司馬遼太郎のレビュー一覧
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久しぶりに司馬遼太郎の本を読んだ。所々にその時代の背景や考察が書かれていて、やっぱり司馬遼太郎調の文章だなと思った。しかし史実と物語が重なり合っているので全体として史実だと思ってしまうんだな。明から清にかけての流れが分かって面白い。物語ではあるが。清はモンゴルと違って女真なんだなと言う事がよく分かる。その他には2点気になった。一つは皮島での朝鮮人との対話。今の日本人と韓国人との会話みたい。秀吉の朝鮮出兵もあり、今の日韓関係より更に悪かったのかな。中々折り合えない民族なんだなと思った。しかも儒教。朱子学というかやっぱりこれが大きな根っこなのかな、理解が進まない。結局華ではない日本は彼等からすると夷なんだろう。後は最後の方に出てくる日本の武士の習性。普段は集団に埋もれている日本人も戦う時は個だという。この時代くらいまでなんだろうけど。それが中国明や女真との対比で面白かった。
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ネタバレ完結編。
しかし、この夫婦、最後は幸せだったのだろうか。
分不相応にも二十四万石の大名となり、しかも長曾我部の旧臣たちは山内一豊を認めようしない。
ヒステリックなくらい力で弾圧しようとする一豊と、懐柔策を提言する千代。
ふたりの思いは最後まですれ違う。
千代は後悔した。
身に余る褒賞を受け、上手く抵抗を抑える術を持たない夫を見て、鼻白む。
自分の提言を聞く耳すら持たなくなった夫を見て、こんなはずでは…と思う。
この二人には、どうも夫婦の間にある機微が欠けているような気がした。
千代が夫を操作する姿は、過保護な教育ママが息子を操っているように見える。
微塵も尊敬とかないよね。
築城に関しても、本職を差し置いて意見を言うのだけど、直接言うのではなく、伊右衛門の弟に入れ知恵をする小賢しさ。
「女の身で築城のことにまで口を出すなどとはいかがわしうございますから、康豊殿のお考えとして殿に申しあげなさい」だってさ。
しかし折々に顔をのぞかせる司馬遼太郎らしい目線。
「いつの時代、いつの場合でも、人間の十中八九は定見もなく風次第で動く、というのが正直なところ、浮世の姿でござるよ」
「人々の暮らしに希望をもたせる、というのが国主の政治のかなめどころではありませぬか」
何百年たっても、人の世とは変わらぬものよの。 -
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これまでと同様,わたしが読んだのは単行本の方。
高田屋嘉兵衛が,北海道から国後,択捉を回り,その後,幕府の関係者の頼み事を聞いているうちに,何やら,あまり自由が効かない世界へと進んで行く場面だ。苗字帯刀を許されることと引き換えに商売として自由が効かなくなってしまった先輩たちを見てきているのに…。
さて今巻では,伊能忠敬の測量について,結構詳しく解説されている。持ち物や,その大きさの説明もあり,忠敬が、訪れた地域地域で住民に協力を求めなければならかなった理由もなんとなく分かった。そうそう,石川県の生んだ銭屋五兵衛の話題も。
今はなき「火山帯」という言葉だが出てくる。こういう小説の場合には,書き換えるわけにも行かないしなあ。「解説者注」とかで説明するしかないんだろうな。それくらい,歴史的,科学的な事柄がしっかり説明されている小説だわ。 -
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ネタバレ晩年の秀吉の老醜ぶりはともかく、この作品が書かれたころは、多分秀吉が庶民のヒーローだったような気がする。
草履とりから出発して天下を取った秀吉は、頑張れば出世が約束されるような夢と希望のシンボルだっただろう。
だから、司馬遼太郎の家康の書きっぷりの冷淡さは、個人的な好悪なのか時代のせいなのか、よく考えないといけない。
まあ、両方なのだろうと思うけれど。
作者は秀吉の創造力に比べて家康の凡庸さを書くが、秀吉が創造力を発揮したのは、築城の早さと遊びの派手さであって、この国の根幹にかかわる何かを新しく作り出したというのはないのではないか。
それに比べて、織田信長の非凡さに比べると地味だけれど、家康の国造りの元である行政制度の組織改革や法整備、江戸という町のインフラ整備は決して凡庸なものではないと思う。
伊右衛門と千代が豊臣ではなく、徳川につくことを決めたのは、山内家(家臣団も含めて)を任せるに足るのはどちらなのかという判断。
これは決して長期的な視野ではなく、この時点での判断ではあるけれど、それは当時の武士としては当たり前のこと。
豊臣家がそっぽを向かれたのは、ひとえに旧来の家臣を大切にしなかったから、家禄を任せることの安心感を与えなかったからにつきる。
伊右衛門と千代が抜きんでていたのは、外様の誰よりも早く、徳川につくことの旗幟を鮮明にしたことだ。
出来過ぎだなあと思うけれども、多分この辺りは史実に沿っているのだろう。
だから上を見るには賢明な夫婦だったのだと思う。 -
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司馬遼太郎 「 街道をゆく 韓のくに紀行 」 日本人ルーツの旅。加羅→新羅→百済 の地に倭の痕を探している感じ
面白い。韓国紀行が これだけ面白いと、同じく日本人ルーツがテーマとなりそうな モンゴル紀行、北海道、壱岐対馬、沖縄も面白そうな気がする
ホテルのフロントに ぼったくられたときの言葉がうける「朝鮮民族は権力の座につくと、居丈高になる癖がある〜日本人とやや似ている〜これは決して悪徳ではない。癖である」
著者は 「政治的論理の鋭い 韓国の人との対話は困難」としながらも、毅然と日本人としての正論を論じている
「別に好きこのんで日本人に生まれることを選択したわけではない。たまたま日本国籍を持っているだけであり〜過去の日本国の罪悪をすべて背負いこんで、一個の観念像として立っていなければならないのは、どうにも困るのである」
「日帝は三十余年にすぎない〜李朝五百年が朝鮮人の心を停滞させた影響力の方がはるかに大きい〜すべての不幸は日帝がもたらしたとする自分自身の抜け落ちた議論は〜物を生み出すものではない」
「朝鮮にとって、加藤清正と伊藤博文が 盗賊の象徴であることは賛成するが、この2つの象徴だけが日本と朝鮮の関係のすべてではない」
「日本人は議論が下手〜だれかが決めるがままに従って日本史を作り上げてきた〜韓国人は議論が好きで、結局 何も作り出すことができなかった」
本貫の地とは、姓の故郷
金姓の中でも 金海の金、慶州の金などがあり、同地の同姓は娶らず
倭とは 国家概念が生じる前に 朝鮮半島に存在した 古代日本人または古代朝鮮人の集団のこと -
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ネタバレ本能寺の変から、秀次の粛清まで。
相変わらず妻の掌の上で転がされる伊右衛門(山内一豊)。
ガムシャラに戦場を駆け巡るだけで、効率的な戦い方のできない伊右衛門は、千代のアドバイスを受けてもなお、出世がおぼつかない。
千代は神だよね。
未来のことはわからないといいながら、すべてが千代の思い通りに進む。
ただ、伊右衛門がそれを活かせないだけだ。
でも、それが彼の限界なのだとしたら、それを超えろとお尻を叩き続けるのが本当に幸せに続く道なのか。
千代は伊右衛門のことを支えていると思っているのかもしれないけれど、下から支えているというよりも、上から支配しているように見える。
そして私が千代について気に入らないのは、彼女の視界の中には、上の世界と自分達しかいないこと。
日常的な家臣への目配りのようなものがない。
ちょっとしか出てこない北政所はきちんと存在感を示しているのに。
もちろんこれはあくまでも司馬遼太郎が書く千代であって、本当は違うのかもしれない。
でも、後の土佐藩を見ると、やっぱり周囲の人に対する配慮のない夫婦だったのではないかと思う。
偏見だけど。 -
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普段,ほとんど小説を読まない私が,あるラジオ番組(武田鉄矢の今朝の三枚下ろし)に触発されて手に取ってみた司馬遼太郎の作品。わたしが読んでいるのは,文藝春秋社から出ていた昔の単行本(昭和56年発行)である。
本の最後に作者の「あとがき」があったのには,ビックリ。この作品は,小説と言っても,その内容がほとんどノンフィクションっぽいからこそ,作者自らがこういう解説をつけるんだろうな。
文章の中にも,小説の流れの一部ではなくて,わたしたちの学習のために…というような知識の解説が随所にあり,物語を意味が分からないまま,時代背景が分からないまま読んでいくよりもとても分かりやすい。でも,こういう解説もまた,わたしがこれまで読んできた小説にはなかったことなので,司馬遼太郎の作品の特徴なのかもしれない。こうして作品中でいろいろ解説されると,歴史的な知識も増えるだろう。おそらくそういう意味でも,歴史好きな人は司馬さんの作品が好きなのかもなと思った。間違っていたらすんません。
たとえば,本文中に苗字についてのこんな件がある。
苗字という習慣は、平安中期ごろにおこったのであろう。その前に、氏があった。古代の氏族の氏はさておき、平安期になると、京の貴族グループの血縁的なわけ方として源、平、藤原、橘という四つの姓が氏の代表的なものになった。
おなじ藤原氏でも幾つかの本流から多くの分流にわかれたために、その住まいの所在地を呼称することでまぎれないようにした。一條に屋敷をもつ家を一條家というふうにである。近衛、九條、三條、三條西というように呼称された。氏は藤原氏で苗字が近衛というかたちになる。
やがてそれでも分類しきれなくなると、官職の一文字をとって呼称したりする。たとえば藤原氏本流からみると遠い分流の者で加賀介という地方官をつとめた者が一家をたてたとき加藤という苗字がおこり、似たような遠い系譜を称する者が伊勢に住むと伊藤とよばれたりして、その苗字が興る。(単行本のp.230~231)
もうこうなると,小説なのか,歴史解説書なのか分からない。とても勉強になる小説だわ。
あ,小説の内容については,みなさんのレビューをご覧下さいな。 -
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ネタバレ私は山内一豊が好きではない。
なぜなら、幕末の土佐藩の迷走は、山内一豊の器の小ささがその種だったと思っているから。
自分が連れて行った家臣だけを大切にし、元々その地にいた人たちを見下して足蹴にして。
ぼんくらが大名になると、これだからいかんよ、とずっと思ってきた。
この本を読んでわかったのは、本当に山内一豊はぼんくらだったこと。
いや、小説ですが。
功名を立てたい、とやみくもに思うだけで、ほぼほぼ妻の千代の掌で転がされておる。
しかし、千代、いけ好かないです。
世間知らずの温室育ちで嫁いできた割りには、人の心を読んで、状況を掴むのが上手い。
気持ち悪いくらいに。
本心を押し隠して、夫を自分の思うとおりに動かす。
怖い女です。
と、悪口ばかり書きましたが、とっても読みやすいのです。
情景が次々と目に浮かんできて、気がつくとあっという間に読み終えていました。 -
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はじめての街道をゆくシリーズ
話はあちらこちら、場所を変えて、時代を超えて飛んでいくので最初は戸惑ったが、そこにある物語へは引き込まれていきます。
三浦半島に焦点が置かれた本作では、鎌倉時代前後の話、横須賀=明治以降の海軍の話が多いです。
鎌倉時代前後の話
頼朝、北条氏の政治思想の中心にあるものを知りながら、そのおこりから体制強化の流れを捉えることができる。目新しく楽しむことができた。
海軍の話
陸軍と海軍の違いが、これもまた興りから知ることができ、その後太平洋戦争の終結までを新たな視点で捉えることができた。(海軍は明治時代から新しい文化を海外(イギリス)などから取り入れながら急速に作られたものであり、陸軍は旧来の土俗的な文化、仕組みなどが残っているという点。)
違う視点を学ぶことで、目の前にある材料、ここでは歴史は全く違うもので見えてくる。面白いなあと。
知らない話もたくさん出てくるけど、やっぱり大きな話しは面白いし、心躍らされる。
薩長同盟の会談の物語はかっこえーなーって思うし、日露戦争、太平洋戦争の話も面白いなーって。なんでだろ。