司馬遼太郎のレビュー一覧

  • 果心居士の幻術

    Posted by ブクログ

    「八咫烏」を収録。

    出雲族の植民地・ヤマトを手に入れるべく、イワレ彦率いる海族は、その植民地である牟婁に渡ってきた。八咫烏はこの地で唯一の出雲族との混血児だ。自分は海族であると思っているが、出雲族の賤民として差別を受けていた。
    ヤマトへの案内役を命ぜられた八咫烏は海族軍の先頭に立って進む。途中、老イワレ彦をかついで歩くことになり、彼の立場は好転した。
    吉野についた彼らは出雲族への攻撃を開始する。やがて、ヤマトで長髄彦の大軍と対峙した。八咫烏は、長髄彦の館へ忍び入り、降伏をすすめたが拒否され、同道した海族の赤目彦は長髄彦を殺す。このとき八咫烏は赤目彦の出雲族への侮蔑に怒り、赤目彦を殴り殺してしまう。
    海族は勝利しヤマトは征服された。イワレ彦は八咫烏の功績を認め建津身命の名を与えた。さらに重職に迎える話もあったが、八咫烏は固辞し、未開の原野に隠棲した。
    彼の暮らした住居の跡に建つという神社の古伝には、八咫烏には子があったという。当然妻もいた訳だが、海族と出雲族、どちらの出だったのだろうか…

    0
    2011年11月06日
  • 草原の記

    Posted by ブクログ

    モンゴル好きの司馬遼太郎の本。モンゴルの自然・風土と人の性質を描いたもので、最後は結構泣かせる。ああ無常です。

    0
    2011年10月29日
  • 翔ぶが如く(六)

    Posted by ブクログ

    明治維新という大きな流れのなかで、小さな動きが頻発し、それが徐々に時代の動きになる。

    いやー歴史は深い。

    0
    2011年10月27日
  • 翔ぶが如く(五)

    Posted by ブクログ

     琉球人が台湾に住む蛮族の手により殺傷された。武力解決を望まない大久保が、大清国に乗り込み外交により解決を図る。大清国と日本の両国の思惑と利害においてぎりぎりの決着だった。当時の情勢を見ると琉球は両国に貢ぎものを献上している関係から、自国民同士の争い事とだと清国が突っぱねることもできたのだそうだ。歴史とは不思議なもので、この事件後、琉球は日本の領土であることを暗黙に了解され、今に至るわけである。

    0
    2015年03月11日
  • 翔ぶが如く(五)

    Posted by ブクログ

    激変の時代だけに物語のボリュームが凄い。

    種々雑多な人々をその人の思想の背景まで詳しく供述している。

    もはや、小説でなく、大説です。。

    0
    2011年10月25日
  • 翔ぶが如く(四)

    Posted by ブクログ

    西郷という巨人を中心に日本が歴史を転がっていく。

    数多い明治の偉人を巻き込む西郷という人は本当にでかい。

    やれやれ、スケールが大きすぎる。
    現代にいれば良いのに。。

    0
    2011年10月21日
  • 翔ぶが如く(三)

    Posted by ブクログ

    明治は凄い。
    理念を持ちそのために目的意識を持ち行動する人物にあふれている。

    その人物一人一人の情熱が時代を動かし今に至っている。

    さて、現代を生きる僕たちのなかに、芯のある理念を持つ人はどれくらいいるのだろうか。

    0
    2011年10月20日
  • 翔ぶが如く(四)

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

     後半、にわかに征台論がクローズアップされ、西郷従道により強引に実行される。西郷どんは鹿児島に篭もり、政府に無言の脅威をあたえつづける。大久保利通とは征韓論で袂を分かち下野したのだった。この西郷兄弟について、長州人は全く理解できないとあきれ果てるばかりなのだ。薩摩人にも理由はある。江戸幕府が無血開場したことにより、江戸を焦土にすると振り上げたこぶしの下げ場所が無くなってしまった。この有り余るエネルギーのはけ口にされる隣国はたまらない。

     行動があまりにもストレートすぎはしないだろうか。思考では理解できても感情が抑えきれないという場面は確かにある。確かにあるのだが、それでいいのかと苦笑せざるおえない。彼らの不満が政府に降りかかることを恐れ、大久保もこの案を了承するのだった。

    0
    2015年03月11日
  • 韃靼疾風録 (上)

    Posted by ブクログ

    清国成立に至る物語。大陸に渡るまではどうなるかと思ったが、これから女真が清になる道のりが描かれるのだろう。ラストエンペラーで聞いたヌルハチも触れられていた。

    0
    2011年10月15日
  • 新装版 風の武士(下)

    Posted by ブクログ

    忍者物の続きなんだろうけど、架空の話が多くて今一つ人物像を描けない。やたらと女性と関係を持つし。最後はユダヤ人でかぐや姫と言われてもなあ。

    0
    2011年10月15日
  • 風神の門(上)

    Posted by ブクログ

    司馬遼太郎の忍者もの。いつも女性が絡んでしまうのだが、これから家康を討とうということで盛り上がってきた。

    0
    2011年10月15日
  • 豊臣家の人々

    Posted by ブクログ

    秀吉の成功と、周囲の人々の能力・気概のギャップが大きすぎて、一代で天下は終わってしまった。切ないものだが、人の人生とはそういう無常なものかもしれない。

    0
    2011年10月15日
  • 歴史と視点―私の雑記帖―

    Posted by ブクログ

    司馬遼太郎は大正時代生まれだったんだ。ますます遠く感じる。
    でも彼のエッセイはいま読んでもそれほど色褪せてはいない。古くさい人だなぁとは思うけども。

    戦争は過ぎ去ってから振り返ってみれば、まるで絵空事だ。
    なのに今でもまだ、その悲しみや苦しみが癒やされないまま耐えている人がいる。
    あんないかがわしいことのために殺し合う必要が本当にあったのか。

    0
    2011年10月13日
  • 花神(下)

    Posted by ブクログ

    日本史上最強のPM(プロジェクトマネージャ)大村益次郎の話である。
    つまるところ、
    人望はすべて西郷がうけもち、作戦計画は全て大村益次郎がうけもち、裏の黒い部分は全て大久保が受け持ったのだろう(あれ?桂小五郎は?といった感じであろうが)そうして、倒幕は実現したのでしょう。
    司馬遼太郎はこういった合理的な人を書くのが好きなんだろう。
    遠くは織田信長、近くは坂の上の雲の秋山弟さん。
    時代の変節には必ずこういう人は必要なのだ。

    0
    2015年07月14日
  • 菜の花の沖(六)

    Posted by ブクログ

    面白かったか、つまんなかったかと言えば、つまんなかった。 それをいったら、 シバリョーの作品で面白かったものなんてないよ(きっぱり) こちとら教養を身につけるために読んでんだ(開き直り)

    0
    2011年10月01日
  • 新装版 箱根の坂(下)

    Posted by ブクログ

    司馬氏のいう小田原体制(領国制)は最後の最後にちょこっと。
    今川氏親を見守りつつ、後北条家の礎を作った早雲。
    全体的に創作部分が多いため早雲をわかるというより、応仁の乱後、長く続いた守護・地頭体制がくずれ戦国時代が幕開けするという時代背景がが分かりました。

    0
    2011年09月22日
  • 草原の記

    Posted by ブクログ

    モンゴルは少しだけ馴染みがあるが、実際にはそのほとんどを知らない国です。
    この本を読んだ事で雄大な高原と空が独特の文化とそこに住む人の誇りになっている事が伝わってくる。

    0
    2011年09月18日
  • 木曜島の夜会

    Posted by ブクログ

    木曜島の存在を知らなかった。そこで日本人が白蝶貝の採取で大きな能力があり多勢働いていた事実などに驚いた。寡黙で優しい昔の日本人に懐かしい感覚や誇りを感じた。二編目目の富永有隣、三編目の大楽源太郎は自己保存の異常に強い性格が吉田松陰の明るさを逆に際立たせた感じがする。しかし、可哀想な生涯でもあったと思う。

    0
    2011年09月04日
  • 以下、無用のことながら

    Posted by ブクログ

    エッセイ集。「司馬遼太郎の考えたこと」に掲載の重複があるが、あらためて宗教面の造詣の深さに感心した。抹香くさくなく、仏教に興味を覚える。11.8.15

    0
    2011年08月15日
  • 夏草の賦(下)

    Posted by ブクログ

    四国統一を成し遂げた、長宗我部元親の生涯。上巻が嫁取り~四国統一、織田と敵対。下巻が本能寺の変~九州出兵、元親の死まで。
    臆病だからそれゆえにと戦の才。癖があるけど人間くさい人柄が描かれつつ、勝つための準備を万全に整えてこそ勝つ、ということを実践していく。しかし、他の有力な地方大名と同じく、生まれた立地の運に直面せざるをえなかった人。また、優れた行政官としての一面も伺えて興味深い。
    戦国の四国と秀吉の統一下を生きた元親の目には何が映ったのだろう。「家」を基盤とする大名であり、優れた才を示した人物が、息子の信親を失った九州出兵以降の晩年には何にも興味を示さず、長宗我部家が短くして滅んだということにも世の無常を感じる。そして時を経、幕末の動力源の一つとなるのはどんな因果か。
    嫁取りから始まる、正室・菜々とのやりとりが面白おかしい。

    0
    2011年08月08日