司馬遼太郎のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
やっとこやっとこ読み終えました。
最近、韓流の歴史ドラマをよく観るようになったので、かろうじて理解できるかなという感じです。
日本と朝鮮半島との関係は、それはそれは、語れば長い歴史になるわけで、この「街道をゆく」のための旅を司馬遼太郎さんは、1971年になさっています。
日韓国交正常化6年後のことなのですね。今とは、当然、それぞれの人が持つ感情も違うわけですが、司馬さんは、そんな近い時代の話を追おうとしたわけではなく、
もっともっと前の時代の、古の人たちの交流史を感じられたかったのだと思います。
それにしても・・・話を追うのが大変でした。
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Posted by ブクログ
信長はもとより音楽をこのみ、よく笛師や鼓師をかかえていたが、かれもこの世でこれほど微妙な階律をきいたのはむろんはじめてであったであろう。
信長はそのオルガンに寄りかかり、心持首をかしげ、すべての音を皮膚にまで吸わせたいという姿勢で聴き入っていた。藤吉郎のおどろいたのは、その横顔のうつくしさであった。藤吉郎は信長につかえて二十年、これほど美しい貌をみせた信長をみたことがなく、人としてこれほど美しい容貌もこの地上でみたことがない。その印象の鮮烈さはいまも十分に網膜の奥によみがえらせることができるし、時とともにいよいよあざやかな記憶になってゆくようでもあった。
(このひとは、神だ)
と、このとき、理 -
Posted by ブクログ
「新史太閤記」は、時代的には「国盗り物語」の後編である「信長編」とだいたい同じような時代を書いた物語なのだけれど、視点と、中心となっている人物がだいぶ変わっている。
「国盗り物語」の後編での、各人物の描写の割合が、明智光秀:信長:秀吉=5:4:1だとしたら、この「新史太閤記」では、光秀:信長:秀吉=1:4:5になっている感じだ。
なので、「国盗り物語」では信長と光秀の、正反対ともいえる性格の相容れなさを描いていたけれど、この小説では、秀吉と信長の奇跡的な相性の良さを示すエピソードが中心になっている。
特に好きだった場面は、
・北陸遠征からの撤退の時、金ヶ崎城への籠城を申し出て、決死の防戦を決