司馬遼太郎のレビュー一覧
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異端の英雄物語であり、幕末明治の歴史噺であり、悶絶のムズキュンラブストーリー。
「花神」(上・中・下)まとめた感想メモ。
司馬遼太郎さんの長編小説。1972年発表。
主人公は大村益次郎(村田蔵六)。
大村益次郎さんは、百姓医者の息子。
百姓医者として勉学するうちに、秀才だったので蘭学、蘭医学を修めているうちに、時代は幕末に。
いつの間にか、蘭学、蘭語の本を日本語に翻訳できる才能が、時代に物凄く求められる季節に。
だんだんと、医学から離れて、蘭語の翻訳から軍事造船などの技術者になっていきます。
大村さんは、長州藩の領民で、幕末に異様な実力主義になった藩の中で、桂小五郎に認められて士分に。 -
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平成29年6月
西郷の征韓論対岩倉、大久保、桂、伊藤の反征韓論
の話。
この時期って難しいよね。
明治維新を成し遂げた、薩摩、長州の幹部級の人たち。この人たちが中心になって明治政府を作り、日本を動かしていくのは、いいけど、幕府を倒すって思想は簡単で、まとまりやすいけど、倒した後のかじ取りってやっぱり、その人その人で考え方が違い、対立が生まれる。しかし、それはそれでその人たちが本気で日本を思っての考えで、答えの分かっていない明治の時では何が正しいのか分からないため、命を懸けて本気で対立する。今の政治とは違うよね~、本気度が。
その中で、今まで対して表だって来なかった伊藤博文が目を出す。
西 -
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江戸時代に、テグスを作る技術が向上した。それで史上初めて、庶民の食事に鮮魚も出るようになった。
などなど、いちいち、衰えない「へー」度の高いエッセイ集。
#以下、本文より
日本国の通弊と言うのは、為政者が手の内、とくに弱点を国民に明かす修辞というか、さらにいえば勇気に乏しいこと。
自己を正確に認識するリアリズムは、ほとんどの場合、自分が手負いになるのです。大変な勇気が要ります。
勝者と言うのは、自分がかつて勝った経験しか思考の基礎にしない。
今、我々の足元を見ると、結局、物を作って売って国を航海させているわけですから、やはりお得意さんが大事という精神、このリアリズムだけが、日本 -
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ネタバレ長幕戦争の防衛から維新の達成に至るまでの歴史の激動部を描いた最終巻。
長州を防衛したあと、長州藩は薩摩と共同し、天子を担いで鳥羽伏見の戦いで幕府と決戦する。
大村始め、戦争勝利は不可能とされていたが、なぜか勝利し、その後の無血開城へと繋がっていく。大村の仕事としては無血開城後の彰義隊との戦いであった。
戦力的にも勝利は難しいとされていたが、緻密な戦術で完全勝利となり、維新は成る事となった。
これだけの功績を納めながら、最後は元々仲間であった過激な攘夷志士の手によって暗殺されてしまう。
いずれにせよ、この花神(花咲か爺さんの意味)は明治という新時代への餞としてうまく言ってると感心しました。 -
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ネタバレ上巻とは売ってかわって、中巻以降では歴史の表舞台へ出てくる。
適塾で蘭学を極めた村田はその語学を買われ、四国の宇和島藩で召し抱えられる事になる。
ここでは時代の要請に従って、砲台の建設、汽船の開発、兵学書の翻訳と医療以外の世界にも従事し始める。そして徐々に世の中から、注目され始めていく。
そんなある日、村田蔵六は長州藩の桂小五郎に見初められ、長州藩の藩士となった。
ここでの仕事は攘夷思想の実現の為、西洋軍隊の拡充および教育であったが、時代の改革期に起こる事態ではあるが長州 と 幕府の戦争。実質的には長州 対 日本の戦争が勃発し、その作戦参謀長として村田改め大村益次郎が出陣した。
この件 -
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何度目かの再読。維新から明治新政府=近代国家成立と、安易に捉えがちだが、西郷の西南戦争ひとつを取っても内戦とは言え新政府は死力を尽くした上の薄氷勝利。廃刀令や版籍奉還・廃藩置県で武士階級を取っ払い、富国強兵の名の下、「中央集権国家」の樹立を目指し、近代国家の象徴とも言うべき「大日本帝国憲法発布」まで、維新から僅か22年。260年間の鎖国から目覚めて以降、にわかに外国語を学び会得した付け焼刃のコミュニケーションで他国の政治・経済・憲法・法律を学び、憲法という国家運営の支柱を創出した。僕はこの一連の行為に日本人として強い誇りを持つ。ゆえに改革を謳う政治家とついつい比較してしまう。時代変われど改革の
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p.45 高杉の自己評価を受けて
「ちょうど酒をまだ入れていない瓢箪のようで、尻の据わりもわるく、またしめくくりも無い。いうならば、江戸っ子がいういわゆるゴロツキ野郎なるものか」と、おもしろおかしく自分を嘲っているが、かといって自己嫌悪でもなく、虚無思想の徒でもなく、また絶望という気分に自己愛の甘美さを見出す男でもなかった。かれには元来、絶望という感覚がなかった。なかったのは、天成なのか、または現実を大肯定する儒教によってその精神を形成していたからか、それとも前途に絶望を感ずるのは知恵のないあほうがみずから掘るおとし穴だと思っていたのか、どうやら後者らしい。かれの当時、絶望という日本語がなかっ -
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ネタバレ大坂の冬の陣・夏の陣を、戦が始まるきっかけから大坂城落城まで描いた歴史小説。
2016年大河ドラマ「真田丸」の予習として読んだ。
主人公は小幡勘兵衛という牢人で、後に軍学者となる人物。彼は、戦の表舞台には立っていないが、徳川方の間諜として豊臣方に入り込んでいた人物であるため、両者を行き来しつつ狂言回しとして物語を進めていく。でも、途中で時々、全く登場しなくなり、誰が主人公だっけ?となることも。司馬小説ではよくあることだけど(いわゆる「余談だが現象」)。
たまに勘兵衛が、恋人お夏のために豊臣方に肩入れして徳川を裏切りそうになり、その場面だけはグッとくるものがあるのだけど、最終的には打算と私利私 -
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ネタバレ大坂の冬の陣・夏の陣を、戦が始まるきっかけから大坂城落城まで描いた歴史小説。
2016年大河ドラマ「真田丸」の予習として読んだ。
主人公は小幡勘兵衛という牢人で、後に軍学者となる人物。彼は、戦の表舞台には立っていないが、徳川方の間諜として豊臣方に入り込んでいた人物であるため、両者を行き来しつつ狂言回しとして物語を進めていく。でも、途中で時々、全く登場しなくなり、誰が主人公だっけ?となることも。司馬小説ではよくあることだけど(いわゆる「余談だが現象」)。
たまに勘兵衛が、恋人お夏のために豊臣方に肩入れして徳川を裏切りそうになり、その場面だけはグッとくるものがあるのだけど、最終的には打算と私利私