司馬遼太郎のレビュー一覧

  • 新装版 歳月(下)

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    下巻。
    上巻を読んで、江藤新平という人は確かに欠点は多いものの、なんとなく愛着というか、憎めないものを感じてたので、後半の追い込まれる様は、読んでて辛かったです。恐るべし、大久保利通・・・。
    日本の司法の仕組みを創ったともいえる、有能な人だっただけに、惜しまれます。

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    2015年03月14日
  • 花神(中)

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    村田蔵六の話であるが、幕末の長州側から見た小説。幕府側では無く、長州の村田蔵六、大村益次郎の側からの物語。
    見方が違うことで幕末の話が良くわかる。坂本龍馬、中岡、西郷、勝海舟などが出てくるがやはり長州から見ているのでさらりとしか出てこず。まあ、長州征伐への幕府軍との戦いが新式銃でそろえた長州と旧式の幕府軍との戦いは戦い方さえ間違えない蔵六が率いて圧勝。そのまま下巻へ行き、明治維新か。結構内容は濃いな。良いね.4つ。

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    2015年03月07日
  • 街道をゆく 1

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    シリーズの栄えある第1作目は、琵琶湖の湖西、竹内海道、八王子から小仏までの甲州街道、葛城みち、下関、山口、津和野へと続く長州の道を歩く。竹内海道は大阪堺から奈良県へ抜ける日本最古の「官道」、著者はこの道をシルクロードと呼ぶ。

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    2015年03月04日
  • 街道をゆく 2

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    著者が韓国を訪れたのが1971年、当時の為替相場では円とウォンはほぼ等価だった。植民地支配や反日教育の影響もあり、日本人に対する態度が今よりもずっと厳しい時代。釜山、慶州(新羅の首都)、大邱、扶余(百済の首都)など、韓国南部の都市を中心に回っている。この国が日本国の成立に与えた影響はとてつもなく大きい。

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    2015年03月04日
  • 功名が辻(三)

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    ついに豊臣が倒れ、徳川が台頭。教科書で学んだのはそれくらいだったが、いろいろなドラマがあっておもしろい。
    あいかわらず千代さんは賢妻だが、若いときに比べて段々と感情的に描かれている気がする。

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    2015年03月02日
  • 項羽と劉邦(中)

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    張良、陳平と新たな味方を迎えた漢軍。ついに始まった劉邦対項羽の攻防に、起死回生を狙う策略、そして死に物狂いの逃亡とさらなる攻防戦。
    まだかまだかと待ち構えていた鴻門の会の場面は、高校時代の古典の授業をぶわわっと思い出させてくれました。上巻でも登場していた范増や樊噲が絡んできて、あっそう繋がるのか!と脳内でリンクして一人興奮。
    司馬さんの淡々とした語り口はやはり苦手だけど、今から下巻の四面楚歌のシーンが楽しみです。

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    2015年03月01日
  • 峠(下)

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    昭和50年5月発行本は上、下巻の2冊であり、平成発行本の前2冊を読んでいたわたしとしては多少とまどった。216ページまでの3章は既に読んでいる箇所であった。なんと、迂闊に50ページ付近まで読み進めて気づくという情けない展開であったのだが、小説は面白くて文句はない。司馬遼太郎、長編作品一押しは『峠』で決まりである。

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    2026年09月01日
  • 功名が辻(二)

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    現代から見れば歴史としてみる移り変わりも、様々な個人の思惑や時の運で変わっていくのかと思うと非常におもしろい。
    強弱の付け方がすごく、信長が1行で討たれたのは少しビックリした。

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    2015年02月25日
  • 胡蝶の夢(三)

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    内容(「BOOK」データベースより)

    ポンペの帰国とともに江戸の医学所の頭取となった松本良順は、緊張した時局の中で不眠に苦しんでいる一橋慶喜の主治医となり、阿片を用いてこれを治す。一方、語学の天才・伊之助は「七新薬」という蘭方の医書を刊行するまでになったが、その特異な性格が周囲に容れられず、再び佐渡に逼塞する。また、赤貧のなかでポンペ医学を修めた関寛斎は、請われて阿波蜂須賀家の侍医となる。

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    2015年02月22日
  • 新装版 箱根の坂(下)

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    大森藤頼だか、氏頼だかが何となく可哀想な気がした。この場合、早雲を相手にしたのが不幸だったか。
    三浦道寸にも同情する。
    早雲は80歳過ぎても戦争に明け暮れていたというから、スゴイじいさんが居たものだ。

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    2015年02月21日
  • 新装版 箱根の坂(中)

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    中巻はどこからどこまでだったか忘れた。
    伊豆に領土を持った早雲は善政を施した。
    そして足利茶々丸を倒し伊豆を支配。
    このとき戦国時代が幕を開けたといっていい。

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    2015年02月21日
  • 十一番目の志士(下)

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    ネタバレ

    架空の人斬りを主人公に、その他の登場人物や事件などは史実に基づいた、幕末の長州を高杉晋作と共に描く歴史ロマン。

    架空の天堂と実在の高杉をを駒のように配置して当時の長州の背景を邂逅していく様は、事実と創作をうまく混ぜ合っていて司馬らしくて面白い。

    最後まで架空とは思えず、実在したのではと思わされる主人公の描き方も自然すぎる。

    思わず試しに調べてしまったくらい。

    司馬が描く人斬りは初めてだったので新鮮だったと同時に、長州には代表的な人斬りがいなかったというのは驚き。

    大河「花神」に登場していたらしい。

    できれば「世に棲む日日」と併せて読みたい作品。

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    2015年02月15日
  • 十一番目の志士(上)

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    ネタバレ

    架空の人斬りを主人公に、その他の登場人物や事件などは史実に基づいた、幕末の長州を高杉晋作と共に描く歴史ロマン。

    架空の天堂と実在の高杉をを駒のように配置して当時の長州の背景を邂逅していく様は、事実と創作をうまく混ぜ合っていて司馬らしくて面白い。

    最後まで架空とは思えず、実在したのではと思わされる主人公の描き方も自然すぎる。

    思わず試しに調べてしまったくらい。

    司馬が描く人斬りは初めてだったので新鮮だったと同時に、長州には代表的な人斬りがいなかったというのは驚き。

    大河「花神」に登場していたらしい。

    できれば「世に棲む日日」と併せて読みたい作品。

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    2015年02月15日
  • 関ヶ原(上)

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    大阪で五年暮らしたおかげで、司馬遼太郎さんという小説家さんは、

    「大阪人なんだよなあ。いちども東京に住んだことないんだよねえ」

    という、当たり前の視点を持てるようになりました。

    司馬遼太郎さん、というある意味、巨大な思想家とまで言える娯楽小説家を愉しむ上では、美味しい経験。大阪人なんですよねえ。
    秀吉、豊臣、好きなんですよね。太閤さん。

    そして、その反対に、大嫌いなんですねえ…家康。微笑ましいほどに…。


    1964年~1966年に週刊誌連載された司馬遼太郎さんの歴史小説です。

    大昔、うーん、多分30年くらい前に読みました。今回ご縁があって再読。まずは上巻。

    「豊臣秀吉が死ぬ直前から、関ヶ原の戦いまで」

    という時間帯を、石田三成と徳川家康、対立するふたりを中心にかなり群像劇的に描いた小説です。
    いつも通り、時折作者司馬さんがエッセイ風に顔を出しながらも、1590年代の大坂伏見を歩くジャーナリストの報告を聞くかのような臨場感…。と、騙されて楽しんでいると、ぐぐぐっと大俯瞰に、歴史の、日本の姿までさらっと考察しちゃう。

    そんなぶん回され方に酔いしれる、読書の快楽。

    上巻は、秀吉の死の直前から始まる。
    徳川家康が、秀吉の衰弱と死を見越して、虎視眈々と天下の実権を狙っている。
    それを感じていても、衰弱した秀吉は、自分の一子、まだ幼児の秀頼を立てるよう、もはや祈るように頼むしかない。
    秀吉の優秀な官僚であり、秀吉に拾われ、無から大名になった石田三成は、家康が憎くてたまらない。
    しかし、家康は圧倒的に実績も家柄も武将としての能力も名声も、そして策謀でも世論操作でも上手。

    そして秀吉が死ぬ。

    家康はどんどん権力を増し、横暴を尽くす。
    それは挑発である。石田三成をして怒らせ、家康に対して兵を起こさせる。
    そこで合戦に持ち込んで、戦場で勝利して、そのままその勢いで幼児・秀頼から権力を奪ってしまう。
    そういう青写真を描く。

    それは罠。罠なんだけど、三成もまた、合戦に持ち込んで家康を倒す以外に、秀頼=豊臣家=自分自身の正義感の、立つ瀬が無い。

    家康が世論を操作する。
    陰謀を重ね、無いところに謀反があるように噂を起こす。
    そして、自衛、復讐、正当防衛という美名のもとに、武装して強権を作っていく…

    もともと、人当りにカドがある三成は、家康の策謀にはまり、首都大阪の行政官を追われ、挙兵の意を秘めて自領・佐和山へ落ちていく…。

    という流れ。

    実はこれ、司馬さんの嫌悪する昭和陸軍、関東軍が日本全体を戦争に引きずり込んだ陰謀に似ているんですよね。
    (そしてまた…何やら2015年の日本の政治にも…?)


    閑話休題それはさておき。

    この小説が、強烈に悪役・家康の強大さを描きます。
    蟷螂の斧のような三成。
    滑稽なまでの負け犬。
    その負け犬の意気地を描きます。

    なんというか…
    「スター・ウォーズ エピソードⅠ~Ⅲ」のような。

    あれも、実は結局、悪役パルパティーンが正義の騎士たちに、陰謀を重ねて勝利して天下を取るまでのオハナシなんですね。

    壮大な、悪漢小説。ピカレスク・ロマン。

    ただ…司馬さんには、とことん、家康への愛は無いですねえ。
    家康が、あるいは徳川の子孫の人たちに気の毒なくらい(笑)。

    確かに、陰湿だとは思います。
    だって、天下取ったあと、秀吉の墓、「豊国神社」まで破壊しちゃうっていうのはねえ。すごいですねえ。

    やっぱり、天下を

    家康=江戸=現東京=役人(武士)の町、

    に奪われた、

    関西=大阪=秀吉の足元=商家の町、

    としては、生理的に本能的に、ダメなんでしょうねえ。家康。

    で、この小説が実はきわめてエンターテイメント。
    言ってみれば、高倉健さんヤクザ映画パターンなんですね。
    悪役の狡さ、強さ。
    かなわぬまでも刃向う者たちの美学。
    強烈に散るカタルシス。

    なんだかんだ、散文的に、客観的に語っているようで、「関ヶ原」「城塞」という、

    「作者が大嫌いな家康の勝利を描く作品」

    は、どちらも家康を憎みストレスをためながら、最後に、その家康にあと一歩とせまりながら散っていく男たちの姿に酔いしれる興奮なんですね。

    前回読んだ時、そんな印象を子供ながら持ちました。

    今回、再読では、作者のそこに向かって行くエンターテイメントの手管に感心しながら、先が愉しみ。

    上巻は、コトの発端から、高倉健映画的に言うと。
    とにかく悪玉が強くて悪くて、善玉(とその仲間)が、徹底的にヤられ、嬲られ、耐えて苦しむ時間帯でした。

    さあて、中巻はどう愉しませてもらえるか。

    司馬さんのいつものパターン、

    「序盤にお決まりのように架空の美女キャラが出てきて、主人公と恋仲及びエッチな場面を演じる」

    という王道もご愛嬌。

    (恐らく、週刊誌連載という形式上、ともあれツカミのための一つ覚えなんでしょうかね…(笑))

    たいてい、こういった場合は中盤から終盤にかけて、燃えるごみを捨てちゃうみたいにそのキャラが忘れられてしまうんですけどね。
    そんな破綻をものともせずに、力技で押しちゃうんですよね。司馬さん。

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    2025年11月09日
  • 街道をゆく 9

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    高野山、上田などを訪れるご縁があったので、購読。
    1971年から1996年まで長期連載された、司馬遼太郎さんの紀行エッセイ。その第9巻。

    司馬さんだから、歴史のオハナシが当然多いです。
    そうなんですが、今回読んでみて、思ったことは、2重の意味で歴史のオハナシである、ということ。
    というのは、例えばこの巻で言うと、発表が1976年1月なんですね。
    執筆は1975年でしょう。
    2015年から考えると、40年前のことです。

    だから、歴史の話題が多い紀行エッセイなんだけど、同時に、「1970年代の日本の地方についての、貴重な見聞録」でもある訳です。

    内容は、
    ①新潟県に、水田稲作の姿を見て、農業中心の共同体を訪問。
    ②兵庫県の揖保川沿い。龍野など。
    ③高野山を訪問。
    ④長野県佐久平、上田など
    という旅です。
    当然、エッセイですから、基本は「とりとめもないオハナシ」なんですが、当然、司馬さんの感じ方が好きなヒトなら、それなりに面白いです。
    ある種の文明批評であり、思想であるところ。


    備忘録に何点かだけ記します。

    ①新潟の農村の、60年代を経た風景から、「日本の、土地の価格への執着、土地の利益使用への公的な制限の無さというのは、世界的に見て非常に珍しいこと」という話。
     それが1975年時点での観察であるところも面白い。
     対比的に、中国のことなどがちょっと出てきます。
     すごいなあ、と思うのは。
     1975年であれば、ある種の非自民党的な知識人の中では「共産党中国はスバラシイ」というのが、ある種常識、モードだったはずなんですね。
     紐解けば、「2015年現在で考えると、非常に恥ずかしいというかミットモナイ」と思われるような、共産党中国礼賛の文章を、「え!この人が?!」という人が書いていたりします。
     (まあ、情報が今に比べるとあまりに少なかったということと、公害やベトナムをはじめ、60年代のアメリカ資本主義的なぶん回しの横暴さが、21世紀の常識を超えていた、ということを踏まえて考える必要がありますが)
     ところが、中国に造詣が深いはずの司馬さんの文章は、そこンとこ、やっぱり理性的だなあ、と思いました。

    ②日本の風景が変わったのは、応仁の乱前後(農業技術の改革)と、高度成長期だ、という話を思い出しました。

    ③ところが後年になると、変化を嘆いていた70年代は、まだまだ高度成長以前の風景が地方に行くと潤沢に残っていた。実は暮らし方考え方含めて、大変化が起こったのは80年代だ、という話もありますね。

    ④歴史話で、徳川家康が若い頃に三河の一向一揆で大いに苦労した、と言う話は実はあまり知らなかった。へーっと、思いました。やっぱり苦労してるんだなあ、家康さん。

    ⑤平安時代までの律令制度を「地方の農作物を京都の貴族が搾取するシステム」と。なるほど。バッサリ。

    ⑥兵庫県、播州龍野。童謡「赤とんぼ」。詩人、三木露風。なんだか童謡の風景が浮かぶような素敵な文章でした。男はつらいよシリーズでも、恐らく筆頭の名作「男はつらいよ・寅次郎夕焼け小焼け」も、播州龍野が舞台だったなあ、と。2015年現在、どういう風景なんだろうなあ、と思いました。

    ⑦浄土宗と浄土真宗、法然のオハナシ。

    ⑧九度山は高野山の避寒地だった。

    ⑨高野聖という、スピンオフ的な庶民向けの宗教家。念仏聖へと変化。そもそも真言宗自体が仏教なのか?というオハナシ。

    ⑩性交を崇める、「立川流」という流派。後醍醐天皇などが熱中。一時大流行。

    ⑪長野で真田家話。「みんな源氏か平氏に系図を書き換え」という話が面白かった。渡来系がいなくなる。

    ⑫商業主義は良いのだけど、モラルが必要、と。マーロウみたいな司馬さん(笑)。

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    2015年02月09日
  • 峠(上)

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    越後長岡藩の藩士、河井継之助は幕末の時勢をいち早く察知し、幕藩体制崩壊と予言するのだった。もちろん譜代大名である長岡藩家老一同、継之助の戯言などには耳もかさないのだが、いよいよ歴史が動きだそうとしている、そんなとき継之助が藩主の相談役に抜擢される。同じ上士でありながら方や、外様大名藩士、長州の高杉晋作と行動、理念がかさなる。中巻では京都を去り、幕府の家老職を辞した長岡藩主と継之助はいよいよ自藩の生き残りにかける策にでる。

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    2026年09月01日
  • 新装版 王城の護衛者

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    司馬遼太郎が1968年に発表した短編小説集。会津藩松平容保を描いた"王城の護衛者"、官軍の玉松真弘を描いた"加茂の水"、長州藩大村益次郎を描いた"鬼謀の人"、長岡藩河井継之助を描いた"英雄児"、土佐藩岡田以蔵を描いた"人斬り以蔵"の5編を収録。どの作品も幕末から明治維新にかけての激動の時代を舞台にしています。それぞれの立ち位置は違えど、自分たちの信念を胸にまっすぐに時代を駆け抜けた彼らの生き様には胸を打たれます。しかし、その確固たる信念ゆえに、悲しい終わりが待っているのが寂しい。

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    2015年02月03日
  • 花妖譚

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    日本の国民的作家 司馬遼太郎が新聞記者時代に福田定一の名で発表した花にまつわる不思議な話。
    洋の東西を問わず様々な花を主題とした怪異で美しい話が語られる。
    非常に興味深い趣向の物語で、司馬遼太郎の作り出す幻想的な世界にすっかり魅せられてしまった。

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    2015年01月27日
  • 世に棲む日日(三)

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    2015.1.17
    歴史のうねり。作用、反作用を見極めながら、ただ、自分の方針は変えずに、方法を探った晋作。

    長州の歴史は、日本の歴史だと捉える、著者の視点は納得。

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    2015年01月17日
  • 項羽と劉邦(中)

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    「最初に関中に入った者を関中王とする」楚の懐王の言葉を受けて、配下の項羽と劉邦はそれぞれ秦の中心地である関中をめざす。数々の戦いを制して一番乗りしたのは劉邦だったが……。

    強靭な肉体と類まれな戦闘能力をあわせもつ項羽にくらべて、卓越した能力はなにもない劉邦。しかし、彼の度量の大きさに惹かれて優秀な人材が集まってくるくだりがおもしろい。有名な鴻門の会が描かれている。

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    2017年01月31日