ドストエフスキーのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
第2巻を読み終え、主人公アリョーシャに対する印象が劇的に変化した。第1巻における彼は、周囲が強欲の怪物ばかりであったがゆえに、相対的に「若くして完成された聖人」のように見えていた。しかし今巻では、「中途半端な人物」という印象になった。兄に侮辱されたスネギリョフに恥辱を忘れる代わりにお金を無心する、という浅慮に手を貸してしまったり、恋愛経験などなさそうなのに、カチェリーナに、本当はイワンが好きなのだと言ってみたり、どこか浅くて半端な行動をとっている。そういえば、物語のまえがきに、アリューシャは「明確さを欠いた活動家」と作者が言っていた。
スネギリョフがアリョーシャの提案を拒絶する場面は、今巻 -
Posted by ブクログ
いや凄かった。ありとあらゆるテーマ、人間社会の問題や物語のベースとなるものが詰まっている。
児童虐待、身内殺し、階層社会、宗教の限界を描きつつ物語は最後の法廷劇でクライマックスを迎える。
正直、父親殺しの話、くらいの知識しかなく読み始めたので、最後までどうなるか分からずハラハラドキドキしながら読みました。
正直消化はできていないし分からない。
以下メモ。
スメルジャコフがフョードルを殺したのは、結果なぜだったのか。金ではなかった。知能は高いが同じ兄弟として扱ってもらえず、自分の出生を憎み、その原因を作ったフョードルに復讐したいと思っていたとしても不思議ではない。
何でミーチャは有罪にならな -
Posted by ブクログ
自分の愛読、あるいは尊敬している文学者も、教養人も、なにかとドストエフスキーという作家を通ってきている人ばかりなような気がしていたので、自分も大学を出る前に読んでみようと思った。
簡単に概要から。
主人公ラスコーリニコフは経済的に苦しく大学を去った元学生で、彼は「一つの犯罪、過ちを犯したとしても、それ以上の善行を積めば許される」(これは上巻では、酒場の大学生の会話や新潮文庫のあらすじにしか出てこないので、ラスコーリニコフ自身がそう考えているかはわからない)とか、「人間は凡人とは凡人に二分され、歴史に名を残した偉大な偉人たちも犯罪者であるように、犯罪を犯しても正当化される人間が存在する、そして -
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15年ぶりの再会。あの過剰な語りをまた経験したくなり、本を開いた。過剰な語りは過剰な感情と行動を伴い、有無を言わさぬ力で、読者を物語の世界へと深く引きずり込む。
色々と過剰で、化け物のような人々。このような人間がいるのかと思えるほど、感情と行動の起伏が激しい。今巻は特に、カラマーゾフ3兄弟の父親フォードルと長兄ドミートリィが目立つ。序盤の山場は、ゾシマ長老との会食での大立ち回り。強欲で好色なフョードルは、自ら道化のような役回りを演じる。自分でこしらえた感情を自分で真に受けて感動するもんだから、どこまで本気で、どこからが演技か境目が無くなってしまう。その結果、彼の人物像は、凡庸な理解が及ばない、 -
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ラスコーリニコフ、何なんだお前は、という気持ちを抱えたまま読み進める。
まさかの凶行。
かと思えば、あらゆる登場人物との絡みで意識があっちへこっちへと揺さぶられる。
「いつバレるのか、いやバラすのか」という緊張感が常に付きまとう。
後半になって体調が落ち着いてきたところでは、まるで私自身が風邪から直ったかのような爽やかさを感じつつも、しかし罪が消えるわけでも、逃げ切れるわけでもない。
巻末付近で語られた、ラスコーリニコフの論文の話が非常に重要だ。
私は、彼が持論を信じているというよりかは、それを信じたいが故に実践するか、自分自身が非凡人であるかどうかを試したいという若さゆえの過ちが彼を凶行に -
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現代の小説で語られる問題提起の原型がここに全て大集結してるな、という感じがする、とんでもない小説だった。
昨日の夜、読み終わった直後は、気持ちを全くまとめられる気がしなくて、一晩寝かせた(笑)
一日経った今、感想を綴りたい!!
まずびっくりなのは、こんだけ長いのにここまでは実は第1部だったようで、本当は第2部に続く予定だったけど、ドストエフスキーさんはその前に亡くなられてしまったとか。
でも、もうこの1部で物語として完璧だと思う。本当に。
人間社会のテーマって他にある?って思うほど、全てがここに詰まってるという気がする。
いろんな世界の流れを感じているドストエフスキーさん、プーチンを