司馬遼太郎のレビュー一覧
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「木曜島の夜会」1976「有隣は悪形にて」1972「大楽源太郎の死」1972「小村某覚書」1967の4篇。
分量的にも、なんと言っても読ませるのは「木曜島の夜会」。ほかは、可も無く不可も無く、それ目当てに買うような商品では無い。
1976というともう司馬遼太郎的には「長編小説晩年」とでも言うべき時期で、だいぶ脂の乗ったエンタテイメントでは無く、謎の枯淡の深き味わいとでも言うべき変容を来しています。そのあたりの司馬節が好きな人には、堪らない中編。僕は好き。
オーストラリアに近いところに「木曜島」という小さな島があって。
昔そこで真珠や、貴重な貝が取れた。
1900~1950くらいか?ソレを捕るために、危険な潜水を繰り返す仕事があり、
それがなぜか熊野出身の日本人が多かった。
その仕事のOB?たちの「人々の跫音」とでも言うべき内容。
大昔に、南太平洋の孤島に仕事でしばらく居たことがあって、
なんとなくアンな感じかな、と。
懐かしかった。
祇園精舎の鐘の音、という味わいの小説というか、エッセイというか。 -
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ネタバレ~全巻通してのレビューです~
主人公の西郷隆盛が捉えどころのない茫漠たる人物として描かれているので、読後の感想も何を書こうかといった感じで難しいですね。
西郷は征韓論を言ってた頃はわりとはっきりした人物像でしたが、西南戦争が起こってからは戦闘指揮をするわけでもなく神輿に乗ってるだけでしたから。
司馬先生ももっとはっきりした人物が浮かび上がってくる見込みをもって描かれたのではないでしょうか。
もう一人の主人公ともいうべき大久保利通は一貫して冷徹で寡黙な人物として描かれてます。
台湾出兵後の清との交渉では、大久保の粘り強さと決断力炸裂で面白かったですね。
あとは、やはり最後城山で薩軍が戦死する場面が良かったかな。
テロリスト桐野や狂人のような辺見はずっと見てきてお腹いっぱいに感じてたので、やっと終わるかと。
読んで爽快感が得られる本ではないので、評価はなかなか難しい作品かと思います。
でも、この日本という国を理解するうえでは、読むに欠かせない作品かと思いました。 -
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ネタバレ~全巻通してのレビューです~
冒頭、「長州の人間のことを書きたいと思う。」という書き出しで始まっています。
長州の人間は理屈好き、議論好きということで、尊王攘夷運動にも熱を上げました。
主人公は吉田松陰と高杉晋作です。
どちらかというと吉田松陰の話の方が中身が濃くて面白かったですね。
読むまでは松下村塾の人ということくらいしか知りませんでしたが、後々の長州にこれほど大きく影響を与えた人ということは知りませんでした。
高杉晋作は私の好きな言葉「おもしろき こともなき世を おもしろく」が辞世の句ですが、どちらかというと若い頃に久坂玄瑞と松下村塾に通った頃の話が面白かったです。
他に伊藤博文(俊輔)、井上馨(聞多)、山県有朋(狂介)など後々明治政府で活躍するメンツが登場します。
本当にすごい藩だったんだな、と実感しました。 -
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数年前に読んだ本。
ふと思い出したので目次見つつ投稿。
豊臣秀吉の縁者というのは少なく、多くは義理の繋がりの人間です。小早川秀秋、宇喜多秀家、結城秀康などが世間的に知られている名前でしょうか。
他には北政所などの話も入っています。
司馬殿の考え方はどこか豊臣家に対する愛があるように思います。他の著書の中でもどこか思い遣りを感じました。表現が慮るようなものが多く、それを妨げた人物の行動は痛烈です。
例えば小早川秀秋、彼自体は再評価する動きもありますし、決して暗愚な人物ではないと思います。
ただ、無能レベルまでの表現が使われていたので、おや?と感じました。
ただし、著者の小説ではこのような人物については手厳しく書かれており、読書の心境をわかっているかのような書き方をされています。 -
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江藤新平の生涯 極貧から司法卿まで数奇な運命です。世が世なら貧乏武士で生涯を終えるはずだったのでそれ程悔いのない人生だったのではないでしょうか?この本読むまで江藤新平 佐賀の乱おこした唯の権力欲の強い男かと思ってましたが、筋の通ったなかなかの男だったんだなあ。
この本読んで 明治の初期の混乱期 大久保利通が新国家を作る上で現実を冷静に視て、原理原則にとらわれず、批判を恐れず信念に従って行動したのが江藤新平を通して逆に鮮明に感じられました。幕末の混乱をくぐり抜けた大久保と、佐賀のハズレで活きるのに全力を注ぐことしかできなかった江藤のこれも運命だったんでしょう。
司馬遼太郎を通して幕末から明治の人物像を色々読みましたが、江藤新平も熱い男の一人でした。
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近代史において、特に日清戦争を象徴的に、なぜ、日本は近代化に成功したのか?清を凌駕することができたのか?中国の当時の状況と比較しつつ、考えてみることは興味深い。
当然のことながら、これは長い歴史の中の一過性の状況にあり、そこから両国がどのように変わっていったのかを知ることも重要。
以下抜粋
・日本的なものだろうとわれわれが思っているもので、実は中国がもとだというものがいっぱいあるわけですよ。
政治思想として、よく国粋主義的なことを言う人がいますけど、だいたい朱子学みたいなことでしょう。それ以前にはさかのぼらない。本居宣長を政治思想にしようとしてもなかなかなりにくい。朱子学だったら、南宋の思想ってことになってしまう。
・日本の近代化はうまくいったが、ただ日本の転換が早くできたのは、国の小ささだけではないでしょうね。儒教の影響を薄くしか受けなかった。社会体制として受け入れていなかったということがなんといっても大きいでしょう。
要するに儒教は社会体制だから、近代化するにはそれをはずさなきゃいけない。しかし中国ではそのワクがはずれていない。
つまり、漢民族にとって儒教は自分が編み出した思想でしょう。人民を教えていくだめの思想でしょう。二千年かかって論語ひとつ読んできた。そう簡単にははずすわけにはいかんでしょうな。
日本の場合は儒学的思考を学んできただけですから、上衣と同じで簡単に脱げるわけだ。要するに、儒教よりも漢学的思考法を学んできただけだから、洋学的思考法に変えましょうといったら簡単でね。
この程度ですむから明治維新ができた。ここが日本の歴史と中国の歴史のまったく違うところでもあるといえるでしょうね。
・日本の幕末の進歩主義者というのは蘭医、つまり蘭学をやっていた人ですよ。中国では、西洋の学問をやる医者はなかったですわ。漢方でも効くんだから、よそのことをやる必要はない。
日本で西洋学をやった人はほとんど医者で患者と接して、非常に世俗的なんですね。そこが違うと思うんですよ。
・日本はアジアの一員としてやるか、それとも白人帝国主義の番犬になっていくのか、いまは分かれ道だ。孫文という人は非常に気の優しい人ですから、日本に対して恫喝しているんじゃなく、好意をもって日本の運命はこれで決まるぞといってるんですね。
・中国人の場合はその技術の向こうに西洋的普遍性というものがあると考えた。そして普遍性ならオレとこの方があるぞ、と思ったために百年かかったわけです。日本は蒸気船を見てからたった二年間で作ってしまった。普遍性じゃなくて、道具そのものをね。面じゃなくて点を素早く作ってしまった。いつまでたっても面がわからない。これが日本と中国の違いで、中国は自分の普遍性を持っていたために、近代化に時間がかかった。アラビア人はあと何年かかるかわからない。
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