司馬遼太郎のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ネタバレ鍍金(めっき)を金に通用させようとする切ない工面より、真鍮を真鍮で通して真鍮相当の侮蔑を我慢するほうが楽である。〈夏目漱石〉
ずいぶんと人を食ったコトバである。こうクソミソにコナしつけては実もフタもないが、真鍮は真鍮なりの光がある。その光の尊さをみつけた人が、平安期の名僧最澄でだった。「一隅ヲ照ラス者、コレ国宝ナリ」
「私は科学的なものでなければ信頼する気になれませんわ。一ダース位の重宝な格言を準備して置いて、それを世渡りのいろんなポイントに使い分けして、したり顔に暮らしている世間のエライ人達を観ていると、気が遠くなりますわ。あんな瘡蓋のような思想が社会の表面を被うている限り、我々の人生は何時まで経っても明るくも正しくもならないのだ――、貴方はそうお感じになりませんか?」
橋本先生の思想的な立場をはっきりしておく必要がある、彼女は、マルキストである。それも、今日のそれではなく、昭和八年ごろのそれ、女子大を出て間もなくといった、当時としては尖端的なインテリ女性像というニュアンスがその思想にある。彼女は、マルクス・レーニズムによる社会科学が、人間と社会を“整然”と分析でき、まちがいなく救済できる唯一万能のものだとかたく信じている。徹頭徹尾、自分を社会主義的人間に仕立て上げていく以外、生存の目標をもっていない理知的でしかも戦闘的な女性である。
当然、格言などというマヤカシの存在を憎悪するわけだ。また、問題を深部まで分析、批判せずに、そういうマヤカシだけでイナしてゆく生き方をを憎悪するのである。
こういう、息の短い、歯ギシリ噛んだ態度には、健康な生活感情は、多少の反発を感ずる。また、大ナタでたち割るように、古い格言文化に対する粗大な否定の仕方は、いろんな意味でデリカシィに富み始めた今日のコミュニストなら、もはや採らないはずだが、かといって、橋本先生の言葉に含まれている本当なものは否定できないのである。
〈中略〉が、たいていの場合、格言ずきな人達は、ちょうど新聞記事に見出しをつけるような調子で、事態に似合った格言を抽出しのなかからぬきだして問題の上に貼り付け追求への努力を省略してしまう癖はないだろうか。
金言や、格言が、ある努力に対する推進力になったり、問題解明へのイトグチを作る発想の動機になったりする作用は、けっして見のがすことはできない。それでこそ、ルナールも「うまい言葉の一言は、悪い本の一冊にまさる」という格言の“格言”をのこしているのだし、ニーチェですら「立派な箴言は、文学における大いなる逆説であり、変化し行くものの中で不滅のものであり、ちょうど塩のように常に尊重されて不変の、利かなくなることのない食物である」といっているのだ。
戒心すべきことは、これらを人生に応用する態度の問題である。金言を、念仏や呪文のように自己催眠や自己弁解のために使用するとなれば、いかにすぐれた真理をふくんでいるにせよ、それは麻酔薬にすぎないのである。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ大坂の冬の陣・夏の陣を、戦が始まるきっかけから大坂城落城まで描いた歴史小説。
2016年大河ドラマ「真田丸」の予習として読んだ。
主人公は小幡勘兵衛という牢人で、後に軍学者となる人物。彼は、戦の表舞台には立っていないが、徳川方の間諜として豊臣方に入り込んでいた人物であるため、両者を行き来しつつ狂言回しとして物語を進めていく。でも、途中で時々、全く登場しなくなり、誰が主人公だっけ?となることも。司馬小説ではよくあることだけど(いわゆる「余談だが現象」)。
たまに勘兵衛が、恋人お夏のために豊臣方に肩入れして徳川を裏切りそうになり、その場面だけはグッとくるものがあるのだけど、最終的には打算と私利私欲で動く人物なので、途中からはそんなに感情移入は出来ない。
それ以外の、戦の表舞台に立つ登場人物は以下の人達
豊臣:淀殿、豊臣秀頼、大野治長、真田幸村、後藤又兵衛、片桐且元
徳川:徳川家康、徳川秀忠、本多正純、本多正信
どの人物も、何かしら足りないところや汚いところがあって、他の司馬小説の主人公(竜馬・高杉・土方・信長・秀吉ら)みたいに純粋にカッコいいと思える人はいない。でも、その人間臭さこそが、司馬さんが群像劇としてこの小説を描いた意味なのだろう。
そして、女優で歴女の杏さんが本の帯か何かで書いていた、『最強の城も、人間や組織次第でこうも簡単に滅びるのか』みたいなことが、この小説の一番のテーマ。最強の城と、実戦経験豊富な現場担当者。これらが揃っていながら、なぜ大坂城は落ちてしまったのか。上に立つ者が世間知らずでマヌケだったから、なのだろうけど、その一言だけでは片づけられない、数々のボタンの掛け違いによる失敗から学ぶことは多い気がする。
以下、印象に残ったエピソード
片桐且元の豊臣方から徳川方への転身
- 豊臣を裏切る気持ちは無かったのに、家康の策略と豊臣上層部の疑心暗鬼から、やること全て裏目に出て、転身せざるをえなかった片桐且元。豊臣への忠誠心は誰よりも強かったはずなのに、最後は大坂城へ向けて大砲を打つことまでさせられた彼の心境は、言葉に出来ない。人と人との些細な擦れ違いから、人生を狂わされてしまうこともあるのだ。大河ドラマ「真田丸」小林隆さんの悲喜劇入り混じった演技も、印象深かった。
大坂五人衆集結
- 真田幸村、明石全登、後藤又兵衛、毛利勝永、長曾我部盛親ら五人衆。戦う場所を欲して、家の再興、キリスト教布教許可など、各々の理由を持ちつつ大坂城に集まって来て、団結して戦いに臨む。大河ドラマと並行して読んでいたため、映像とシンクロしてワクワクして読み進めた(負けるのは分かっているのだけれど)。
犯罪者家康と、純粋な豊臣方牢人たちとの対比
- 司馬さん曰く、徳川家康の大坂攻めは戦争というよりも、本質は「犯罪」(主家である豊臣家に対し、騙したり、約束をすっとぼけたり、内部分裂させたりしたから)。家康をとことん悪人に描いているが、それは彼が「後世にどう思われるか」という発想が無かったから、との解釈。一方、真田幸村・後藤又兵衛ら大坂方牢人は、豊臣が滅んだら他に頼るものが無いわけで、自然、死を恐れず武名をあげ、後世に向かってよき名を残すことに純粋に研ぎ澄まされていくようになる。それぞれの生き方の違いだったのだろう。 -
Posted by ブクログ
この巻は西南戦争が起こる1年前の明治9年をメインに描かれていました。
島津久光さんについても詳しく書かれていたよ。
この殿さま(って藩主になったことはないけれど…)の超エラそうな立ち位置をいつも不思議に思っていたので、その点がとても興味深かったです。
今回は西郷さんや大久保さんの動きはほとんどなかったけれど、太政官に不満を抱く士族たちの怒りが火を噴き始め、熊本で神風連の乱、そして長州で萩の乱が起こるところまででした。
これらは政治的ポリシーがないとか、他力本願的無計画だったりしていて、明治維新もそうだけど、頭が良くて全体が見渡せるようなタイプは暴力で事を起こそうとはしないのだな…と思いました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ一部のノリの良い下級武士出身者がフィーリングで運営していた明治政府がいかにテキトーであったかがわかる本。
一例を挙げると、各地に贅を尽くした高そうなお庭を作りまくった長州の山縣有朋さんは、やっぱり汚職しまくってるし、権力主義の成りあがりだったっぽい。
この巻は、西郷隆盛さんが征韓論で下野したあとに不平士族を慰安すべく台湾に乗り出した顛末記でした。
なので、西郷さんは全然出てきません。
メインは大久保利通さんの巻でした。
西郷隆盛さんの征韓論は潰したくせに、その弟の従道さんをトップに台湾に押し入る(名目は遭難した琉球人が台湾の高砂族に殺されたことに対する報復)だなんて、支離滅裂な政権運営がよくわかる巻だったよ。
日本は対外的には国際常識を知らない粗暴なガキの国だと思われ、対内的には不平士族の不満が今回の征台論の顛末でますます膨れ上がり、まさに「内憂外患幕末よりヒドいんじゃない?」状態になっていました。
まぁ、司馬史観に関してはいろいろ言う人もいるけれど、資料を精査したうえでの一説と考えれば良いと思います。
九州に石高の大きい大名が多いのは薩摩島津を押さえるためで、特に隣国の熊本はそのために54万石だったとか(それでなければ熊本城もなし?)
世界の紛争種まき国家のイギリスが、征韓論に関しても自分たちの利権がある清に手を出されたくないので協力するよとススメてきたとか…。
いろいろお勉強になるなぁ! -
Posted by ブクログ
西郷隆盛さんが明治6年の政変で下野して、鹿児島につくった私学校は、かなり政党的色彩の強いものだったみたい。
てか、この頃は本当に行政が一部の薩長土肥の元下級士族に「私」されて、本当にズブズブだったんだね。
それと、征韓論はダメなのに征台論はOKって、対外的にも対内的にも何も言わずに4千人近い「軍人」を他国へ押し込ませるってダメだと思う。
明治初期ってのは、過激派サークルのノリで全体を見れない(見る立場にもない)兄ちゃんたちが勢いで政権を倒しちゃって、それまで手にすることができなかったお金と地位と高級な女性たちに入れあげてただけの時代だったのかもね~。
長く続いた江戸時代・徳川幕府の残像でしばらくは保っていたんだろうな~。
これじゃあ、昭和の戦争も流れだったろうな~。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ征韓論に敗れ、西郷隆盛さんは鹿児島へ帰りました。
それに合わせて、明治政府内にいたたくさんの元薩摩藩士たちが下野し、大久保利通さんは完全に薩摩色を失い、政府内にできた空白に長州が食い込んでくる…と。
西郷さんの征韓論は、朝鮮を支配したいというものではなく、ロシアの南下政策に対抗すべく、国防をイギリス支配下の中国に丸投げしてのうのうとしている危機意識のない朝鮮に明治維新の精神を「輸出」し、いずれは、中国・朝鮮・日本で連盟を組んでロシアに対抗しようとするもの…と司馬さんは解釈しているもよう。
いずれにしても、やっぱり西郷さんのキャラは愛せるけれど、長州の輩は愛せないなぁ…って思いました。
今の政府につながっているから、余計そう思うのかもだけど…。 -
Posted by ブクログ
ネタバレこの巻は明治6年の政変の直前の状況をめちゃくちゃしっかりと「説明している」巻でした。
なので、西郷さんは、三条太政大臣から遣韓大使として韓国に行ってもいいよって話をもらい、明治天皇の勅令も下りているのに、「後日岩倉右大臣の承諾を得ること」って部分がクリアーできなくて、待ったをかけられてストレスがたまっている状況のままでした。
そもそもの征韓論がロシアの南下政策を懸念して韓国と手を結ぼうとしたものであったとしても、韓国は看板でしかなくて、実際はうしろにイギリスに実効支配された中国(清)とかがいるから、簡単にはできないって政府の意向もわからんでもないんだけどね。
話が動かないように見えるので、歴史に興味がない人にはキツい巻かも…(笑)
らじ的には知識の確認ができて良かったです。
しかし、歴史を知れば知るほど長州って好きになれないなぁ~! -
Posted by ブクログ
小説、ではあるのかもだけど、司馬遼太郎が空海の小説を書くための手帳であり、絵コンテであり、下書きだったり、時々本稿だったりする。適当な言葉を探せば、その過程をライブで見るような、ロードムービーとも言えるんじゃないだろうか。集中して一気読みする類ではなかったので、他の小説読む合間にちょこちょこ読んでたら、読み終わるまで半年以上かかってしまった。しかし、読み終わっても、密教なるものの定義がやっぱり未だにわからない。。あれ?そもそも仏教なのこれ?って疑問は残ったまま。高野山の風景はもちろん仏教のそれなんですけど。んー、わからんが、密教自体に興味はないので、まぁ、よしです。