無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで201万冊以上配信中!
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
※期間限定無料版、予約作品はカートに入りません
Posted by ブクログ
オランダの医師ボンベから見た日本が、当時の日本を多角的に見せてくれている。写生ずきな日本人の指摘を後に、カメラぶら下げて歩くところまで司馬さんらしい観察眼を加えているあたり、楽しい。ボンベが賭けた大仕事の階級性を取っ払った病院建設が、明治から進む開明の奔りになったり事は忘れがちだった。当時の世界情勢の中で、オランダは影を薄めていくが、江戸期においていかに大切な国であったかも改めて思う。良順そして語学の天才的な伊之助が、どうなっていくのか・・・
当時流行していて伊之助がかぶった韮山笠を検索してしまうほど、読んでいてあれこれ知識が放り込まれてくる。
Posted by ブクログ
1857年(安政4年)長崎海軍伝習所でポンペは松本良順、伊之助ら14名の学生に医学の講義を始めた。
安政5年咸臨丸で勝海舟を船長格として練習航海のため薩摩を訪れ島津斉彬と会う。
この年コレラが日本国中を震撼させた。良順も罹患するが一命を取り留める。
安政6年長崎海軍伝習所は突如廃止となり海軍教育も医学教育もやめる命令がでたが井伊直弼の機転のより医学教育は廃止を免れる。
コレラ騒動の年からポンペと良順は病院建設に奔走する。「オランダの市民社会から成立した病院は病人を病人として見る。原則として病人の身分の高下や貧富は病院の門を入ればいっさいその優性、劣性の効力を失う。」身分制を基本的に成り立つ江戸体制とは相入れないので病院建設には強い反対があったが紆余曲折をへ文久元年(1861年)養生所は完成した。
一方伊之助は「七新薬」という本を書く過程でポンペに破門され医学伝習所を出て行く。
伊之助が長崎から平戸へ向かう件は司馬さんの「街道を行く」を片手に西彼杵半島を旅する気分で楽しい。ただ伊之助は平戸で婿養子になってこれからどうするのだろう
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
小説・文芸
小説・文芸
少年・青年マンガ
少女・女性マンガ
試し読み