司馬遼太郎のレビュー一覧
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指揮官たるものの心得
日本軍とロシア軍のそれぞれの指揮官の気性や能力を通して、軍隊を率いるもの、現代においても組織を率いる経営者などに必要なことが学べる。
日本海軍の山本権兵衛、東郷平八郎、陸軍の大山巌や児玉源太郎とロシアのクロパトキンらの対比が面白い。もちろんロシアにも優れた指揮官はおり、クロパトキンも優秀である。だが優秀なだけでは統帥はできない。
■印象的なシーン
・6艦しかない戦艦のうち2艦を失っても平然としていた東郷平八郎
・黒木軍の勇猛さ
・この時代から根性突撃主義だった陸軍。勝ってしまったために反省せずそのまま大東亜戦争に突入してしまった
→これは高度経済成長期=日露戦争、失われた30年=大東亜戦争と読み替えて、日本企業に当てはめることもできる。。
・正しく情報を得て、正しく認識しないと判断を誤る→乃木軍
・情報は常に最前線でとる。情報化社会の今でも変わらない -
Posted by ブクログ
人質時代から秀吉の台頭まで 家康ブームに乗せられて、何か読みたいと思っていた時出会ったのが、司馬遼太郎のこの本。上巻は人質時代こら秀吉の台頭まで。
「・・・ついでながらこの小集団(三河衆)の性格が、性格が、のちの徳川家の性格になり、三百年間日本を支配したため、日本人そのものの後天的性格にさまざまな影響を残すはめになったのは、奇妙というほかない。」p.11
なるほど、納得。
久しぶりに司馬遼太郎の本を読んで、単なる物語ではなく、ノンフィクションタッチで書かれているのが、彼のの作風だったことを思い出した。
三河の朴訥とした主君と家臣団が、これからどう天下をとっていくか描かれ方が楽しみだ。
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『アームストロング砲』
オーディブルで視聴。ナレーターの磯辺弘さんが個人的に好きなのでテンション上がった。
佐賀藩の藩主・鍋島閑叟は、「葉隠」という代々佐賀藩に伝わる急進的な武士道の心得よりも、近代的な科学技術に重きを置いている。世界を見据えた鍋島は、藩内から若き秀才を集めて欧州の技術を学ばせ、極端な勉学を強いていた。ある時、鍋島は欧州で製造された強力な最新鋭の大砲「アームストロング砲」の噂を聞く。その威力ゆえに暴発が多く、欧州でも実用化に至らない禁忌の武器に強く興味を惹かれた鍋島は、家臣の秀島藤之助に情報を集めるように命じる…
先見の明を持つワンマン藩主鍋島閑叟に酷使されるエリート秀島藤之助の悲劇を描いた社会派サスペンス。幕末の話なのにプロジェクトXっぽい雰囲気が面白い。 -
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▼「峠」(上中下全三巻)、司馬遼太郎。初出1966-1968、新潮文庫。幕末に越後長岡藩の家老として官軍相手に「北越戦争」を演じた河合継之助の話。個人的には数十年ぶりの再読。
▼司馬遼太郎さんの文章は多岐に渡って今でも商品化されていて。代表的な長編小説から短編小説集、いわゆるエッセイから、「歴史地理コンセプトエッセイ」的なもの、それから対談集に講演集…。全部は読めていませんし、再読も楽しい。司馬遼太郎さんの文章を読む、というのは最早個人的にはライフワーク…いや、というか生活習慣になっています(笑)。
▼何かのエッセイ的なものを読んでいて、司馬さんが自作を語る中で「”峠”はけっこう自信作だし好き」みたいなことを書いていたんです。そして電子書籍でセールのときに買っていて読んでいなかった。ので、手に取りました(電子だけど)。
▼発売当初、物凄いベストセラーになったそうですね。面白いですから。なんだけど、幕末に活躍したとはいえローカルな主人公だし、そんなに華々しい活躍無く敗北死してしまう。主人公は割と地味ですね。(竜馬とか西郷とか晋作とかに比すれば)
▼ちょこっと「胡蝶の夢」とか「花神」とかにも似ています。個人的にはどちらも凄く好きな作品。何が似ているかというと主人公が「自分探し的なさまよい方」をしている時間帯が長いこと。河合継之助さんが、言って見れば歴史の現場に躍り出てくるのは、確か中巻の後半からだったような(いや、下巻からだったかも)。それに、河合継之助がじゃあ「何を成したのか」というと、そんなに日本に刻まれるようなスケールのことは、何一つしてないんです。
▼でも、面白い。だから小説としては非常に上手く出来ていると思いました。河合継之助という人物が(厳密に言うと、「司馬遼太郎解釈版:河合継之助」ということですけれど。小説ですから)、変人である。自己完結しているし、平気で矛盾もしている。そして最終的に「長岡藩のために生きる長岡藩の家来」という非常に小さな(こんな長い司馬遼太郎作品の主人公としては、非常に小さい)テーマの中で峻烈に人生を終わらすわけです。
▼その人生の主題への拘り方を、滑稽に愛情豊かに描きます。そして主人公の周りが如何に、もっと大きなうねりの中で流れているかを描きます。それでいて主人公の「大きな流れに入らないもどかしさ」が上手く描かれていて、下巻で彼が「動き始める」ときに、マキノ雅弘のやくざ映画で終盤に高倉健さんが殴り込みにでかけるようなカタルシスがあります。
▼その、自分で設定した人生の主題を完遂する美意識みたいなものが、司馬さんの考える「描いてみたかった”侍”」だったんでしょう。鎌倉時代や戦国時代の”武士”とは異なる、江戸時代を経て幕末~明治の25年間くらい(黒船来航から西南戦争まで)の間、日本史を燦然と(あるいは不気味に)彩った、"サムライ”というのは、知れば知るほど他に例がない気がします。300年の泰平の中で観念的に醸成されてしまった、一種非常に”知的な蛮族”とでも言いますか…(もちろんそれは、所謂”武士階級”の中でも10%くらいだったでしょうけれど)。 -
Posted by ブクログ
実際の人物はどうか分からないが(だからこそ小説でいかようにも書けるのだが)、この上巻では、司馬は豊臣秀吉を人たらしの天才のみならず、相手の人物を瞬時に見抜く洞察力を持ち、また時には命を顧みず突撃する実行力が極めて高い人物として描いている。また所々で天下人としての器があることを示唆している。
この上巻は荒木村重の謀反までであるため(しかも黒田官兵衛が救出されたところまでで戦後処理については書かれていない)、まだ純粋で忠実な信長の家来としての秀吉でしかない(しかし着実に天下人への歩みを進めている)が、下巻で天下を取った後、司馬が人物像をどのように描写するか興味深い。