ドストエフスキーのレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
興奮した
面白いのだ!遠い昔の少年時代に読んだときはちんぷんかんぷんだった記憶が薄らとある
途中で投げ出してしまったような気もする
国語のテストの問題文でしかない物語だった気がする
しかし今回は分かる、分かるというかちゃんと面白い
すばらしい新訳のおかげなのか、自分が人生経験を重ね渋みのある大人の男に成長を遂げたのか
もちろん後者に決まっている
ミルフィーユのように経験を重ねいやミルフィーユは甘いからこの例えは違う
主人公ラスコーリニコフはとにかくいかれている
最初からそうだったのか、なにかの罰としてそうなったのかとにかく支離滅裂だ
その支離滅裂な心理描写がとんでもなく巧みだ
とてつもい説得力だ
いかれた男の心理など経験したことないので分かるはずもないのに、それはこういう心理に違いないと思わせる
すげーなドストエフスキー! -
Posted by ブクログ
ネタバレ『やさしい女』は、41歳の質屋の男が小金にものをいわせて16歳の少女と結婚するものの、ある日自殺されてしまい、死体を目の前にいろいろと回想する話。
この男、自分はえらくて妻や女を無意識に下にみてて、その癖なにも喋らなくても相手が自分を理解してくれるはずだし、愛してくれているはずとかいう謎の思い込みがすごくて、序盤の方何回も「うわ…きっっつ…」って言っちゃった。
ずっと無口を通してたとおもったら、急に感情迸りまくって妻に跪いてキスしたりするもんだから、感情表現が下手くそか…ってなった。
他人の気持ちわからなさすぎるし、俺が俺がの場面が多い。
でもラスト妻が自殺するシーンからはなんだか泣けた。
ここから情景の描写が特にすごい気がする。
お互いの関係性が歪な状態でも構わないからただ生きてほしかったって思ってもらえたなら幸せだったのかもしれないけど、でもそれは相手が生きているときに時間をかけて態度と言葉で示さなきゃなにひとつ伝わらなかったんだと思うよ…。
私は妻の気持ちがよくわかる部分もあったし、短くまとまっていて読みやすいので、ドストエフスキーの作品の中ではかなり好きな方だった。
『白夜』は以前別の短編集で読んだことがあるけど、最後のどんでん返し(?)が悲しい結末に繋がるけど、なぜかむしろ清々しいような気持ちにもなれるのでこれも好き。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ3章
1 ラスコーニコフの部屋
ラズミーヒンがドゥーニャ親子を連れ出して、ラスコーニコフの容体は自分が見て、報告するから、ゆっくり休むようにと言う。ドゥーニャ親子はラズミーヒンを親切な人と思います。ただ、ラズミーヒンは自分でも言ってますが、ラスコーニコフの女家主ともいい仲になっているので、単なる親切心からだけではないようです。しかも、ラズミーヒンは、その女家主をゾシートフに押し付けます。
2 朝が来てラズミーヒン起きる。昨日の酔っ払ったときの行動を後悔している。酒飲みにはよくあることだ。ゾシトーフが入ってきて、二人の会話。ゾシートフが帰り、9時、ラズミーヒンは旅館に行く。ラズミーヒン、ドゥーニャ、プリベーリヤの3人の会話。ラスコーの話。ラスコーニコフの婚約者の話題。ルージンからの手紙をラズミーヒンが読む。ラスコーニコフに侮辱されたので、連れて来ないでほしいとのこと。3人は外に出て、ラスコーニコフの部屋に向かう。
3 ラスコーニコフの部屋 ゾシートフがいる5人の会話。セクハラ男スヴィドリガイロフの妻マルファが亡くなった話題。ゾシーモフが帰る。ラスコーニコフの婚約者の話。ルージンの話。僕かルージンか。ラスコーがドゥーニャに対して、もしきみがルージンと結婚するなら、ぼくは即座に君を妹とは認めない。と言う。ラスコーがルージンの手紙を読む。ドゥーニャが、ラスコーとラズミーヒンに、ルージンと会うときに来て欲しいと言う。
4 引き続きラスコーの部屋 ドアが静かに開いて、おずおずとあたりを見回しながら、一人の娘が入ってきた。ソーニャ登場。ラスコーは一目見ただけでは誰かわからなかった。ソーニャは思わず人がいっぱいだったので、おどおどしている。ソーニャがラスコーにたいして、父の葬儀に出席するようにお願いする。ドゥーニャ親子が帰っていく。ドゥーニャとプリへーリヤの会話。プリへーリヤがルージンに断られることを心配する。ラスコーの部屋、3人が部屋を出て、ラスコーとラズミーヒンはポルフィーリィの家へ、ソーニャは自分の部屋へ向かう。3人が別れた後、ソーニャはある男に着けられる。その男は、最近ソーニャの隣に引っ越してきた男だった。
5 ポルフィーリィの部屋。ザメートフがいる。ラスコーとラズミーヒンが部屋に入る。ラスコーの犯罪論が展開される。ポルフィーリィ対応ラスコーニコフ。ラスコーとラズミーヒンが帰る。
6 ラズミーヒンとラスコーの会話。俺は信じないと言うラズミーヒン。ラスコーは見知らぬ町人に「人殺し」と言われる。ラスコーは家に帰り、寝込んでしまい、悪夢を見る。すると、彼の部屋の戸が開け放たれ、敷居の上に、まったく見覚えのない男がたって、じっとラスコーを見つめている。ラスコーは夢の続きだと思う。それから10分ほどが過ぎて、ラスコーは突然起き出して、誰かと問う。「あなたが眠っているのではなく、寝たふりをしておいでになるだけなのは、私も知っていましたよ。」スヴィドリガイロフ登場。
4章
1 ラスコーの部屋 ラスコーとスヴィドリガイロフの会話。妻マルファの話。幽霊の話。スヴィドリガイロフがドゥーニャに1万ルーブリを贈与することと一度でいいからドゥーニャに会いたいという。自分は旅に出るやもう婚約者がいるので、ドゥーニャのことは何とも思っていないという。ルージンの悪口。妻マルファがドゥーニャに3千ルーブリの遺言をしている。スヴィドリガイロフ帰る。
2 代ってラズミーヒンが入ってくる。8時前。ラズミーヒンは一度部屋に来たが、ラスコーニコフが寝ていたので、ポルフィーリィの家に行っていた。二人は廊下でルージンと会い、3人でドゥーニャ達が待つ部屋に入る。ドゥーニャは、ラスコーとルージンの仲直りを求めるが、
2 ルージンの結婚観が・・・
品行がよくて貧乏な(ぜったいに貧乏人でなければいけない)、ひじょうに若く、ひじょうに美しく、上品で教養があり、ひどくおびえやすい娘、人生の不幸という不幸を味わいつくして、彼には頭が上がらぬような生涯、彼らだけを救い主と考えて、彼だけを敬い、彼だけに服従し、彼ひとりだけわ賛嘆のまなざしで見つめているような娘をわくわくしながら思いえがいていた。
3 -
Posted by ブクログ
ユーモア小説ではあるけど、そこまで笑えるというほどではなく、普通にこの状況やばいし怖くないか?と思う場面も多かった。
ただ、他のドストエフスキー作品に比べると、思想や宗教についてのことがほぼ書かれてないし、難しさもないので読みやすい。
自尊心を拗らせに拗らせたフォマーが本当に読んでてイライラした。
なんでも被害者面して「侮辱された!」とか言うのはすごく卑怯な攻撃の仕方だし、それに対して周りの人たちもそうだそうだ!ってなったり、謝ったりしてるのがこれまた余計にイライラさせる。
家のなかにあんな人がいたら心が休まらないだろうに、なんであそこまでフォマーにみんな執心してるのかわからなかった…。
他の登場人物もキャラが濃い人揃いだったけど、あまり出番はなかったりしたのでもっとその人たちについて読んでみたかったかも。
名前をやたら変えたがる召使のヴィドプリャーソフや、素直で天真爛漫そうなぽやっとした感じの美少年召使のファラレイについてはもっと色々書けそうではあったし、個人的にはもっと彼らについて読んでみたかったなぁと。
あのドタバタ感からあのエンディングにもっていくのはすごい力技というか、エッ!?とはなった。 -
Posted by ブクログ
初期の傑作短編でありドストエフスキーらしくない感傷的な作品である「白夜」と、『作家の日記』内から掌編を3つと、エッセイがひとつ収録されています。表題作の二作について、かんたんな感想を。ネタバレがありますので、ご注意を。
「白夜」
主人公の夢想家の26歳の男がある夜に、17歳の乙女ナースチェンカと出合う。その四夜の物語。現代のいまとなってはベタな話かもしれないけれど、よかったなあ。スタートが夢想家である主人公の夢想語りなので、これどうなるの? と心配したけれど、胸をついてくる切ないけどあたたかな読後感でした。ピュア・ラブです。頬を伝う涙ぶんのあたたかみ。純粋な愛は、自分の幸せよりも愛する人の幸せを願い働きかける。自分の愛の成就を阻む結果になることがわかっているのに。こんなお人好しでピエロだと言われてしまいかねないふるまいに、主人公は永遠に忘れない幸福をみるのでした。
「おかしな人間の夢」
「なにもかもがどうでもいい」と感じている主人公が、その深いニヒリズムゆえに自殺しようと決めた夜。無自覚に眠りに落ち、そこで体験した壮大なもの。これは夢なのか否か、と主人公は惑いますが、この小説のタイトルに「夢」とあるので、夢としておくのが落としどころとして無難なのでしょう。なんだか手塚治虫の『火の鳥』と親近感のある物語。何者かによって主人公は宇宙空間を抜けてもうひとつの地球に連れていかれる。この何者かが火の鳥だったならば、もうこの短編は火の鳥として成立するような温度感覚と内容の密度があります。そして、楽園だったはずのもうひとつの地球ではびこりだしたナルシシズム。正義や宗教も、堕落の潮流のなかの産物。そこからの主人公の「回心」。それは精神的にどん底まで堕ちた者が、生命そのものの「生きるベクトル」の噴出したエネルギーに突きあげられるかのような、跳ね返りの回復体験があります。それはもはや、回復を飛び越えて以前の自身を超越した高みまで押し上げられている。古代の宗教的な体験の不思議を19世紀的な見地で現実に寄せて解読しようとしているかのような挑戦も含まれていたのかもしれません。
といったところです。
他、「一九六四年のメモ」というエッセイでは、自分がしている思索についてけっこう突っ込んでアウトプットしているなあと感じました。ここで述べられている人間像論については、「おかしな人間の夢」で描かれているテーマとつながっていました。ドストエフスキーのすごいところのひとつは、こういった難解な思索を小説に上手に盛り込むことができること。ほんとうに強靭な頭脳だ、といつも感じさせられます。 -
購入済み
話が動いてきた
あい変わらず登場人物の感情や行動はよく解らないところがあるが、
まぁ現実世界でも他人の考えてることは解らないのだから
そういうものかもしれない。
話が動きだして面白くなってきた。
マルメラードフの件はなんとなく身につまされるものを感じる。
それはともかく、ラスミーヒンはいい奴だ。