ドストエフスキーのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
むかし手に取った時は、途中から何読んでるのかさっぱりわからなくなるほど、話が全く頭に入って来ず。
一巻の途中であえなく断念。
中村文則のエッセイ読んだことをきっかけに(バーの帰りに女の子の家にまんまと遊びにいけたのに、悪霊の続きが気になって仕方ない中村文則は、二兎を得ようとして女の子の部屋でモリモリ悪霊を読み進み、結局女の子との間には何も起こらず朝を迎えた、あの悪霊)、そんなにおもろいんかともう一度チャレンジ。
2回目手に取った今回は、あら、こんな話でしたっけ?
と思うほど、一度目の私のおぼろげな記憶にあった話とは全然違って、驚くほどスイスイと面白く読みました。
一巻の終わりまで難なくたどり着き、読書ガイドを読んでからは火がついた!
革命好きのあたしとしては、どうしても最後までたどり着きたい物語として認知した。
最後まで読んで、感想としては、それでもまだ今の私向きの話じゃなかったということ。
映画をたくさんみると、話なんか関係なく、この映画見ていたいと思える映画に出会えるようになるけど、
この本もきっとそういう本なんだと思った。
もっとたくさん本読んで、それでもっかい読んだらいつか、その豊かさが分かりそう。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ他の長編にくらべると思想的なものが薄かったりして読みやすかった。
ギャンブルにはまったひとにしか書けなさそうな文だとおもったらドストエフスキーもギャンブルでえらいめにあってたのね…。
書いてあることが、ギャンブル依存症の知人が言ってることとだいたい同じだった。
老婦人が登場してからの勢いのある賭け方とスリ方にはつい笑ってしまった。
ドストエフスキーの登場人物は唐突に叫んだり激昂したりするけど、この人もそんな感じで、周りが必死になってとめてるのにウォォォ!とばかりに賭けまくって持ち金全部なくす様は潔くもあり滑稽でもありまた切なくもあった。
負ければ取り返したくなるのは仕方ないことだけどあまりにもはちゃめちゃな賭け方。
『生涯にせめて一度なりと、打算的で忍耐強くなりさえすれば、それでもうすべてなのだ!せめて一度でも根性を貫きとおしさえすれば、一時間ですべての運命を変えることができる!大切なのは、根性だ。』
という文は、すごい根性論ではあるけれどつい逃げそうになってしまう私には響いた。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ有かも…
ご注意ください
さて中巻は見習い修道僧であり、愛されキャラ三男アリョーシャがお世話になっている修道院の長老であるゾシマが瀕死状態になる
ここでゾシマ長老の過去の回想(伝記)及び法話と説教など…(か、かなり長い)
今でこそアリョーシャをはじめ、民衆から尊敬されるゾシマ長老(その民衆らの信仰ぶりは遠方からはるばるゾシマ長老に一目会いにくるなど、上巻たっぷり記載されていた)だが、若い頃は結構平凡で普通の青少年だ
ポイントとなるエピソードは3つ(個人的見解です)
■エピソード1
(ん?スターウォーズ⁉︎)
お兄さんの精神世界の変化
ゾシマ長老は精神的にアリョーシャと自分の兄がそっくりだと言う
17歳まで全く神を信じていなかった兄、無口で癇が強く、孤立していた
しかし結核を患い余命半年から1年くらいから教会へ行くようになり、精神的にすっかり変わる
思いやり、感謝、幸福の喜びを知り、死ぬ直前まで喜びで満たされていた
■エピソード2
ペテルブルクの士官学校にて
善良だったが素行は悪く、若さゆえに享楽の生活にのめり込むゾシマ君(笑)
そんな折、若く美しい令嬢に想いを寄せるが、後に彼女が他の男性と結婚したことを知る
うぬぼれに目がくらんで、気づかなかったことにショックを受けるゾシマ君
憎悪をおぼえ、復讐心、憤り、見苦しい愚かな人間になりさがる
そして恋敵に決闘を申込む
自分は堕ちるところまで堕ちてしまったのだ!
しかし決闘前日にある宿命的なことが起こる
この時、亡き兄を思い出しの自分の罪深さに気づき、決闘を取り下げてもらうようプライドを捨てて頭を下げるのだ
周りからは大ブーイング
全てを受入れ、深く反省し、退役
修道院へ入る決意をする
■エピソード3
さらにこのエピソードは興味深い
新たに出会った年輩の人物
それは有力な地位の皆に尊敬される裕福な慈善家
この50歳くらいの紳士はゾシマ君(この頃もまだ若僧)を信頼し、何度も話すうちにお互いに信頼関係ができ、年の離れた親友となる
実は、彼は14年前、フラれた腹いせに女性を殺害した殺人者であり、それを誰かに打ち明けたかったのだ
その白羽の矢が立ったのが信頼関係を築けたゾシマ君
そして今度はこの罪の告白を愛する家族をはじめ、皆にもしようとするのだが、これがなかなかいざとなるとできない
ゾシマ君は、告白すべきだと説得を続ける
この立派な紳士の罪を泣きながら聖母マリヤに祈るゾシマ
しかしこの紳士はだんだんゾシマに会うたび「まだ告白していないのか」というゾシマの無言のプレッシャーを勝手に感じ精神的に追い詰められていくのだ
結局この紳士は勇気を出して告白するが、ゾシマを激しく憎むようになる
「今やあの男(ゾシマ)だけが、俺を束縛してわたしを裁いている…」
そう、ゾシマを殺そうとするほど激しく憎むようになる
紳士は精神錯乱し、死んでしまう
誰もが彼の罪を信じず、亡くなったことを嘆き、若僧ゾシマを白い目でみるように
しかしながらやはり真実を信じる人が増える
そうすると今後は好奇心から、例の紳士のことをあれころゾシマに尋ねだす始末
彼は一切を沈黙した
「人間は正しい人の堕落と恥辱を好むものだ」と納得の上、ゾシマはこのエピソードが、自分の道を主が思し召してくれるのを強く感じるのだ
そうこれらのエピソードからゾシマは修道僧となるのだ
(教訓としては傲慢さを捨て、常に謙虚であれ…かな?)
エピソード後は、ゾシマ長老の長い説法
修道僧とは、修道僧の偉大なる仕事とはから始まり、精神的な人の対等とは、また祈りと愛の大切さ、地獄の考察など…が長々と続く
ここは上巻のイワンの「大審問」に対する場面では!?
イワンとゾシマ長老の正反対(しかしながらそう簡単ではないのだが)の話しを聞いたアリョーシャである(この場面は宗教色が強く、しっかりと理解するのは難しかった)
これほど人々に尊敬され、愛されていたゾシマ長老の悲しい死
ここできわめて異様で不安な思いがけない事態が起こる
ゾシマ長老の棺から腐臭が立ち上り始め、それがあっという間に強烈になっていったのだ
当然不信者たち(修道院内にも派閥があるのだ)は大喜びしたが、信者の中にも興奮し喜ぶものも多数いた
これはまさに「人々は心正しき者の堕落と恥辱を好む」ということなのだ
そしてこの出来事でアリョーシャまでが動揺してしまう
この物語の語り手である「わたし」に言わせると
アリョーシャはゾシマ長老の奇蹟が起こらなかったことに対する失望ではなく、「正義」が起こらなかったことに対する動揺だという
全世界のだれよりも高くたたえられるべき人が、おとしめられ辱められたのだ
彼よりはるか下に位する軽薄で嘲笑的な、悪意にみちた愚弄にさらされたことを、悔辱と憤りで耐えられなかった
無垢なアリョーシャの心を苦しめた
そのアリョーシャをラキーチン(同じ修道院の神学生、なかなかいけ好かない奴)がグルーシェニカ(ある老商人妾であり、おとんフョードルと長男ドミートリィが取り合っている女性)のところへ連れていく(連れていくその理由が最低なのだが省略)
ここでグルーシェニカがアリョーシャに出会ったことによる二人に相乗効果が発揮され、彼らに変化が起こる
グルーシェニカがアリョーシャを憐れむことで、アリョーシャはグルーシェニカの愛に満ちた魂を見いだす
善が悪に染まるのはハイウッド映画でよくあるが、ここはアリョーシャの勝ち!
グルーシェニカが精神が、心が開花される
これまた不思議な因縁である
そしてアリョーシャも心が救われる
その後アリョーシャは僧庵に戻り不思議な神秘的な体験をする
大地をに接吻し、歓喜し、揺るぎなく確固とした何かがアリョーシャの魂の中に下りてくるのを感じたのだ
アリョーシャはこの体験をきっかけに立派な精神的な意味で修道僧になったのではなかろうか
さて
グルーシェニカ(ある老商人妾であり、おとんフョードルと長男ドミートリィが取り合っている女性)には過去に愛する男性がいた
彼は他の女性と結婚してしまったが、奥さんが亡くなり、グルーシェニカの元へやってくることに
気を高ぶらせて彼との再会を待っている
グルーシェニカにしてみれば、老商人もフョードルもドミートリィもぶっちゃけどうでもいい存在
彼女は傲慢、利殖の才にたけ、ケチで金儲けにしわい性悪女なのである
一方長男ドミートリィ
そんなグルーシェニカに身を焦がし、彼女との新しい生活を勝手に夢見てお金の調達が必要なんだ!とまたも思い込む
おとんだけをライバルだと思い込み、お金させあればうまくいくと思い込み、東奔西走し出すことに
先走りと思い込みの激しさがもう何とも痛々しい
相変わらずすぐカッカするし、口は達者(方向性が間違っているが)、調子が良すぎて破天荒
雲行きが怪しくなってくる
ある村の宿場で、グルーシェニカ、グルーシェニカの元カレ、ドミートリィ…他面々がそろう
ドミートリィはヤケになっており、最後の豪遊!とたくさんのシャンパンと食材をじゃんじゃん運んでやってくる
元カレとドミートリィらのやり取りを通じて、なんとまさかのグルーシェニカの心変わりが起こる!
現実の元カレの態度や考えを見てガッカリしたのだ(かつらだったしね(笑))
そこで一気にドミートリィへの愛へ目覚める(あれぇれれぇ…という展開)
ここからお決まりの派手な酒盛りのどんちゃん騒ぎ♪
とジェットコースターのような展開だが、さらにさらにそこへ突撃隊の如く警察署等らのお出まし
そうドミートリィはおとんのフョードルの殺害事件の容疑者であると告げられる
ドミートリィは父親殺しの無実を訴え続けるが、最終的に刑を受け入れようとする
「僕はこれまでの一生を通じて毎日、この胸を打っては、真人間になることを誓いながら、毎日相変わらず卑劣な行為をやってきました。僕のような人間には打撃が、運命の一撃が必要なのです。僕はこの告発と世間に対する恥辱との苦しみを甘んじて受け、苦悩によって汚れをおとしてみせます!」と告白する
こういうセリフをドミートリイに言わせるあたりがドストエフスキーだ
ああ、フョードルがとうとう死んでしまった
彼こそまさにカラマーゾフの象徴なのに…
おとんフョードルと長男ドミートリイは結構似ている
しかし圧倒的にフョードルのが「カラマーゾフ的」で最高に笑わせてくれた
格が違うし、「カラマーゾフ的」なキャラに何の迷いもなく、余裕しゃくしゃくだ
その点、長男ドミートリイはまだ「カラマーゾフ的」なものになり切れない迷いや善良さや青さがある
というわけで個人的にとても淋しい
ちなみにおとんフョードル殺しについては、長男ドミートリィに容疑がかけられているが、ドミートリィはスメルジャコフを疑っている
スメルジャコフというのはフョードルおとんの私生児で、料理が上手いため、フョードルおとんは彼を召使いかつ料理人にして身近に置いていた
もっとも自分の子とは一切認めてもいないし、下手したらおとんのことだからそんなことさえも忘れているのではなかろうか…
このスメルジャコフというのはかなり歪んだ人間だ
人嫌いで寡黙、傲慢であらゆる人間を軽蔑しているかのようなふるまい、猫を縛り首にして葬式ごっごをするまさにサイコだ
しかし割と頭はキレるし、普段は無口だが、生意気さと屁理屈に関して口は達者
そして癲癇(てんかん)持ちである(あのおとんが心配するほどのなかなか重度の癲癇っぽい)
そう丁度フョードル殺害時間の前後くらいは、激しい癲癇の発作があったスメルジャコフであるが…!?!?!?
このスメルジャコフに対し激しい嫌悪感を持っているのが次男のイワン
思考の支離滅裂さ、というよりむしろ思考の落ち着きのなさにおどろかされ、願望の非理論性や混乱におどろかされる
いやらしい狎れなれしさにも嫌悪に感じていた(同じくつかみどころのない不気味な存在感で私も苦手)
中巻まとめ
ゾシマ長老の棺から腐敗臭がすることによる騒ぎ、ここで起こる人々の深層心理
あれほど神聖な人間にこのようなことが起きると人はどうなるのか
人の心の奥底の醜い部分を上手に引き出し描いている
こういう人間の深い心情を描くのがドストエフスキーの唸らせるところである
また逆に人は悪いところばかりじゃない
悪いなりに良くもなるし、悪い中にも良い心がある
ドミートリイやグルーシェニカに見え隠れする部分がそれだ
全てが善、全てが悪なんていうのはない
そんな人の複雑で奥深い心情をいつも見事に描いてくれる
下巻はどういう展開となり物語は完結するのだろうか…
ドキドキワクワク… -
Posted by ブクログ
下級役人マカールと天涯孤独な娘ワルワーラの書簡形式による貧乏物語でドストエフスキーの処女作。よく分からんがデビューから絶賛されたらしい。
ワルワーラの名前も手紙ではワーレンカばっかり言ってるので混乱してくる。
お互い貧乏になっていく過程よりも女に借金しても入れ込む心情は現代に通じるものがある。ただしマカールは粘着質的な内気者なので現代ならもっと悲惨な目にあう可能性あり。状況が好転したところでの急展開。ワーレンカの文面も変わるところがリアル。
ところどころ悲惨な死に様が出てくるところも印象深い。
さて解説ではこの話が架空の少女を作り上げたマカールの妄想話の可能性ありとしている。そうだとすると個人的にはナンだか寒気のする話でホラー的ですらある。さすが文豪! -
購入済み
時代を映した複雑で混雑したお話
なかなか複雑で細かいところまで理解できませんでしたが、活劇的な話の展開が、あの時代にしてあったのだとちょっと感動です。解説を読むと、パリコミューンやロシアの農奴制廃止、資本主義の台頭による貧富の格差など、恐ろしいほどの混沌があって描かれたお話なのだと思いました。
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購入済み
会話がおもしろい
いろいろな人物が出てくるのでこんがらがってしまうのですが、あまり気にせず読み進めていくと、展開が面白いです。飽きさせません。ドストエフスキーさんは会話が上手で面白いです。
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Posted by ブクログ
物語自体が壮大で複雑だし、ロシア文学特有のとっつきにくさ台詞回しのくどさもあって読みにくいとか冗長とか言う人もいるかもしれないけど、一旦引き込まれると、いっきにのめり込んでしまって、むしろ冗長さと思われたひとつひとつ、台詞回しや登場人物の思考の振れ幅なんかも面白いと感じられました。
ストーリーラインでいうと、風呂敷の広げ方秀逸で、例えば第一部では、ステパン婚約をきっかけに展開が加速していって、スタヴローギンの秘密や人間関係などの伏線が散りばめられつつ、“日曜日”に収束していって、ご本人登場!みたいな展開は、読んでいてとても盛り上がったし、同時につづく章での核心に繋がるヒントや前触れも小出しされていってどんどん引き込まれていきました。
また、テーマ自体も重厚で(自分はかなり不勉強ですが)、農奴解放令以後の様々な思想や価値観が混沌とした激動の時代の中における、無神論やニヒリズムや革命思想、それを抱く人物たちの狂気、、苦悩、、きれらを書き表現できる作者の偉大さ驚愕しました。