ドストエフスキーのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
11/10
“生なる者たちの、愛の所有は偽りなり。しかし死して真実にかす。”
神が宙吊りにされた社会に、解き放たれた悪霊たちが合唱する物語である….
革命的思想という名の「正義」に偽装された悪霊に取り憑かれた、知識と強欲の白痴たち。ドストエフスキーが映し出すのは、人類とロシアの終曲であり、悲劇の極みである。第一部、第二部で積み重ねられたもの。いや、むしろ最初から計画されていたのかもしれない。それがすべて第三部で解き放たれる。用済みになれば即座に死ぬ。人々が次々と消えていくその様は、究極のカタストロフィだ。そして、それぞれの人物には自分なりの愛があり、崩壊がある。
だがその愛は饒舌的で偽りに見える。それでいて崩壊はカタストロフィ敵でで奇しくも真実なのだ。これが真理であると僕は思う。
「スタヴローギンの告白」には、『悪霊』の根源的な土台が潜んでいる。スタヴローギンの破壊的衝動と倫理の崩壊は、読者を強烈に魅了する。ニコライは神を殺した悪魔のように見え、やがてチホン神父すらも悪魔的な存在へと映ってくる。
「また罪を犯す。」
この一言に伏線的な予言が凝縮されており、作品全体を照らす輝きを放っている。
僕が最も好きな一節は、「人間が不幸なのは、自分が幸福であることを知らないからだ。」
スタヴローギン。彼はアリョーシャ・カラマーゾフに近いのかもしれない… -
Posted by ブクログ
ネタバレ青空文庫にて。
読むのにかなりかかったけど思ったより面白かった。
序盤〜中盤は殺人の動機がよくわからず本当にただの気狂いなだけでは?と思ってた。でも、金はないのに慈善的なこともするし躁鬱病的なものかなと。
終盤あたりでナポレオンなどの非凡な人間は殺人を正当化できる(自分もそうである)と信じての行動だったけど、凡人のように気に病んでしまった。だけど、それを認めることができなくて悩んでた。と理解できた。それが「罪」の意識。
で、最後には「罰」を受け入れることでソーニャの愛に救われる。ソーニャが聖女すぎる。
それぞれのキャラクターも何のために出てきてるか中盤まではよくわからなかったけど、終盤にはちゃんと役割が確立してた。
長いしよくわからないところもあり、ちょっとめげそうになったけど最後まで読んで良かった。 -
Posted by ブクログ
ラスコーリニコフの思想を知れる第三部は非常に面白い。
つまり、根本思想というのは、人間は自然の法則によって、大別してふたつの部類に分けられる、ひとつは低級な(凡人の)部類で、自分の同類を生殖する以外何の役にもたたない、いわば材料にしかすぎない部類と、もうひとつは、自分の環境のなかで新しい言葉を発する天賦の才というか能力を持っている人間です。145
第一の部類、つまり材料となる部類は、だいたいにおいて、その本性から言って保守的で、礼儀正しい人たちで、服従を旨として生き、また服従するのが好きな人たちです。
第二の部類は、つねに法の枠をふみ越える人たちで、それぞれの能力に応じて、破壊者ないしはその傾きを持っています。146
非凡人は目的のためならば犯罪を犯してもよいという暴論。面白い。
ぶくぶく食い太っていて、欲望を抑えるなんて、からきしだめな男だ-ぼくが不潔と言ったのはこれさ。君はすっかり自分を甘やかしている。34
太っていることを甘えとする。面白いけど賛成はしないでおく。
下巻ではラスコーリニコフはどのような苦痛を感じ、最後にはどのような結末になるのか期待が高まる。 -
Posted by ブクログ
本書(中巻)は、第二部の途中から第三部。読みどころ満載で、感嘆のため息が出てしまいました。すごい、すぎる。
アリョーシャの師であるゾシマ長老の死去。その中での彼の心の変化が描かれた後が、本書(中巻)の真骨頂。
アリョーシャの兄、ドミトリーが大いに動きます。婚約者カテリーナと別れて、グルーシェニカ(父の愛人でもある)と新生活を始めたいと思っているドミトリー。カテリーナから預かった3千ルーブル返済の必要性もあり、金策に走ります。
大立ち回りさながらのドミトリーの動きに、BGMとしてルパン3世のテーマでもかけたい気分。
そんな中、血生臭い事件勃発。父フョードル殺害事件の容疑者として連行されるドミトリー。
お腹いっぱいのスリルを味わうことができました。人間の心理描写、最高にして最強。下巻はどんな展開になるのか・・・・
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Posted by ブクログ
独特の言い回しがとても謎めいていて、読み始めからのめり込みました。
主人公はアリョーシャ20歳。ゾシマという長老を師とする修道僧。私の印象としては、世間知らずの優等生タイプ。優しい。
アリョーシャには2人の兄がいます。ドミトリー28歳。イワン24歳。
3人の父はフョードル55歳。荒々しさマックスの人物として描写されます。いい意味でも悪い意味でも、率直かつエネルギッシュという印象です。
ドミトリーの母親とアリョーシャ、イワンの母親は違います。
こんな登場人物の設定からしても、カラマーゾフ家はミステリアス満載で、何かしら事件が起きそうでドキドキします。この家の料理人スメルジャコフのエピソードもなかなかです。
息子と父親が言い争う場面は、舞台劇を見ているような臨場感がありました。
父親、息子共に女性とお金に関わる問題があり、人間の心の奥底にあるものを、怖いぐらいにえぐりとる描写に、圧倒されっぱなしでした。
上巻後半で、神の存在について語られるところは難解でした。
怖いもの見たさのような感じになってきていますが、今後の展開が気になります。 -
Posted by ブクログ
長い長い旅でしたね。3ヶ月くらいかかったかな?
価値観に強い影響を与えられたと言わざるを得ない。
子供の教育については色々考えちゃうんですけど、アリョーシャに語られるってのが非常に心に響きますね。それがやっぱドストエフスキーのすごいところですわ。
あ感想書く。
下巻は主にミーチャの尊属殺人についての裁判ですね。ミーチャはずっと父を殺してないと言い張っているが(状況的にミーチャが疑われて当然なのである)、感情的な性質から起こした様々な暴力的な出来事のせいで市民からそれを信じてもらえない。
しかし決定的な証拠がないため、裁判は無実にもなり得る、といった具合。
でまあ上巻中巻の長い前置き故に読んだ人はわかるんやけど、誰がどう見てもミーチャは有罪。しかし親しい人はミーチャの嘘がつけない性質を知っているためにミーチャは無実だと信じ切っている(召使にスメルジャコフってのがおって、ミーチャが殺してないとしたらこいつしか殺せない)(でもこいつは当時病気持ちで殺せるはずがないと市民は信じている)(前代未聞の括弧が連続するという事態が起きてしまった、ここからこの小説がどんだけ長いかをわかってくれ)。
まあ実際スメルジャコフが嘘ついとったので殺した犯人はスメルジャコフなんですが、これには色々事情がありましてその証言が聞き入れてもらえないんですよ。次男イワンしかこの事実を知らないのだが、イワンが妄想を見てしまう重病にかかっているため聞き入れてもらえない的な。おまけにスメルジャコフ自殺するし。
で!弁護士が色々頑張ってすごい逆転裁判!かと思いきや有罪は覆らないってまでが裁判のオチ。
何が面白いってこの展開は内面に触れる上で重要であるだけで、物語の本筋ではないということ(主観ね、違うと思っても気にしないで)。
アリョーシャが、兄が無実であることを最初からわかってて、しかも有罪って判決されることをわかっていることが面白いんです。
信心深く、正直であるためにみんなから愛される主人公アリョーシャが、何もかも、ましてや精神的な部分すらも見抜いてしまっていることが私には非常に面白かった。
内面を見抜きながらも、一切その人のことを馬鹿にしていない姿勢に深い尊敬の念を抱くばかりです。
物語のオチとしては、この事件がロシア中に知られ、様々な憶測が飛び交う中、アリョーシャが最後に子供達に個人的な考えを述べます。この考えがおそらくドストエフスキーが最も伝えたかったことなのではないでしょうか、と考えてしまいますね。
そのくらい、オチまでの流れがしっかりしていた。そして、最後のアリョーシャの言葉は大変響く。それもこれも、上巻、中巻と長い間キャラの性質について深掘ったためであり、それが最後のアリョーシャの言葉に繋がるのである。
愛もテーマにあると思うが、子供の教育が最もドストエフスキーの語りたいところだと、オチでそう思った。
いやー、面白かった。
反省した。
これは今日色々考えちゃいますね。
1番心に残っている言葉は、アリョーシャの「人間の魂にそれほど多くのことを求めてはいけない。」
これです。シンプルやし、言い尽くされたような言葉でもあると思われるが、アリョーシャが言うのが良いんです。これは本当に、忘れてはいけないことだと、個人的に思いましたね。
非常に読み直すのが楽しみな作品の1つです。 -
Posted by ブクログ
ドストエフスキーに興味を持ったからには いつか読んでみなければなるまいと思っていた超大作。 頑張って 読んでみました。
超 難解で暗黒の世界。ミステリーの最高峰とか言われてるようですけれども そういうジャンル じゃないんじゃないでしょうか
もう存在が、 人間の存在そのものというかドストエフスキーの思考 そのものというかが難解すぎてその存在がミステリーでございます。
非常に視点が いろいろ変わって様々な文化政治 人々の生活 思想も巻き込みながら 展開していく物語の力 強さ というのはやはり 素晴らしいのですが やっぱり行動の原理がわかんないですっていうのは相変わらずの ドストエフスキー節でございます。複雑な構造が同時進行で様々に組み変わっていくようすは、鬼滅の刃の無限城みたい?
登場人物たちのいう理屈はそれぞれ理解しがたくぶっ飛んでいるのですが、それぞれに強い情熱を持って我が道をつきすすんでおり、突き進み過ぎて互いになんにも理解しあえない。それでも
それぞれの感情が非常にあらわでみずみずしいため沼に引き込まれたまま戻れないうちに4巻までたどりつきます。
未完の大作でここまで読むのもしんどかったですが、その後のアレクセイの話も、あるなら読んでみたかった。
アレクセイのその後が本編のはじまりで、それまでのことはプロローグに過ぎないというようなことが冒頭にあったので、ドストエフスキーのアタマの中には何があったのかと気になる。
ロシアのことが理解できてないのか作者の世界がわかんないのかわかんないけど でもそれでも超絶な吸引力があるというのはすごいなとそこに尽きるかと思います
個人的にはゾシマ長老さん あたりのところが非常に 心を打つというかこう 衝撃を受けたところです 1巻だけの登録ですが 全巻読んでの感想です
理解できないのに心だけは惹かれる衝撃度に、滅多にない5評価。好きかと聞かれたら分かんないとしか言いようがないし、お勧めかと聞かれたら、しんどいですよ、としか伝えようがない。
学生時代のような集中力が続かない 年齢になってもここまでの難解でボリュームのある大作を 現代人に読ませ 切る その力というのはやはり 凄まじいものがあるなと思います -
Posted by ブクログ
ゾシマ長老の死とその後の動きからグルーシェニカの初恋の相手の話、長男ドリートミーが愛を手に入れるため金策に奔走する中で起きるある事件……。
ミーチャァァ!!これは長男ミーチャの魂の物語ッ!!!(落ち着け
2巻までの小難しい宗教関連の話から一転、3巻は疾走感あふれる展開でめちゃくちゃ面白かったッ!!グルーシェニカとミーチャ、それぞれの生き様に釘付け。1巻では嫌なやつだった二人が生き生きと描かれていてもうすっかり応援したくなる感じ……ドストエフスキー氏こわい。キャラ造形が上手すぎる
父殺しの犯人もきっちりぼかしていて、ミステリとしても楽しめる。すごい……これは面白いよ……これが、モーム氏が選んだ十大小説……傲慢と偏見もめちゃくちゃ面白かったもんな……モーム、気が合うかも(失礼がすぎる)
残すは最終章ッ!!ミーチャの行く末を見守るぞー!!!
あ、3巻の推しはペルホーチンです。
世話焼きおじさん(若いかも)好き。そしてこんな感じなのに街の人に好かれているミーチャ、謎すぎる……
(ジリジリと少しずつ読んでます。リビングが賑やかでなかなか集中できないのが困りもの)
ペルホーチン、ハンサムな青年やったわ……なんか、おじさんかと勘違いしてすまぬ。
ホフラコーワ夫人もいい味出してるよなー。こういうマダム、いるよねー!!ペルホーチンとのやりとり、完全に喜劇やん笑
ドストエフスキー兄貴、脇役キャラが秀逸で好き。悲劇と喜劇のバランスがたまらん。
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Posted by ブクログ
ゾシマ長老と敵対するフェラポント神父の登場からイリューシャと父スネギリョフとの出会い。イワンの大審問官にゾシマ長老の辞世の説教まで。
特にこだわりがなければ巻末の読書ガイドは先に読むのがオススメ。
イワンの創作物語詩である「大審問官」はロシア内でのキリスト教の立ち位置などがわからない私にはふわっとしかわからず。ただ、熱量はすごい。冷めた感じのイワン、こんな熱い男だったのか……。
罪罰の時にも思ったんだけど、ドストエフスキーは連載小説がうますぎる。2巻の終わりの引きはやばい
あの終わり方はすぐ次読みたくなるやん……小説の構成力というか何というか、ほんとに上手いな……。
宗教に関しては全く詳しくない私がこんなにグイグイ引き込まれるの、マジすごい。
あと、亀山郁夫氏の翻訳がとにかくライトで読みやすい。
格式より読みやすさ重視の私、大歓喜。
2巻読み終わって気づいたんだけど、もしかして光文社版のカラマーゾフの兄弟は巻末の読書ガイド読んでから本編読んだ方が良さげ……?(いつも巻末のあとがきや解説は本編読み終わったお楽しみとして取っておく人)
この情報、「大審問官」読む前に知りたかった……ッ!!ってなってマス、今(笑)
3巻は読書ガイドから読むし、迷ったら巻末読むわ。亀山先生ありがとう。
でも、「ゲーテのファウストも是非読んでね!」はハードルが高すぎますよ亀山センセェ……でも、アリョーシャが見たイワンの背中の暗示……知りたい…… -
Posted by ブクログ
100/10
パンを選ぶか?愛を選ぶか?神を選ぶか?
人間の本質、愛、憎しみ、信仰、無神論、正義、理性。様々な神や人間への問いかけが、この物語に交差している。登場人物それぞれが、思想も違えば、愛した方も違う、生き方ももちろん違う。そんな多様な人間劇が「カラマーゾフの兄弟」内で行われる。有象無象の映画をこれまで数えきれないほど観てきたが、これほど多くのテーマを均等に際立たせ、尚且つ一つ一つの物語として、魅せているフィクション作品は他にない。例えば「大審問官」では、自由を与えられた人間は、それを抱えきれず苦しみ、結局は誰かに支配されることを望む、そんな絶望的な真理が語られる。私はその言葉に抗うことができなかった。今もその思想は、胸の内で静かに、しかし確かに蠢いている。他にも印象的だった場面のひとつに、「ゾシマ長老の過去編」がある。そこには、神への愛、赦しの深さ、そして人間への限りない信頼といったテーマが、言葉ではなく生き様として語られている。特に私が心を打たれた一節は次のような場面だ。「それじゃわたしたちは、召使をソファに座らせて、お茶を運んでやらなきゃいけないんですか?」わたしは答えた。「せめてたまには、そうしたって罰は当たらないでしょうに」みんなは大笑いした。この言葉に私は深い感動を覚えた。そこにはロシアに残る身分制度や奴隷的な慣習への静かな批判が込められているようにも感じられる。ゾシマは、決して高らかに正義を叫ぶことはしない。ただ、日常の中でほんの少し視点を変え、「たまには席を譲る」という小さな愛の行為を通じて、人間の尊厳を回復させようとしているのだ。この一節は、兄弟愛や友愛の延長として、すべての人間に対する深い敬意を示している。読んでいて、思わずドストエフスキーという作家の胸に飛び込みたくなるような、そんな衝動を覚えた。そして、最後の「裁判編」。この章には、それまでの全ての出来事が一点に収束し、爆発するような迫力があった。まさに「正義 対 正義」。どちらも譲ることのできない信念を抱え、検事と弁護士がぶつかり合うその応酬は、永遠に終わらない議論のようでもあり、私は読者であるはずなのに、いつしか傍聴席に座っているような気持ちになった。そして気がつけば、被告席のミーチャの姿に強い共感と、どうしようもないほどの同情を抱いていた。彼が本当に犯人かどうか、という問題よりも、彼の苦しみ、彼の叫び、その生きざまに、私たちは何度も揺さぶられる。だが、私たち読者は本当の犯人を知っている。だからこそ、この裁判はどこまでも虚しく、そして悲しい。事実ではなく、言葉と印象、感情と偏見が人を裁いてゆくこの構図に、私は息苦しさを覚えずにはいられなかった。ラストに訪れるアリョーシャのスピーチで、私は初めてフィクション作品に涙した。これまでの愚劣な行いや偽りが渦巻く物語の中で、アリョーシャはなおも純粋で、汚れなき神を信じる子供たちに向けてこう語りかけた。「わたしたちは、憎しみを持ってはならない。どんなことでも忘れてはならない。あの時感じたことを、あの時見たものを、ずっと覚えていよう。いずれまた、思い出す時が来る。だから、生きていこう。」そしてこうも言った。「人生を恐れてはならない。何かしら正しいことをすれば、きっと人生は楽しくなる。」、この物語が、私に訴えかけるのは、まさにこの部分だと思う。神が存在しようが、しないだろうが、人間の矛盾も、愚かさも、愛がなくても、救済の可能性もすべてを飲み込みながら、それでもなお、一歩づつでもいいから、あゆみ続けるアリョーシャは本当に美しい。
”生きていこうじゃないか、人生なにが起きようとも、どうだっていい。ただ、人を愛しつづけ、死をも愛そう。”人として生きるってもんは、まさにこうじゃないか?
自分は在り来りかもだけど、愛を選ぶ。多分ね笑
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Posted by ブクログ
ドストエフスキーで笑える作品があるとは・・・そこにまずは驚きました。
主人公はモノローグという中年の元役人で、コイツが一癖も二癖もある大問題児です。妬み、嫉み、僻みといった人間の鬱屈とした闇の部分を全て兼ね揃えていて、それを惜しみもなく全開放した本当にどうしようもない奴が主人公として物語が展開されていきます。
そんな彼が、自らの人生論や哲学に関して80ページにもわたり語り出す前半は難解なこともあり、もはや苦痛でした(笑)
ただ、2部からは学生時代の友人や娼婦との恋に関するエピソードに入り、面白くなります。主人公のどうしようもない屑っぷりが、どんどんとクセになっていって、途中からはもはや愛おしく感じてしまいました。喜劇として展開されていく後半は、第1部の小難しい哲学論からは打って変わって、思わず吹き出してしまう場面も多く出てくるため、前半で投げ出さずにぜひ最後まで読んで欲しいです。
あと、主人公のモノローグは確かにどうしようもない奴ですが、誰しもが心に闇を抱えていて、それを代弁している存在でもあるのかなとも思います、そのため、時には共感し、時にはその不器用さに切なさを感じてしまったり・・・色々と考えさせられる事も多かったです。モノローグがどういう人間なのかよく分かった上で、前半の哲学語りの部分を読み返すとまた違った発見がありそうです。
ユーモアもありながら深みもある、そんな魅力が詰まった素晴らしい作品でした。
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Posted by ブクログ
(全巻読み終えた感想をまとめて記載)
罪を犯したラスコーリニコフ、その母と娘、罪を暴こうと追い詰める捜査官。登場人物それぞれの信念や価値観、生き方、信条が深く描かれています。さらに、当時のロシア社会の風潮や思想、宗教なども表現されていて、登場人物たちの内面がより鮮明に浮かび上がるように書かれています。
特に、ラスコーリニコフが罪を犯し、追い詰められ、徐々に変貌していく様は、鬼気迫る迫力があります。こちらが引き込まれていきそうになる生々しい描写はとにかく圧巻です。
対話シーンでは、それぞれの思想や信条がぶつかり合っていて激しいです。長尺のセリフが多く、宗教や時代背景も絡んでとにかく難解ですが、だからこそ一語一語に込められた言葉の意味や、行動の真意などを読み解く醍醐味があるとも言えます。どんでん返しや小気味よい展開を求めるのではなく、その点をじっくりと味わえるかどうかで、評価が大きく分かれるかもしれません。
総じて文句なしの名作です。定期的に読み返したいと思える素晴らしい小説でした。 -
Posted by ブクログ
やっと読み終わった… たぶん亀山訳の方が読みやすいんじゃないかと思うけど、内容的に、どこに向かっているのかわからなくなりがちだったり、人物が一筋縄ではいかない、常に信用できそうなのはアリョーシャだけど、他の人は性格がつかみにくく、少なくともたいていの人が読み慣れている"小説"でのような役割が理解しにくい、等々がやはりすいすい読み進められなかった原因なのかな。新潮版は訳としては標準的で、やはりこの小説は訳文以前に出会うタイミングの問題が大きいのかも。ドミートリーなど、読んでいる間は、後半は意外と好感が持てたりするのだけど、ちょっと読みさすとなぜそんなふうに思っていたのかわからなくなったりするのは、それだけこの小説世界の描写がよくできてるということだろう。読み直しが楽しみだ。