司馬遼太郎のレビュー一覧
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p.45 高杉の自己評価を受けて
「ちょうど酒をまだ入れていない瓢箪のようで、尻の据わりもわるく、またしめくくりも無い。いうならば、江戸っ子がいういわゆるゴロツキ野郎なるものか」と、おもしろおかしく自分を嘲っているが、かといって自己嫌悪でもなく、虚無思想の徒でもなく、また絶望という気分に自己愛の甘美さを見出す男でもなかった。かれには元来、絶望という感覚がなかった。なかったのは、天成なのか、または現実を大肯定する儒教によってその精神を形成していたからか、それとも前途に絶望を感ずるのは知恵のないあほうがみずから掘るおとし穴だと思っていたのか、どうやら後者らしい。かれの当時、絶望という日本語がなかった。困ったという言葉があった。
「わしは一生、困ったと思ったことがなく、口に出したこともない。」
→「それとも前途〜」以下は凄く深い意義がある。つまり自らの前途に絶望するのは対処策を思いつくことのできない阿呆がすることだと解釈。どんなに危機的な状況でも絶望に時間を使うのではなく打開策を見つけ出すのが高杉の生き方を真似ることだ。 -
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ネタバレ大坂の冬の陣・夏の陣を、戦が始まるきっかけから大坂城落城まで描いた歴史小説。
2016年大河ドラマ「真田丸」の予習として読んだ。
主人公は小幡勘兵衛という牢人で、後に軍学者となる人物。彼は、戦の表舞台には立っていないが、徳川方の間諜として豊臣方に入り込んでいた人物であるため、両者を行き来しつつ狂言回しとして物語を進めていく。でも、途中で時々、全く登場しなくなり、誰が主人公だっけ?となることも。司馬小説ではよくあることだけど(いわゆる「余談だが現象」)。
たまに勘兵衛が、恋人お夏のために豊臣方に肩入れして徳川を裏切りそうになり、その場面だけはグッとくるものがあるのだけど、最終的には打算と私利私欲で動く人物なので、途中からはそんなに感情移入は出来ない。
それ以外の、戦の表舞台に立つ登場人物は以下の人達
豊臣:淀殿、豊臣秀頼、大野治長、真田幸村、後藤又兵衛、片桐且元
徳川:徳川家康、徳川秀忠、本多正純、本多正信
どの人物も、何かしら足りないところや汚いところがあって、他の司馬小説の主人公(竜馬・高杉・土方・信長・秀吉ら)みたいに純粋にカッコいいと思える人はいない。でも、その人間臭さこそが、司馬さんが群像劇としてこの小説を描いた意味なのだろう。
そして、女優で歴女の杏さんが本の帯か何かで書いていた、『最強の城も、人間や組織次第でこうも簡単に滅びるのか』みたいなことが、この小説の一番のテーマ。最強の城と、実戦経験豊富な現場担当者。これらが揃っていながら、なぜ大坂城は落ちてしまったのか。上に立つ者が世間知らずでマヌケだったから、なのだろうけど、その一言だけでは片づけられない、数々のボタンの掛け違いによる失敗から学ぶことは多い気がする。
以下、印象に残ったエピソード
片桐且元の豊臣方から徳川方への転身
- 豊臣を裏切る気持ちは無かったのに、家康の策略と豊臣上層部の疑心暗鬼から、やること全て裏目に出て、転身せざるをえなかった片桐且元。豊臣への忠誠心は誰よりも強かったはずなのに、最後は大坂城へ向けて大砲を打つことまでさせられた彼の心境は、言葉に出来ない。人と人との些細な擦れ違いから、人生を狂わされてしまうこともあるのだ。大河ドラマ「真田丸」小林隆さんの悲喜劇入り混じった演技も、印象深かった。
大坂五人衆集結
- 真田幸村、明石全登、後藤又兵衛、毛利勝永、長曾我部盛親ら五人衆。戦う場所を欲して、家の再興、キリスト教布教許可など、各々の理由を持ちつつ大坂城に集まって来て、団結して戦いに臨む。大河ドラマと並行して読んでいたため、映像とシンクロしてワクワクして読み進めた(負けるのは分かっているのだけれど)。
犯罪者家康と、純粋な豊臣方牢人たちとの対比
- 司馬さん曰く、徳川家康の大坂攻めは戦争というよりも、本質は「犯罪」(主家である豊臣家に対し、騙したり、約束をすっとぼけたり、内部分裂させたりしたから)。家康をとことん悪人に描いているが、それは彼が「後世にどう思われるか」という発想が無かったから、との解釈。一方、真田幸村・後藤又兵衛ら大坂方牢人は、豊臣が滅んだら他に頼るものが無いわけで、自然、死を恐れず武名をあげ、後世に向かってよき名を残すことに純粋に研ぎ澄まされていくようになる。それぞれの生き方の違いだったのだろう。 -
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ネタバレ大坂の冬の陣・夏の陣を、戦が始まるきっかけから大坂城落城まで描いた歴史小説。
2016年大河ドラマ「真田丸」の予習として読んだ。
主人公は小幡勘兵衛という牢人で、後に軍学者となる人物。彼は、戦の表舞台には立っていないが、徳川方の間諜として豊臣方に入り込んでいた人物であるため、両者を行き来しつつ狂言回しとして物語を進めていく。でも、途中で時々、全く登場しなくなり、誰が主人公だっけ?となることも。司馬小説ではよくあることだけど(いわゆる「余談だが現象」)。
たまに勘兵衛が、恋人お夏のために豊臣方に肩入れして徳川を裏切りそうになり、その場面だけはグッとくるものがあるのだけど、最終的には打算と私利私欲で動く人物なので、途中からはそんなに感情移入は出来ない。
それ以外の、戦の表舞台に立つ登場人物は以下の人達
豊臣:淀殿、豊臣秀頼、大野治長、真田幸村、後藤又兵衛、片桐且元
徳川:徳川家康、徳川秀忠、本多正純、本多正信
どの人物も、何かしら足りないところや汚いところがあって、他の司馬小説の主人公(竜馬・高杉・土方・信長・秀吉ら)みたいに純粋にカッコいいと思える人はいない。でも、その人間臭さこそが、司馬さんが群像劇としてこの小説を描いた意味なのだろう。
そして、女優で歴女の杏さんが本の帯か何かで書いていた、『最強の城も、人間や組織次第でこうも簡単に滅びるのか』みたいなことが、この小説の一番のテーマ。最強の城と、実戦経験豊富な現場担当者。これらが揃っていながら、なぜ大坂城は落ちてしまったのか。上に立つ者が世間知らずでマヌケだったから、なのだろうけど、その一言だけでは片づけられない、数々のボタンの掛け違いによる失敗から学ぶことは多い気がする。
以下、印象に残ったエピソード
片桐且元の豊臣方から徳川方への転身
- 豊臣を裏切る気持ちは無かったのに、家康の策略と豊臣上層部の疑心暗鬼から、やること全て裏目に出て、転身せざるをえなかった片桐且元。豊臣への忠誠心は誰よりも強かったはずなのに、最後は大坂城へ向けて大砲を打つことまでさせられた彼の心境は、言葉に出来ない。人と人との些細な擦れ違いから、人生を狂わされてしまうこともあるのだ。大河ドラマ「真田丸」小林隆さんの悲喜劇入り混じった演技も、印象深かった。
大坂五人衆集結
- 真田幸村、明石全登、後藤又兵衛、毛利勝永、長曾我部盛親ら五人衆。戦う場所を欲して、家の再興、キリスト教布教許可など、各々の理由を持ちつつ大坂城に集まって来て、団結して戦いに臨む。大河ドラマと並行して読んでいたため、映像とシンクロしてワクワクして読み進めた(負けるのは分かっているのだけれど)。
犯罪者家康と、純粋な豊臣方牢人たちとの対比
- 司馬さん曰く、徳川家康の大坂攻めは戦争というよりも、本質は「犯罪」(主家である豊臣家に対し、騙したり、約束をすっとぼけたり、内部分裂させたりしたから)。家康をとことん悪人に描いているが、それは彼が「後世にどう思われるか」という発想が無かったから、との解釈。一方、真田幸村・後藤又兵衛ら大坂方牢人は、豊臣が滅んだら他に頼るものが無いわけで、自然、死を恐れず武名をあげ、後世に向かってよき名を残すことに純粋に研ぎ澄まされていくようになる。それぞれの生き方の違いだったのだろう。 -
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司馬遼太郎が昭和30年に出したサラリーマンについてのエッセイ。当時は福田定一という本名名義だったとか。歴史上の名言を一言上げた後、サラリーマンに関する考察を述べる形式の前半が主。後半に自身が新聞記者になるまでの経緯を同僚・先輩に絡めての話を掲載。後に日本史を中心にした歴史小説の大家になった人だが、出てくる名言はむしろ西洋の名句か当時の近現代のそれらばかり。彼の教養がいかに凄いか驚かされる。またさらにサラリーマンに関する諸考察は2017年現在においても思い当たるものばかりで全く色褪せない。短い彼のサラリーマン生活は苦悩であり、そこから出てきたものだという。そう。サラリーマンは実力のそれより運か運命に翻弄される。そんな人ばかりなんだろうと思った。
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司馬遼太郎さんの、エッセイ集。
電子書籍で読んだのですが、まず不満があって。それぞれの文章の初出がどこにも明記されていない。
まあ、良いのですけど、やっぱり良くない。気持ち悪い。明記して欲しいなあ、と思います。
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僕は司馬遼太郎さんは好きなので。
エッセイや旅行記や対談本なども、基本、好きです。
そんなにハズレがありません。
その代わり、もう随分読んでいるので。新鮮味は特にありません。
それでも時折、司馬遼太郎さんの文章というか、言葉が読みたくなります。
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いろいろな文章が入っていますが、まあ、いちばん印象に残るのは、
司馬さん自身が第二次大戦の末期に陸軍兵、それも戦車の下士官として過ごした日々について、そして戦車について書かれた、「戦車・この憂鬱な乗り物」「戦車の壁の中で」「石鳥居の垢」の3篇だと思います。
司馬さんは文中、自分が乗った戦車の、言ってみれば自動車としての性能や機械としての努力を大いに認めながら、下記のように指摘します。
”(日本軍の)この戦車の最大の欠陥は、戦争ができないことであった。敵の戦車に対する防御力も攻撃力もないにひとしかった”
まあ、思わず笑ってしまう語り口。
以下、事実かどうかは僕は確かめるすべはありませんが。
とにかく物資がなくて、かつ、兵器の優劣の戦場でのリアリズム効果を見つめることができなかった昭和の陸軍。
そうしてできた戦車は、戦車ではあるものの、「戦車 vs.戦車」という戦闘になった場合は、あらゆる意味で、装甲や弾の破壊力で、物理的に勝負にならない代物だったということです。
そんな戦車で、本土決戦で敵の戦車と戦えと。
その際に、行軍で避難民が邪魔なら踏み潰して良いと。
そういう司馬さんの実体験を、司馬さんらしい、時に乾いたユーモアも交えながら冷静に語られるのですが。
この文章では、なんというか。
司馬さんがどろどろっとした感情、愚痴、恨みつらみ、そんなものをほとばしらせる感じがありました。
あふれちゃった。
そういう状況下で、二十歳前後で、「俺は死ぬんだ、死ぬんだ」と覚悟しなくてはならなかった青春。
と、言うものを想像しろと言われても、正直、できません。
そんな時代が「終わったもの」として葬られても、まだ生きている司馬さんにとっては、忘れられない、忘れてはいけない、2度とあんな世界を観たくない、あの責任を誰かに問いたい…。
そして、「またいつでも、ああいうことになるんぢゃないかと思う」という、悪夢に汗をかいて跳ね起きるような危機感があったんだなあ、と思いました。
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昭和の陸軍に対して、肉体的と言って良いまでの恨みというか、反感を隠すことがなく。
一方で、明治時代の政府や軍事に対して、一定の好評価と、感情レベルでの好意を持っている。
そんな司馬さんの、論という以前の、体温、体臭みたいなものが、「受け付けない、気に入らない」、というヒトには、いちばん受け入れがたい本かも知れませんね。「歴史と視点」。
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以下、備忘録。メモ。
●大正生まれの「古老」
グアム島の密林から横井庄一さんという元軍曹が発見されたのが1972年。恐らくその年に書かれた文章。横井さんは30歳で終戦を迎えましたが、それを知らず、仲間2人とともに、「戦争は続いている」と思いながら28年間生活していました。
この事件から、「生きて虜囚の辱めを受けず」という考え方は明治以降であることとか、近代国家、軍隊という、個人にとって重苦しいものについて、とか。そして、戦争、戦争だけでなく集団熱狂みたいなものへの嫌悪など。
●戦車・この憂鬱な乗物
●戦車の壁の中で
●石鳥居の垢
●豊後の尼御前
戦国時代、九州。大友宗麟の領内で、「おんな城主」がいた、というお話。攻め寄せる敵を相手に軍を率いて籠城戦、攻防戦の末、見事に打ち破った。
「へえ〜」と思って面白かった。2017年にNHK大河ドラマで「おんな城主」を放送するそうですが、あれは井伊のお話。
ただ、なんだか見せ場で言うと、この九州の「尼さん城主」の方が面白いんぢゃないかと思うくらい…。
●見廻組のこと
佐々木只三郎さん、という幕末の幕臣の、まあ一代記。
幕末の京都で、「新選組」と同じように「見廻組」というのを作り上げた。見廻組は幕臣中心で、あまり統率も良くなくぱっとしなかった。なんだけど、佐々木さんは数人と共に、どうやら竜馬暗殺を実行したようです。
●黒鍬者
幕末の「江原素六」というヒトのお話。
貧しい最下層の幕臣、「黒鍬者」から学問で身を立てて。一時期は「菜葉隊」という緑の羽織袴の幕臣部隊を率いて。
明治以降は静岡の徳川家で過ごし、教育者になったそう。
幕府瓦解の季節、土方歳三と一瞬、すれ違うような因縁があったそう。
●長州人の山の神
幕末明治の動乱で、主に戦場指揮官として活躍した、「白井小助」のお話。大した才能は無かったらしく、栄達しなかった。だけど、栄達した伊藤博文や山県有朋らの先輩にあたる。なので、時折上京しては、からみ酒で困らせた、という挿話が楽しい。
●権力の神聖装飾
明治初期に、「どうやったら天皇っていうのが神様っぽく、大きな権威を持ってるように、装飾できるのか」ということについて、伊藤博文とかが話し合った。その話し合いは、普通にテーブルで議論されて、そこには明治天皇も普通に意見交換に参加して、皇后さんがお茶を持ってきたりした、ということとか。
儀典・儀礼・儀式みたいなものを、どの時代も成功者は取り入れることで権力を支えてきましたよ、みたいな。
●人間が神になる話
どうやら、昭和時代まで、山村などでは。
高貴なヒトが来たら、そのヒトが入浴した湯を飲んだりしてたらしい、という。
江戸時代まで、京都の天皇と貴族たちがどれだけ貧しかったか。
一方で、情報も無い時代に、貧しさと引き換えに神秘性があり、生きる神みたいな信仰があったとか。
でも、その信仰っていうのは、「そのために死にます!」みたいな強烈なものでは無かった、とか。そういうお話。 -
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西南戦争の終結から、翌年の大久保利通さんの暗殺まで。
大久保さんが殺された翌年に大久保さんの犬だった川路利良(警察にとってはエラい人)も病死していました。
司馬さんの本は小説というよりも研究論文なので、とてもお勉強になりました。
ちゃんと反対意見なども載せているから、それほど偏っているとも思わない。
ただ、この本を読んで西郷隆盛さんって人がますますわからなくなったよ。
確かに討幕のときは大きな仕事をしたんだろうけれど、その後は同郷の仲間ばかりを依怙贔屓して、目の前の自分や仲間に関わる問題にのみ異常にのめり込んで、全体を見ることができない人って感じ。
なんだかんだで大久保さんを筆頭とする元薩摩下級士族が太政官政府を牛耳っていたのは間違いないし、彼らにとって西郷さんは「神さま」なのかもしれないけれど、元徳川だった藩出身のらじからすると、やっぱり薩摩の偉業を国民にアピールするために作られた偶像なのかな…って思いました。 -
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ネタバレ物語は西南戦争のまっただ中。
激戦の末に田原坂を失い、物資と人員を欠いた薩軍は、それらを潤沢に補給できる政府軍に押され始めました。
この間、西郷隆盛さんは「神輿」であって、薩軍を指揮した様子は全くありません。
西郷さんが指揮をしないでも、優秀な参謀らが何とかしているってならまだしも、基本的にノープランなうえに、全体を見渡せない人が上に立っている。
これはやっぱり、兎狩りで森で転んで、頭を強打してからの西郷さんはおかしかった…って説が正しいのかな?
みんなの命がかかっているのに。
政府では、西郷さんが征韓論で下野した直後と西南戦争の際に大量の警察官を雇用したとは聞いていたけれど、当時の警察は士族採用が基本で、このときは特に旧会津藩士をたくさん採用したらしい。
幕末に統制が取れた武勇でならした藩は薩摩と会津が双璧だったから、西の横綱には東の横綱をってことだけじゃなくて、討幕にあたって薩摩を中心とした「官軍」に苛め抜かれた会津の恨みを利用しようとした感じ。
大久保利通さんて、人間の機微に通じていたんだね。
それって通じ過ぎているのがバレると、お友達がいなくなるどころか、ヘタするとめっちゃ恨まれるよね。
前巻では政府側の乃木希典さんの使えなさっぷりが描かれていたけれど、今回はお金に汚いくせに細かいことにまであれこれと口を出す実は小心者の山県有朋さんが猿回しのサルみたいでした。
西南戦争ってかなり早い段階で薩軍の負けが見えてたんだな~。