司馬遼太郎のレビュー一覧
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豊臣秀吉の軍師として名高い、黒田官兵衛の生涯を描いた、司馬遼太郎氏の歴史小説、第三巻。
『起承転結』の『転』に該当する通り、物語は荒木村重の謀反によって風雲急を告げる。いよいよ、織田勢と毛利勢との争いの色が濃さを増し、黒田官兵衛を始め、播州勢はその渦中に否応なく巻き込まれることになる。
織田につくか。それとも毛利につくか。
黒田官兵衛は、予てからの先見性から、荒木村重の説得に奔走する。しかし、既に自他の勢力は潜在的にも顕在的にも毛利勢に傾き、また御着城主の小寺藤兵衛(政職)に仕掛けられた罠により、1年以上もの間幽閉されてしまう。このことが、官兵衛に心身に大きな影響を及ぼしてしまう。
『身体』の方は、狭い牢獄に1年以上も幽閉されていれば、身体を動かすどころか満足に寝返りを打つことも出来ず、ついに脚を患ってしまい、自由な歩行が出来なくなる。予てから『武』においてはからっきしの官兵衛であったが、これが決定打となる。
『心』の方はどうか。自分の理想の社会を築かんとするために、知力を駆使し奔走するも、それが悉く裏目に出てしまったことが、却って官兵衛における『知力』の限界を思い知らされることになる。自身の大切な我が子でさえ、あわや殺される寸前にまで至ったのだ(最終的には、竹中半兵衛が救った)。知力に限らず、出る杭は必ず打たれる定めにある、ということを心の底に打ち据えらされた、とも言うべきか。どんなに能力が抜きんでていようとも、最終的には『人柄』に帰着する。今回の騒動を経て、結果的に荒木が、小寺が、そして別所衆が辿った結末はどうだったか。歴史に『たられば』は無いし、この時点では『未来』のことではあるが、それでも、推して知るべしだったであろう。
そして、織田勢の猛攻は続く。中国地方の山陰を攻め、四国を攻め、そしていよいよ毛利勢が待ち受ける安芸へとその勢力を広げようとする。しかし、織田勢の版図の広げ方は尋常の速さではなく、そして版図を広げるための人材の使い方も尋常ではなく、やがてその組織体系に軋みが見え始める。
「織田も長くはもつまい」
官兵衛はそう予感していた。そしてその予感が的中する時が、刻々と迫っている。不自由な足を引きずって、尚も裏切りが逆巻く世の中を垣間見て、官兵衛は何を感じたのだろう。重く圧し掛かる宿命が、いよいよ大きく動こうとしている。 -
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☆☆2013年6月レビュー☆☆
幕末動乱期、明治維新を主導したのは
それぞれの藩の藩主ではなく、主に下級藩士であり、脱藩浪人であった。江戸300年の間に、多くの藩主はいわゆる飾り雛のような存在になっていたのだ。
しかしそんな中でも、英明な藩主もいた。
この短編集ではそれらの藩主を中心に取り上げている。
土佐藩主 山内容堂
薩摩藩主後見人(実質藩主) 島津久光
宇和島藩主 伊達宗城
肥前佐賀藩主 鍋島閑叟
皆それぞれに個性があって面白い。
宇和島藩主の伊達さんは、黒船造りを市井のちょうちん張の職人に任せるような人物で、そうしてそんな発想が生まれるだろうと驚かされた。
鍋島さんは肥前の妖怪と呼ばれ、佐賀藩の軍を洋式に一新。戊辰戦争では最強の軍事力を持つに至った。その先見の明には恐れ入る。
満足のいく一冊だった。
☆☆2017年4月レビュー☆☆
『伊達の黒船』
常識にとらわれない事の大切さ。
「異人が作れるものを、宇和島の提灯屋がつくれぬはずがあるまい」という発想が大事。何事も「できない」と決めつけてしまえば進歩はない。
『きつね馬』
志を果たすためなら、利用するものは利用する。大久保は島津久光を徹底的に利用した。命がけで。
「おのれの志を世に実現しようとすれば、権力者に取り入らねばならぬ」と大久保は語る。
だが、どうだろう。
仮に島津の殿様が『酔って候』の山内容堂のような自信満々の独裁者だったら。それでも大久保は取り入ることができたか。 -
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ネタバレ下巻は元親の憂悶と葛藤をメインに 悲壮感漂っています…
信長に反攻したものの圧倒的戦力で攻められ とうとう重臣らから「降伏」をすすめられてしまいます。人生の大半をささげた“四国平定”──それによって失われた時間・労力・大勢のいのち。それが無に帰してしまう…そう考えると元親の苦悩はいかほどだったでしょう。しかし国を滅ぼすわけにはいきません、息子・信親に継がせる地を遺さなければなりません。そのためついに元親は信長に対して膝を屈してしまうのです。
その同時期に、明智光秀による本能寺の変が起こり、信長は滅ぼされてしまします。(信長ってほんと・・危機感なさすぎよね!重臣が謀反を起こすとか、考えもしなかったんだろうな)光秀も光秀で、計画性なさすぎ!かなり唐突に行動をおこした感…。もう、信長に苛められ過ぎて、精神失調になってたんでしょうね・・・哀れというかなんというか運もないし色々ひどい。そのあとは御存じの通り、われらが御大将である、豊臣秀吉クンが全国制覇するわけです。ところで司馬史観でみた秀吉が、ユーモラスでチャーミングで情にもろくて気さくなおっさんで、本当にかわいいw司馬先生、秀吉のこと好きだったんだな。
信長亡きあと元親は、この秀吉公に仕えるわけですが、かつての才気はみるみる失われます。つまり老いてしまうのです。かわりに息子君つまり弥三郎信親が活躍を始めます。
弥三郎で一番おもしろかったシーンは、やっぱり嫁さん選びのシーンでしょう!ww女慣れしなさすぎ20すぎて童貞なのを両親が心配し、わざわざ夜伽の女性をあてがう、っての なんかすごいよね…
そのあとは秀吉の揮下で九州は島津討伐にでかけ そこで弥三郎をうしない元親は失意のもと人生の幕を閉じてしまうのでした…。 -
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幕末の時代にピュアに筋を通す生き方をしたか、したたかに時代の潮流にのり、カメレオン化したか、後者の方が明治まで存命し位までついているように思う。
蛤御門ノ変の後、逃げ隠れする桂小五郎(のちの木戸孝允)を描いた「逃げの子五郎」。明治元年に英国公使の列に切りつけた朱雀操と三枝シゲル(草冠に翁)は、その罪として平民に落ちさらし首となった「最後の攘夷志士」、三ヶ月前では烈士と称えるられたはずで、司馬さんも「節を守り、節に殉ずる」生き方として心よせている。
婚礼資金の借りと「刀どおしが兄弟」と言われ坂本竜馬の仇討に加担するお桂と後家鞘(後の土居道夫大阪府県知事)。その個人的な気持ちの繋がりが暗殺する理由なのがさらに竜馬の魅了を増しているようで、好きな作品「花屋町の襲撃」 -
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全6巻の序章。嘉兵衛が淡路を出て兵庫の叔父の廻船問屋に入り、江戸へ樽廻船に乗り、船出の一歩を踏み出すところを描く。江戸時代の村の閉鎖性、同じ字でも集落が異なれば外の人として扱い、厳しいルールがあったことに、大変さを思う。そんな中、生まれた村では暮らしていけない嘉兵衛、そのため隣村の親戚の所で働く。ここで、閉鎖性に苦しみながらも負けずに生きる姿が雄々しい。その嘉兵衛にとって、村を飛び出し兵庫へ行った後、海の男達の人を受け入れる度量や、お互いを信頼しあい、同じ人として遇してくれることにとても感銘をうけたことは想像に難くない。そしてその海の男達を惹きつける嘉兵衛の人柄が素晴らしい。天性のものか。あるいは、彼の海・船への好奇心が、周りの人々に教えよう、あるいは、面白いやつだと思わせたのか。これからの展開が楽しみである。
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ネタバレ「愚人なら愚人のままがよい。愚人で国を憂えて妄動すれば、その災害ははかり知れぬ」
「おれは幼少のころから人の不正を憎むことはなはだしく、そのため他人とも無用の争いを重ねてきた。これほどまでに正義を貫いてきたおれを、ひとが邪心を抱いてだますわけがない」
「若旦那のいいところでございますな」
藤吉は、悲しげにいった。
「しかし、御苦労のない育ちでございますからな。人の心がおわかりになれませぬ」
田舎の仕立屋が、乾のような秀才を生むことが子への罪なのである。ときにそれがどのような社会悪を生まないともかぎらない。
人間の現象は、おもわぬ要素が入りくみあって、瞬間という作品をつくる。
(間違っていた。剣はやはり自得する以外にあるまい)
沖田は、はじめてそう決意した。
これらの産業開発のために藩の秀才を選抜して、英語、数学、物理、化学、機械学をまなばせ、かれらに極端な勉学を強いた。
「勉学は合戦とおもえ」
と、閑叟は秀才たちに訓示した。
「これからの世界は英語国民が主役になりましょう」
と口数すくなくいった。閑叟はその一言で蘭学をやめ、藩の洋学を英学にきりかえた。
秀島は、だまっていた。かれは沈黙をもておおるとを威圧した。おおるとは気味がわるくなったのか、秀島に近寄らなくなり、田中儀右衛門のそばにのみ付いて歩くようになった。