あらすじ
江戸後期、淡路島の貧家に生れた高田屋嘉兵衛は、悲惨な境遇から海の男として身を起し、ついには北辺の蝦夷・千島の海で活躍する偉大な商人に成長してゆく…。沸騰する商品経済を内包しつつも頑なに国をとざし続ける日本と、南下する大国ロシアとのはざまで数奇な運命を生き抜いた快男児の生涯を雄大な構想で描く。
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さすがに名作
「飛びあがった」など、機微は根底が俗に通じてゐるが、比喩の巧みさと語感の選択のうまさが内容を高らしめて、俗を俗たらしめてゐない。総じて名文といへるところが多い。
展開もうまい。まさか歴史小説で嘉兵衛とおふさの恋愛に惹きつけられるとは思はなかった。
初心者向けに用語を説明しようといふ気配りも大きい。
至る所、感心しづくしであって、小説を書かうといふ作家は、歴史小説・純文学・ミステリ・SFの垣根なく、おしなべて読むべし。日本史の勉強にも小説の勉強にもなる。
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商品経済の発展した江戸時代後期。農耕民族とは違った海洋民族も日本人のルーツの一つ。淡路島に生まれた高田屋嘉兵衛の壮大な冒険が今はじまる。
司馬遼太郎の代表作の一つだろう。武士など農業が日本の歴史の主たる流れだろう。もう一つ南海道の方には海洋民族として日本人のルーツがある。
江戸時代も後期となれば鎖国しつつも海運が大きく発達。元々はコメを大阪に回遊するためのものだが、やがて商品経済が発展し幕藩体制を蝕んでいく。
そんな流れの中、高田屋嘉兵衛という船乗り、商人を主役とした作品。貧家に生まれ厳しい境遇。なんとも切ない出だしから。その分、淡路から海を渡り西宮で樽廻船に乗るあたりから急に展望が開けてくる。
「峠」「花神」と同様、頑固で不器用、無骨な男が主役。全六巻の始まりです。
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江戸時代中期に蝦夷地経営に係わり、ロシアとも関係のあった高田屋嘉兵衛を描いた小説。ちょっと大黒屋光太夫と混同してしまいますが別物。(井上靖のおろしや国酔夢譚も読みましたが)。第1巻は高田屋嘉兵衛が淡路で生まれ、生国を逃れて兵庫で樽廻船の乗員になるまで。
本著は著者自身が他のロシア関係著作で触れているのを読んだ事があり、いつか読もうと思っていました。やっと着手できました
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面白すぎる。彼の智的探究心に心が揺さぶられる。たまに彼の本を読みたくなるのよね。当時自暴自棄になっていなかったら、テレビやラヂヲの呼びかけに応じてキチンと彼にあっておくべきだった反省しても、彼は今天国の神の御許に召されている。しかし是の残していった足跡は凄く大きい様に思います。何時読んでも感動しまくりです。
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前回、同じ司馬遼太郎さんの城塞を読んだ後だけに明るい本を読みたいと思い高田屋嘉兵衛さんを主人公にしたこの本を読んだ。本の紹介で快男児という言葉に惹かれた。
一巻は苦しい淡路島時代から兵庫に出て行くまでの話。今後の展開が楽しみです。
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読んだきっかけ:古本屋で50円で買った。
かかった時間:6/13-6/15(3日くらい)
あらすじ: 江戸後期、淡路島の貧家に生まれた高田屋嘉兵衛は、悲惨な境遇から海の男として身を起こし、ついには北辺の蝦夷・千島の海で活躍する偉大な商人に成長してゆく・・・・・・。沸騰する商品経済を内包しつつも頑なに国をとざし続ける日本と、南下する大国ロシアとのはざまで数奇な運命を行き抜いた怪男児の生涯を雄大な構想で描くl。全六冊(裏表紙より)
感想: 江戸後期の日本を舞台にした海洋冒険ロマン!です。これは面白い!
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全六巻。最終巻以外の五巻が壮大な序章といえるほど六巻の盛り上がりと感動がすごい。船頭という今まで考えたことのない視点で、江戸後期の複雑に醸成されてしまった鎖国日本と世界を紡いでいくストーリー。
この作品で改めて司馬遼太郎の偉大さを思い知らされたが、以下の3つの点で素晴らしい小説。
・歴史事実・・・鎖国当時の日本の国家体制や造船・廻船業への規制などを細かく描写する一方で、ほぼ丸々一巻を使って当時のロシア情勢の背景まで深掘りして描き、読者に公平な情報量を提供しようとする姿勢に感服。
・時代背景・・・ストーリーの節々で、そのときの登場人物の行動とそれに至った思考回路が、当時の時代背景を踏まえてどのようにその基準に沿った・外れたものであったかを、逐一説明しているところが、事実だけを書き述べる作家と一線を画している。
・人間賛歌・・・身分を超えた商人と幕臣の信頼関係、そして最終巻で描かれる国を超えた嘉兵衛とリコルドの友情は、人と人の関係は時には利害を超え、言語すら二次的なものとなることを気づかされる。
今の日本の諸々の領土問題を当時から見透かしていたかのような言い回しが出ているが、嘉兵衛の説いた「他を譏(そし)らず、自誉(みずからほめ)ず、世界同様に治り候国は上国と心得候。」という哲学は、今のグローバル化した世界の中でも、持ち得る矜恃なのだろうか。
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嘉平の淡路での孤独時代、おふさとの出会い、西宮へ出て、江戸までの初航海まで。淡路というか我が国でのでの当時の俗衆、そして、江戸幕府が強いた徳川家だけ良ければ良い、交通を発達させず、商品経済を抑え込むという基本思想が我が国を縛っていた。嘉平はこれをどう乗り越えていくのか。好きこそものの上手なれ、というか、徹底的な働き者がこれからどう時代をかえていくのか。次巻へ移ります。
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司馬遼太郎の歴史小説は、若い時からかなり読んだが、菜の花の沖は未読でした。
ある方から薦めらて読み始める事にした。
若い時から、大勢に巻かれず本質を求めて反骨心を持って生き抜く姿勢は今後のストーリーの根幹だと思った。
司馬作品らしく蘊蓄多く、楽しく読めるがストーリーが進まない時がある。
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普段,ほとんど小説を読まない私が,あるラジオ番組(武田鉄矢の今朝の三枚下ろし)に触発されて手に取ってみた司馬遼太郎の作品。わたしが読んでいるのは,文藝春秋社から出ていた昔の単行本(昭和56年発行)である。
本の最後に作者の「あとがき」があったのには,ビックリ。この作品は,小説と言っても,その内容がほとんどノンフィクションっぽいからこそ,作者自らがこういう解説をつけるんだろうな。
文章の中にも,小説の流れの一部ではなくて,わたしたちの学習のために…というような知識の解説が随所にあり,物語を意味が分からないまま,時代背景が分からないまま読んでいくよりもとても分かりやすい。でも,こういう解説もまた,わたしがこれまで読んできた小説にはなかったことなので,司馬遼太郎の作品の特徴なのかもしれない。こうして作品中でいろいろ解説されると,歴史的な知識も増えるだろう。おそらくそういう意味でも,歴史好きな人は司馬さんの作品が好きなのかもなと思った。間違っていたらすんません。
たとえば,本文中に苗字についてのこんな件がある。
苗字という習慣は、平安中期ごろにおこったのであろう。その前に、氏があった。古代の氏族の氏はさておき、平安期になると、京の貴族グループの血縁的なわけ方として源、平、藤原、橘という四つの姓が氏の代表的なものになった。
おなじ藤原氏でも幾つかの本流から多くの分流にわかれたために、その住まいの所在地を呼称することでまぎれないようにした。一條に屋敷をもつ家を一條家というふうにである。近衛、九條、三條、三條西というように呼称された。氏は藤原氏で苗字が近衛というかたちになる。
やがてそれでも分類しきれなくなると、官職の一文字をとって呼称したりする。たとえば藤原氏本流からみると遠い分流の者で加賀介という地方官をつとめた者が一家をたてたとき加藤という苗字がおこり、似たような遠い系譜を称する者が伊勢に住むと伊藤とよばれたりして、その苗字が興る。(単行本のp.230~231)
もうこうなると,小説なのか,歴史解説書なのか分からない。とても勉強になる小説だわ。
あ,小説の内容については,みなさんのレビューをご覧下さいな。
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江戸時代後期に活躍した廻船業者、高田屋嘉兵衛の生涯を追った作品。
随分前に全巻を読んだのですが、新たな気づきもあるかと思い、再読することにしました。
場所は淡路島。
収入が少なく兄弟が多い家で育った、嘉兵衛少年。
隣の集落の、親戚の店を手伝うことになった11歳の場面から、物語は始まります。
第1巻では10代から20代前半までの、嘉兵衛の日々が描写されていきます。
自分が生まれた集落ではなく、隣の集落で若者が暮らす。
21世紀の現代から見ると、なんら問題はないようなことに感じられます。
しかし社会の制度が定着した江戸後期という時代に、それがどれだけ辛い結果を招くことだったのか、理解することができました。
久しぶりに司馬遼太郎作品を読んだのですが、「情報量が多いなあ」と、あらためて感じました。
それが邪魔にならず、物語の肉付けになっているところが、この作家さんのすごいところですね。
第1巻後半では、この時代の日本の経済と物流について、学ばせてもらいました。
全6巻に渡る長編。
物語の展開と、著者が提示する膨大な知識の両方を、楽しみたいと思います。
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実在の人物をもとにした作品。
彼は貧困がゆえに自分の家では
過ごすことができませんでした。
そこで他の家での居候となりましたが
ある選択肢を取ったがゆえに
いわれのない仕打ちを受け、ついぞ
その集団から追い出されてしまいます。
失意の彼は地元を出て、ある場所へと行きます。
確かにつらい描写はありますが
文章にそんなに重々しさはないので
あっという間に読めてしまうんですよね。
ちょっと型破りな、いわゆるかわいげのない男
だけれども、愛する女性の前では
弱いのよね。
なんかほほえましい。
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高田屋嘉兵衛の子供時代。
どんどん居場所がなくなって、村から出なくてはならないところが何とも切ない。
加えて、現代にも通じる日本の文化的風景を感じてしまうところが更に切ない。
しかし、この奥さん、芯が強いな。出会う女性で男の運命も変わるような。
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「童心を去るとは、どうやら社会の縦横の関係のなかでの自分の位置を思いさだめ、分際をまもり、身を慎み、いわば分別くさくなれということらしいが、嘉兵衛のなかでの大人はそういうものではなく、自分の世界をつくりだす者といったことのようだ。」
淡路島の村で生まれた主人公。縄張り意識が強く、よそ者を強く排除する田舎の風習。それは今も変わらない。その中で、周囲から村八分にされ、ついには村を抜ける。兵庫で船乗りとして力をつけていく姿が力強い。
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2014.9.27
高田屋嘉兵衛。爽やかな主人公。権力で圧迫感のある陸とは異なる、自由な海。権力構造から抜け出し、自由な海を舞台に、嘉兵衛が成長していく。
司馬遼太郎が描写する青年の恋模様は、秀逸だね。淡い青春という感じがします。
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全6巻の序章。嘉兵衛が淡路を出て兵庫の叔父の廻船問屋に入り、江戸へ樽廻船に乗り、船出の一歩を踏み出すところを描く。江戸時代の村の閉鎖性、同じ字でも集落が異なれば外の人として扱い、厳しいルールがあったことに、大変さを思う。そんな中、生まれた村では暮らしていけない嘉兵衛、そのため隣村の親戚の所で働く。ここで、閉鎖性に苦しみながらも負けずに生きる姿が雄々しい。その嘉兵衛にとって、村を飛び出し兵庫へ行った後、海の男達の人を受け入れる度量や、お互いを信頼しあい、同じ人として遇してくれることにとても感銘をうけたことは想像に難くない。そしてその海の男達を惹きつける嘉兵衛の人柄が素晴らしい。天性のものか。あるいは、彼の海・船への好奇心が、周りの人々に教えよう、あるいは、面白いやつだと思わせたのか。これからの展開が楽しみである。
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嘉兵衛が故郷で体験した、若衆宿という組織は、現代の日本の企業や生活集団に残る閉鎖された側面に通じるものがあると思った。
海外進出やグローバル化などという言葉が巷に溢れかえるようになってしまっている現代に、嘉兵衛の命懸けで自分の故郷を飛び出し、自ら考えて道を切り開く姿勢は、新鮮に感じた。
はやく続きが読みたい。
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函館旅行で屋敷跡などを見てきた高田屋嘉兵衛さんの物語。
この巻では、淡路島の貧しい農家に生まれた嘉兵衛さんが村独特の閉鎖的システムになじめず、そのうえ他の組のお嬢さまと(結果的に)仲良くなってしまったことから過酷ないじめにあって、命からがら兵庫に出て行くまで。
とにかく我慢と忍耐と努力で、お嬢さまと世帯を持ち、自分の人生を切り開いていく嘉兵衛さんは芯の強い人です。
江戸幕府の弊害と、日本には「いじめ」というものが昔から当たり前のように定着していたという司馬さんの説明がわかりやすくて、とてもお勉強になりました。
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函館に旅行に行くことにしたので、この機に読んでみようと手にしました。
主人公が世に出る前、ある意味この第一巻がこの小説の根幹と言えるでしょう。
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身分や立場によってではなく、一人の裸の人間としての尊厳があれば、相手もそうならざるを得ない。それが人間の初等力学のようなもの。今の社会は上下関係と、立場関係でだんじがらめになっている。
人は大人になると、子供より劣ってしまうのではないか?という疑問が湧いてくるのはこのため。今も昔も人間のこういうところは変わらないみたい。そのなかでどう生きるかを考えるのが社会人?
喜兵衛は海の上では全てが平等に扱われると感じてる。今の世の中にも船はある?
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黒船が明治維新、開国のきっかけであったイメージを持っていたが、廻船の発達による商品経済が江戸の封建制度をじわじわと壊していたんですね。
ロシアについて、当時どのような国だったのか、日本人はどのように接していたのか少しは理解できるかもしれません。
この菜の花の沖と坂の上の雲を執筆中、司馬遼太郎は何年もロシアのことを考え続けていたそうです。
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高田屋嘉兵衛、青年期までの物語。割と近い地域の話で、「南方的無階級意識」や漁師町での結婚相手の決め方とかがおもしろかった。高田屋嘉兵衛の話しはこれからもっとおもしろくなるのだろう。
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まだ一巻しか読んでいないが、司馬遼太郎ファンにとっては外せない一冊。
司馬遼太郎の本を読んでいて思うのが、この人は歴史の研究者だなあということ。記述に事実の裏付けがある。
歴史的事実の料理の仕方がうまい。
そんな解釈もあったのか、とはっとさせられることも多いし、何より歴史の流れ、時代背景に精通している。司馬小説は面白いなと思う瞬間である。
この小説は江戸時代の船乗りの話なのだが、「ボウスン」が「水夫長」だということを初めて知った。まめ知識。
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司馬さんの著作だから、相当なる取材に基づいて書かれているのだろうと思われるが、後の高田や嘉兵衛が此の様な人だったのか、と改めて思い知った。次巻を探さねば。******************************ブクオフの\105棚から発掘。実際は、学生の頃、地元の有名人を書いた本というコトで読んではいるのだが、日曜朝のFMの番組で、小川洋子さんが取り上げていたので読み返してみようかと、探したところ、棚にあったので購入した。唯ねぇ、6巻まであるんだよね、今更、新刊で買おうとは思わないし、安く揃えてから、読み始めようかと思う。以前、F・まろさんが鈴鹿の有名人の大黒屋光太夫のコトを話してくれたのだが、其の時に頭には浮かんでいたのだが。ま、仕方ないな。ゆるゆると読みますかな。
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高田屋嘉平の生涯を追った作品。
淡路島が舞台で、一巻は出生から嫁さんとの出会い、そして、兵庫に出奔して船乗りになるまで。
貧家に生まれ、周りの人間関係にも色々問題があり、一巻は陰鬱とした感じもあるが、船乗りとしての嘉兵衛の世界が広がるとともに、読むのも楽しくなってくる。
これからロシアとか出てくるのだから楽しみだ。
最近は兵庫県知事選がSNSで大きく話題になっているので、読むには良いタイミングだろう。
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この時期、嘉兵衛おぼろげながらかれ自身が生涯をかけてつくりあげた哲学の原型のようなものを、身のうちにつくりつつあった。
そのことは、かれの気質や嗜好と密接にむすびついている。
潮汐や風、星、船舶類の構造とおなじように、嘉兵衛は自分の心までを客観化してしまうところがあった。すくなくとも自分のすべてについて、自分の目からみても他人の目からみてもほぼ誤差がないところまで自分を鍛錬しようとしている。
つまりは正直ということであった。しかし不正直ほど楽なものはなく、正直ほど日常の鍛錬と勇気と自律の要るものはないとおもいはじめていた。
自分と自分の心をたえず客体化して見つづけておかねば、海におこる森羅万象がわからなくなる、と嘉兵衛はおもっている。
嘉兵衛が貞代に感じた不愉快な感情は、煮物のにおいのように貞世の感覚にすぐつたわった。貞代は、
(いやな男だ)
と、ばく然とおもった。そういう感情が湧き出てしまった以上、貞代の理性は嘉兵衛のどういう部分がいやなのかということをさがし、自分を納得させねばならない。そういう目でみてゆくと、なんとも油断のならない男のように見えてくる。
第一、若いくせに言うことに淀みがない。若いということは自分自身の気持ちが整理ができないということなのである。たいていの若者は何を問われてもたじろぎ、首をかしげる。貞代のように物事の整理がついた大人からいえば、そういう若者に接すると助言者としての快感をもつのである。
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「世に棲む日々」「播磨灘物語」に続いて今年3作品目の司馬遼太郎長編作品。
舞台は江戸時代中期。主人公は武将でも政治家でもなく、廻船業者の高田屋嘉兵衛。今まで彼の名はゴローニン事件でロシアに囚われたというくらいの知識しかなく、人となりや業績などは全く知らなかったので非常に楽しみである。
本巻では、彼の少年時代から海の男として身を起こすまでを描く。彼の出身は淡路島の貧家(農家)ということで、今後大廻船業者として成長していくのだからサクセスストーリーか。前半部は閉鎖的な村社会において虐めや村八分の制裁を受けたりと痛々しいものだが、彼の真っ直ぐな性格と抜群の行動力によって成功への道を切り拓いていく様は清々しい。
以下に興味深かった点を引用したい。
諸国をながめて、淡路の百姓身分の者ほど武士階級を軽侮している例は少ない。たれもが、阿波の国主蜂須賀家の祖の小六が戦国期の野盗の頭だったという俗説を信じている。
→蜂須賀小六の時代は16世紀後半であり、この舞台(18世紀後半)から遡ること200年も経過しているのに、そんな感情を持ち続けるとは、日本人は執念深く、出自を気にする民族である。土佐藩における上士と下士(関ヶ原の戦いにおける東軍方の山内と西軍方の長宗我部)が幕末まで引きずっていたことと同じか。
船上では言葉数を吝しまねばならない。声が風で吹きちぎられて相手の耳に届きにくく、たとえ無駄口でも相手は神経を集中して聞かねばならない。無駄口が続くと、咄嗟に変事を伝える時に相手の耳が馬鹿になっていることが多い。物を言えば必ず重要なことというのが船上の作法であった。
→なるほど、納得。
農家の若者が他家へ遊びに行って、尿意を覚えると、その家では用を足さず、家へ帰ってからする。或いは、そうせよ、と親が教えた。もしくはそう教える親の吝嗇を笑う話かもしれないが、それほどに農家は下肥を貴重なものとしていた。
→マナーのためかと思ったら、肥料になるから、ということか。
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高田屋嘉兵衛の物語。全6巻の1巻では幼少期から始まり、兵庫に出て初めて樽廻船に乗り結婚するまでで終わっている。
人物の評伝として読めば内容は薄い。が、司馬文学特有の?横道が多いというか、この1巻はそちらが重要である。時代背景、社会風土、廻船問屋、北前船などこの時代の説明が細かくなされる。
今の感覚で言えばものすごく小さな地域間でよそ者や旅という感覚がなされていたというこの時代のことをつかんでおくことがこの先を読む上で必要になっていくのであろう