司馬遼太郎のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
司馬遼太郎が昭和30年に出したサラリーマンについてのエッセイ。当時は福田定一という本名名義だったとか。歴史上の名言を一言上げた後、サラリーマンに関する考察を述べる形式の前半が主。後半に自身が新聞記者になるまでの経緯を同僚・先輩に絡めての話を掲載。後に日本史を中心にした歴史小説の大家になった人だが、出てくる名言はむしろ西洋の名句か当時の近現代のそれらばかり。彼の教養がいかに凄いか驚かされる。またさらにサラリーマンに関する諸考察は2017年現在においても思い当たるものばかりで全く色褪せない。短い彼のサラリーマン生活は苦悩であり、そこから出てきたものだという。そう。サラリーマンは実力のそれより運か運
-
Posted by ブクログ
司馬遼太郎さんの、エッセイ集。
電子書籍で読んだのですが、まず不満があって。それぞれの文章の初出がどこにも明記されていない。
まあ、良いのですけど、やっぱり良くない。気持ち悪い。明記して欲しいなあ、と思います。
#
僕は司馬遼太郎さんは好きなので。
エッセイや旅行記や対談本なども、基本、好きです。
そんなにハズレがありません。
その代わり、もう随分読んでいるので。新鮮味は特にありません。
それでも時折、司馬遼太郎さんの文章というか、言葉が読みたくなります。
#
いろいろな文章が入っていますが、まあ、いちばん印象に残るのは、
司馬さん自身が第二次大戦の末期に陸軍兵、それも戦車の下士官とし -
Posted by ブクログ
西南戦争の終結から、翌年の大久保利通さんの暗殺まで。
大久保さんが殺された翌年に大久保さんの犬だった川路利良(警察にとってはエラい人)も病死していました。
司馬さんの本は小説というよりも研究論文なので、とてもお勉強になりました。
ちゃんと反対意見なども載せているから、それほど偏っているとも思わない。
ただ、この本を読んで西郷隆盛さんって人がますますわからなくなったよ。
確かに討幕のときは大きな仕事をしたんだろうけれど、その後は同郷の仲間ばかりを依怙贔屓して、目の前の自分や仲間に関わる問題にのみ異常にのめり込んで、全体を見ることができない人って感じ。
なんだかんだで大久保さんを筆頭とする元 -
Posted by ブクログ
ネタバレ物語は西南戦争のまっただ中。
激戦の末に田原坂を失い、物資と人員を欠いた薩軍は、それらを潤沢に補給できる政府軍に押され始めました。
この間、西郷隆盛さんは「神輿」であって、薩軍を指揮した様子は全くありません。
西郷さんが指揮をしないでも、優秀な参謀らが何とかしているってならまだしも、基本的にノープランなうえに、全体を見渡せない人が上に立っている。
これはやっぱり、兎狩りで森で転んで、頭を強打してからの西郷さんはおかしかった…って説が正しいのかな?
みんなの命がかかっているのに。
政府では、西郷さんが征韓論で下野した直後と西南戦争の際に大量の警察官を雇用したとは聞いていたけれど、当時の警察は -
Posted by ブクログ
ネタバレ今回は大久保利通さんは、まったく出て来ず。
明治10年2月の西南戦争の状況が描かれていました。
つまり、青竹1本で落とせると思っていた熊本城を攻めて、高瀬で3回官軍と戦って「あれ?なんだか思っていたよりも苦戦じゃん!味方増えないじゃん!」って薩軍が思うところまで。
今のところ、官軍側で飛びぬけてダメダメなのが、乃木希典さん。
長州ってだけで地位を得た人で、やっぱり愚鈍でリーダーには向かない人物として描かれていました。
この巻の乃木さんは、若いとはいえ、命令されたことしかできない視野狭窄人間で、失敗すると後始末よりも前にすぐに死んでおわびをしようとする使えない困ったタイプね。
巻末に熊本 -
Posted by ブクログ
ネタバレ幕末を舞台に暗殺者たちが主人公の物語を集めた短編集。
もちろん小説ではあるのだが、こんなにも暗殺者のエピソードがあるのは驚き。
井伊しかり、龍馬しかり、大久保しかり、幕末の動乱の側には必ず暗殺者が付いて回ることを実感させられる。
筆者は暗殺が人のかざかみにもおけぬほど嫌いと言っているが、だからこそ暗殺者たちのことを良く理解し明らめ描いたのだろうか。
倒幕派、佐幕派、どちらにもそれぞれの言い分、正義がありそれを信じて動いた結果が暗殺という形に現れた訳で仕方のない必要悪とも言えるのかもしれない。
大河のような表舞台の歴史エンターテインメントだけでなく、このような歴史の裏の顔もまた面白いもの -
Posted by ブクログ
ネタバレいよいよ物語は明治10年。
西南戦争の年に入りました。
西郷隆盛さんの暗殺を指示されたと思われる薩摩出身の政府方密偵が複数鹿児島に現れたことや、白中に運搬することを決められている火薬を太政官政府が夜間にこっそりと鹿児島から運び去ったことを引き金に、私学校の一部の後先を考えないタイプが政府の火薬庫を襲撃。
ついに西郷さんも動かざるを得なくなってしまいました。
薩摩藩士はお隣の熊本と違って議論をする文化があまりなく、とにかく勢いのあるヤツ、何かあったら命を顧みずに討って出るタイプが好まれる傾向があったそうだけど、それが結果的には知識のない感情優先タイプを量産したってところがあったように思う。