司馬遼太郎のレビュー一覧
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乃木希典の一生を冷ややかな筆致で描く。日露戦争のくだりは『坂の上の雲』を読めばいいとして、後半部、明治帝の崩御に殉じ妻と自死する場面だけでもこの本は読む価値がある。
『坂の上の雲』では触れられていなかったが、乃木希典の陽明学への傾倒についての言及と考察が興味深い。陽明学派にあっては、【おのれが是と感じ信じたことこそ絶対真理であり、それをそのようにおのれが知った以上、精神に火を点じなければならず、行動をおこさねばならず、行動をおこすことによって思想は完結するのである。行動が思想の属性か思想が行動の属性かはべつとして行動をともなわぬ思想というものを極度に卑しめるものであった。】
物事に客観的態度をとり時に主観を合わせつつ物事を合理的に格物致知しようとせず、おのれが道が常に正しいとする考えは学問というより宗教ですらある、と司馬は断じる。
そーいや、自分の価値観や前提を疑わない人って、人の話を聞かないのに加えて、妙に行動的なところがあるよなぁ。思想と行動を一致させることが正しいと思ってるとこもあるなぁ、と思ったりしました。74点。 -
Posted by ブクログ
黒田官兵衛の生涯を描いた歴史小説第三巻。
以下引用~
・高山右近が、この時代にあって倫理的行動という、めずらしい行動律をもった男であることは、右の消息がよく物語っている。
・・・官兵衛の倫理的姿勢は、右近における刃のようなするどさはもたないにせよ、根は同じかもしれない。天主(でうす)のみをおそれ、自己を信仰と信念で成立させ、みずから信ずるところに従って死をも怖れないというのは、この時代の奉教人に共通している気分であった。
・竹中半兵衛の才能は、栄達への野心を捨てたところに息づいていた。錯綜した敵味方の物理的状勢や心理状況を考え続けて、ついに一点の結論を見出すには、水のような澄明な心事をつねに持っていなければならない、と官兵衛はつねに考えている。
・官兵衛は、栗山善助にもいった。
「合戦というのは、元来が異常なことだ。この異常なことをおのれらとともにやっているのは敵だけであり、それを思えば戦う者にとって敵ほど可愛いものがあるか」
・官兵衛は盗人に言い渡したのは罪の量刑だけであり、執行するとはいっていない。また奉行たる者は赦してやってほしいと頼みにくるのが本筋であるべきなのに、逆に刑の執行をせまるとは何事か、ということであった。戦国期の高名な大名というのは一般に人を殺すことが少なかったが、人命は貴い、と積極的に、思想として言ったのは官兵衛ぐらいのものかと思える。 -
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第二巻。
播州緒将領が織田側か毛利側か後ろ盾に迷う中、秀吉の傘下で織田方として奔走する若き官兵衛の姿を描く。
以下引用~
・信長のつよい癖として、家来に期待するのに無私であることを希んだ。
無用に私財を蓄えたがる男を憎み、極端に憎む場合はそういう人物を追放さえしたらしい。秀吉は信長のそういう癖をよく心得ていて、自分の身近を簡素にし、私欲は皆無ということをみせ、無欲をつねに大きく表現した。
・武将たちが少々やりかたが間違っていても信長はそれを責めず、その将が時間の無駄なく働き、くるくると隙間なく旋回していることをよろこぶ。このことは織田家を特徴づけているもっともつよい個性といっていい。 -
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高校生の頃、「坂の上の雲」を読んだ。秋山兄弟や啄木のことより、バルチック艦隊のことより、乃木将軍の無能ぶりが印象強かった。
最近では、それほど無能ではなかったとする研究もあるようだが、どうなんだろう。
読書している感じは普通の司馬遼太郎作品とさほど変わらないが、司馬さんは小説以前の覚え書として書いたとしている。主人公に感情移入したくないということだろうか。
旅順攻略については参謀、伊地知幸介も酷いのだが、やはり屍が累々と重なったのは乃木将軍の所為だろう。砲撃の当たりそうな処にフラフラ出ていこうとする自殺行為も度々。こんな困り者を死なせまいと何故か山県有朋や児玉源太郎は助けの手を差し出す。
日露戦争後は明治帝の心情的な従者であったという。ひたむきに誠実でることが、おかしみになり、天皇から愛されたという。そんな天皇と乃木将軍の関係は本書で初めて知った。
そして殉死について。司馬さんは淡々とその事実をルポしている。陽明学の影響なども取り上げているが、自身も共感してはいないのだろう。
何か奇妙さばかりが胸に残ったようだ。