司馬遼太郎のレビュー一覧
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吉田松陰は育みという扱いで萩に戻され、松下村塾で細々と後進の指導をするが、そうしながら奇を持つ者を探すことが目的であった。しかし、安政の大獄で江戸へと再び呼び戻され、軽信する癖ありと自身が言ったように、取り調べの際に、言わなくていい事まで話してしまい刑は大事となり、処刑される。そこまで読み終わったタイミングでたまたま人形町のスタバにいた不肖は、その先を読み急がずに、伝馬町の十賜公園へと直行し、松蔭処刑の場所まで足を運んで冥福を祈った。
そして、後半、物語の主役は高杉晋作へと交代する。松蔭の意思を次いだ晋作は、幕府の視察団の一員として上海へ渡る。あの日本を震撼させた黒船と同様の蒸気船が、無数に -
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高杉晋作をはじめとする長州志士達がいよいよ歴史の表舞台へと登場する。幕末の雄藩として歴史を飾った長州藩であるが、その内情は事なかれ主義に代表される官僚主義出会った。吉田松陰や高杉晋作などは例外であり、意外ではあるがやはり長州とて日本人の民族的な特質を例外無く持ち会わせていたという事だ。そして、その特質は太平洋戦争へと引き継がれる。
司馬遼太郎の小説で、おりに触れて出てくるこの流れは本書でも同様であった。歴史を通して日本人といものを探り、そしてどうしてあの悲惨な太平洋戦争へと突入していったのか、それは止められなかったのか、ということが著者のライフワークであったのであろう。 -
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幕末の風雲児の一人、高杉晋作がその28年という短い人生を突っ走り、結核で死に付する。最後に残した句は、「おもしろき、こともなき世をおもしろく」だった。「苦と楽を差し引きすれば、浮き世の値僅か三銭」と言った彼は、人生をその三銭の差し引き黒字で死んでいったのであろう。浮き世に未練が無い事が、その日暮らしで命知らずの大胆な行動を可能足らしめたのであろう。また、それは師の吉田松陰による、だれもがその人生に春夏秋冬があり、それは人生の長さできまるものではないという教えが由来になっているのかもしれない。
革命においては、まず第一段階として吉田松陰のような思想家がまず現れそして断罪される。その後、その意思 -
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本書、信長編といいながらも後編からは、物語が明智光秀の視点で展開する。実質的な主人公は光秀であり、本能寺の変へと至るまでの真相を描いている。
光秀は、美濃から落ち延びたあと、牢人のとして各国を歩いた後、自らの天命を足利将軍家の復興にかけることと決意する。そして、蟄居に近い状態であった足利の血を引く義明を擁立するべく、越前朝倉家の客人の身分で奔走する。しかし、凡庸であった朝倉家の当主義景を見限り、当際破竹の勢いであった織田信長を頼る。正当な将軍継承者を頂いた信長は2ヶ月で、京都に上洛し足利義明を征夷大将軍へと祀り上げる。
光秀の天命が成ったかに見えたが、分相応を知らぬ義明は、幕府を開く事を望 -
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木曜島の夜会
司馬作品では歴史紀行物として、ただ題材が近親者の歴史である点が異色ではあるが、明治から昭和にかけての潜水夫の過酷さ、心意気などに興味が湧き、楽しんで読めました。心細い手かがりを手繰り、よくも交通の便が悪い木曜島まで出向きましたね。比較的最近の話なだけに現在が気になるところです。潜水夫たちはダイブを通して単に稼ぎだけではなく海の素晴らしさを感じたのではないか、と思いました。
有隣は悪形にて
大部分は「世に住む日々」とかぶるが、富永有隣の悪辣ぶりに憤懣します。吉田松陰の恩に仇で返す行動に、吉田の処刑の遠因を感じます。
大楽源太郎の生死
この人もろくでもない筋の通らない生き方である -
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大坂での坂本龍馬謁見、そして新撰組のと対峙から始まる下巻。
読み始めて間もなく主人公、天堂晋助は架空の人物だと気づ始めてからは歴史上の人物と多く関わりつつも歴史に関わらない行動をしているのがひどく気になりながら読み進めることとなった。
とはいえ、幕末の長州藩には血気あふれた人物が有名無名含め多数排出された時勢であり、伝えられていないドラマが多数あるのてはと想像する。
加えて、長州藩には有名な人斬りがおらず、土佐の岡田以蔵や薩摩の中村半次郎を模して晋助を作出したのかもしれない。その人斬りたちはほぼ登場しないが。
ネットで天堂晋助を調べると、NHKの大河ドラマ「花神」にも粟屋菊絵とともに登場し、戊 -
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ネタバレ2018今やってる大河ドラマ「西郷どん」での松田翔太演じる徳川慶喜、いや徳川慶喜演じる松田翔太がすごくいいので、徳川慶喜に興味を持ち、一体どんな人物だったのだろう、とこの本を読んでみた。・・今回はせごどんにあまり魅力を感じないので慶喜に目が行っている。
徳川慶喜といえば、中学か小学の歴史の教科書で、章の扉絵に「徳川慶喜は主だった大名を集めて大政奉還をしました。家康が全ての大名を集めたのと違いますね」というような事が載っていたのが一番の印象。・・読んでみれば集めたのは大名ではなく在京の陪臣だった。
司馬遼太郎のこの小説は、将軍になるまでの記述は特に慶喜の人となりを浮かび上がらせるために、