司馬遼太郎のレビュー一覧
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真の主人公は
上巻より遥かに緊迫度を増した話が続いている下巻である。内務卿大久保利通の政治家ぶり悪人ぶりが見事に描かれている。この作品の主人公は一見 江藤新平のようであるが、真の主人公は大久保利通である。
大久保利通の狙いであった「見せしめとして江藤新平を死刑にして士族の反乱を抑える。」という目的は達成できたのだろうか?この後、士族の反乱は神風連の乱 秋月の乱 萩の乱 と続き、西南戦争へつながってゆくのだが。小説としての魅力はやはり描いている人物の魅力の違いだろうか、「翔ぶが如く」よりは劣ってしまうのはやむを得ない。 -
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ネタバレ秦の始皇帝の死後、宦官の趙高の謀によって蒙恬や始皇帝の長子扶蘇、李斯が死に、始皇帝の末子胡亥が二代皇帝となった。初めて統一された中国は秦の法家思想に馴染まず、陳勝・呉広の乱を皮切りに各地で流民が反乱を起こす。多くの流民の食を確保し、楚の懐王を奉じて力をつけた項梁は、秦の章邯によって定陶で敗死するが、甥の項羽は章邯の先鋒を破り、章邯を降伏させる。しかし秦の降兵20万の反乱を危惧した項羽は、20万の兵をパニックに陥らせ穴に落として虐殺する。
クールな章邯が項羽に尊敬されていると告げられて泣く場面が印象的。劉邦は別働隊として関中に向かっていて、先に関中に入ってしまうのではないかと項羽がヤキモキしているが、これが鴻門の会のあの場面につながっていくのだろうか。
項羽はまだ20代だけれど劉邦は40超えてる。結構歳いってるんだな。 -
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「日本とはどういう国なのか」と司馬さんが、23歳の自分自身に手紙を書くようなエッセイ。
それにはわけが、、、
召集されて軍隊を経験した23歳の司馬さんは、戦争に負け終戦の放送をきいたあと「なんとおろかな国に生れたことか」と思ったのだそう。
「昔はそうではなかったのではないか」鎌倉・室町期や江戸・明治期のころのことをである。
それを小説に書いてきたのでもあった。
そして、昭和の軍人たちが国家そのものを賭けにしたようなことは、昔にはなかったと確信する。
「それではいったいこの国は、どうであったのか」と歴史を紐解きながら「この国のかたち」を探る。
まるで司馬さんの頭の中の引き出しが開かれていくような感じで、話はあちこちに飛びますが、司馬節にあやされて、歴史に詳しくなったような気になること請け合いです。 -
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ネタバレ上巻ではいけ好かない頭でっかち野郎だった河井継之助だけど、中巻になるとちょっと趣が変わる。
「幕府なんてもはや不要。
長岡藩は自立してやっていけるような経済力を身につけねばならない。」
と言っていたかと思うと、
「殿には、忠臣であるという筋を通させてやりたい」(つまり幕府のために忠義を尽くさせたい)
と言い、さらには
「殿がまず死んで見せなければ、藩の意見は一つにならない」
とまで言い出す。
どうしたいのだ、河井継之助。
幕府をあてにせず経済立国を目指すのだったら、さっさと薩長に付けばよかったのだ。
殿の心情を汲んで幕府に忠義を立てるというのなら、もっと早くから薩長の主張の矛盾を突いて論破しておけばよかったのだ。
とりあえず本心を押し殺したまま、藩政改革に乗り出す継之助。
誰にも本心を隠したままだから、すべてを自分一人でこなさなければならない。
船頭が多すぎると船が山に登ってしまうけど、ひとりでできることなんていくら有能な人物にだって限りはある。
身をすり減らしながら藩内外を奔走する継之助の言った言葉。
”「政治とは、本来寒いものだぜ」(中略)「政治をするものは身が寒い」ということに相違ない。わが身をそういう場所に置いておかねば、領民はとてもついて来ないということらしい。”
”理に合わぬ禁令が出ると、ずるいやつが得をする。政治が社会を毒するのはそういう場合だ。”
これは最近のワクチン問題とか、自粛問題とか、思い当たることがいろいろあるなあ。
福澤諭吉との比較
”福澤は乾ききった理性で世の進運をとらえているが、継之助には情緒性がつよい。情緒を、この継之助は士たる者の美しさとして見、人として最も大事なものとしている。”
福澤諭吉については、まあそうだろうと思うけど、上巻の継之助には情緒性はなかったよ。
何だか人物造形にぶれがあるような気がしてならない。
さて、かねてより幕府に近しかった島津斉彬の下で見いだされた西郷隆盛が、どうしてあれほど幕府に対して敵対行動をとるようになったのかがわからなかったのですが、ここに西郷どんの語った言葉が書いてありました。
”日本中を焦土にする覚悟でかからねばならない。天下は灰になり、民は苦しむ、しかしその灰と苦しみのなかからでなければあたらしい国家をつくりあげる力は湧いてこない”
灰と苦しみのなかから新しくつくりあげる。
さすが薩摩の人の言葉だ。
確かに、いい思い出を最後に残して別れた男には未練も残るが、最低最悪のクズ男だと思って別れたら、二度とよりを戻そうとは思わないもんなあ。
でもね、武士はいいよ。
戦うのが仕事だから。
その結果の灰と苦しみも甘んじて受ける覚悟はあるのだろう。
しかし、民衆はただ苦しむだけなのだ。
西郷さんは西南戦争の最後まで、武士の立場でしか動けなかったんだなあ。
「子分がいると、そうなる」と勝先生はおっしゃっていたけれど。