ドストエフスキーのレビュー一覧
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一応架空の主人公を設定していますが、実際にはドストエフスキーの実体験を描いているルポタージュのような小説。ノンフィクション、ドキュメンタリーの好きな私には読みやすかった。描かれる囚人たちの描写も様々で面白く読めた。
鞭打ち刑は想像以上に厳しい物のようで、それで死んでしまうこともあった刑罰のよう。小説内で主人公は「犯罪の差異に刑罰の結果の重みが平等に応対しているか」「同じ刑罰でも、受ける人によって非常に軽い結果となる場合と思い結果になる場合があるが、それは平等なのか」、囚人たちが真に欲しているのは「自由」であり「思い通りにふるまう自由」を求めていること、刑罰が囚人の更生にならないことなどについて -
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本書の魅力は、登場人物がそれぞれ強烈な特徴を持っていることです。
特にラスコーリニコフは、自らの考えを正しいと信じ、最後まで変わることがありません。自首し投獄される中でも道徳的な罪というものを認めることができずに葛藤します。自分を非凡な人間だと信じる自尊心が強く、高慢で不信心な若者が、人を殺めたときにどう感じるのか、生生しい苦悩の描写に引き込まれました。
ラスコーリニコフがソーニャを罪人だと責める理由が最初分かりませんでした。ソーニャが自分の人生を生きないから、つまり偉大な人生を貪欲に求める彼の思想と正反対だからだと読み終わった後に思いました。
エピローグの結末は個人的に好きです。
時 -
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ネタバレFeBeで聴書
主人公の心の動きを整理してみました。
家族の訪問にて家族との再会に喜ぶも同時に拒絶する。
ソーニャの訪問にてソーニャに惹かれる。
ポルフィーリーのもとへ時計を取り返しに行くと称して偵察に行く。ラズミーヒンを騙す狡猾さが見られる。
スビトリガイロフの訪問に驚く、幽霊の話に自分の経験と重なりあっけにとられる。
ルージンと妹の縁談の破談。家族と絶縁する。罪人としての意識と決心が読み取れる。
ソーニャに会いに行く。彼女を自分と同じ罪人とし、一緒にいるべきだと考える。
警察署にてポルフィーリーと面会する。自白に行くのかと思いきや、ポルフィーリー見抜かれないように振る舞う。手の内を暴こう -
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ネタバレFeBeで聴書
主人公の心の動きを整理してみました。
ある計画が頭に浮かんでいるが、現実味がなく感じている。
マルメラードフとの出会い。自分の惨めな境遇と重なって、彼に共感する。人間どこかに居場所がなくっちゃいけない。
母からの手紙。彼の人柄が分かる。妹想いの兄であること。事の一切を見抜く鋭い利口さがある。ひねくれている。
衝動的に行った外出。偶然に絶好の機会が訪れ、計画の実行を決心する。
計画の決行。精細さを欠いた、行き当たりばったりの行動から決心しつつも、自分の中で受け入れられていないことが分かる。そして、自らが事を起こす前に想像していたにも関わらず、気が動転しこらえきれなくなる。
その -
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ちょっと前に「白痴」も読んだが、ドストエフスキーって長編作家として欠点有り過ぎだと思う。
海堂尊さんは同日に同時並行に起こる事件をデビュー作として書いたが、編集者の助言で「チームバチスタ」「ナイチンゲール」の2作に書き直したという。僕が編集者だったら、この作品をステバン氏、ピョートル、ニコライが主人公の3作に書き直させるな。
終盤のステバン氏の再登場。ロシアの大衆を愛すると云いつつ、世間知らずで、まったく大衆を知らない。知と美に殉じ、変な拘りで自分を追い込んでいく。しかし、ドストエフスキーは愛情をもって、このピエロ的人物を描いている。
その息子、ピョートルは頭に穴が開いたよう軽薄な人間。そ -
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ドストエフスキーの本は一度読んだだけでは理解が完全ではないと言われてますが、この本は苦戦しました。
まず、登場人物が多い!
これから読む方は書き出しながら読むのをお勧めします。
内容としては、とにかくごちゃごちゃしています。
というのもヴェルシーロフが何人もの女性を抱えるのは今で言う「ゲス不倫じゃないか!」とも言えますが、調べてみるとこの頃のロシアは離婚という法律がなく、一度結婚したらずっと離婚をせず、ヴェルシーロフのようにカテリーナに結婚を申し込むような二重三重結婚はよくあることだそうで、日本人の感覚で言うとちょっと信じられないから余計に混乱してしまう理由の一つでもあると思います。
一番 -
Posted by ブクログ
ギャンブルの描写が、
ギャンブルを知っているからこそ書けるというものでした。
主人公が後半に大勝負するところも含めて、
ギャンブルにはいろいろな面があり、
いろいろな局面をつくり、
いろいろと作用することがよく描かれていると思った。
そして、その魔性についても。
このギャンブルの描写はちょうど良い距離感なんでしょうね。
もっと深く、微に入り細を穿って描けそうな気もするのだけれど、
そうなると個人的すぎて、
ギャンブルとしてはひとつの断片的性格が強くなりそう。
『賭博者』の極端なギャンブルの例たちが合わさって、
ひとつの全体性みたいなものが感じられるようになっている。
ギャンブルそのものについ