司馬遼太郎のレビュー一覧

  • 新装版 戦雲の夢

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    1961年に発表された小説だそうです。2016年現在から振り返ると、なんと55年前...。
    歴史小説、時代小説、司馬遼太郎さんは、古くならなくてトクですね。

    文庫本1冊、500頁くらいの小説。
    主人公は長宗我部盛親さん、という人です。
    戦国時代に、四国の覇者となった長宗我部元親という人がいまして、その人の跡取り。息子さんです。
    ざっくり言うと、関ヶ原の直前に独裁者だった親父さんが亡くなってしまいまして、若くして土佐一国の領主になりました。
    だけど、お家騒動をばたばたしているうちに、関ヶ原の戦いで家康側に着くチャンスを逃してしまい。
    消去法でなんとなく石田三成一派に参加。
    戦闘に参加できないまま消化不良で関ヶ原の戦いが終わって、なんだかぐちゃぐちゃしているうちに負け組扱い。
    言ってみれば大企業の2代目独裁社長だったのに、すべて取り上げられて京都の郊外に「永年蟄居」。まあつまり終身刑。
    もんもんと10年以上、寺子屋の師匠などをして暮らして、大阪の陣がやってきます。
    徳川時代になって、リストラされちゃった「戦国野郎」たちが何十万と日本国中にいました。
    そういった「負け組になっちゃった、戦争の犬たち」が、最期の花を咲かそうと、大阪城に集まって家康を迎え撃つ。
    主人公の盛親さんも大阪城に入り、小戦闘や中規模戦闘で、ようやっと会心の勝利。
    なんだけど...結局最後は落城、恐らく討死。

    ...というのが大まかな流れです。

    読み易い、面白いです。
    司馬遼太郎さんの長編小説の系譜で言うと、

    「竜馬がゆく」「燃えよ剣」以前、初期に属します。
    初期の司馬さんらしい愉しさがあって、中盤で「監視者でもある女性との共同生活」というサスペンスフルな味わいの部分がコクがありました。なんだかヒッチコックみたいで。

    以下、ほんとに個人的なメモ。

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    個人的な、勝手な区分けですが、以下のように司馬さんの長編小説は分類しています。

    ①初期1959~1962「竜馬がゆく」「燃えよ剣」以前
    ===「梟の城」「風神の門」など。歴史を俯瞰する味わいよりも、忍者活劇や男女の色事描写も濃いめ。長くても文庫上下巻くらい。
    面白いと言えば面白いけれど、黄金期や円熟晩期の小説を好きになってしまうと、やや単純で物足りない。

    ②黄金期1963~1972「竜馬がゆく」「燃えよ剣」から「坂の上の雲」まで
    ===初期の娯楽性がえぐみが抜けてくる。歴史の俯瞰性や「司馬史観」と言われる切り取り方が前面に。源平、戦国、幕末の物語を語りつくす絶頂期。
    「竜馬がゆく」「燃えよ剣」の両金字塔を始め、「国盗り物語」「最後の将軍」「新史太閤記」「義経」「世に棲む日々」「花神」「関ヶ原」「城塞」「功名が辻」など、濃淡あっても外れ無し。
    NHK大河ドラマ原作モノも、この辺に集中。

    ③円熟晩期1973~1987「坂の上の雲」以降
    ===娯楽性がかなり後退。作品数、量産体制も一気に後退。長編モノの場合の、娯楽密度はかなり希薄に。「淡々とした」「淡い」という味わいのものが多くなる。
    個人的には「空海の風景」「ひとびとの跫音」なんかは絶品だと思います。でも「菜の花の沖」なんかは...面白くないと思います。
    (「項羽と劉邦」はこの時期の長編では、例外的に娯楽密度も濃厚な大傑作。中国史が舞台だから新鮮だったのか?)


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    備忘メモとして、見どころと言うか読ませどころを。

    ●幼なじみとして育った家臣の桑名弥次兵衛との交情。
    とっても仲が良かったのだけど、「土佐の長宗我部解散」のときに、弥次兵衛さんは一族郎党の生活のために、主君について行けずに「藤堂藩」に再就職します。
    そして長い年月を経て、大阪の陣ではなんと敵味方に。
    直接対決せぬことを祈っていましたが、最期の最後の大戦闘で、目前の的になってしまう。
    弥次兵衛さんは、結局、自殺的に討死してしまう。
    このふたりの、いわゆる「男の友情ものがたり」が全体を貫きます。

    ●何と言ってもこの小説の異様な白眉は、お咲という女と、加東田という男。
    舞台は長い長い蟄居時代。
    どういうことかというと、京都の徳川役人の監視下で、「生きていることは許されている」というだけなんですね。
    牢屋に入っては居ないから、多少の外出は自由。
    でも、周辺の住民もみんな、京都の役人とつながっているから、自由があるようで、あまりない。なにかあれば、密告される。密告されれば、冤罪でも死罪になりかねない。
    稼ぎも無いから、暮らしもきつい。土佐から随行した家来2名とほそぼそ暮らす。
    そこに、お咲という女が、紹介でやってくる。
    このお咲が、ともあれ、京都の徳川役人からのスパイであることが分かる。
    そして、愛人というか、妻になってしまう。
    無下に断れない訳です。役人と繋がっているから。
    そして歳月とともに。
    このお咲が、とんでもない女で。
    もともと身分の低い娘なのに、居直ってくる。
    もう、役人と繋がっていることをあまり隠さない。それをちらつかせて恫喝する。脅迫する。
    それでいて、盛親の事実上の妻である。愛情などはない。でもお咲はかなり好色。
    盛親の家来ふたり、世が世なら家老クラスの年上の男たちに、下着を洗わせたりする。
    そして、徐々に、このお咲には裏に加東田という男がいる。徳川役人に雇われている、下等武士。すっぱ、らっぱ、忍びの者のたぐい。
    お咲は、この加東田の愛人で、加東田の女で、加東田の言いなり女であることが判ってくる。

    長宗我部盛親の立場は弱い。
    だんだん、頭に乗って、加東田も、盛親の住まいに出入するようになる。
    なんとも倒錯した異様な人間関係が、一見穏当な暮らしのなかに、ぐにぐにと入ってくる。

    この「お咲と加東田」のくだりは、なんだかそこだけ独立した読み物のように、異常な男女関係、権力関係のエンターテイメントの様相。
    気持ち悪くて面白い。

    最終的には、大阪城に入ることにした盛親が、ずばっと切り殺して溜飲が下ります。

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    2016年06月09日
  • 歴史と視点―私の雑記帖―

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    司馬遼太郎が思ったことを考察したエッセイ
    内容が深く濃いため、よく調べてるなあと感心したけど、まあ当たり前だよね(笑)
    あまり聴いたことない戦中の戦車についてや、妙麟尼の殉教的精神、公家が以外にも質素で、天皇が神だとは信用されていなかったことなど
    なかなかに面白かった
    ただ少し細すぎて多少ついていけない部分があった

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    2016年06月08日
  • 豊臣家の人々 新装版

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    司馬さんの秀吉への愛情?が伝わる内容
    色々な角度から秀吉をみるが、大物さを感じる反面、大物ゆえの次代への執着が痛々しい。最も現代も財を成した人たちは変わらないから事件・ドラマがうまれるのか。

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    2016年05月09日
  • 街道をゆく 32

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    もっと早くに読んでおけばよかったと後悔。
    何度か行った所が表面だけしか見てなかったと思う。
    紀州に関すると根来衆と雑賀衆の違いが明確になって嬉しい。この本を見ながら根来寺へ行ってみたい。
    初版が1978年だから変化している箇所も多々あろうけれど、歴史として読み解くには違和感はない。
    歴史を創ってきた人物たちの個々の名前は覚えられないが一つの山脈としてとらえることが出来るのも発見。
    どれだけの書物を読んで書かれたのかを想うと気が遠くなりそう。

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    2016年04月23日
  • 功名が辻(三)

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    千代の知略がいよいよ冴える本巻、家康に回送した三成からの文の件、屋敷に薪を積み上げる件、秀吉に詰め寄られる件(これはあてが外れたが)といい、関心しきりです。そのトンチが悲劇のガラシャ婦人こと、お玉と明暗か分かれます。あと、本巻にも登場する名脇役、六平太がとてもいい。千代が妖術にかけられるシーンが面白く、六平太も潔い。
    戦国時代の勢力分布と諸将の思惑がよく分かり、歴史に興味が沸きます。
    最終巻は殊更丁寧に読みたいです。

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    2016年04月17日
  • 功名が辻(二)

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    この小説の面白いところは、山内伊右衛門一豊という位置大名の視点から、戦国時代~安土桃山時代を眺めるところにある。伊右衛門が主人公ではあるが、マクロな時代の動きを追うのが一番楽しいからだ。

    平凡な大名を主人公として、時代を見ると、歴史の理解がすごくわかりやすい。要は、ちょうどいいのだ。為政者だと、主観的すぎるし、平民だと、政治・経済・軍事といったマクロな視点が入りにくいからだ。彼を主人公と見るより、彼をあの時代に生きていた人物の一人として捉えつつ、俯瞰して歴史全体を見ることが面白い。

    まあ、依然として千代の賢妻ぶりには驚かされる。

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    2016年04月10日
  • 豊臣家の人々

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    司馬遼太郎さんの連作短編集。数十年ぶり?の再読。
    題名通り「豊臣家の人々」。

    〇秀吉の甥~豊臣秀次
    〇秀吉の妻の甥~小早川秀秋
    〇秀吉の養子~宇喜田秀家
    〇秀吉の妻~北政所
    〇秀吉の弟~豊臣秀長
    〇秀吉の妹~旭姫
    〇秀吉の養子(家康の実子)~結城秀康
    〇秀吉の養子(天皇の弟)~八条宮
    〇秀吉の側室&息子~淀殿・その子

    という構成になっています。

    司馬遼太郎さんは、とても読み易く面白い歴史小説を書く人ですが、わけても秀吉はお気に入りです。
    「新史太閤記」を読むと、天下統一寸前くらいまでの秀吉が活き活きと描かれています。
    その上で「功名が辻」とか、秀吉の死までの流れは良く判ります。
    更に、「関ヶ原」「城塞」「覇王の家」を読むと、死語の豊臣家滅亡、徳川幕府が軌道に乗るまでが判ります。
    正直、それらを経たうえで、「豊臣家の人々」を読むと、なかなかしみじみと味わい深いものです。
    (それらを全く読まずにいきなり「豊臣家の人々」を読んで、どんな味わいなのか、ちょっとわかんないです...)

    「豊臣家の人々」。
    まあ要するに、ほぼ全員が、「無能」「凡庸」「不幸」「平凡」のどれかに当てはまります。
    それなりに人物と能力として光るものがあったのは、北の政所さんと、秀長さん、結城秀康さんくらいですね。(無論、司馬さんのこの本に於いては、ということですが)。
    ただ、そういう人々はみんな、「女性であり、子が産めなかった」「早世した」「全く活躍の場を与えられなかった」という理由で、サッパリ光ることなく生涯を終えてしまう。
    (まあ、北の政所はそうでもないかもですが...)

    その三人以外。(まあその三人もなんですが)
    「秀吉の身内だった」「秀吉と絡んだ」という理由だけで、それなりの大きなステージを与えられたり、歴史の中でささやかな役割を与えられたりしてしまう。
    それは時にはギリシャ悲劇のように悲壮だし、ときにはベタベタのコントのように喜劇だったりします。
    そういったことを含めて、「豊臣時代」「豊臣政権」「秀吉の時代」という歴史の、稀有なまでのドラマ性なんだなあ、と感じました。
    醜悪だったり無茶苦茶だったりを含めて、その花火のような儚さと、あぶくのようなもろさ。そして絢爛さ。
    そんな味わいが、司馬遼太郎さんは好きなんだなあ。言ってみれば「秀吉のあしおと」が遠くに遠ざかっていく。そのかすかな足音に耳をそばだててみたいんだなあ、という一冊。


    ご縁で今、ちょうどその時代のことを良く考えているので、ふっと衝動的に再読。
    前に読んでいたのが「罪と罰」だったせいか、さらさらっと読みやすく、イッキに読んじゃいました(笑)。

    戦国時代が好きな方、司馬さんの「新史太閤記」あたりを読んでいる方は、よかったら。

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    2016年03月29日
  • 新装版 箱根の坂(下)

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    久し振りに読んだ司馬遼太郎。
    北条早雲はどうやらすごい人らしい、ということで以前から読んでみたかったので。

    伊勢家の末流として京の中枢近くで応仁の乱を経験した新九郎(早雲)は、足利政権や支配層に対し、諦めと絶望感を抱いていた。
    その早雲が目指した国の形とは――。

    最近、読みやすいイマドキ歴史小説を読むことが多かったので、ちょいちょい差し挟んでくる時代背景の説明が、まだるっこしい。
    全3巻あるこの小説も、解説部分を切り詰めれば、きっと上下2巻くらいでおさまるのではないかと思われます。

    が、結局、それらの背景説明が、読み手の想像力の助けとなり、物語に厚みと説得力を持たせるということがわかっているので、あせらず読む。
    そして、登場人物の性格分析と内面描写の丁寧さが司馬作品の持味でもあり、さらに作品世界に読者を深くつなぎとめてくれる。
    うーん、さすがだな、と思いつつ、やはり冗長である事は否めない。後半に進むにつれて勢いが弱まっていくような気がしました。

    今回は地元周辺の歴史ということもあり、いつもと違う面白さがありました。
    今度は富樫倫太郎の早雲を読んでみたい。

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    2016年03月14日
  • 功名が辻(二)

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    女性目線でかかれた戦国もの、時代を問わず賢い妻というのは彼女のような女性なんだなあ と反省(笑)
    4巻の最後は、登りつめた先に見えた空虚感に切なさが漂う。現代のサラリーマン事情に通じる
    司馬 遼太郎の作品は相変わらず軽快、痛快

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    2016年03月12日
  • 馬上少年過ぐ

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    ネタバレ

     龍野藩の家祖、脇坂安治のことを知るために収録の「貂の皮」を再読。当時豊臣秀吉の家臣であった安治が丹波で400年続く名門で、丹波の赤鬼と恐れられた赤井直正の護る黒井城へ、降城の使者として単身乗り込む。説得は失敗するが、直正が安治の勇気に感じて、奇瑞をもたらす家宝の雌の貂の皮を贈る。しかし貂の皮は雌雄あったため、安治が雄も所望すると、力づくということになり、翌朝、貂の皮の指物をした直正が城門を開いて討って出た…。
     非常におもしろい作品。でも黒井城の地元の資料では直正は病死となっています。司馬遼太郎のねた本は江戸時代に脇坂家が安治の宣伝として作成したようです。しかしその後安治は大名となり、子孫も明治まで続きます。貂の皮の加護はあったようです。尚、貂の皮は地元の龍野神社で年に一回のお祭りで公開されるとのこと。

     その他の作品も一級品揃いで大変面白いですが、司馬遼太郎の短編集は統一性が無いように思います。やはり読者としては時代は同じ方が良いのですが。

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    2016年02月15日
  • 馬上少年過ぐ

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    ネタバレ

    ・幕末の長岡藩で非凡の才を発揮しつつも時勢を見極められずに散った河井継之助を描いた「英雄児」
    ・英国人殺害事件に関与した海援隊隊士菅野覚兵衛と佐々木栄を中心に幕末の日英関係を描いた「慶応長崎事件」
    ・江戸末期から明治初期を生きた、非凡の才を持った血気盛んな絵師、田崎草雲の生涯「喧嘩草雲」
    ・奥州の覇者正宗が歴史に残した足跡を、彼の持つ非凡な詩歌の才と共に描いた「馬上少年過ぐ」
    ・一介の町医者の身から伊予宇和島の命運を握るまでに栄達し、数奇な人生を送った山田重庵を描いた「重庵の転々」
    ・大阪の陣の後に武士になることを嘱望した大須賀満左衛門の奮闘を描く「城の怪」
    ・賤ヶ岳七本槍の武将として武名を轟かせた脇坂甚内(安治)の生涯を描いた「貂の皮」


    「英雄児」…長岡藩家老河井継之助
    情景は江戸古賀茶溪塾での、無隠鈴木虎太郎の出会いの場面である。未だ穏やかな江戸の空気が懐かしさを醸し出している。やがて継之助はその凄まじい才能を発揮して藩政を指導し、強大な長岡藩軍を作り上げ、凄惨な北越戦争を戦う。藩は焦土と化し、多くの民衆が斃れ、継之助もまた戦傷死する。その墓碑は幾度も毀たれたという。著者の評言『英雄というのは、時と置きどころを天が誤ると、天災のような害をすることがあるらしい。』に大いに首肯する思いがする。

    「慶應長崎事件」…土佐藩海援隊士菅野覚兵衛。
    慶應3年7月6日夜、長崎で起こった英海軍イカレス号水兵斬殺事件の顛末である(イカレス号事件)。嫌疑が海援隊に懸かった為、英国、幕府、土佐藩の三者が折衝したが、大政奉還直前の幕末の最も煮えつまった時期に当たり、『歴史はこの間、停止したといっていい。』という著者の評言通りの無用の摩擦であった。アーネスト・サトウの観察眼が非常に興味深い。

    「喧嘩草雲」…足利藩士田崎芸(絵師草雲)
    幕末の奇士の逸話である。喧嘩で鳴らした絵師草雲(梅溪)は、宮本武藏の画幅に出会い心を改めた。ところが幕末の風雲は彼を措かず、小藩足利戸田家一万石の宰相の様になってしまう。やがて戊辰戦争が始まるや、機知を以て藩を救う。乱世に生まれた者の変転を考えさせられる。

    「馬上少年過ぐ」…仙台藩主伊達政宗。
    奥羽の雄政宗の、主に少年期から、家督を相続する前後に焦点を当てて描く。奥州の土俗と、稀代の没個性人の父輝宗を詳しく描写し、その特異性を述べるが、表現や推察にやや筆が走り過ぎ、著者の作品群の中では異質な位置を占める。

    「重庵の転々」…伊予吉田藩家老重庵山田仲左衛門。
    伊予吉田藩分封直後に起こった所謂「山田騒動」の顛末である。重庵は史実では「文庵」。長曾我部牢人重庵は寒村の村医であったのが、次第に重んじられて遂には家老に迄栄達する。藩政改革に苛烈極まる施政を行い庶人の反動を受け、遂には元の重庵に戻り仙台で余生を送る。著者の云う『侍の家にうまれれば温和で無能であることがのぞましかった。最大の不幸は有能にうまれつくことであった』の言葉その儘に、泰平の世で無く、戦国・幕末等の乱世に生まれていれば稀代の英雄と成り得た人物であった。末尾に語られる著者の前に現れた仙台の老人の挿話が何とも不思議である。非常に秀逸な短編。

    「城の怪」…下総牢人大須賀万左衛門。
    元和偃武の後、松平忠明治下の大坂城下。仕官を夢見る牢人、仕官の望み得ないと思う足軽物頭、嘗て豊臣家に使えた女、の三者が織り成す江戸初期の市井の風景。

    「貂の皮」…龍野藩主脇坂安治。
    賤ヶ岳の七本槍の最年長者で、播州龍野5万5千石脇坂家は大名になった七本槍では唯一、維新まで家を保った。その馬印は世に珍しい雌雄一対の貂の毛皮の槍鞘である。此れに纏わる奇瑞と安治の数多い戦場往来の逸話を絡めて描くのだが、その中でも大変興味深い丹波の豪族、赤井悪右衛門直正から貂の皮を受け継ぐ有名な逸話は、残念ながら史実では無い。

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    2016年02月12日
  • 世に棲む日日(三)

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    「藩の天地は俗論が満ちている」と、晋作は言い、いきなり「やるかね」と、言った。人を説得するにしても、晋作という男は鳥の声ほどの短さでしか言わない。あとは相手の目をじっと見、その精神から立ちのぼる気のうごきをみるだけである。
     山県は、天性、農民のように自重ずきで、軽快な行動力をもっていない。かんじんの軍略の才も二流で、志士であるために多少は必要な教養も歌学のほかになく、さらに歴史像をみる目も聴衆の未来を洞察するような目もなかった。ただ一つ、かれは人事の才があった。自分の隊内権力を安定させるための配慮はじつにみごとであり、この才があるがために隊士も自然この軍監こそ奇兵隊秩序の中心だとおもうようになっている。
     この時期、奇兵隊氏は二百人ほどであった。山県は、わずか二百人で、全藩士を向うにまわしてのクーデター戦争ができるとはおもっていなかった。山県は、そのことを言った。
    「なるほど」晋作は、さからわなかった。かれはその生涯で一度といえども他人を説得したことがない。相手に気がなければそれでしまいさ、とつねにあっさり割りきっている。それに、藩論が佐幕に傾いた以上、いまさら二百人で決起したところでひとびとはついてくるまい、とも思っている。その点、山県と同意見なのである。ただ山県が、
    ーー死に物狂いでやってみましょう
    と、気を動かせば、その気をひっさらって雲をよび、雷電を鳴動させてみせるつもりはあった。が、あきらめた。

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    2016年01月10日
  • 国盗り物語(三)

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    ネタバレ

     信長には、稀有な性格がある。人間を機能としてしか見ないことだ。織田軍団を強化し、他国を掠め、ついには天下を取る、という利ぎすました剣の尖のようにするどいこの「目的」のためにかれは親類縁者、家来のすべてを凝集しようとしていた。かれら――といっても、彼等の肉体を信長は凝集しようとしているのではない。かれらの門地でもない。かれらの血統でもない。かれらの父の名声でもない。信長にとってはそういう「属性」はなんの意味もなかった。
     機能である。
     その男は何が出来るか、どれほど出来るか、という能力だけで部下を使い、抜擢し、ときには除外し、ひどいばあいは追放したり殺したりした。すさまじい人事である。

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    2020年11月04日
  • この国のかたち(五)

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    色々な…自然だったりタイミングだったり…それはもう一言では言い表せない事柄がつなぎ合わさって、歴史がある。
    教科書の歴史ってのは、ものすっごく薄切り状態なんだけれど、興味を持つきっかけになればいいと思う。あとは自分次第でどんどん本を読んでいったり、大学を目指してみたり。

    この年齢まで読んでいなかったこと、この年齢でようやく読んだこと、何かあるのだと思っている。

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    2015年12月30日
  • この国のかたち(四)

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    だんだんと…巻が進むにつれて、同じことを繰り返し始めたかなって気がしなくもないけど、新しい発見というか、目からうろこみたいな新鮮さもあって、やっぱり楽しい。

    まぁ昭和の軍の話はちょいちょい「?」みたいなところがあるんだけれどもね…好き嫌いが出るのは仕方ないけれど。
    ホント司馬さんは好き嫌いが分かりやすくて。
    それにしてもこれだけの知識と、それらがまたつながっている思考がすごくて。
    私が書きものを趣味としてやっているのは間違ってなかったわと思う(笑)

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    2015年12月28日
  • この国のかたち(三)

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    ネタバレ

    自分の思考の根っこを探るように読んでいる。

    国民性はそんじょそこらじゃ変わっていかないというけれど、これからどうなっていくのか、この本を読んで探っていきたい。

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    2015年12月21日
  • 翔ぶが如く(十)

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    全十巻を読み終えた。
    実をいうと今回は初読ではなく再読である。
    日本の歴史の中でも最大の転換となった明治維新を成した傑人たち、そしてその当人たちが意識せずに起こした維新の幕引きとなる西南戦争を描いた、この「翔ぶが如く」。
    この作品は「小説」というだけではあらわし切れないものがあると感じている。史実、そして登場人物の機微、著者の所感と探究心。いってみれば「小説」でもあり「随筆」でもあり「歴史書」でもあるのではないかと感じてしまう。
    このあたりが司馬さんの描いた「翔ぶが如く」のスケール大きさ、また、ちょうど良い細やかさなのだろう。
    西郷隆盛、大久保利通、その他の登場人物の「己の正義」に心がつき動かされる思いがするが、それ以上に司馬さんの素晴らしさが感じられる。

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    2015年12月07日
  • ペルシャの幻術師

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    司馬先生は、モンゴルと坊様の煩悩がお好きらしい。

    とび加藤と果心居士という幻術的忍者の話は面白い。

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    2015年12月07日
  • 翔ぶが如く(九)

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    激戦を極めた田原坂の戦いも終わり政府軍の圧倒的物量によって、薩摩軍の先行きも暗くなってきた。
    西郷その人の心境も気になるところであるが、桐野利秋の心持ちは如何であっただろうか。
    維新に大功ある薩摩旧士族達がこれだけ固陋な思想以外は受け入れずに西南戦争を戦っていたことが驚きである。
    維新は成し遂げたが、彼らの中では旧幕時代の薩摩の気色が尊ばれていたのだろう。
    薩摩の中でも開明を良しとした者達も、この頃には負けると分かって薩摩武士として戦う以外になかったのだろうか。

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    2015年12月03日
  • 翔ぶが如く(八)

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    西南戦争が始まったが、「太政官軍対反太政官軍」の図式という以外に何もなく、薩軍も本来の目的が何であるのか忘れてしまっているようだ。
    「敵を叩く」ことに終始しており政略も戦略もなく、維新の功高い薩摩壮士とは思えない戦いだ。
    西南戦争については一般的に「明治の初期頃に政府と西郷率いる薩摩を中心とした不平士族の内戦」というくらいの認識しかない。
    この「翔ぶが如く」を読んで、その歴史の前後関係や対外情勢、思想気分などをつぶさに観察してみると維新〜西南戦争の姿がよくわかる。

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    2015年11月29日