司馬遼太郎のレビュー一覧

  • この国のかたち(六)

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    …巨星、堕つ。1996年2月12日、十年間続いた『文藝春秋』の巻頭随筆「この国のかたち」は、筆者の死をもって未完のまま終わることになった。…

    電車に乗って「さぁ最後の完だぞ!」と本書を手にとった瞬間に飛び込んできた文字列。裏表紙に記載されていた。とてもショックだった。司馬さんが亡くなられていたのは知っていたが、この本が絶筆になっていたとは…とても悲しくなった。呆然とした。なぜだか…

    1996年2月といえばわたしが役人を辞めて一年ほどフラフラして退職金を使い果たしてやっと仕事を始めた頃であった。それから18年。全く何をやっていたのか?ただ、生きてきた。ずいぶん思い悩んだが、まぁそれでよかった

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    2014年10月11日
  • この国のかたち(五)

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    神道や宋学についてまとめて書いてある。なので思想というものについて考えさせられた。
    宋学は宋の時代漢民族が自分は文明人(華)で、北方の異民族(蛮)に圧倒されて屈折した気分を何とか晴らしたいと考えだされた考えだったようだ。ものの考え方としては悪くはないだろう。どうせ考えるのなら気分が良くなるように考えたらいいと思うからだ。しかし、実態に合わない考え方をすると虚しい空論になる。頭の中だけが満足して生活は苦しくなる一方だから、当然滅びる。

    思想というものは気分から始まるのかもしれない。生きづらいと感じている気分をどうにかこうにか「いやこれでいいじゃないか!」にひっくり返すためになされる大変な営為な

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    2014年10月08日
  • 翔ぶが如く(二)

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    ネタバレ

    征韓論前夜の一部始終の歴史物語。西郷隆盛がモンモンモンモン…悶々悶々悶々悶々…ひとりで…。


     魚釣りに出かけてる。

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    p20  尺度は人の業
     人間の相克は、利害にもよる。しかし尺寸にもよる。人間の不幸は、人によって尺度の大小異なっていることである。

    p22  西郷の尺度
     西郷は征韓論という言葉を使ったことはない。遣韓論という言葉を常用した。あくまで西郷は使節として話し合いに行く。ただ、和解は無理な協議だから、自分の死を以て日本の、ひいてはアジアのために列強に対抗するアジアの連携を達成しようと考えていた。

    p24  西郷は好戦的か嫌戦的か
     「誰が戦を好むものか」⇔「道

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    2014年10月07日
  • この国のかたち(四)

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    司馬さんは日露戦争に勝ったあたりから日本人がリアリズムを失って地に足がつかなくなり、幻想に縋って生き延びようとし始めたから、国が滅んだとおっしゃる。しかも、夏目漱石は「三四郎」なかで三十有余年前にそれを予言していたと…

    わたしが、社会に出て悩んだことの一つに、自分の給料や仕事のリアリティーを感じるのが難しいということがあった。「こんなんで生きていていいのだろうか?」ずっとそう思っていて、今でもそう考えることがある。もしかすると、いまでもほとんどの日本人は幻想に縋って生きているのではないだろうか。リアリティーは脳が創るものだから、それも当たり前といえば当たり前かもしれないけど…あまりにも浮つい

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    2014年10月04日
  • この国のかたち(三)

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    どんどん面白くなっている。とまらない!もっともっとと読みたくなる。
    多分、司馬さんの文章を読み慣れてきたせいだとは思う。しかし、それにしてもわたしはものを知らない。特に字を識らない…とは言いながらもズンズン読んでいこう!

    昔の偉い人がたくさん出てくる。偉い人ってほんっとすごい!例えば東京帝国大学の土木工学の初代日本人教授だった古市公威という方なんかはとんでもない勢いで勉強されたみたいである。留学先のフランスでそのあまりの勉強ぶりに下宿の女主人があきれて、“公威、体をこわしますよ”と忠告すると、「わたしが一日休めば、日本は一日遅れるのです。」と言ったそうである。全開フルスロットルで生きていたの

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    2014年10月02日
  • この国のかたち(四)

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     歴史的事実の本質とは何か、明治維新など・・・一般的な解釈を検証しつつ司馬遼太郎の独特な視点で示してくれる。

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    2014年10月01日
  • この国のかたち(二)

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    やはり、読後に中身が思い出せないが読んでいる時は大変興味深い。どこかに残っているといいな。
    あっ!フランシスコ・ザビエルがバスク人だったというのを今思い出した。そんなことも書いてある本。
    そういう意味では縦横無尽が鍛えられる本でしょう。達人は融通無碍か?凡人には縋る縁が捉えられず記憶に留められない。係留できる私の脳内の体系が狭すぎるため。

    Mahalo

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    2014年09月28日
  • 街道をゆく 40

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    50年間日本に実行支配されたにも関わらず、台湾には親日家が多いのは何故なのか。という素朴な疑問があり手に取った一冊。

    大きな歴史的な流れはもちろん、ミクロな視点で台湾の歴史が、人々の言葉を通して語られているのが印象的だった。

    面白いのは、この紀行文が連載された当時、台湾はまさに歴史的な局面を迎えていたことで、巻末の当時の国家元首李登輝氏との対談もとても興味深い内容だった。

    司馬さんが、好意的な印象で綴る人物像は、読んでいて気持ちが良い。

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    2014年09月28日
  • 菜の花の沖(一)

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    2014.9.27
    高田屋嘉兵衛。爽やかな主人公。権力で圧迫感のある陸とは異なる、自由な海。権力構造から抜け出し、自由な海を舞台に、嘉兵衛が成長していく。
    司馬遼太郎が描写する青年の恋模様は、秀逸だね。淡い青春という感じがします。

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    2014年09月27日
  • この国のかたち(五)

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    ネタバレ

    オケラもカエルもアメンボもそしてヒトも等しく生き物である。しかし歴史の中に生まれてくるのは人しかない。だから先生は歴史を書く。


     歴史というのは人間特有の文化なんだな。言語を持つ生き物だから、時間を超えた人間同士の交流ができる。司馬先生は未来の人と繋がるべく、歴史を書いている。そう悟った。

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    p16  八幡神社
     八幡神社は大分の宇佐に総本社がある。祀る八幡神は自然と一体になった日本の神と一風変わっている。巫女に憑依し託宣し、人間の世に口出ししてくる。八幡神は朝鮮から渡来した秦氏の住む地で祀られた。
     八幡神は仏教が日本に流行ると「私は昔インドの神だった。今は日本の神をやって

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    2014年09月23日
  • 豊臣家の人々 新装版

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    源頼朝、足利尊氏らは源氏の宗主であり、それぞれに鎌倉、室町幕府を開く。幕府を開くためには征夷大将軍でなければならない。しかし、源氏でなければ征夷大将軍は宣下されないのだ。秀吉は源氏の姓を得ようし、足利義昭に乞うてその養子になろうとしたが承知されない。なので、秀吉は人臣最高の職である関白という資格をもって天下を治めようとした。関白は藤原氏でなければならないという。秀吉は近衛家の養子になり藤原秀吉を名乗ることで無事に関白の資格を得るに至る。

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    2014年09月19日
  • 新装版 播磨灘物語(4)

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    以前読んだ記憶があったが、どうも勘違いだったようだ。中国大返し以降の叙述が簡素になっていくのが、大河ドラマとの違いかな。本作品とは関係ないが、徳川家康役の寺尾聰が腹黒そうで好き。ルビーの指環歌ってたんだよなぁ。

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    2014年09月17日
  • 新装版 播磨灘物語(4)

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    前半に官兵衛の人となりを記述するのに筆を多く使ったためか、それとも秀吉の寵愛を受けている時がピークだからなのか、山崎の戦い以後がかなり短くまとめられている。

    それ以後もドラマは多く、宇都宮氏との戦いや、関ヶ原前後の動きなど、書くべきところはかなりあるはず。司馬遼太郎の官兵衛像からはみ出る部分が多いからかとも思えるが、それも含めた人物の解釈をしてほしかったところ。

    ただ、やはり司馬遼太郎が書く官兵衛は魅力的。

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    2014年09月14日
  • 新装版 播磨灘物語(4)

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    中国大返しの後、秀吉が天下を取った後は、官兵衛の人生のピークを過ぎたのだろう、以後はごく短く書かれている。
    官兵衛の交渉、秀吉との関係、等非常に面白かった。サラリーマンと代わりないんだなと。
    作者が言う通り、とてもいい男でした。

    読んだあと、小早川隆景が印象に残っている。
    あの戦国時代、中国を守るため、拡大方針はとらなかった。それを金科玉条とした。もし、昭和に彼が政治家としていたら?

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    2014年12月24日
  • 新装版 軍師二人

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    後藤又兵衛と黒田長政って敵対したんだな。。大河ドラマ見てると仲良いのに。これからわかるか。楽しみだ。
    真田幸村より又兵衛のほうが軍略に優れている書かれぶりは初めてでした。あとは短編の中に女性物が複数。

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    2014年09月03日
  • この国のかたち(四)

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    ネタバレ

    親の昔の写真を見ると、少なからず驚きがある。予想できるだろうに「かたち」が違うと驚く。この国にも昔のカタチがある。同じような驚きがきっとある。

     そういえばプラトンのイデアも「形」が語源だったな。

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    p21  足利幕府の無能
     足利幕府は235年も続いたが、先代の鎌倉幕府のような威厳もなく、後代の江戸幕府のように巨大な行政機構も財力もなかった。義満の全盛期も金閣寺を作ったくらい。領国統治なんてしないし、だから地侍衆が力を持つようになる。それでいて文化や農業は最高の発展を遂げ、現代の日本の原型になっている。


    p45  士農工商は中国語源
     紀元前の中国に「士農工商」という四民の

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    2014年09月03日
  • 新装版 播磨灘物語(4)

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    司馬遼太郎は黒田官兵衛が好きだから播磨灘物語を描いたとあとがきで書かれているがこの作品の中では官兵衛を少し軽視している描き方だなと感じた。官兵衛が中心に行ったとされる備中高松城の水攻めや中国大返しなどは秀吉の案として描かれている。真実はどうにせよ個人的にはそういったエピソードが読みたかった。黒田官兵衛が好きなだけにこういった見方でも描けるのかとも思いました。

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    2014年08月27日
  • 花妖譚

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    【本の内容】
    清の八十翁・松齢の庭に突如咲いた一茎の黒い花。

    不吉の前兆を断たんとしたその時に現われたのは(黒色の牡丹)。

    人間稼業から脱し、仙人として生きる修行を続ける小角がついに到達した夢幻の世界とは(睡蓮)。

    作家「司馬遼太郎」となる前の新聞記者時代に書かれた、妖しくて物悲しい、花にまつわる十篇の幻想小説。

    [ 目次 ]


    [ POP ]
    本の帯に<幻の初期短篇、初の文庫化!>とあるが、文春文庫が、司馬作品を「幻」と銘打って出すのは初めてではない。

    2001年刊の『ペルシャの幻術師』は<幻のデビュー作>、03年刊の『大盗禅師』は<幻の司馬文学、復刊!>。

    「幻」をうたうこと

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    2014年08月24日
  • 花神(中)

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    大村益次郎を主人公にした司馬遼太郎の小説。全3巻の2巻目で、長州藩に取り立てられて医学から軍事の仕事をするようになり、幕長戦争では指揮官として活躍していく。
    百姓だった主人公が自分の技術によって出世していく様は、現代のサラリーマンにも重なる部分を感じました。

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    2014年08月24日
  • 城塞(上)

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    大坂の陣を描いた作品。謀略の限りを尽くして豊臣方を追い込んでいく徳川家康の悪辣振りは嫌悪感を覚えるほど。そして、彼に翻弄される淀君は自ら滅亡の道へと歩んでいきます。最後に一花咲かせようと、死に体の大阪方に馳せ参じた真田幸村、後藤又兵衛ら武将たちの生き様は胸を打ちます。

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    2014年08月23日