくなっていく。
ただ、これはある意味では正しいのかもしれない。
信長の死後、怒涛の勢いで敵を退け、ついには天下統一を成し遂げる。
これほどの功績を残した人間であれば、自らを特別な存在だと認識することも、ある種の必然だったのかもしれない。
この『太閤記』ではその後の姿は多く描かれていないが、だからこそ、その先の秀吉の姿は容易に想像できてしまう。
この物語を通して、私の中の秀吉像は大きく変化した。
ただの「人たらし」ではなく、人間の本質を理解し、人を動かすことに長けた存在──いわば「人間理解者」としての秀吉である。
それだけでも、この本を読んだ価値は十分にあったと思う。
そして同時に、「人を理解するとは何か」という問を理解した上で、今後の人生に向き合う一つの知識として心にしまっておこうと思った。