司馬遼太郎のレビュー一覧

  • 新装版 王城の護衛者

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    幕末を生きた男たちの物語.全5編の短編集.一番印象深かったのは,表題作の「王城の護衛者」,会津藩藩主の松平容保.負ければ賊軍って訳ではないが,本書を読むまでは容保には良いイメージが無かった.
    でも,当時の会津藩が置かれていた状況など見えてくると,容保に対する印象も全然違う.思わず,コレ面白いぞと呟いてしまった.

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    2013年09月04日
  • 胡蝶の夢(一)

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    幕末の蘭医・松本良順、松本の弟子の島倉伊之助、同じく蘭医・関寛斎の物語。
    先に読んだ高田郁の「あい」から関寛斎をもっと知りたくなり、この本に辿り着いた。
    司馬遼太郎らしく、史実に基づいた詳細な説明があり、幕末の医療や身分制度について興味深く読んだ。
    特に江戸時代の身分制度については、学生時代に覚えた「士農工商」という単純な公式では言い表せないのだなぁ、と。
    なぜ江戸時代の奥医師は坊主頭だったのか?、それはつまり俗世間から離別した出家僧と同じ扱いだったから、などなど。
    ただ残念だったのは、一つの小説に三人の話がバラバラに描かれているようで、一つの物語=テーマとして読めなかったこと。
    それから、関寛斎については「こうだったそうだ」という感じで、司馬遼太郎の解釈がなくて、「竜馬が行く」の竜馬のように、もっと司馬遼太郎から見た関寛斎が読みたかった。
    それからそれから(笑)、もっと良順の最後も知りたかったかも。
    そして、最初からずーっと「胡蝶の夢」というタイトルが気になっていたのだけど、終盤、伊之助が野の蝶を見て荘子の一説を思い出したところでようやく「胡蝶の夢」というフレーズが出て来た。
    荘子が自分が蝶になった夢を見たが、いやそれは実は自分が蝶であるのが現実で、人間であるのが夢なのでは?と考えたというもの。
    うーん、難しい。
    荘子の考え方を調べてみたけど、これがこの小説とどう結びつくのか…。
    いずれわかる日が来るのかな。
    その日を待ちつつ、考え続けたいと思います。

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    2013年09月02日
  • 翔ぶが如く(九)

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    昨年、司馬遼太郎の「坂の上の雲 全8巻」を読みました。

    坂の上の雲の中ですごく気になったのは、司馬遼太郎が描く薩摩藩型のリーダーシップ。
    ネット上での解説を少し転載します。


    明治時代も終わりに近づいた頃、ある座談会で、明治の人物論が出た。
    ある人が「人間が大きいという点では大山巌が最大だろう」と言ったところ
    「いや、同じ薩摩人だが西郷従道の方が5倍は大きかった」と反論する人があり
    誰もその意見には反対しなかったという。

    ところが、その座で、西郷隆盛を実際に知っている人がいて
    「その従道も、兄の隆盛に較べると月の前の星だった」と言ったので、
    その場の人々は西郷隆盛という人物の巨大さを想像するのに、気が遠くなる思いがしたという。




    西郷従道(つぐみち)は「ウドサァ」である。薩摩藩(鹿児島)の典型的なリーダーの呼ばれ方である。
    本来の語意は「大きい人」とでもいうようなものだ。
    従って、西郷隆盛などは、肉体的にも雄大で、精神的にも巨人であるという点で、
    まさに「ウドサァ」を体現した男であると言えよう。

    薩摩藩型リーダー「ウドサァ」の手法は二つある。まずは最も有能な部下を見つけ
    その者に一切の業務を任せてしまう。
    次に、自分自身が賢者であろうと、それを隠して愚者のおおらかさを演出する。阿呆になりきるのだ。
    そして、業務を任せた有能な部下を信頼し、自分は部下が仕事をしやすいように場を平らげるだけで、後は黙っている。
    万が一部下が失敗するときはさっさと腹を切る覚悟を決める。これがウドサァである。



    日本人はこのリーダーシップのスタイルに対してあまり違和感を持っていないと思う。

    日本の組織のトップはリーダーというよりは殿様なのだ。殿様は知識やスキルではなく人徳で勝負。
    細かいところまで口を出す殿様は
    家老に 「殿!ご乱心を!」とたしなめられてしまう。

    でも、このリーダーシップのスタイルは世界のスタンダードではないと思う。
    世界の卓越したリーダー達で「ウドサァ」みたいなスタイルだった人を私は知らない。
    スキピオ、ジュリアスシーザー、アレキサンダー大王
    ナポレオン、リンカーン ・・・ ビルゲイツもジョブズも孫正義も
    部下に仕事を任せはするが、後は黙っているなんて事は絶対にない。

    古代中国の劉邦と劉備は「ウドサァ」かもしれない。(だから日本で人気がある?)

    私も大きな組織で働いているが
    トップに非常に細かいことまで指示される事を想像すると辟易してしまう。
    そのくせ、「トップの方針が明確でない」みたいなことを言ってみたりもする。 どないやねん!


    1年以上かけて、ようやく全10巻を読破しました。

    いや〜〜長かった。
    面白かったけど、やっぱり長いよ司馬さん。

    「翔ぶが如く」本線のストーリーは、征韓論から西南戦争に至るまでの話なんですが、水滸伝のように、周辺の人物の描写や逸話に入りこんでしまって、本線のストーリーが遅々として進まない。。

    新聞小説の連載だからなのかもしれないが、ふだんノンフィクションの実用書ばかり読んでる身としては、かなりじれったかった。

    本線のストーリーだけ書けば、半分ぐらいの頁数で済むのでは?
    と思ってしまいました。

    [読んで思ったこと1]
    本書を読み「薩摩藩型のリーダーシップ」について理解するという当初の目的は果たせませんでした。
    著者にとっても、西郷隆盛という人物は、スケールが大き過ぎて掴みどころのない存在のようでした。特に征韓論以降の西郷隆盛は、現在の我々からは訳がなかなか理解し辛い事が多いです。

    しかし、リーダーシップとは何かという事について、いろいろと考える事ができました。昨年一年間かけて考えた、私なりのリーダーシップ論は、後日別のエントリで纏めようと思います。

    [読んで思ったこと2]
    西南戦争は、西郷隆盛を担いだ薩摩藩の壮士と、山縣有朋が徴兵して編制した政府軍との戦いでした。

    当時の薩摩藩は古代のスパルタのような軍事教育国家であったため、壮士達は世界最強の兵士とも言える存在でした。
    しかし兵站という考え方がほぼ皆無に近かった。

    一方で政府軍の鎮台兵は百姓出身者が大半であり、本当に弱く、戦闘となるとすぐに壊乱してしまう有様でした。
    しかし、山縣有朋の綿密な軍政準備により、予備兵・食糧・弾薬などの後方支援が途切れる事は無かった。

    両者が激突するとどうなるのか。
    短期的には薩摩藩が圧倒的に有利なのですが、戦いが長期的になつてくるとジワリジワリと政府軍が有利になってくる・・・

    古代ローマ帝国とカルタゴのハンニバルの戦いを見るようでした。

    いや、普段の仕事についても同じ事かなと思いまして。

    仕事でも、短期的に物事をガーと進められる人に注目が集まりますけど、さまざまな兵站をキッチリ意識して、長期的に組織的に物事を動かせる人の方が最終的な結果に結びつくのかなと。

    この間、絶好調のアップルの決算発表がありましたが、今のアップルの収益性を支えるサプライチェーンとロジスティクスの仕組みを確立したのは、現アップルCEOのティム・クック氏だとの事。

    0
    2013年08月29日
  • 翔ぶが如く(八)

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    昨年、司馬遼太郎の「坂の上の雲 全8巻」を読みました。

    坂の上の雲の中ですごく気になったのは、司馬遼太郎が描く薩摩藩型のリーダーシップ。
    ネット上での解説を少し転載します。


    明治時代も終わりに近づいた頃、ある座談会で、明治の人物論が出た。
    ある人が「人間が大きいという点では大山巌が最大だろう」と言ったところ
    「いや、同じ薩摩人だが西郷従道の方が5倍は大きかった」と反論する人があり
    誰もその意見には反対しなかったという。

    ところが、その座で、西郷隆盛を実際に知っている人がいて
    「その従道も、兄の隆盛に較べると月の前の星だった」と言ったので、
    その場の人々は西郷隆盛という人物の巨大さを想像するのに、気が遠くなる思いがしたという。




    西郷従道(つぐみち)は「ウドサァ」である。薩摩藩(鹿児島)の典型的なリーダーの呼ばれ方である。
    本来の語意は「大きい人」とでもいうようなものだ。
    従って、西郷隆盛などは、肉体的にも雄大で、精神的にも巨人であるという点で、
    まさに「ウドサァ」を体現した男であると言えよう。

    薩摩藩型リーダー「ウドサァ」の手法は二つある。まずは最も有能な部下を見つけ
    その者に一切の業務を任せてしまう。
    次に、自分自身が賢者であろうと、それを隠して愚者のおおらかさを演出する。阿呆になりきるのだ。
    そして、業務を任せた有能な部下を信頼し、自分は部下が仕事をしやすいように場を平らげるだけで、後は黙っている。
    万が一部下が失敗するときはさっさと腹を切る覚悟を決める。これがウドサァである。



    日本人はこのリーダーシップのスタイルに対してあまり違和感を持っていないと思う。

    日本の組織のトップはリーダーというよりは殿様なのだ。殿様は知識やスキルではなく人徳で勝負。
    細かいところまで口を出す殿様は
    家老に 「殿!ご乱心を!」とたしなめられてしまう。

    でも、このリーダーシップのスタイルは世界のスタンダードではないと思う。
    世界の卓越したリーダー達で「ウドサァ」みたいなスタイルだった人を私は知らない。
    スキピオ、ジュリアスシーザー、アレキサンダー大王
    ナポレオン、リンカーン ・・・ ビルゲイツもジョブズも孫正義も
    部下に仕事を任せはするが、後は黙っているなんて事は絶対にない。

    古代中国の劉邦と劉備は「ウドサァ」かもしれない。(だから日本で人気がある?)

    私も大きな組織で働いているが
    トップに非常に細かいことまで指示される事を想像すると辟易してしまう。
    そのくせ、「トップの方針が明確でない」みたいなことを言ってみたりもする。 どないやねん!


    1年以上かけて、ようやく全10巻を読破しました。

    いや〜〜長かった。
    面白かったけど、やっぱり長いよ司馬さん。

    「翔ぶが如く」本線のストーリーは、征韓論から西南戦争に至るまでの話なんですが、水滸伝のように、周辺の人物の描写や逸話に入りこんでしまって、本線のストーリーが遅々として進まない。。

    新聞小説の連載だからなのかもしれないが、ふだんノンフィクションの実用書ばかり読んでる身としては、かなりじれったかった。

    本線のストーリーだけ書けば、半分ぐらいの頁数で済むのでは?
    と思ってしまいました。

    [読んで思ったこと1]
    本書を読み「薩摩藩型のリーダーシップ」について理解するという当初の目的は果たせませんでした。
    著者にとっても、西郷隆盛という人物は、スケールが大き過ぎて掴みどころのない存在のようでした。特に征韓論以降の西郷隆盛は、現在の我々からは訳がなかなか理解し辛い事が多いです。

    しかし、リーダーシップとは何かという事について、いろいろと考える事ができました。昨年一年間かけて考えた、私なりのリーダーシップ論は、後日別のエントリで纏めようと思います。

    [読んで思ったこと2]
    西南戦争は、西郷隆盛を担いだ薩摩藩の壮士と、山縣有朋が徴兵して編制した政府軍との戦いでした。

    当時の薩摩藩は古代のスパルタのような軍事教育国家であったため、壮士達は世界最強の兵士とも言える存在でした。
    しかし兵站という考え方がほぼ皆無に近かった。

    一方で政府軍の鎮台兵は百姓出身者が大半であり、本当に弱く、戦闘となるとすぐに壊乱してしまう有様でした。
    しかし、山縣有朋の綿密な軍政準備により、予備兵・食糧・弾薬などの後方支援が途切れる事は無かった。

    両者が激突するとどうなるのか。
    短期的には薩摩藩が圧倒的に有利なのですが、戦いが長期的になつてくるとジワリジワリと政府軍が有利になってくる・・・

    古代ローマ帝国とカルタゴのハンニバルの戦いを見るようでした。

    いや、普段の仕事についても同じ事かなと思いまして。

    仕事でも、短期的に物事をガーと進められる人に注目が集まりますけど、さまざまな兵站をキッチリ意識して、長期的に組織的に物事を動かせる人の方が最終的な結果に結びつくのかなと。

    この間、絶好調のアップルの決算発表がありましたが、今のアップルの収益性を支えるサプライチェーンとロジスティクスの仕組みを確立したのは、現アップルCEOのティム・クック氏だとの事。

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    2013年08月29日
  • 翔ぶが如く(七)

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    昨年、司馬遼太郎の「坂の上の雲 全8巻」を読みました。

    坂の上の雲の中ですごく気になったのは、司馬遼太郎が描く薩摩藩型のリーダーシップ。
    ネット上での解説を少し転載します。


    明治時代も終わりに近づいた頃、ある座談会で、明治の人物論が出た。
    ある人が「人間が大きいという点では大山巌が最大だろう」と言ったところ
    「いや、同じ薩摩人だが西郷従道の方が5倍は大きかった」と反論する人があり
    誰もその意見には反対しなかったという。

    ところが、その座で、西郷隆盛を実際に知っている人がいて
    「その従道も、兄の隆盛に較べると月の前の星だった」と言ったので、
    その場の人々は西郷隆盛という人物の巨大さを想像するのに、気が遠くなる思いがしたという。




    西郷従道(つぐみち)は「ウドサァ」である。薩摩藩(鹿児島)の典型的なリーダーの呼ばれ方である。
    本来の語意は「大きい人」とでもいうようなものだ。
    従って、西郷隆盛などは、肉体的にも雄大で、精神的にも巨人であるという点で、
    まさに「ウドサァ」を体現した男であると言えよう。

    薩摩藩型リーダー「ウドサァ」の手法は二つある。まずは最も有能な部下を見つけ
    その者に一切の業務を任せてしまう。
    次に、自分自身が賢者であろうと、それを隠して愚者のおおらかさを演出する。阿呆になりきるのだ。
    そして、業務を任せた有能な部下を信頼し、自分は部下が仕事をしやすいように場を平らげるだけで、後は黙っている。
    万が一部下が失敗するときはさっさと腹を切る覚悟を決める。これがウドサァである。



    日本人はこのリーダーシップのスタイルに対してあまり違和感を持っていないと思う。

    日本の組織のトップはリーダーというよりは殿様なのだ。殿様は知識やスキルではなく人徳で勝負。
    細かいところまで口を出す殿様は
    家老に 「殿!ご乱心を!」とたしなめられてしまう。

    でも、このリーダーシップのスタイルは世界のスタンダードではないと思う。
    世界の卓越したリーダー達で「ウドサァ」みたいなスタイルだった人を私は知らない。
    スキピオ、ジュリアスシーザー、アレキサンダー大王
    ナポレオン、リンカーン ・・・ ビルゲイツもジョブズも孫正義も
    部下に仕事を任せはするが、後は黙っているなんて事は絶対にない。

    古代中国の劉邦と劉備は「ウドサァ」かもしれない。(だから日本で人気がある?)

    私も大きな組織で働いているが
    トップに非常に細かいことまで指示される事を想像すると辟易してしまう。
    そのくせ、「トップの方針が明確でない」みたいなことを言ってみたりもする。 どないやねん!


    1年以上かけて、ようやく全10巻を読破しました。

    いや〜〜長かった。
    面白かったけど、やっぱり長いよ司馬さん。

    「翔ぶが如く」本線のストーリーは、征韓論から西南戦争に至るまでの話なんですが、水滸伝のように、周辺の人物の描写や逸話に入りこんでしまって、本線のストーリーが遅々として進まない。。

    新聞小説の連載だからなのかもしれないが、ふだんノンフィクションの実用書ばかり読んでる身としては、かなりじれったかった。

    本線のストーリーだけ書けば、半分ぐらいの頁数で済むのでは?
    と思ってしまいました。

    [読んで思ったこと1]
    本書を読み「薩摩藩型のリーダーシップ」について理解するという当初の目的は果たせませんでした。
    著者にとっても、西郷隆盛という人物は、スケールが大き過ぎて掴みどころのない存在のようでした。特に征韓論以降の西郷隆盛は、現在の我々からは訳がなかなか理解し辛い事が多いです。

    しかし、リーダーシップとは何かという事について、いろいろと考える事ができました。昨年一年間かけて考えた、私なりのリーダーシップ論は、後日別のエントリで纏めようと思います。

    [読んで思ったこと2]
    西南戦争は、西郷隆盛を担いだ薩摩藩の壮士と、山縣有朋が徴兵して編制した政府軍との戦いでした。

    当時の薩摩藩は古代のスパルタのような軍事教育国家であったため、壮士達は世界最強の兵士とも言える存在でした。
    しかし兵站という考え方がほぼ皆無に近かった。

    一方で政府軍の鎮台兵は百姓出身者が大半であり、本当に弱く、戦闘となるとすぐに壊乱してしまう有様でした。
    しかし、山縣有朋の綿密な軍政準備により、予備兵・食糧・弾薬などの後方支援が途切れる事は無かった。

    両者が激突するとどうなるのか。
    短期的には薩摩藩が圧倒的に有利なのですが、戦いが長期的になつてくるとジワリジワリと政府軍が有利になってくる・・・

    古代ローマ帝国とカルタゴのハンニバルの戦いを見るようでした。

    いや、普段の仕事についても同じ事かなと思いまして。

    仕事でも、短期的に物事をガーと進められる人に注目が集まりますけど、さまざまな兵站をキッチリ意識して、長期的に組織的に物事を動かせる人の方が最終的な結果に結びつくのかなと。

    この間、絶好調のアップルの決算発表がありましたが、今のアップルの収益性を支えるサプライチェーンとロジスティクスの仕組みを確立したのは、現アップルCEOのティム・クック氏だとの事。

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    2013年08月29日
  • 翔ぶが如く(六)

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    昨年、司馬遼太郎の「坂の上の雲 全8巻」を読みました。

    坂の上の雲の中ですごく気になったのは、司馬遼太郎が描く薩摩藩型のリーダーシップ。
    ネット上での解説を少し転載します。


    明治時代も終わりに近づいた頃、ある座談会で、明治の人物論が出た。
    ある人が「人間が大きいという点では大山巌が最大だろう」と言ったところ
    「いや、同じ薩摩人だが西郷従道の方が5倍は大きかった」と反論する人があり
    誰もその意見には反対しなかったという。

    ところが、その座で、西郷隆盛を実際に知っている人がいて
    「その従道も、兄の隆盛に較べると月の前の星だった」と言ったので、
    その場の人々は西郷隆盛という人物の巨大さを想像するのに、気が遠くなる思いがしたという。




    西郷従道(つぐみち)は「ウドサァ」である。薩摩藩(鹿児島)の典型的なリーダーの呼ばれ方である。
    本来の語意は「大きい人」とでもいうようなものだ。
    従って、西郷隆盛などは、肉体的にも雄大で、精神的にも巨人であるという点で、
    まさに「ウドサァ」を体現した男であると言えよう。

    薩摩藩型リーダー「ウドサァ」の手法は二つある。まずは最も有能な部下を見つけ
    その者に一切の業務を任せてしまう。
    次に、自分自身が賢者であろうと、それを隠して愚者のおおらかさを演出する。阿呆になりきるのだ。
    そして、業務を任せた有能な部下を信頼し、自分は部下が仕事をしやすいように場を平らげるだけで、後は黙っている。
    万が一部下が失敗するときはさっさと腹を切る覚悟を決める。これがウドサァである。



    日本人はこのリーダーシップのスタイルに対してあまり違和感を持っていないと思う。

    日本の組織のトップはリーダーというよりは殿様なのだ。殿様は知識やスキルではなく人徳で勝負。
    細かいところまで口を出す殿様は
    家老に 「殿!ご乱心を!」とたしなめられてしまう。

    でも、このリーダーシップのスタイルは世界のスタンダードではないと思う。
    世界の卓越したリーダー達で「ウドサァ」みたいなスタイルだった人を私は知らない。
    スキピオ、ジュリアスシーザー、アレキサンダー大王
    ナポレオン、リンカーン ・・・ ビルゲイツもジョブズも孫正義も
    部下に仕事を任せはするが、後は黙っているなんて事は絶対にない。

    古代中国の劉邦と劉備は「ウドサァ」かもしれない。(だから日本で人気がある?)

    私も大きな組織で働いているが
    トップに非常に細かいことまで指示される事を想像すると辟易してしまう。
    そのくせ、「トップの方針が明確でない」みたいなことを言ってみたりもする。 どないやねん!


    1年以上かけて、ようやく全10巻を読破しました。

    いや〜〜長かった。
    面白かったけど、やっぱり長いよ司馬さん。

    「翔ぶが如く」本線のストーリーは、征韓論から西南戦争に至るまでの話なんですが、水滸伝のように、周辺の人物の描写や逸話に入りこんでしまって、本線のストーリーが遅々として進まない。。

    新聞小説の連載だからなのかもしれないが、ふだんノンフィクションの実用書ばかり読んでる身としては、かなりじれったかった。

    本線のストーリーだけ書けば、半分ぐらいの頁数で済むのでは?
    と思ってしまいました。

    [読んで思ったこと1]
    本書を読み「薩摩藩型のリーダーシップ」について理解するという当初の目的は果たせませんでした。
    著者にとっても、西郷隆盛という人物は、スケールが大き過ぎて掴みどころのない存在のようでした。特に征韓論以降の西郷隆盛は、現在の我々からは訳がなかなか理解し辛い事が多いです。

    しかし、リーダーシップとは何かという事について、いろいろと考える事ができました。昨年一年間かけて考えた、私なりのリーダーシップ論は、後日別のエントリで纏めようと思います。

    [読んで思ったこと2]
    西南戦争は、西郷隆盛を担いだ薩摩藩の壮士と、山縣有朋が徴兵して編制した政府軍との戦いでした。

    当時の薩摩藩は古代のスパルタのような軍事教育国家であったため、壮士達は世界最強の兵士とも言える存在でした。
    しかし兵站という考え方がほぼ皆無に近かった。

    一方で政府軍の鎮台兵は百姓出身者が大半であり、本当に弱く、戦闘となるとすぐに壊乱してしまう有様でした。
    しかし、山縣有朋の綿密な軍政準備により、予備兵・食糧・弾薬などの後方支援が途切れる事は無かった。

    両者が激突するとどうなるのか。
    短期的には薩摩藩が圧倒的に有利なのですが、戦いが長期的になつてくるとジワリジワリと政府軍が有利になってくる・・・

    古代ローマ帝国とカルタゴのハンニバルの戦いを見るようでした。

    いや、普段の仕事についても同じ事かなと思いまして。

    仕事でも、短期的に物事をガーと進められる人に注目が集まりますけど、さまざまな兵站をキッチリ意識して、長期的に組織的に物事を動かせる人の方が最終的な結果に結びつくのかなと。

    この間、絶好調のアップルの決算発表がありましたが、今のアップルの収益性を支えるサプライチェーンとロジスティクスの仕組みを確立したのは、現アップルCEOのティム・クック氏だとの事。

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    2013年08月29日
  • 翔ぶが如く(五)

    Posted by ブクログ

    昨年、司馬遼太郎の「坂の上の雲 全8巻」を読みました。

    坂の上の雲の中ですごく気になったのは、司馬遼太郎が描く薩摩藩型のリーダーシップ。
    ネット上での解説を少し転載します。


    明治時代も終わりに近づいた頃、ある座談会で、明治の人物論が出た。
    ある人が「人間が大きいという点では大山巌が最大だろう」と言ったところ
    「いや、同じ薩摩人だが西郷従道の方が5倍は大きかった」と反論する人があり
    誰もその意見には反対しなかったという。

    ところが、その座で、西郷隆盛を実際に知っている人がいて
    「その従道も、兄の隆盛に較べると月の前の星だった」と言ったので、
    その場の人々は西郷隆盛という人物の巨大さを想像するのに、気が遠くなる思いがしたという。




    西郷従道(つぐみち)は「ウドサァ」である。薩摩藩(鹿児島)の典型的なリーダーの呼ばれ方である。
    本来の語意は「大きい人」とでもいうようなものだ。
    従って、西郷隆盛などは、肉体的にも雄大で、精神的にも巨人であるという点で、
    まさに「ウドサァ」を体現した男であると言えよう。

    薩摩藩型リーダー「ウドサァ」の手法は二つある。まずは最も有能な部下を見つけ
    その者に一切の業務を任せてしまう。
    次に、自分自身が賢者であろうと、それを隠して愚者のおおらかさを演出する。阿呆になりきるのだ。
    そして、業務を任せた有能な部下を信頼し、自分は部下が仕事をしやすいように場を平らげるだけで、後は黙っている。
    万が一部下が失敗するときはさっさと腹を切る覚悟を決める。これがウドサァである。



    日本人はこのリーダーシップのスタイルに対してあまり違和感を持っていないと思う。

    日本の組織のトップはリーダーというよりは殿様なのだ。殿様は知識やスキルではなく人徳で勝負。
    細かいところまで口を出す殿様は
    家老に 「殿!ご乱心を!」とたしなめられてしまう。

    でも、このリーダーシップのスタイルは世界のスタンダードではないと思う。
    世界の卓越したリーダー達で「ウドサァ」みたいなスタイルだった人を私は知らない。
    スキピオ、ジュリアスシーザー、アレキサンダー大王
    ナポレオン、リンカーン ・・・ ビルゲイツもジョブズも孫正義も
    部下に仕事を任せはするが、後は黙っているなんて事は絶対にない。

    古代中国の劉邦と劉備は「ウドサァ」かもしれない。(だから日本で人気がある?)

    私も大きな組織で働いているが
    トップに非常に細かいことまで指示される事を想像すると辟易してしまう。
    そのくせ、「トップの方針が明確でない」みたいなことを言ってみたりもする。 どないやねん!


    1年以上かけて、ようやく全10巻を読破しました。

    いや〜〜長かった。
    面白かったけど、やっぱり長いよ司馬さん。

    「翔ぶが如く」本線のストーリーは、征韓論から西南戦争に至るまでの話なんですが、水滸伝のように、周辺の人物の描写や逸話に入りこんでしまって、本線のストーリーが遅々として進まない。。

    新聞小説の連載だからなのかもしれないが、ふだんノンフィクションの実用書ばかり読んでる身としては、かなりじれったかった。

    本線のストーリーだけ書けば、半分ぐらいの頁数で済むのでは?
    と思ってしまいました。

    [読んで思ったこと1]
    本書を読み「薩摩藩型のリーダーシップ」について理解するという当初の目的は果たせませんでした。
    著者にとっても、西郷隆盛という人物は、スケールが大き過ぎて掴みどころのない存在のようでした。特に征韓論以降の西郷隆盛は、現在の我々からは訳がなかなか理解し辛い事が多いです。

    しかし、リーダーシップとは何かという事について、いろいろと考える事ができました。昨年一年間かけて考えた、私なりのリーダーシップ論は、後日別のエントリで纏めようと思います。

    [読んで思ったこと2]
    西南戦争は、西郷隆盛を担いだ薩摩藩の壮士と、山縣有朋が徴兵して編制した政府軍との戦いでした。

    当時の薩摩藩は古代のスパルタのような軍事教育国家であったため、壮士達は世界最強の兵士とも言える存在でした。
    しかし兵站という考え方がほぼ皆無に近かった。

    一方で政府軍の鎮台兵は百姓出身者が大半であり、本当に弱く、戦闘となるとすぐに壊乱してしまう有様でした。
    しかし、山縣有朋の綿密な軍政準備により、予備兵・食糧・弾薬などの後方支援が途切れる事は無かった。

    両者が激突するとどうなるのか。
    短期的には薩摩藩が圧倒的に有利なのですが、戦いが長期的になつてくるとジワリジワリと政府軍が有利になってくる・・・

    古代ローマ帝国とカルタゴのハンニバルの戦いを見るようでした。

    いや、普段の仕事についても同じ事かなと思いまして。

    仕事でも、短期的に物事をガーと進められる人に注目が集まりますけど、さまざまな兵站をキッチリ意識して、長期的に組織的に物事を動かせる人の方が最終的な結果に結びつくのかなと。

    この間、絶好調のアップルの決算発表がありましたが、今のアップルの収益性を支えるサプライチェーンとロジスティクスの仕組みを確立したのは、現アップルCEOのティム・クック氏だとの事。

    0
    2013年08月29日
  • 翔ぶが如く(四)

    Posted by ブクログ

    昨年、司馬遼太郎の「坂の上の雲 全8巻」を読みました。

    坂の上の雲の中ですごく気になったのは、司馬遼太郎が描く薩摩藩型のリーダーシップ。
    ネット上での解説を少し転載します。


    明治時代も終わりに近づいた頃、ある座談会で、明治の人物論が出た。
    ある人が「人間が大きいという点では大山巌が最大だろう」と言ったところ
    「いや、同じ薩摩人だが西郷従道の方が5倍は大きかった」と反論する人があり
    誰もその意見には反対しなかったという。

    ところが、その座で、西郷隆盛を実際に知っている人がいて
    「その従道も、兄の隆盛に較べると月の前の星だった」と言ったので、
    その場の人々は西郷隆盛という人物の巨大さを想像するのに、気が遠くなる思いがしたという。




    西郷従道(つぐみち)は「ウドサァ」である。薩摩藩(鹿児島)の典型的なリーダーの呼ばれ方である。
    本来の語意は「大きい人」とでもいうようなものだ。
    従って、西郷隆盛などは、肉体的にも雄大で、精神的にも巨人であるという点で、
    まさに「ウドサァ」を体現した男であると言えよう。

    薩摩藩型リーダー「ウドサァ」の手法は二つある。まずは最も有能な部下を見つけ
    その者に一切の業務を任せてしまう。
    次に、自分自身が賢者であろうと、それを隠して愚者のおおらかさを演出する。阿呆になりきるのだ。
    そして、業務を任せた有能な部下を信頼し、自分は部下が仕事をしやすいように場を平らげるだけで、後は黙っている。
    万が一部下が失敗するときはさっさと腹を切る覚悟を決める。これがウドサァである。



    日本人はこのリーダーシップのスタイルに対してあまり違和感を持っていないと思う。

    日本の組織のトップはリーダーというよりは殿様なのだ。殿様は知識やスキルではなく人徳で勝負。
    細かいところまで口を出す殿様は
    家老に 「殿!ご乱心を!」とたしなめられてしまう。

    でも、このリーダーシップのスタイルは世界のスタンダードではないと思う。
    世界の卓越したリーダー達で「ウドサァ」みたいなスタイルだった人を私は知らない。
    スキピオ、ジュリアスシーザー、アレキサンダー大王
    ナポレオン、リンカーン ・・・ ビルゲイツもジョブズも孫正義も
    部下に仕事を任せはするが、後は黙っているなんて事は絶対にない。

    古代中国の劉邦と劉備は「ウドサァ」かもしれない。(だから日本で人気がある?)

    私も大きな組織で働いているが
    トップに非常に細かいことまで指示される事を想像すると辟易してしまう。
    そのくせ、「トップの方針が明確でない」みたいなことを言ってみたりもする。 どないやねん!


    1年以上かけて、ようやく全10巻を読破しました。

    いや〜〜長かった。
    面白かったけど、やっぱり長いよ司馬さん。

    「翔ぶが如く」本線のストーリーは、征韓論から西南戦争に至るまでの話なんですが、水滸伝のように、周辺の人物の描写や逸話に入りこんでしまって、本線のストーリーが遅々として進まない。。

    新聞小説の連載だからなのかもしれないが、ふだんノンフィクションの実用書ばかり読んでる身としては、かなりじれったかった。

    本線のストーリーだけ書けば、半分ぐらいの頁数で済むのでは?
    と思ってしまいました。

    [読んで思ったこと1]
    本書を読み「薩摩藩型のリーダーシップ」について理解するという当初の目的は果たせませんでした。
    著者にとっても、西郷隆盛という人物は、スケールが大き過ぎて掴みどころのない存在のようでした。特に征韓論以降の西郷隆盛は、現在の我々からは訳がなかなか理解し辛い事が多いです。

    しかし、リーダーシップとは何かという事について、いろいろと考える事ができました。昨年一年間かけて考えた、私なりのリーダーシップ論は、後日別のエントリで纏めようと思います。

    [読んで思ったこと2]
    西南戦争は、西郷隆盛を担いだ薩摩藩の壮士と、山縣有朋が徴兵して編制した政府軍との戦いでした。

    当時の薩摩藩は古代のスパルタのような軍事教育国家であったため、壮士達は世界最強の兵士とも言える存在でした。
    しかし兵站という考え方がほぼ皆無に近かった。

    一方で政府軍の鎮台兵は百姓出身者が大半であり、本当に弱く、戦闘となるとすぐに壊乱してしまう有様でした。
    しかし、山縣有朋の綿密な軍政準備により、予備兵・食糧・弾薬などの後方支援が途切れる事は無かった。

    両者が激突するとどうなるのか。
    短期的には薩摩藩が圧倒的に有利なのですが、戦いが長期的になつてくるとジワリジワリと政府軍が有利になってくる・・・

    古代ローマ帝国とカルタゴのハンニバルの戦いを見るようでした。

    いや、普段の仕事についても同じ事かなと思いまして。

    仕事でも、短期的に物事をガーと進められる人に注目が集まりますけど、さまざまな兵站をキッチリ意識して、長期的に組織的に物事を動かせる人の方が最終的な結果に結びつくのかなと。

    この間、絶好調のアップルの決算発表がありましたが、今のアップルの収益性を支えるサプライチェーンとロジスティクスの仕組みを確立したのは、現アップルCEOのティム・クック氏だとの事。

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    2013年08月29日
  • 翔ぶが如く(三)

    Posted by ブクログ

    昨年、司馬遼太郎の「坂の上の雲 全8巻」を読みました。

    坂の上の雲の中ですごく気になったのは、司馬遼太郎が描く薩摩藩型のリーダーシップ。
    ネット上での解説を少し転載します。


    明治時代も終わりに近づいた頃、ある座談会で、明治の人物論が出た。
    ある人が「人間が大きいという点では大山巌が最大だろう」と言ったところ
    「いや、同じ薩摩人だが西郷従道の方が5倍は大きかった」と反論する人があり
    誰もその意見には反対しなかったという。

    ところが、その座で、西郷隆盛を実際に知っている人がいて
    「その従道も、兄の隆盛に較べると月の前の星だった」と言ったので、
    その場の人々は西郷隆盛という人物の巨大さを想像するのに、気が遠くなる思いがしたという。




    西郷従道(つぐみち)は「ウドサァ」である。薩摩藩(鹿児島)の典型的なリーダーの呼ばれ方である。
    本来の語意は「大きい人」とでもいうようなものだ。
    従って、西郷隆盛などは、肉体的にも雄大で、精神的にも巨人であるという点で、
    まさに「ウドサァ」を体現した男であると言えよう。

    薩摩藩型リーダー「ウドサァ」の手法は二つある。まずは最も有能な部下を見つけ
    その者に一切の業務を任せてしまう。
    次に、自分自身が賢者であろうと、それを隠して愚者のおおらかさを演出する。阿呆になりきるのだ。
    そして、業務を任せた有能な部下を信頼し、自分は部下が仕事をしやすいように場を平らげるだけで、後は黙っている。
    万が一部下が失敗するときはさっさと腹を切る覚悟を決める。これがウドサァである。



    日本人はこのリーダーシップのスタイルに対してあまり違和感を持っていないと思う。

    日本の組織のトップはリーダーというよりは殿様なのだ。殿様は知識やスキルではなく人徳で勝負。
    細かいところまで口を出す殿様は
    家老に 「殿!ご乱心を!」とたしなめられてしまう。

    でも、このリーダーシップのスタイルは世界のスタンダードではないと思う。
    世界の卓越したリーダー達で「ウドサァ」みたいなスタイルだった人を私は知らない。
    スキピオ、ジュリアスシーザー、アレキサンダー大王
    ナポレオン、リンカーン ・・・ ビルゲイツもジョブズも孫正義も
    部下に仕事を任せはするが、後は黙っているなんて事は絶対にない。

    古代中国の劉邦と劉備は「ウドサァ」かもしれない。(だから日本で人気がある?)

    私も大きな組織で働いているが
    トップに非常に細かいことまで指示される事を想像すると辟易してしまう。
    そのくせ、「トップの方針が明確でない」みたいなことを言ってみたりもする。 どないやねん!


    1年以上かけて、ようやく全10巻を読破しました。

    いや〜〜長かった。
    面白かったけど、やっぱり長いよ司馬さん。

    「翔ぶが如く」本線のストーリーは、征韓論から西南戦争に至るまでの話なんですが、水滸伝のように、周辺の人物の描写や逸話に入りこんでしまって、本線のストーリーが遅々として進まない。。

    新聞小説の連載だからなのかもしれないが、ふだんノンフィクションの実用書ばかり読んでる身としては、かなりじれったかった。

    本線のストーリーだけ書けば、半分ぐらいの頁数で済むのでは?
    と思ってしまいました。

    [読んで思ったこと1]
    本書を読み「薩摩藩型のリーダーシップ」について理解するという当初の目的は果たせませんでした。
    著者にとっても、西郷隆盛という人物は、スケールが大き過ぎて掴みどころのない存在のようでした。特に征韓論以降の西郷隆盛は、現在の我々からは訳がなかなか理解し辛い事が多いです。

    しかし、リーダーシップとは何かという事について、いろいろと考える事ができました。昨年一年間かけて考えた、私なりのリーダーシップ論は、後日別のエントリで纏めようと思います。

    [読んで思ったこと2]
    西南戦争は、西郷隆盛を担いだ薩摩藩の壮士と、山縣有朋が徴兵して編制した政府軍との戦いでした。

    当時の薩摩藩は古代のスパルタのような軍事教育国家であったため、壮士達は世界最強の兵士とも言える存在でした。
    しかし兵站という考え方がほぼ皆無に近かった。

    一方で政府軍の鎮台兵は百姓出身者が大半であり、本当に弱く、戦闘となるとすぐに壊乱してしまう有様でした。
    しかし、山縣有朋の綿密な軍政準備により、予備兵・食糧・弾薬などの後方支援が途切れる事は無かった。

    両者が激突するとどうなるのか。
    短期的には薩摩藩が圧倒的に有利なのですが、戦いが長期的になつてくるとジワリジワリと政府軍が有利になってくる・・・

    古代ローマ帝国とカルタゴのハンニバルの戦いを見るようでした。

    いや、普段の仕事についても同じ事かなと思いまして。

    仕事でも、短期的に物事をガーと進められる人に注目が集まりますけど、さまざまな兵站をキッチリ意識して、長期的に組織的に物事を動かせる人の方が最終的な結果に結びつくのかなと。

    この間、絶好調のアップルの決算発表がありましたが、今のアップルの収益性を支えるサプライチェーンとロジスティクスの仕組みを確立したのは、現アップルCEOのティム・クック氏だとの事。

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    2013年08月29日
  • 翔ぶが如く(二)

    Posted by ブクログ

    昨年、司馬遼太郎の「坂の上の雲 全8巻」を読みました。

    坂の上の雲の中ですごく気になったのは、司馬遼太郎が描く薩摩藩型のリーダーシップ。
    ネット上での解説を少し転載します。


    明治時代も終わりに近づいた頃、ある座談会で、明治の人物論が出た。
    ある人が「人間が大きいという点では大山巌が最大だろう」と言ったところ
    「いや、同じ薩摩人だが西郷従道の方が5倍は大きかった」と反論する人があり
    誰もその意見には反対しなかったという。

    ところが、その座で、西郷隆盛を実際に知っている人がいて
    「その従道も、兄の隆盛に較べると月の前の星だった」と言ったので、
    その場の人々は西郷隆盛という人物の巨大さを想像するのに、気が遠くなる思いがしたという。




    西郷従道(つぐみち)は「ウドサァ」である。薩摩藩(鹿児島)の典型的なリーダーの呼ばれ方である。
    本来の語意は「大きい人」とでもいうようなものだ。
    従って、西郷隆盛などは、肉体的にも雄大で、精神的にも巨人であるという点で、
    まさに「ウドサァ」を体現した男であると言えよう。

    薩摩藩型リーダー「ウドサァ」の手法は二つある。まずは最も有能な部下を見つけ
    その者に一切の業務を任せてしまう。
    次に、自分自身が賢者であろうと、それを隠して愚者のおおらかさを演出する。阿呆になりきるのだ。
    そして、業務を任せた有能な部下を信頼し、自分は部下が仕事をしやすいように場を平らげるだけで、後は黙っている。
    万が一部下が失敗するときはさっさと腹を切る覚悟を決める。これがウドサァである。



    日本人はこのリーダーシップのスタイルに対してあまり違和感を持っていないと思う。

    日本の組織のトップはリーダーというよりは殿様なのだ。殿様は知識やスキルではなく人徳で勝負。
    細かいところまで口を出す殿様は
    家老に 「殿!ご乱心を!」とたしなめられてしまう。

    でも、このリーダーシップのスタイルは世界のスタンダードではないと思う。
    世界の卓越したリーダー達で「ウドサァ」みたいなスタイルだった人を私は知らない。
    スキピオ、ジュリアスシーザー、アレキサンダー大王
    ナポレオン、リンカーン ・・・ ビルゲイツもジョブズも孫正義も
    部下に仕事を任せはするが、後は黙っているなんて事は絶対にない。

    古代中国の劉邦と劉備は「ウドサァ」かもしれない。(だから日本で人気がある?)

    私も大きな組織で働いているが
    トップに非常に細かいことまで指示される事を想像すると辟易してしまう。
    そのくせ、「トップの方針が明確でない」みたいなことを言ってみたりもする。 どないやねん!


    1年以上かけて、ようやく全10巻を読破しました。

    いや〜〜長かった。
    面白かったけど、やっぱり長いよ司馬さん。

    「翔ぶが如く」本線のストーリーは、征韓論から西南戦争に至るまでの話なんですが、水滸伝のように、周辺の人物の描写や逸話に入りこんでしまって、本線のストーリーが遅々として進まない。。

    新聞小説の連載だからなのかもしれないが、ふだんノンフィクションの実用書ばかり読んでる身としては、かなりじれったかった。

    本線のストーリーだけ書けば、半分ぐらいの頁数で済むのでは?
    と思ってしまいました。

    [読んで思ったこと1]
    本書を読み「薩摩藩型のリーダーシップ」について理解するという当初の目的は果たせませんでした。
    著者にとっても、西郷隆盛という人物は、スケールが大き過ぎて掴みどころのない存在のようでした。特に征韓論以降の西郷隆盛は、現在の我々からは訳がなかなか理解し辛い事が多いです。

    しかし、リーダーシップとは何かという事について、いろいろと考える事ができました。昨年一年間かけて考えた、私なりのリーダーシップ論は、後日別のエントリで纏めようと思います。

    [読んで思ったこと2]
    西南戦争は、西郷隆盛を担いだ薩摩藩の壮士と、山縣有朋が徴兵して編制した政府軍との戦いでした。

    当時の薩摩藩は古代のスパルタのような軍事教育国家であったため、壮士達は世界最強の兵士とも言える存在でした。
    しかし兵站という考え方がほぼ皆無に近かった。

    一方で政府軍の鎮台兵は百姓出身者が大半であり、本当に弱く、戦闘となるとすぐに壊乱してしまう有様でした。
    しかし、山縣有朋の綿密な軍政準備により、予備兵・食糧・弾薬などの後方支援が途切れる事は無かった。

    両者が激突するとどうなるのか。
    短期的には薩摩藩が圧倒的に有利なのですが、戦いが長期的になつてくるとジワリジワリと政府軍が有利になってくる・・・

    古代ローマ帝国とカルタゴのハンニバルの戦いを見るようでした。

    いや、普段の仕事についても同じ事かなと思いまして。

    仕事でも、短期的に物事をガーと進められる人に注目が集まりますけど、さまざまな兵站をキッチリ意識して、長期的に組織的に物事を動かせる人の方が最終的な結果に結びつくのかなと。

    この間、絶好調のアップルの決算発表がありましたが、今のアップルの収益性を支えるサプライチェーンとロジスティクスの仕組みを確立したのは、現アップルCEOのティム・クック氏だとの事。

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    2013年08月29日
  • 翔ぶが如く(十)

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    昨年、司馬遼太郎の「坂の上の雲 全8巻」を読みました。

    坂の上の雲の中ですごく気になったのは、司馬遼太郎が描く薩摩藩型のリーダーシップ。
    ネット上での解説を少し転載します。


    明治時代も終わりに近づいた頃、ある座談会で、明治の人物論が出た。
    ある人が「人間が大きいという点では大山巌が最大だろう」と言ったところ
    「いや、同じ薩摩人だが西郷従道の方が5倍は大きかった」と反論する人があり
    誰もその意見には反対しなかったという。

    ところが、その座で、西郷隆盛を実際に知っている人がいて
    「その従道も、兄の隆盛に較べると月の前の星だった」と言ったので、
    その場の人々は西郷隆盛という人物の巨大さを想像するのに、気が遠くなる思いがしたという。




    西郷従道(つぐみち)は「ウドサァ」である。薩摩藩(鹿児島)の典型的なリーダーの呼ばれ方である。
    本来の語意は「大きい人」とでもいうようなものだ。
    従って、西郷隆盛などは、肉体的にも雄大で、精神的にも巨人であるという点で、
    まさに「ウドサァ」を体現した男であると言えよう。

    薩摩藩型リーダー「ウドサァ」の手法は二つある。まずは最も有能な部下を見つけ
    その者に一切の業務を任せてしまう。
    次に、自分自身が賢者であろうと、それを隠して愚者のおおらかさを演出する。阿呆になりきるのだ。
    そして、業務を任せた有能な部下を信頼し、自分は部下が仕事をしやすいように場を平らげるだけで、後は黙っている。
    万が一部下が失敗するときはさっさと腹を切る覚悟を決める。これがウドサァである。



    日本人はこのリーダーシップのスタイルに対してあまり違和感を持っていないと思う。

    日本の組織のトップはリーダーというよりは殿様なのだ。殿様は知識やスキルではなく人徳で勝負。
    細かいところまで口を出す殿様は
    家老に 「殿!ご乱心を!」とたしなめられてしまう。

    でも、このリーダーシップのスタイルは世界のスタンダードではないと思う。
    世界の卓越したリーダー達で「ウドサァ」みたいなスタイルだった人を私は知らない。
    スキピオ、ジュリアスシーザー、アレキサンダー大王
    ナポレオン、リンカーン ・・・ ビルゲイツもジョブズも孫正義も
    部下に仕事を任せはするが、後は黙っているなんて事は絶対にない。

    古代中国の劉邦と劉備は「ウドサァ」かもしれない。(だから日本で人気がある?)

    私も大きな組織で働いているが
    トップに非常に細かいことまで指示される事を想像すると辟易してしまう。
    そのくせ、「トップの方針が明確でない」みたいなことを言ってみたりもする。 どないやねん!


    1年以上かけて、ようやく全10巻を読破しました。

    いや〜〜長かった。
    面白かったけど、やっぱり長いよ司馬さん。

    「翔ぶが如く」本線のストーリーは、征韓論から西南戦争に至るまでの話なんですが、水滸伝のように、周辺の人物の描写や逸話に入りこんでしまって、本線のストーリーが遅々として進まない。。

    新聞小説の連載だからなのかもしれないが、ふだんノンフィクションの実用書ばかり読んでる身としては、かなりじれったかった。

    本線のストーリーだけ書けば、半分ぐらいの頁数で済むのでは?
    と思ってしまいました。

    [読んで思ったこと1]
    本書を読み「薩摩藩型のリーダーシップ」について理解するという当初の目的は果たせませんでした。
    著者にとっても、西郷隆盛という人物は、スケールが大き過ぎて掴みどころのない存在のようでした。特に征韓論以降の西郷隆盛は、現在の我々からは訳がなかなか理解し辛い事が多いです。

    しかし、リーダーシップとは何かという事について、いろいろと考える事ができました。昨年一年間かけて考えた、私なりのリーダーシップ論は、後日別のエントリで纏めようと思います。

    [読んで思ったこと2]
    西南戦争は、西郷隆盛を担いだ薩摩藩の壮士と、山縣有朋が徴兵して編制した政府軍との戦いでした。

    当時の薩摩藩は古代のスパルタのような軍事教育国家であったため、壮士達は世界最強の兵士とも言える存在でした。
    しかし兵站という考え方がほぼ皆無に近かった。

    一方で政府軍の鎮台兵は百姓出身者が大半であり、本当に弱く、戦闘となるとすぐに壊乱してしまう有様でした。
    しかし、山縣有朋の綿密な軍政準備により、予備兵・食糧・弾薬などの後方支援が途切れる事は無かった。

    両者が激突するとどうなるのか。
    短期的には薩摩藩が圧倒的に有利なのですが、戦いが長期的になつてくるとジワリジワリと政府軍が有利になってくる・・・

    古代ローマ帝国とカルタゴのハンニバルの戦いを見るようでした。

    いや、普段の仕事についても同じ事かなと思いまして。

    仕事でも、短期的に物事をガーと進められる人に注目が集まりますけど、さまざまな兵站をキッチリ意識して、長期的に組織的に物事を動かせる人の方が最終的な結果に結びつくのかなと。

    この間、絶好調のアップルの決算発表がありましたが、今のアップルの収益性を支えるサプライチェーンとロジスティクスの仕組みを確立したのは、現アップルCEOのティム・クック氏だとの事。

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    2013年08月29日
  • ひとびとの跫音 上

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    正岡子規と妹の律そして養子の忠三郎を中心とした伝記。子規の若い頃の情熱、秋山兄弟との心の交流が兄弟の子供たちと忠三郎の世代にも続いていたことが面白く読めました。忠三郎の友人、ぬやまひろし(西沢隆二)ことタカジなどユニークな人材も多く出てきます。

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    2013年08月25日
  • 胡蝶の夢(四)

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    写真が伝来した件は大変興味深かった。
    蘭方医がみた、幕末といったところか。

    伊之助は大村益次郎と重なる部分がある。
    良順にはなかなか感情移入ができないが、伊之助にはできてしまう。
    たぶん作者は伊之助に愛着があるのだろう。

    0
    2015年07月14日
  • 以下、無用のことながら

    Posted by ブクログ

    司馬遼太郎について語るのも何ではありますが、故人を顕彰する文章や弔辞にも趣きと気品がありますな。思わず読んで、観て観たくなります。個人の器の中に溢れんばかりのというか溢れる知識と思想を抱えてた時代の風景を感じます。

    0
    2013年07月31日
  • 翔ぶが如く(二)

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    征韓論に端を発した明治政府政策闘争録。
    著名人が多く出てくるが掴み所のない西郷という巨人を抜きにすると話がスカスカになる。

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    2013年07月30日
  • 胡蝶の夢(一)

    Posted by ブクログ

    松本良順とその弟子、島倉伊之助(司馬 凌海しば りょうかい)、関寛斎など幕末に蘭学を学んだ人々の物語。

    伊之助が面白かった。

    1936年に亡くなった元学習院大学独学教授の司馬亨太郎氏は、司馬凌海の長男だそうです、司馬遼太郎とよみが同じなのは、偶然なんだろうか?

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    2013年07月26日
  • 馬上少年過ぐ

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    馬上少年過ぐ、自ら言ってるところがあまりにもかっこいいじゃないか。

    貂ってなんだろ、
    と。菜の花の沖のロシア描写にもずっとあった、黒貂だったが、まぁ豹の一部に似てるものだと思っていたのだが(つくりがいっしょだし)ウィキってみてびっくり、
    非常にめんこいもんだとは。
    動物園にもいないよなぁ

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    2015年07月14日
  • 風神の門(下)

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    『梟の城』(直木賞受賞)に続く忍者ものですが・・・。やはり前作の方が良いですね。才蔵はともかく、彼を彩る女性陣が今ひとつ。もう少し数を減らして掘り下げた方が良かったと思います。

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    2013年06月11日
  • 新装版 歳月(下)

    Posted by ブクログ

    日本の法制度を整えた人、江藤新平。
    上巻では薩長中心の新政府にかちこみ、初代司法卿まで上り詰め、
    下巻では征韓論で大久保利通と対立し、佐賀の乱の首謀者として晒し首にされるまで。
    まさに、波瀾万丈。

    司馬遼太郎の好みもハッキリわかる。
    どの視点に立つかで全然見方が変わる“幕末明治”の面白さが存分に楽しめると思います。今度は大久保利通側からの本を読んでみよう!

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    2013年06月07日
  • 歴史と視点―私の雑記帖―

    Posted by ブクログ

    前半、戦争、戦車に対する怨念がすごい。
    半分を割いて当時の話をかきつらねる。

    天皇は神である、とは当時も思っていなかったという著者。
    そう思っているのは以外にも、マッカーサーしかり外国人だったという。
    天皇の人間宣言は旗からみれば滑稽だったのかどうか。
    確かに、当時の庶民の考えは後世の人間からすれば、推測すらできないのかもしれない。

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    2015年07月14日