ドストエフスキーのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ドストエフスキーで笑える作品があるとは・・・そこにまずは驚きました。
主人公はモノローグという中年の元役人で、コイツが一癖も二癖もある大問題児です。妬み、嫉み、僻みといった人間の鬱屈とした闇の部分を全て兼ね揃えていて、それを惜しみもなく全開放した本当にどうしようもない奴が主人公として物語が展開されていきます。
そんな彼が、自らの人生論や哲学に関して80ページにもわたり語り出す前半は難解なこともあり、もはや苦痛でした(笑)
ただ、2部からは学生時代の友人や娼婦との恋に関するエピソードに入り、面白くなります。主人公のどうしようもない屑っぷりが、どんどんとクセになっていって、途中からはもはや愛おしく -
Posted by ブクログ
(全巻読み終えた感想をまとめて記載)
罪を犯したラスコーリニコフ、その母と娘、罪を暴こうと追い詰める捜査官。登場人物それぞれの信念や価値観、生き方、信条が深く描かれています。さらに、当時のロシア社会の風潮や思想、宗教なども表現されていて、登場人物たちの内面がより鮮明に浮かび上がるように書かれています。
特に、ラスコーリニコフが罪を犯し、追い詰められ、徐々に変貌していく様は、鬼気迫る迫力があります。こちらが引き込まれていきそうになる生々しい描写はとにかく圧巻です。
対話シーンでは、それぞれの思想や信条がぶつかり合っていて激しいです。長尺のセリフが多く、宗教や時代背景も絡んでとにかく難解です -
Posted by ブクログ
やっと読み終わった… たぶん亀山訳の方が読みやすいんじゃないかと思うけど、内容的に、どこに向かっているのかわからなくなりがちだったり、人物が一筋縄ではいかない、常に信用できそうなのはアリョーシャだけど、他の人は性格がつかみにくく、少なくともたいていの人が読み慣れている"小説"でのような役割が理解しにくい、等々がやはりすいすい読み進められなかった原因なのかな。新潮版は訳としては標準的で、やはりこの小説は訳文以前に出会うタイミングの問題が大きいのかも。ドミートリーなど、読んでいる間は、後半は意外と好感が持てたりするのだけど、ちょっと読みさすとなぜそんなふうに思っていたのかわから
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Posted by ブクログ
第1巻前半は登場人物の前史のような話でつまらない。
カラマーゾフ兄弟に絡む二人の女性が登場してそのあとは俄然面白くなる。これほどプロットのある長編とは思わなかった。事前の想像より面白い。
未読の方は、世界屈指の評価を受ける小説がどんなものか、読んでみることをお勧めする。
この古典新訳文庫の5巻目は訳者亀山氏の解説が長い。
小説部分(エピローグ)が60頁、訳者解説等が300頁ほど。
エピローグは4巻に含め、5巻は解説書として販売した方が読者に親切だった。
ちなみに解説中の「ドフトエフスキーの生涯」100頁程は未読。
解題(200頁程)は、批判的に読んだ。
この作品のどこが・なぜ、過去から現在ま -
Posted by ブクログ
訳者あとがきにあるように、一読してある種の熱気や漠とした不安を感じたら、二度でも三度でも読み返せばよい。それに耐えうる読み応えを持つ作品である。
難解な作品であることは間違いない。一つには、帝政末期ロシアの社会事情に我々の馴染みがないこと、もう一つは主人公ラスコーリニコフがインテリの半狂人ともいうべき心性の持ち主であること、三つ目は凝りに凝った文体が千ページ超のボリュームで展開すること。
だが凄まじい熱気と激情だけは一読しただけでも感じとることはできるだろう。なんだかよくわからないけど『罪と罰』を読破したってだけでも、ちょっと誇らしく感じることができるのではないだろうか。 -
Posted by ブクログ
先が、気になって気になって…仕事が手に付かない。とか言っている場合じゃ無いほど(私生活上も公の上でも)色々とあって、第3巻を読むのに少しばかり時間が掛かったけれど。
ドストエフスキーの『罪と罰』を1回読み終えました‼︎
今回は光文社版の亀山郁夫さんの訳したものを読みました。
最初は新潮社版の工藤精一郎さんから読み始めたものの、1巻目の数十ページを読み進めた時点でこちらに変更して読み直し。
「100分で名著」で『カラマーゾフの兄弟』の解説をなさっていたのを観てその熱意を目の当たりにしていたことや、光文社古典新訳文庫が行間を広くしたり文字を大きくしたりしていて、老眼には読み易かったし、言葉遣い -
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ネタバレ白状したら罪が軽くなったってラスト
結果だけを見て、一律に罰の重さは計れない。
どんな境遇、状況で実行するに至ったか、精査するために警察・検察・裁判官がいる。罪に対して、然るべき罰を与えることが重要だと言われているようだった。
検察官をやっている親戚がこの本を大事に持っていた理由が少しわかった気がした。
みんな悪いことをして生きている。
罪の意識に苛まれながら、忘れた頃にまた思い出しながら。
私も今までたくさん無邪気に悪いことをしてきた。
主人公のラスコーリニコフは、ある学生のそそのかすような意見に乗っかって、貧困の元・学生を苦しめるクズみたいな人間なんだから殺していいじゃんって、ハエを殺 -
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ふぅー(読み切った達成感と感動のため息)
罪の意識に苛まれたラスコーリニコフは、偶然出会ったソーニャという女性の生き方に触れ、罪を告白する。妹ドゥーニャと母とのやり取り。ドゥーニャに思いを寄せるスヴィドリガイロフとの修羅場。まあ皆さん饒舌だこと!笑
数ページにわたる台詞があるから途中で本を閉じられない。
1番のパワーワードは、ソーニャの『十字路へ行って、みんなにお辞儀をして、大地に接吻しなさい。だってあなたは大地に対しても罪を犯したんですもの、それから世間の人々に向かって大声で、〈わたしは人殺しです!〉と言いなさい』だったな。
ただ、結末にたどり着くまでに、ラスコーリニコフは改心したのか -
Posted by ブクログ
学生の頃に途中で諦めてしまったが、社会人になってから再度読み直した。
学生の頃は理屈家だったので、大審問官の章が説明になっていないじゃないかとイライラしてたんだけど…
社会人になった今、
・この世は愛している/愛していないの二元論では無く、不完全な愛というものが存在すること
・理性では人間の倫理に触れられない。その役割を担うのは唯一宗教であり、信仰である、ということ
がかなりジワジワと実感できるようになってきた。
明瞭な理屈無しに他者を抱擁できる宗教は偉大すぎるなと
ただ、人間の倫理は誰が作るべきか、という問いは依然として自分の中に残っている。
ドストエフスキーは人間の理性を信じず、神を -
Posted by ブクログ
積んでる期間が長すぎると何故か読んだ気になってしまっている。罪と罰もその一つ。今回やっと読めた。
大学生ラスコーリニコフは強欲な金貸しの老婆を、独善的な思想から殺害することを企てる。ところが計画していなかった老婆の妹まで殺害してしまう。この殺人がラスコーリニコフに罪の意識を背負わせ、人生を狂わせていく。
犯行後に感じる恐怖や猜疑心、情緒不安定になっている様子がリアル。冗長で回りくどい台詞がその辺りをよく表していると感じた。
ラスコーリニコフほどの罪を犯したことはないけど、何故だか心理はよく理解できるんだよな。よくこんなに伝わってくる描写ができるなという尊敬の笑いと、疲弊しきった読後。
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Posted by ブクログ
ラスコーリニコフは殺人に完璧な理屈を持たせることで、道徳的責任を克服しようとした。しかし、他者を数に還元し、神に成り代わろうとする自分自身の傲慢さには、どれだけ理屈を重ねても倫理的正当性は宿らなかった。その倫理的断絶こそが彼を苦しめ、読者は理屈の中では倫理は完結しないことに気付かされる。
それにしてもラスコーリニコフは頭の良い人物だな。どこまでも理屈の人。理屈っぽいからこそ、直感的な信念だけに完結しない。理性的に自分自身に疑念を持ち問いただせる人格だからこそ、内省が捗って病んでしまう訳で…
自分はラスコーリニコフと同じ行動をしても病まない気がするが、それら自分が決して理屈一辺倒では無く、い