司馬遼太郎のレビュー一覧
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印象に残ったp108.109 清河暗殺後の竜馬の所感
例えば、奇策を用いすぎた。龍馬の考えでは、奇策とは100に1つも持ちべきではない。99まで成功法で押し、後の1つで奇策を用いれば、みごとに効く。奇策とはそういう種類のものである。
清河は卓抜すぎるほどの批評家で、同志の無能を憎み、相手の慎重を怯懦だとし、しかもそれを攻撃する論理、表現はアイクチのようにするどく、相手がまいったと言っても止めず、常に留めを刺すところまで言及した。残るのは恨みだけである。よほどの大事の瀬戸際でない限り、座興の議論などに勝ってもしようがないものだと龍馬は思っている。相手は決して負けたとは思わず、名誉を奪われたと思う。いつか別の形で復讐するだろう。
p266武市半平太切腹の場面
筆者は、日本人に死を軽んずる伝統があったと言うわけではなく、人間の最も克服困難とされる死への恐怖を、それを押さえつけて自在にすることによって、精神の緊張と美と真の自由を生み出そうとしたものだと思う。その意味で、切腹は単にその表れに過ぎないが、その背後には世界の文化史の中で屹立している。この国の特異な精神文化がある。 -
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初めて昭和時代に書かれた本を読んだ。
あまり作家に詳しくない自分でも、司馬遼太郎という名前を聞いたことがあったため、有名な人なのだろう、教養として読んでおこうと思った。
内容は日本史に関して、司馬遼太郎の独自の視点で考察が描かれていた。文章も古くて読みにくいということはなかった。予備知識の問題で内容が理解できない箇所は所々あったが、全体的に面白く読むことができた。
特に、戦争に関する描写がリアルで、実際に満州での戦争を経験した人が見聞きしたことが書かれており、戦争の悲惨さが理解できた。
司馬遼太郎自身も、日露戦争から太平洋戦争の期間は、日本史の中でも美しくない、醜い期間だと言っており、戦時中の日本の政府がいかに機能していなかったかが描かれていた。 -
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1994年刊。もとは「週刊朝日」に連載(93.3.5~6.25)。
タイトルはニューヨーク散歩だが、本丸はコロンビア大学のドナルド・キーン。そこに至るまでの散策が長く、内容もちょっと散漫。
ニューヨーク訪問は、ちょうどキーンのコロンビア大学退職の時期にあたっていた。キーンの半生が駆け足で紹介されている。コロンビアでの彼の師・角田柳作にも触れている。コロンビアの現役の日本文学研究者、バーバラ・ルーシュやポール・アンドラも登場する。読みどころはこの後半部。
ドナルド・キーンは京都に留学中に、同じ下宿の永井道雄(のちに文部大臣)、そしてその友人の嶋中大鵬二(のちに中央公論社社長)と懇意になった。キーンはその後鶴見俊輔とも懇意になる。司馬遼太郎は、この3人――永井と嶋中と鶴見――が同じような話し方をすることに気づいた。江戸弁丸出しの小林秀雄などとはえらく違う。なんと、3人は東京高等師範附属小学校の同級生だった。そして嶋中が明かすには、日本でのラジオ放送開始にあたって発声日本語の標準化(東京の山の手のことば)がはかられ、なんと、東京高師付属小が実験学級に指定されたのだという。余談として書かれているが、これはトリビア中のトリビア。 -
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司馬遼太郎の特に幕末小説を続け読みした。峠の河合継之助、最後の将軍の徳川慶喜、世に棲む日々の吉田松陰高杉晋作、そして歳月の江藤新平。童門冬二の新撰組、城山三郎の雄気堂々(渋沢栄一)も含め色んな目線、切り口から幕末、明治維新を見てみて色々思いながらも大久保利通だけはどうも気に入らない。
翔ぶが如く、読むか悩む。
とはいえ江藤新平頭固すぎる。河合継之助に通じるところがある。渋沢栄一や新島襄が向いてるかな。何かを変えるには常に変えられる相手がいることを実感し、対策を打つべき。これを学ぶ。
p199緊迫したシーンであるが『団にょんさん』って言う表現が和む。