司馬遼太郎のレビュー一覧
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ネタバレ龍野藩の家祖、脇坂安治のことを知るために収録の「貂の皮」を再読。当時豊臣秀吉の家臣であった安治が丹波で400年続く名門で、丹波の赤鬼と恐れられた赤井直正の護る黒井城へ、降城の使者として単身乗り込む。説得は失敗するが、直正が安治の勇気に感じて、奇瑞をもたらす家宝の雌の貂の皮を贈る。しかし貂の皮は雌雄あったため、安治が雄も所望すると、力づくということになり、翌朝、貂の皮の指物をした直正が城門を開いて討って出た…。
非常におもしろい作品。でも黒井城の地元の資料では直正は病死となっています。司馬遼太郎のねた本は江戸時代に脇坂家が安治の宣伝として作成したようです。しかしその後安治は大名となり、子孫も明治まで続きます。貂の皮の加護はあったようです。尚、貂の皮は地元の龍野神社で年に一回のお祭りで公開されるとのこと。
その他の作品も一級品揃いで大変面白いですが、司馬遼太郎の短編集は統一性が無いように思います。やはり読者としては時代は同じ方が良いのですが。 -
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ネタバレ・幕末の長岡藩で非凡の才を発揮しつつも時勢を見極められずに散った河井継之助を描いた「英雄児」
・英国人殺害事件に関与した海援隊隊士菅野覚兵衛と佐々木栄を中心に幕末の日英関係を描いた「慶応長崎事件」
・江戸末期から明治初期を生きた、非凡の才を持った血気盛んな絵師、田崎草雲の生涯「喧嘩草雲」
・奥州の覇者正宗が歴史に残した足跡を、彼の持つ非凡な詩歌の才と共に描いた「馬上少年過ぐ」
・一介の町医者の身から伊予宇和島の命運を握るまでに栄達し、数奇な人生を送った山田重庵を描いた「重庵の転々」
・大阪の陣の後に武士になることを嘱望した大須賀満左衛門の奮闘を描く「城の怪」
・賤ヶ岳七本槍の武将として武名を轟かせた脇坂甚内(安治)の生涯を描いた「貂の皮」
「英雄児」…長岡藩家老河井継之助
情景は江戸古賀茶溪塾での、無隠鈴木虎太郎の出会いの場面である。未だ穏やかな江戸の空気が懐かしさを醸し出している。やがて継之助はその凄まじい才能を発揮して藩政を指導し、強大な長岡藩軍を作り上げ、凄惨な北越戦争を戦う。藩は焦土と化し、多くの民衆が斃れ、継之助もまた戦傷死する。その墓碑は幾度も毀たれたという。著者の評言『英雄というのは、時と置きどころを天が誤ると、天災のような害をすることがあるらしい。』に大いに首肯する思いがする。
「慶應長崎事件」…土佐藩海援隊士菅野覚兵衛。
慶應3年7月6日夜、長崎で起こった英海軍イカレス号水兵斬殺事件の顛末である(イカレス号事件)。嫌疑が海援隊に懸かった為、英国、幕府、土佐藩の三者が折衝したが、大政奉還直前の幕末の最も煮えつまった時期に当たり、『歴史はこの間、停止したといっていい。』という著者の評言通りの無用の摩擦であった。アーネスト・サトウの観察眼が非常に興味深い。
「喧嘩草雲」…足利藩士田崎芸(絵師草雲)
幕末の奇士の逸話である。喧嘩で鳴らした絵師草雲(梅溪)は、宮本武藏の画幅に出会い心を改めた。ところが幕末の風雲は彼を措かず、小藩足利戸田家一万石の宰相の様になってしまう。やがて戊辰戦争が始まるや、機知を以て藩を救う。乱世に生まれた者の変転を考えさせられる。
「馬上少年過ぐ」…仙台藩主伊達政宗。
奥羽の雄政宗の、主に少年期から、家督を相続する前後に焦点を当てて描く。奥州の土俗と、稀代の没個性人の父輝宗を詳しく描写し、その特異性を述べるが、表現や推察にやや筆が走り過ぎ、著者の作品群の中では異質な位置を占める。
「重庵の転々」…伊予吉田藩家老重庵山田仲左衛門。
伊予吉田藩分封直後に起こった所謂「山田騒動」の顛末である。重庵は史実では「文庵」。長曾我部牢人重庵は寒村の村医であったのが、次第に重んじられて遂には家老に迄栄達する。藩政改革に苛烈極まる施政を行い庶人の反動を受け、遂には元の重庵に戻り仙台で余生を送る。著者の云う『侍の家にうまれれば温和で無能であることがのぞましかった。最大の不幸は有能にうまれつくことであった』の言葉その儘に、泰平の世で無く、戦国・幕末等の乱世に生まれていれば稀代の英雄と成り得た人物であった。末尾に語られる著者の前に現れた仙台の老人の挿話が何とも不思議である。非常に秀逸な短編。
「城の怪」…下総牢人大須賀万左衛門。
元和偃武の後、松平忠明治下の大坂城下。仕官を夢見る牢人、仕官の望み得ないと思う足軽物頭、嘗て豊臣家に使えた女、の三者が織り成す江戸初期の市井の風景。
「貂の皮」…龍野藩主脇坂安治。
賤ヶ岳の七本槍の最年長者で、播州龍野5万5千石脇坂家は大名になった七本槍では唯一、維新まで家を保った。その馬印は世に珍しい雌雄一対の貂の毛皮の槍鞘である。此れに纏わる奇瑞と安治の数多い戦場往来の逸話を絡めて描くのだが、その中でも大変興味深い丹波の豪族、赤井悪右衛門直正から貂の皮を受け継ぐ有名な逸話は、残念ながら史実では無い。 -
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ネタバレ「藩の天地は俗論が満ちている」と、晋作は言い、いきなり「やるかね」と、言った。人を説得するにしても、晋作という男は鳥の声ほどの短さでしか言わない。あとは相手の目をじっと見、その精神から立ちのぼる気のうごきをみるだけである。
山県は、天性、農民のように自重ずきで、軽快な行動力をもっていない。かんじんの軍略の才も二流で、志士であるために多少は必要な教養も歌学のほかになく、さらに歴史像をみる目も聴衆の未来を洞察するような目もなかった。ただ一つ、かれは人事の才があった。自分の隊内権力を安定させるための配慮はじつにみごとであり、この才があるがために隊士も自然この軍監こそ奇兵隊秩序の中心だとおもうようになっている。
この時期、奇兵隊氏は二百人ほどであった。山県は、わずか二百人で、全藩士を向うにまわしてのクーデター戦争ができるとはおもっていなかった。山県は、そのことを言った。
「なるほど」晋作は、さからわなかった。かれはその生涯で一度といえども他人を説得したことがない。相手に気がなければそれでしまいさ、とつねにあっさり割りきっている。それに、藩論が佐幕に傾いた以上、いまさら二百人で決起したところでひとびとはついてくるまい、とも思っている。その点、山県と同意見なのである。ただ山県が、
ーー死に物狂いでやってみましょう
と、気を動かせば、その気をひっさらって雲をよび、雷電を鳴動させてみせるつもりはあった。が、あきらめた。 -
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ネタバレ信長には、稀有な性格がある。人間を機能としてしか見ないことだ。織田軍団を強化し、他国を掠め、ついには天下を取る、という利ぎすました剣の尖のようにするどいこの「目的」のためにかれは親類縁者、家来のすべてを凝集しようとしていた。かれら――といっても、彼等の肉体を信長は凝集しようとしているのではない。かれらの門地でもない。かれらの血統でもない。かれらの父の名声でもない。信長にとってはそういう「属性」はなんの意味もなかった。
機能である。
その男は何が出来るか、どれほど出来るか、という能力だけで部下を使い、抜擢し、ときには除外し、ひどいばあいは追放したり殺したりした。すさまじい人事である。 -
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全十巻を読み終えた。
実をいうと今回は初読ではなく再読である。
日本の歴史の中でも最大の転換となった明治維新を成した傑人たち、そしてその当人たちが意識せずに起こした維新の幕引きとなる西南戦争を描いた、この「翔ぶが如く」。
この作品は「小説」というだけではあらわし切れないものがあると感じている。史実、そして登場人物の機微、著者の所感と探究心。いってみれば「小説」でもあり「随筆」でもあり「歴史書」でもあるのではないかと感じてしまう。
このあたりが司馬さんの描いた「翔ぶが如く」のスケール大きさ、また、ちょうど良い細やかさなのだろう。
西郷隆盛、大久保利通、その他の登場人物の「己の正義」に心がつき動かされる思いがするが、それ以上に司馬さんの素晴らしさが感じられる。 -
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在野の不平分子を考慮した事実上大義のない征台を実施する。
しかし撤兵するためには、この征台を義のあったものと清国側に認めさせ、しかも派兵のための賠償金を清国側から出させるという力技をもってして外交に臨んだ大久保は、ある程度満足のいくかたちで終結させた。力技を建前上だけでも成功裡に導いた執拗さと周到さは見事といってよいだろう。
この明治がはじまって十年と経たない頃は、果たして維新の本来の目的は何だったのだろうかとも思わせられる時代だ。
国家が大きく動こうとするとき、大きく進歩しようとするときの舵取りは後の時代になってみないと正解は分からないのかも知れない。いや、もしかすると後の時代になっても分からないのかも知れない。 -
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人生に目的を持とう。目的のために生きよう。
斎藤道三、織田信長の生き方からこんなに学ぶものがあるとは思わなかった。過去から学び、そして実行すること。
乞食になっても、将来に望みをもって生きる
自ら考え、工夫する。戦術転換をしたものが必ず勝つ
野望があるためだ。男の男たる所以は、野望の有無だ。
人の世は明日がわからない。というが、こういう、わけのわかったようなわからぬような、その実、生きるためになんの足しにもならない詠嘆思想はない。あす、何が来るか、ということは、理詰めで考え抜けばわかることだ
小九郎の人生には目的がある。目的があってこその人生だと思っている。生きる意味とは、その目的に向かって進むものだ。
人間の動きというものには、心理の律がある。この律の勘所さえ握ってうまく人の群れをあしらえば、労せずしてこうなるものだ。
事が起こるのではなく、事を起こす
人間、大事をなすには義が肝要
義と信
人生、自分の才能を発見するほどの愉悦はない
人の君主たる者は、家来に物の好きこのみを見せてはならぬ
人間五十年
下天の内にくらぶれば
夢幻のごとくなり
ひとたび生をうけ
滅せぬもののあるべしや
死なうは一定
忍び草には何をしよぞ
一定語りおこすよの
暗夜に霜の降りるが如く静かに自然に引き金をおとせ
自分の先例を真似ない
運はつくるべきものだ
何を好む?
英雄とは、我が食禄を思わず、天下を思うものを言うのだ
人はわが身の生まれついた性分性分で芸をしてゆくしか仕方がございませぬ