司馬遼太郎のレビュー一覧

  • 故郷忘じがたく候

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    2年ぶりに読んだ司馬遼太郎は、以下、中篇3篇を収録。

    豊臣秀吉による朝鮮出兵の際に祖国から連れてこられた朝鮮の民。彼らが抱く故郷への思いを哀切に描く「故郷忘れじがたく候」。
    明治初年、会津討伐のため奥州に派遣された長州藩士/世良修蔵の悲劇を描く「斬殺」。
    戦国時代、明智光秀の三女にして、細川忠興に嫁いだ明智たま(後の細川ガラシャ)の奇矯な生涯を描く「胡桃に酒」。

    収録の基準はよく分かりません(落穂拾い的?)が、3篇のなかでとりわけ印象に深い作品は「胡桃に酒」。
    なんといっても夫・忠興の嫉妬深いエピソードが過激。たまたまガラシャ夫人と目が合った植木職人の首を“目が合った”というだけで刎ねてしまったり、豊臣秀吉がガラシャを狙っているとの風聞が立つや否や、彼女の部屋の至る所に火薬を仕込み、秀吉が不義を働きに来れば彼女もろとも部屋を吹っ飛ばすことを画策したり…なんと狂人。こんな男と一緒に暮らすとなれば、とてもじゃないが耐えられるものではない…と思いきや、彼女自身の人柄もまた奇態で、時に忠興すら怖れるほど。とはいえ、2人の関係を「胡桃と酒」(=食い合わせの悪いもの)と捉えるように、やはりガラシャにとって忠興の存在は鬱屈の種であったよう。そんなガラシャの壮絶な最期は絶句するしかありませんでした。武士の嫁といえば彼女の行為は潔いのかもしれませんが、それまでの忠興との関係と道のりをみている限り、どうも彼女の心には諦観の思いしかなかったのではないかと愚察してしまうのでした。

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    2015年08月31日
  • 世に棲む日日(三)

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    藩主への忠誠と自分が行おうとしていることの矛盾。そこが特に表現されていたと思う。矛盾した感情の中で、他人に苛立ったりはするが、自分の考えに迷いはないという高杉晋作の人物像を見事に確立させたかと思う。

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    2015年08月29日
  • 新装版 箱根の坂(中)

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    20150827 展開がゆっくりなので少し読み疲れてしまった。この先が本来知りたかったところなので少し疲れをとってから読む事にする。

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    2015年08月27日
  • 新装版 最後の伊賀者

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    書名となっている「最後の伊賀者」の他に六篇の短編がおさめられている。
    始めからの三編は「伊賀者」がテーマであるが、むしろ「伊賀者」がテーマではない最後の三編「天明の絵師」、「盧雪を殺す」、「けろりの道頓」が私的には楽しめた。
    難しい表現も少なくて読みやすい短編集だ。

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    2015年08月26日
  • この国のかたち(二)

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    紋;たしかに 墓には 紋が彫ってある。
    『さがり藤』

    調べてみたら。
    本で多く使用されている家紋のひとつに、藤紋がある。藤は長寿で、繁殖力の強いめでたい植物。この藤をデザイン化したものが「藤紋」。藤紋は日本でもっとも栄えた藤原氏がもちいた紋。藤原氏はもと中臣氏で、中臣(藤原)鎌足が大和に藤原の里を下賜されてからおこり、のとのちまで栄えた氏だ。人々はこの藤原氏にあやかって藤紋を使用するようになったようだ。(丸に下り藤)

    へぇ。驚いた。

    天領と藩領
    税金が違う。四公六民が 天領。紀州藩は 八公二民。
    それは、すごいなぁ。

    金と銀。
    日本が ジパングと言われるには
    金の精製技術にあった。

    13世紀の文章語。
    この考察は おもしろいな。
    日本語らしくなっていくために どうなるのか。

    汚職 があるとは、
    西郷隆盛は なぜ 鹿児島にもどったのか?
    官僚たちの腐敗、汚職にあった。
    『人間虎狼の群』より、逃げ出した。
    汚職は 社会に元気を失わせる。
    そして、物質的にも損害が与えられる。

    職人。
    日本では 重職主義とさえ言われる。

    師承 という 固陋な考え方。
    必要であり、同時に 限界がある。

    市場を 重視したのが 信長、そして秀吉。
    どこから、お金を巻き上げるかと言う思考力。

    GとF
    G  は、ゴッド。
    F は、神学の系統を引き継いだ絶対虚構。
    ドストエフスキーの『罪と罰』カフカ『変身』
    少なくとも、日本の小説は GもFもない。

    このエッセイは なぜか 日本にいらだっている司馬遼太郎が
    透き通って、見える。

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    2015年08月23日
  • 新装版 箱根の坂(上)

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    20150815 興味はあったがなかなか知る機会が無かった。大道の司馬遼太郎で書かれてない訳はなかったのだが。今の所、平坦なストーリー。この後、どう転換するのか?楽しみだ。

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    2015年08月16日
  • 翔ぶが如く(九)

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    ネタバレ

    西南戦争も佳境に入った。会津の山川浩や佐川官兵衛がでてきてテンションUP↑UP↑↑ 西南戦争は戊辰の復讐戦だぁ!



     ちょいちょい日露戦争に繋がる情報が出てくるところが司馬遼太郎。歴史の繋がりを感じる。だから明治維新は面白い。


     さらに、この頃の間違いが繰り返されているなぁと良く感じる。
     太平洋戦争はまさに同じ様相である。兵士の勇猛さに頼っただけの戦略。戦略じゃねぇ。でもこういうセンセーショナルなことの方が人々のハートをキャッチしちゃうんだなぁ。

     次巻、最終巻。長かった…。たのしみ、たのしみ。
     

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    2015年08月13日
  • ペルシャの幻術師

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    『兜率天の巡礼』ではキリスト教の異端として、5世紀東ローマ帝国の首都コンスタンチノーブルを東に逃れる一派についての記載がある。彼らは、ペルシャを経てインドへ入り、インド東岸から陸路で中国沿岸をつたいつつ東海の比奈ノ浦へ流れ着いた。兵庫県赤穂郡比奈ノ浦には大避(ダビデ)神社現存する。仏教よりはやく古代キリスト教が日本に伝わっていた可能性がある。同時期に読んでいた『風の武士』の安羅井国の住人とは日本に住み着いたイスラエル人であった。同時期に読んだ本がリンクしているのが面白い。

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    2015年08月12日
  • 新装版 風の武士(下)

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    物語の終盤になって、やっと面白くなってきた。
    最後の種明かしは楽しめたが、司馬さんの小説にしては、登場人物の人間的魅力がちょっと少なかったように感じる。

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    2015年08月01日
  • 新装版 風の武士(上)

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    伊賀忍者の末裔である貧乏御家人の柘植信吾が、巨万の財宝が秘蔵されている人知れぬ「安羅井国」の謎を解き明かすという内容。
    上巻では、なかなか物語の真意がわからず進行していく。誰が敵で、誰が味方なのか。
    話が大きく動くであろう下巻に期待。

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    2015年08月01日
  • 北斗の人 新装版

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    千葉周作を 骨太に 描く。

    馬面の馬医者を父親 幸右衛門とし、
    千葉周作との 不思議な親子関係が、
    なんとも言えない 味わいがある。
    父親の挫折、そして 母親への愛情があふれ、
    千葉周作への 想いも いいねぇ。

    千葉周作が あまり話さないひとだったという
    状況もありながらも、合理主義的な剣道の指導方法を
    編み出したことに、司馬遼太郎は 高く評価する。

    意味不明の言葉を駆逐して、『瞬息』という
    先んずれば制するという 合理にたどり着いている。
    なぜ、それにたどり着いたのかが、
    良くわからないのが 司馬遼太郎らしい物語の作り方。

    『心気力の一致』

    千葉周作は かなり筆まめだったようだ。
    そして、弟子だけで、3000人を超えるという。
    その合理的な教え方が 評判を呼んだ。

    天下一の剣術使いであろうとしたことで、
    婿養子の道から 逸脱したことになる。
    従順で、あまり決断できないにもかかわらず、
    反逆することで、自分の道を得る。
    62歳で 没する。

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    2015年07月14日
  • 項羽と劉邦(中)

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    ネタバレ

    あらためて劉邦が大きな空虚であることを思った。張良が将権を代行すると、まずいことが多かった。かれが一個の実質であるため、かれに協力する劉邦の幕下の多彩な才能群ともいうべき諸将は張良の意中をいろいろ忖度することに疲れ、結局はその命を持って動くのみで、みずからの能力と判断でうごかなくなってしまう。とくに後方補給と軍政の名人という点で張良以上である蕭何の場合、この幣がいちじるしかった。張良の作戦が正と奇を織り交ぜて複雑になるため、蕭何にすれば補給をどこに送っていいかわからず、結局は悪意でなく怠業状態におちいり、張良が後方の蕭何へ連絡者を走らせて命令と指示を伝えねばならなくなった。このため、張良も疲れ、蕭何も疲れてしまうのである。
    これが劉邦に指揮権がもどると、幕下の者たちは劉邦の空虚をうずめるためにおのおのが判断して劉邦の前後左右でいきいきと動き回り、ときにその動きが矛盾したり、基本戦略に反したりすることがあっても、全軍に無用の疲労を与えない。

    義は、正しさのために自然の人情を超える倫理姿勢をいう。この語感には、後世「外から仮りたもの」という意味が加わっていく。この当時から、すでに「実行上むりはありながら」という意味も詞(ことば)の中にまじっていた。しかし言葉の建前としての意味は、あくまでも正しさ、ということである。但しその正しさは個人の倫理感覚による判断というより衆人がともどもに認めるというたぐいのもので、この時代の場合の語感としては「衆ノ尊厳スル所ハ義ト曰フ」というほどの意味であった。

    「どうも勝手が違うのです」
    片頬の血だけを凍らせたように不快な表情でいった。正直なところ、韓信は巧妙な作戦をたてているつもりだったが、結果はそれを必要とせず、つねにむこうから勝利が勝手にころがりこんでくるようで、あれだけの軍の指揮をしたがったこの男としては、この点、不本意だっただけでなく、自信をうしないかけていた。戦とは自分がかつて考えぬいてきたものとは違うのはないかという、奇妙な恐怖もあった。この恐怖は、自分の才能に対する疑問というべきものだが、本来、勇気とそれと同量の臆病さをかかえこんでいる韓信としては、臆病のほうの内質にその疑問が食い入っていた。(なぜ、こうも勝つのか)ということを、韓信は懸命に考えていた。この経験から韓信はやがて哲理や法則をたぐり出すのだが、ともかくもこのときは劉邦からほめられることさせ物憂く、わずらわしかった。

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    2015年06月30日
  • 空海の風景 下巻 (改版)

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     密教とは何ぞや、現世を否定する釈迦の仏教に対して「現世という実在もその諸現象も宇宙の真理のあらわれである」いうことを密教の創始者は考えた。そして宇宙の真理と交信するために魔術、呪文、マジナイのたぐいを利用した(P104~参照)現世のご利益にあずかる趣旨の神社(土俗)風なものとわたしは思える。この密教が当時の政権に大いに受け入れられる。

     南北朝時代の真言立川流って何、詳しく知りたいかたはググってね(笑 そして何よりもあの有名な、空海が弥勒菩薩とともに下生するといわれた56億7千万年という数字が銀河の一回転(ニネヴェ定数)とかかわりがあるらしい、なにかと謎の多い空海であった。

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    2015年06月21日
  • 以下、無用のことながら

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    ネタバレ

    〝好きやねん〟という言葉が流行っていたころ、見聞きするたびにぞっとしました。ふつう、大のオトナが、女子中学生のような言葉をつかうでしょうか。〝きらいやねん〟というのも、おなじことで、好き・きらいという感覚語をできるだけ抑えて表現するのが、一人前の人間だと思うのです(むろん、人間には好き嫌いがあって、それを抑制するほうがいいということではありません。コトバの問題としてのみ考えてのことです)。

    もしも科学者の全部が、この両極端のどちらかを固執していたとするならば、今日の科学はあり得なかったであろう。デモクリトスの昔はおろか、十九世紀になっても、原子の存在の直接的証明はなかった。それにもかかわらず原子から出発した科学者たちの方が、原子抜きで自然現象を理解しようとした科学者たちより、はるかに深くかつ広い自然認識に到着し得たのである。「実証されていない物事は一切、信じない」という考え方が窮屈すぎることは、科学の歴史に照らせば、明々白々なのである。(「おりにふれて」)

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    2015年06月05日
  • この国のかたち(四)

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    この巻の目玉はなんといっても「統帥権」に関するもの。大正から昭和初期の約30年間、日本は全く別の国になってしまい、近隣諸国に迷惑をかけたばかりか、自国民にも未曾有の災厄をもたらした。なぜそうなってしまったのかの原因の核となるものが軍部の統帥権であるという解説。なぜ日本人があの様な戦争を起こしてしまったのかを考える上で、重要な示唆だと思う。

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    2015年05月09日
  • 風神の門(下)

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    下巻では、いよいよ才蔵と佐助の忍術の出番が多くなります。
    しかしながら、才蔵と佐助の「忍者」というキャラクターの特性に頼るだけではなく、人間模様や、才蔵の伊賀忍者としての硬派さ、佐助の棟梁としての胆力……そのような面でも面白さが溢れています。
    久々に再読してみても、楽しく読める司馬作品でした。

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    2015年04月30日
  • 世に棲む日日(三)

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    淡々と、晋作が長州で暴れ始めるところで終わる。
    何か、どうして長州が暴発したのか、佐幕派、改革派がころころと変わっていった過程が、ほかの書ではあまり見えてこないから、今回の本でだいぶ理解できた。 先の読んだ、花神でもいまいち良くわからなかったが、今既に4巻目。
    最後はどうなる?

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    2015年04月11日
  • 花妖譚

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     司馬遼太郎が小説を発表した1950年(昭和25年)、作者名は福田定一だった。本書は司馬遼太郎への移行する前の記念すべき作品である。

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    2015年04月11日
  • 花神(中)

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    ネタバレ

    大河ドラマになっていたというのは全く知らなかった。

    "表舞台"に登場しない村田蔵六。

    上中下の三巻に渡る物語の内の中巻。
    多少冗長に感じるところもある。

    司馬氏は地の分に普通に自分の考えを入れたり、
    わからないことはわからないと書いたり、憶測を入れたりする。
    それがまた、筆者の文章の独特の魅力にもなっているのだろうと思う。

    武士ではない人間たちが動かした瓦解(明治維新)。
    この時期の長州人の議論は過激なほど支持され、
    過激であるほど内容が空疎であるというのは非常に納得。
    関ヶ原からの因縁を持ち続け、海外への視点が広く、
    徳川を敬う気持ちがないところが長州の特徴だと思う。

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    2015年04月07日
  • 十一番目の志士(下)

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    ネタバレ

    架空の人物天堂晋助を描く。
    いわゆる長州系の人斬りって某漫画のモチーフかもしれないなと思いつつ。でもこちらは高杉系で向こうは桂系とその違いのみ。
    司馬の小説は大体主人公の死でさらっと終わるのだが、本作は違った。人斬りが殺されるのではなく、その後どうしたの?という想像力が掻き立てられるのも某漫画のモチーフかもと思った。

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    2015年07月15日