司馬遼太郎のレビュー一覧
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真田幸村登場から、大阪冬の陣、そして夏の陣に差し掛かるまでの中巻。この巻から読み始めてもあまり違和感なく楽しめそう。
作者が豊臣方の目線で描いていることを差し引いても、家康の上方への謀略とそれに伴う“むごい仕打ち”が凄まじい。既に寿命がつきかけている年齢に達しているとはいえ、跡取りのため、近親のため、徳川100年のための執念。悪名間違いなしの騙し行為を知り、家康を悪い意味で思いを新たにしました。
物語の中で唯一中立的な思考で登場する曲者、小幡勘兵衛の思考も読者目線で興味深いし、幸村の痛快な知略、後藤又兵衛の大らかな言動も人生訓となりそう。
豊臣方の淀殿始め女史共の不甲斐なさと、それぞれの人物像が際立ち史実ではあれ、人物群像劇的な読み物として完成されたストーリです。 -
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ネタバレ長曾我部元親について改めて知ろうと思い再読しました。最初に読んだのが文春文庫の旧版第9刷、1980年の学生時代でした。今更ながら司馬遼太郎は冒頭から面白い!岐阜城下で一番の美人とうわさの菜々が、土佐の元親に輿入れする話は笑ってしまいます。菜々は後に明智光秀の重臣となる斎藤利三の娘(史実は利三の兄、石谷頼辰の義理の妹らしいですが)として生まれ、信長がまだ天下布武に遠く、元親も土佐一国すら切り取り途中の時期に、遠交近攻策の政略結婚に嬉々として嫁ぎます。隣家の光秀が縁談を持ち込み、信長も菜々に立派な嫁入り仕度を指示し、秀吉も祝賀に訪問と役者が揃います。
司馬遼太郎はいつもの様に、長曾我部氏や本拠の岡豊城の名前の由来等の余談も交えて、当時は鬼国と思われた土佐の風土を語って行きます。そして元親は四国を制圧する為に謀略と共に、戦力不足を補うため、農民を兵に組み入れた「一領具足」を積極的に活用します。このことは土佐一国の団結を生み出し、元親もそれを利用します。やがて秀吉との決戦の可否を衆議するときに、一領具足の兵も参加する場面は印象的です。
一領具足は江戸時代には郷士となり、幕末の尊皇攘夷に多くが参加します。
元親は四国の制圧には成功しますが、信長や秀吉など中央の覇者には適いません。毛利との同盟、本能寺の変の後の光秀への加勢、秀吉と家康の対立時に家康への加勢など実現できればと思うと残念です。
夏草の賦、この小説の題名はやはり芭蕉の句より採ったのでしょうか?
魅力に溢れた小説です! -
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ネタバレちょうど坂の上の雲を読んでおり乃木将軍の人となりに
興味を持ったということと、中学の時に国語の教師が明治帝の崩御の際に
殉死した軍人がいたということとその時の描写を授業で語っていたのを
意外と強烈に覚えていたので乃木大将がなぜ殉死(しかも奥さんを伴って)
へと向かったのかを知りたくて読んでみました。
ただ、司馬遼太郎は一貫して乃木希典という人物に批判的なので
坂の上の雲と殉死しか読んでいないのでは司馬フィルターを通してしか
乃木希典という人物を捕らえていないことにはなるのですが
この本自体は様々な人の証言や状況証拠から経緯を追っており
読み応えがありました。
陽明学の流れを組んでの殉死だとは思っていなかったのですが
説得力のある分析だなぁと思いました。
結末は分かっていながらもその悲しい結末へと向かっていく過程を
知りたくて夢中で読み漁ってしまいました。 -
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牢人達が大坂城に集いだすところから、冬の陣が終わって和議が成るまでの話。
上巻に続き政治的な人々の動きが中心に描かれている。
誰がどういうつもりで行動したかが丁寧に書かれており、それらの上で事態が動いて行ったのだというのが分かる。
戦のシーンは映像では見せ場として派手に演出されるが、本作ではむしろさらっと描写されている印象。が、その戦の成り行きもまた、一人一人が様々に考え動いたという視点から見せてくれる。
上巻で主人公役をしていた小幡勘兵衛は、流石に有名な牢人・大名達の前では出番を減らしていた。
意外にも牢人集の中で比較的出番の多かった真田幸村や後藤又兵衛ですら、中心的になるような描き方はされていない。家康が中心と言えば中心になっているのだが、全体的に双方を広く見ていく形が逆に馴染みやすかった。
作中で何度も「家康は悪辣だ・現代では評判が悪い」というようなことが出てくる。確かに義理や道理を無視した行いは目立つし、狸などと言われているのは知っているが、現実の実感としてそういった意識は無かった。なので、そういうものなのだろうか?と再確認するような気持で感覚を無理矢理合わせにいっている。
作者が家康を悪人に仕立てたいという訳では無かろうと思うので、となるとこれが書かれた当時家康はそんなにも評判が悪かったのだろうか…(笑) -
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ネタバレ時刻が、移った。
会議はまとまりがなく、だらだらとつづいている。
継之助はもう、議事の進行に興味をうしない、柱にもたれ、煙管のやにをとったり、ふかしたりしている。
そのうち会津藩の秋月悌次郎がやってきて、
「どうもあれだな、これはまとまらない」
と、小声でこぼした。
継之助はぷっと一服吹き、
「まとまらないんじゃないんだ。どの藩もはじめから意見などもっていないのだ」
といった。
たしかに内実はそうらしい。しかし会津藩としてはどうしても抗戦へまとめてゆきたいという願望がある。
「そのように言われちゃ、実も蓋もない。かれらはこのように集まってきている。集まってきているということ自体、大いなる情熱のある証拠だとみたい」
(情熱だろうか)
継之助は、くびをひねり、すぐ、
「韋軒先生」
と、秋月を雅号でよんだ。
「水をかけるようでわるいが、それは甘い。かれらはたがいに他藩の顔色を見るためにきているのだ。他藩はどうするか、それによって自藩のゆき方を考えようとしている。要するに顔色を見合うための会合だ」
「そうだろうか」
秋月は白皙の顔に、苦渋をうかべた。それではこまる。官軍はこの会議のあいだも、刻々と江戸にせまろうとしているのである。
「とにかく意見がこうもまとまらないと」
と、秋月がなにか言おうとしたが、継之助は言葉を奪い、
「意見じゃないんだ、覚悟だよ、これは。官軍に抗して起つか起たぬか。起って箱根で死ぬ。箱根とはかぎらぬ、節義のために欣然屍を戦野に曝すかどうか、そういう覚悟の問題であり、それがきまってから政略、戦略が出てくる。政略や戦略は枝葉のことだ。覚悟だぜ」
「そう、覚悟だ」
「それが、どの藩のどの面をみてもきまっていない。これじゃ百日会議をやってもきまらない」
「どうすればよい」
「覚悟というのはつねに孤りぼっちな者で、本来、他の人間に強制できないものだ。まして一つの藩が他の藩に強制できることはできない」
「強制じゃない」
「ことばはどうでもいい。要するにてめえの覚悟を他の者ももつとおもって、そういう勘定で事をなすととんでもないことになる」
「そうだろうか」
「史書をみればわかる。韋軒先生ほどのひとがそれがわからないというのは、一個の希望が働いているからだ。事をなすときには、希望を含んだ考えをもってはいけない」
継之助は煙管に莨を詰めた。 -
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ネタバレ顔を少しあげ、谷の向こうの天を見つづけている。吉沢の存在を無視していた。この男の知的宗旨である陽明学の学癖のせいか、つねに他人を無視し、自分の心をのみ対話の相手にえらぶ。たとえば陽明学にあっては、山中の賊は破りやすく心中の賊はやぶりがたし、という。継之助はたとえ山中で賊に出遭うことがあっても、賊の出現によって反応するわが心のうごきのみを注視し、ついでその心の命ずるところに耳を傾け、即座にその命令に従い、身を行動に移す。賊という客体そのものは、継之助にあっては単なる自然物にすぎない。
吉沢の存在も、自然物である。いわば、そのあたりの樹木や岩とかわらない。
眼前に難路がある。これも、継之助の思考方法からみれば山中の賊であろう。継之助は、難路そのものよりも、難路から反応した自分の心の動揺を観察し、それをさらにしずめ、静まったところで心の命令をきく。
(その心を、仕立てあげにゆくのが、おれの諸国遊歴の目的である)
武士にとって最高のモラルはいさぎよさということであり、この道徳美は自分が武士であるかぎりまもらねばならぬ。この場合、家や家禄やわが身のいのちを目方にはかって行動をきめるようでは武士が立たず、その原則から考えれば、ぬく手もみせず肥かつぎの首をはねるべきであろう。
が、そうもいかぬ。別に、それとおなじ重さの原則がある。百姓のいのちということである。当然、人間の本然のあわれみという惻隠の情というのがおこるべきであり、この情こそ仁の基本であると儒教はおしえている。武士の廉潔をまもるか、惻隠の情という人間倫理の原理にしたがうべきか、その両原則がたがいに相容れぬ矛盾としてそそりたっているだけに、この場合の判断が容易にできぬ。
「人間万事、いざ行動しようとすれば、この種の矛盾がむらがえるように前後左右にとりかこんでくる。大は天下の事から、小は嫁姑の事にいたるまですべてこの矛盾にみちている。その矛盾に、即決対処できる人間になるのが、おれの学問の道だ」
と、継之助はいった。即決対処できるには自分自身の原則をつくりださねばならない。その原則さえあれば、原則に照らして矛盾の解決ができる。原則をさがすことこそ、おれの学問の道だ、と継之助はいう。それが、まだみつからぬ。
「だから、おれには、たとえ汚物をかけられても、斬るべきか、生かすべきか、まだわからぬ」
説明が、むずかしい。
継之助はかれ自身、自分を知識主義ではないとおもっている。
――知識など、生き方のなんの足しにもならない。
という側の信者であった。漢学を学ぶにあたっても万巻の書を読もうとせず、博覧強記を目標ともしなかった。知れば知るほど人間の行動欲や行動の純粋が衰弱する、という信条をもっている。どの藩にもいるあの知識のばけもののような儒者どもをみよ、と継之助は平素おもっている。それら、行動精神のない知識主義者をこの男は、
――腐儒
とよんでいた。
継之助の知りたいことは、ただひとつであった。原理であった。
歴史や世界はどのような原理でうごいている。自分はこの世にどう存在すればよいか。どう生きればよいか。
それを知りたい。知るにはさまざまの古いこと、あたらしいこと、新奇なもの、わが好みに逆くもの、などに身を挺して触れあわねばならぬであろう。だからスイス人の招待を承諾した。
「いったい、なぜ」
と、継之助はことばをあらため、話題をするどくした。和泉式部はなぜそのように男遍歴をしたのか、ということであった。なぜか、なぜだろう、というのは、この男の思考癖である。ちょっと幼児のようだ。
これには織部は当惑した。
「なぜ……?」
と、つぶやいた。こまるな、とおもった。そうきまじめにひらきなおられてはこまるのである。和泉式部は男が好きでたまらない、それだけのことではないか。なぜもなにもないであろう。
「なにか、やむにやまれぬわけがあったのでありましょうな」
継之助は自分のいまの遍歴におもいあわせているのである。
むろんこの男は式部について勘違いをしている。和泉式部はあの歌――暗いところから暗いところへゆく人間のはかなさをせめては照らしてくれ山の端の月――という意味の歌を、ひどく深味のある厭世哲学のあらわれかとおもい、その根源を知りたいとおもった。
が、織部はこまった。この種の厭世趣味は平安朝の貴族たちのいわば美的生活の塩味のようなものであり、それほどめくじらを立てて考えこむほどのものではない。
――式部は王朝貴族のたれもがそうであったように享楽主義でした。
という意味のことを織部はいった。現世を謳歌し、性のたのしみを香しいものとして嘆美するためには厭世主義――いのちはこの世だけのもの、楽しまばや――という、いわば慢性のやけっぱち精神がうらうちされていなければ享楽が美しさと輝きをおびて来ない、式部の場合もそういうことではなかったでしょうか、と織部は小くびをひねりながらいった。
「おのれの好むところのみをおこない、好まざるところをおこなわず、ひたすらに避ける、という河井氏の態度や生き方はどうでありましょう」
「人の一生はみじかいのだ。おのれの好まざるところを我慢して下手に地を這いずりまわるよりも、おのれの好むところを磨き、のばす、そのことのほうがはるかに大事だ」
「怠け者の耳に入りやすいお言葉ですな。それでは、良薬ハ口ニニガシ、とか、艱難ナンジヲ玉ニス、という諺はどうなります」
「貴公は、諺で生きているのか」
と、継之助はふしぎそうに相手の顔をながめた。そういう人間の単純さのほうに興味をもったらしい。
「いくつくらいの諺を、頭にのせて生きている。二十ほどか。それとも百もあれば安心するのか」
「ばかな」
相手は怒りだした。しかし継之助はしゃらりとした顔で、
「諺なんざ、死物だぜ。世界中の諺を万とあつめたところで、どうにもならぬ」
「話は百姓仕事のことです。諺のことではありませぬ。なぜ先生の開墾を手伝われませぬ。それでは方谷先生を愚弄していることになる。――いったい」
と、若い内弟子はひらきなおった。
「河井氏は方谷先生を尊敬なさっているのでありますか」
「あたりまえだ。尊敬もせずにはるばる越後から来れるか。しかしながら尊敬するのあまり、おれのきらいな百姓仕事まで手伝うとなれば、これはおべっかさ。尊敬はあくまで醇乎たるべきものであり、おべっかがまじっては相成らぬ」
ちなみに、日本人はずいぶんの昔から身につけている思考癖は、
「真実はつねに二つ以上ある」
というものであった、これは知識人であればあるほどはなはだしい。
たとえば、
「幕府という存在も正しくかつ価値があるが、朝廷という存在も正しくかつ価値がある」
そういう考え方である。神も尊いが仏も尊い。孔子孟子も劣らず尊い。花は紅、柳はみどりであり、すべてその姿はまちまちだがその存在なりに価値がある、というものであった。
一神教を信じている西洋人ならばこれをふしぎとするであろう。かれらにすれば神は絶対に一つであり、自然、真理も真実も一つでなければならない。
が、日本人は未開のころから、山にも谷にも川にも無数の神をもっていた。どの神もそれぞれ真実であったが、そこへ仏教が渡来して尊崇すべき対象がいよいよふえた。さらに儒教がそれにくわわり、両手にあまるほど無数の真実をかかえこみ、べつにそれをふしぎとしなかった。
しかも無数の矛盾を統一する思想が鎌倉時代にあらわれた。禅であった。
禅は、それらの諸真実を色(現象)として観、それらの矛盾は「それはそれで存在していい」とし、すべてそれらは最終の大真理である「空」に参加するための門であるにすぎない、だから意に介する必要はない、とした。
右は物の考え方のうえでのことだが、現実の暮らしのなかでも日本人は多神教的な気楽さとあいまいさを持ってきた。
たとえば幕府や諸藩の役職は、かならず同一職種に二人以上がつく。江戸の施政長官である町奉行は南北二人存在し、二人が交代で勤務する。大阪の町奉行も東西二人であった。すべてが二人以上であり、その点で責任の所在がどこかでぼやかされていた。
公務のための使者というのもつねに二人であり、二人でゆく。このため、幕末にオランダに留学した幕府の秀才たちは、むこうで子供からさえ軽蔑された。
「日本人はいつも二人で歩く」
それがよほどめずらしかったのであろう。そういうからかいの唄まで出来、子供たちは日本人のあとからついてきて囃したてた。
が、継之助はこの点で異風であった。
「御老中にお就きあそばすことは長岡藩の自滅を意味します。断乎、なりませぬ」
と、殿様の忠恭に説きつづけるのである。
忠恭は最初、
(へんなやつだ)
とおもっていたが、次第に接触するにつれてその論旨が高層建築のように土台があり、力学があり、層々として組まれていてもゆるがないものであることを知り、その「断言」に惚れるようになった。ついで継之助のことばの絶対的な響きに一種の信仰を感ずるようになり、
(他の者はあいまいである。継之助は頼りになる)
と思い始めた。 -
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2巻の筋は、なんと西郷の征韓論をめぐり逡巡する人物達を描くのみで少しも進んでいない。故にあまり楽しめる内容ではないが、それでも興味をもって読み進める。
作者が、物語というより、維新後に活躍した人物像をその行動を元に推察した歴史と人物研究の書という体です。
歴史を動かした人物とて、思想の微妙な違いでの好悪により派閥が出来、暗殺等手荒で確実な方法を望んだり、武力で脅す強硬派や温厚で協和を好み時間をかけて和をなす穏健派が出来、今の政治情勢と何ら変わらないものが根底にあると思う。
作者の緻密な取材とそれを元に人物像をその背景と照らし合わせて作り上げ、表現していく粘り強さにあらためて敬服する。
以下
登場人物のごく一部です。
長州藩
木戸孝允
井上馨
山県有朋
大村益次郎
伊藤博文(木戸孝允と反目)
福沢諭吉
薩摩藩
西郷隆盛
西郷従道
大久保利通
大山巌
東郷平八郎
島津久光
桐野利秋
篠原
村田(試作銃)
川路利良(としよし)
高崎正風(生麦事件、和歌)
岩倉具視(公卿) -
ネタバレ 購入済み
長編にならなかった伊達政宗
司馬遼太郎が短編の筆を折ったのは、作家デビューして10年が過ぎたころ-その後3編の例外はある-、同じころに「街道をゆく」が始まる。『馬上少年過ぐ』に収められた7編のうちの4編はそうした昭和43年から45年に書かれた。残りの3編は、同じ新潮社から以前に出た『鬼謀の人』からの転載である。
短編集の表題となった『馬上少年過ぐ』は隻眼の武将伊達政宗の晩年の漢詩の第一句から取られた。司馬は政宗を詞藻の豊かな武人と言いながら、その凄絶な生い立ちを語っている。それは24歳の政宗が実弟の小次郎を刺殺するところで途切れ、死の前年の歌の「千々に心のくだけぬるかな」に寓意があるとして締めくくった。
ところが、司馬の言いたいことはむしろ文庫本のあとがきに表れているように思える。四国の宇和島伊達家の庭園「天赦園」の名が政宗の漢詩に由来することが政宗に対する関心の発端であるという。しかしながら、政宗を主人公とする長編を執筆するに至らなかったのは「政宗の生涯は、悪謀と譎詐、華やかながらも見えすいた自己演出に満ちている」という評から察することができよう。
ともかくも司馬が示した「独眼竜」などのイメージとは遠いところの政宗像は一読の価値はあるのではないだろうか。
ほかの短編も人物伝というものが多く、それらを盛るのに『街道をゆく』のような媒体に移行していったことが自然な成りゆきだったと考えさせられた。
『貂の皮』の脇坂甚内も『重庵の転々』の山田重庵も奇体なところをもつ者として司馬作品らしいユーモラスな味わいに描かれている。
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Posted by ブクログ
歴史は倫理ではなく感情の結果として成るという形容のままに、維新前後に現れた天才達の心理描写を深く描いている。
坂の上の雲でも描かれた郷土意識なくして明治時代は語れないようです。
主な登場人物を整理して読むと理解しやすい。
〈備前佐賀〉
江藤新平
大隈重信
大木
〈薩摩〉
大久保利通(日本最大の策士)
東郷平八郎
島津斉彬
島津久光(保守主義)
川路利良(警視総監)
〈公卿〉
岩倉具視
三条実美(さねとみ)、新国家の首相
〈土佐〉
板垣退助
坂本龍馬(既に死せる)
〈長州〉
木戸孝允(たかよし、桂小五郎)
井上馨(かおる)
山県有朋
大村益次郎(首相、暗殺)
高杉晋作(既に死せる)
伊藤博文
副島種臣
桐野利秋(陸軍少将)
氏の作品らしく、その他多くの人物が登場して知的好奇心を十分に満たしてくれ、この時代に大いに興味を掻き立てられる。
しかしこの流れで10巻もあるなんて、しかも維新成立後からの物語とは。。