司馬遼太郎のレビュー一覧
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ロシアという国家の原形をとらえ、日本との相互作用を辿っていく。
原形に触れるという作業は、体制の如何を問わず、その国が持つ、固有の国土と民族と歴史的連続性を取り出すことである。
武力のみが国家を保つという物騒な発想を、ロシアはキプチャク汗国から学び、引き継いだ。
シベリアという巨大な荷物の、経済的うまみを創出するために、清国領、満州の一部を手に入れ、朝鮮にまで手を出そうとしたことで、日本に恐怖を与えた。それが日露戦争につながった。
日本は明治末年、この戦勝によって、柄にも無く、”植民地”を得た。それに見合う陸海軍を持たざるを得なくなり、政治までもが変質していった。そして国家の器量に見合わないことをやるようになる。1918年から数年続いたシベリア出征である・・・
このように日本とロシアは、交渉が始まって、200年あまりの間に、作用と反作用が累積しすぎた。お互いに、“おびえ”という心理作用が存在する中では、慣習や儀礼を重んじる成熟した国家関係に成長することはできない。
翻って、現在のロシアとウクライナの問題を考えると、ある種の連続性が存在する。やはり、その国の行動を理解するには、その国の歴史を学ぶ必要がある。 -
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短編集 8作品中3作品は新潮文庫の「果心居士の幻術」と被る。ペルシャの幻術師、コビの匈奴、兜率天の巡礼、下請忍者、外法仏は初。
磯貝勝太郎氏の解説で、またまた改めて知る司馬遼太郎さんがありました。外語大のモンゴル語、何で? 以前から疑問でした。司馬氏が生まれたのは、奈良県北葛城郡當麻町竹内。磯貝氏はそこをシルクロードの終点と解説。その地点から反対の始点であるシルクロードまで、場所がら司馬氏は少年時代からシルクロードへの夢想、詩的想像力を飛翔させるベースがあって、蒙古語を専攻せしめたのだと。子供の頃の病気治癒のお礼参りで、根本霊場の大峰山に行き、山頂の蔵王堂の不滅の灯明と闇にショックを受けたという少年時代のい逸話もあるようです。それ以来、その大峰山を開いた修験者、役行者(えんのぎょじゃ)への憧れもあったと。つまり山伏や忍者への関心は少年時代より。つまり、実はその後の大作群から見れば特異な一連の怪奇譚への必然を少年時代から司馬遼太郎氏の体内に萌芽させていたのだと。やなるほど。
景教。英国人 A.G.Gordon 秦氏のルーツへの考察。散楽雑技、傀儡、秦の弓月(うづき)の君 ペルシャ語 ハタ=はるばるきた ウヅ=第一の キ=人と
ゾロアスター拝火教の僧=magi これが magic の語源とする説明もおもしろかったです。
ペルシャの幻術師こそが司馬遼太郎のペンネームによる第1作なのだという。第8回講談社倶楽部賞に応募されている。他の選考委員が評価しないなか、海音寺潮五郎氏が終始好意的に評価したことで当選作となったのだと。後日の梟の城の直木賞受賞の際の選考でも、「歴史の勉強が足りない!」と主張した吉川英治氏をなだめて、受賞作に決定したのも海音寺潮五郎氏であったいう。ご本人は梟の城以前の作品は、作家としての作品として認めたくないと述懐されているという。 -
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ネタバレ靖国神社に聳え立つ男:大村益次郎の物語(中) 戦略家としての頭角を現し始める。幕府が…崩れ始めた…。
蔵六は相変わらず蔵六であるけど、彼の周囲が彼を放っておかなかった。火吹き達磨を見出した桂小五郎のすごさが際立つ。
さらに、若かりし頃の明治の大物が次々登場するから読んでいてウキウキしてきます。
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p15,~18 開明論と攘夷論(司馬の見解)
開明論(漸次的な開国)は江戸幕府の国政制度を抜本的に改革するものではなかったはず。だからこの当時、日本が西欧列強に喰われない術は過激な攘夷論しかなかった。はず。
西郷隆盛は戊辰戦争で徹底的に戦争し、日本全土を焼き尽くして新しい国家を建設しなくてはならないとまで考えていた。それほど徳川300年の歴史は日本人の政治・思想・慣習あらゆるものを硬直化させていた。西郷は戦争が足りないと思っていたから征韓論派だったし、西南戦争も起こした。自ら明治の人柱になった。かっこいい。
鎌倉末期や室町末期も、崩壊した原因は腐敗した幕府や朝廷などによる国体の硬直化だった。江戸幕府も結局同じような結末を迎えることになってしまったのは、歴史の周期性を感じる。足利尊氏、織田信長、ペリー、硬直した国の在り方を破壊するものが歴史を作っていく。
p444 「哲学」の語を作った人
幕末期、外国の新知識をどうにかして日本語に訳さなければいけないから、いろいろな造語が生まれた。それがちょくちょく話題に出る。蔵六も軍事用語などいくつも造語した。
西周。島根の津和野藩に生まれた明治の哲学者。森鴎外の近所の子だったそうな。philosophyを頑張って哲学と名付けた男。この人のことは前から気になっていたからもっと知りたい。
装条銃…銃弾にスパイラル回転をつけ、弾道の安定と射程の長距離化を実現した。外国人商人は日本に旧式の兵器を最新式として売りに来ていたが、蔵六は世界の本当の最新式を知識として知っている。「情報」を持つものがいつの時代も勝者になるのである。
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この間は著者の雑談が多かった気がする。紙面ですらついつい語りたくなってしまうほど、幕末期は話題豊富なのだ。
次巻で終結。残りはほぼ戦争の話だから読むスピード早くなりそう。 -
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高田屋嘉兵衛の人生の華?とも言うべきロシア外交の部分であるが、実際の文献(当時の記録)からの引用を多用し淡々と述べられている。小説なのか?という印象だ。
ロシアの考え方を理解するために5巻があり、高橋三平との関係があったから廻船問屋の主人で商人でしかない嘉兵衛が今で言う外交官のようなことをできたことを示すためにその前、函館での話しから官船の扱いから御用船頭になった話があり、全てはこの部分の話を理解するために必要な「壮大な前置き」だったと言えるであろう
そのせいか、嘉兵衛の人生の最後の山場、クライマックスであるはずであるのに、読んでいて妙に淡々としすぎて簡単に過ぎた印象も残った。
ドラマ性がない文章になっているという感じか。
このあたりが、司馬文学が冗長とも言われる所以なのかとも感じたが、黒船以前の外交の日本史、特に対ロシアの歴史の流れを知るお話、としてはいいものではなかったかな、とも感じた。