ドストエフスキーのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
めちゃくちゃ面白かった。カラ兄のときもそうだったけど、なんか意味わからない小難しいことや概念とか言ってたり、字詰め詰めではぇ〜って感じのページがほとんどなのに、さらにすっげぇ疲れてる行き帰りに読んでるのに、狂ったように次のページを求めてしまう中毒性がある。これなんなの!?やっぱスゴイネ!!
あと引き続き名前にもすごく中毒性があって、ラスコーリニコフ、ロジオン・ロマーヌイチ、スヴィドリガイロフ、ポルフィーリイ、カテリーナイワーノヴナ…とかずっと名前が頭の中でぐるぐる回ってタノシイ。
でもカラ兄より割と難しいパートは少なくて、普通にサスペンスというかミステリー(ではないか?)としても楽しめた。特に上巻は、本当に自分が罪を犯してしまったかのような気持ちになれてすごくドキドキしながら読んでた。俺こそ選ばれし者……俺ならできる……俺がやらなくちゃ……あ、あれ……?これめちゃくちゃやばいことしたわ……終わった……ばれるばれるあーーみたいな臨場感…w読んでて楽しかった -
Posted by ブクログ
「この世には2種類の人間がいる。カラマーゾフの兄弟を読破したことがある人間とそうでない人間だ。」という言葉があるそうですが、この言葉知らなくても読んだ人みんなこう思うんじゃないかな。なんていうか、ただ1つの物語を読んだっていうより、「カラマーゾフの兄弟」っていう「経験」をしたって感じだった。
最初はなんか小難しくてつまんないよくわかんない場面が延々と続いてて(それは最後までずっとそう)、絶対ここで全世界の何千万人もの人がリタイアしたんだろうなーと思いつつ、気がついたらどんどんページを捲る手が止まらなくなっていて、早く読みたくてたまらなくなっていた。毎日10時-22時で働かなきゃいけない限界の時期にちょうど読んでたし、1ページ1ページびっしり文字が詰まってるのに、毎日1日50ページをノルマにしてちゃんとその分読んでた。今は全然これより薄い本読んでるのに読むスピードが全然違って(その本には独特の読みづらさがあることも大きいんだけど)、「瞬間風速」って言葉を思い出すようなこの本を読んでたときの読書スピードに毎日思いを馳せたりしてるw
頭おかしい登場人物多すぎだし全員ヒステリックで狂ってるし話長すぎだし、感情とか論理の流れはぶっ飛んでるし、理解できない難しい概念を延々喋ってるとこも多いし…なのに今まで経験したことのないような中毒性があってビビってました。
「東大生がオススメする本No.1」「史上最高の小説」って帯に書いてあって、まぁ確かにこれ読んでると法律の勉強とかめちゃモチベ上がりそうだなと思った。でも史上最高かと言われると疑問ではある。
結局この本から何を学んだかとか、この本が何を言おうとしてたかとかははっきりとまとめられない。けどそのガツンとした衝撃だけは覚えてる。今でも何度もこの経験を思い出すし、これからもふとした瞬間に思い出す、気がつけば自分の血肉になっているような本に出会えた春だった。突然私の頭を通り過ぎた嵐のような小説だった。 -
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第2巻を読み終え、主人公アリョーシャに対する印象が劇的に変化した。第1巻における彼は、周囲が強欲の怪物ばかりであったがゆえに、相対的に「若くして完成された聖人」のように見えていた。しかし今巻では、「中途半端な人物」という印象になった。兄に侮辱されたスネギリョフに恥辱を忘れる代わりにお金を無心する、という浅慮に手を貸してしまったり、恋愛経験などなさそうなのに、カチェリーナに、本当はイワンが好きなのだと言ってみたり、どこか浅くて半端な行動をとっている。そういえば、物語のまえがきに、アリューシャは「明確さを欠いた活動家」と作者が言っていた。
スネギリョフがアリョーシャの提案を拒絶する場面は、今巻の白眉だ。貧困のどん底にある家族を救える大金を前に、彼は一瞬、希望に突き動かされそうになる。しかし、父の恥辱を雪ごうとする息子の思いを想起し、彼はそれを拒絶する。金を握りつぶし、地面に叩きつけ、踏みにじる。誘惑を退け、名誉を選び取った誇らしさと、同時に、家族を救う唯一の機会を自ら断ち切ってしまったことへの絶望。その二つの感情に引き裂かれ、歪んだ顔で泣く彼の姿には、「生きた人間」の厚みがある。ドストエフスキーの描く人間は、単なるキャラクターではなく、血を通わせた存在としてそこにいる。
言わずとしれた「大審問官」の章。ここで突きつけられるのは、「人間に自由は必要なのか」という根源的な問いだ。キリスト教において、自由意志によって神を信じることは至上の命題とされる。聖書の言葉に従い、神に服従することが真の自由へと繋がるという「牧人思想」。この自由と服従という一見矛盾する論理が、うまく理解できない。なぜ神は自由を人間に与えたのか。老審問官の言う通り、盲信させておけば、自由の不安は存在しない。自由意志によって、神を信じることが、キリスト教において、いかほどに重要なことなのか。自由は理念だが、その結果と責任は現実だ。結局のところ、理念というものはどこまで行っても「それが正しい」と信じ続けるしかないのだろうか。近代社会は、信じる対象を「神」から「自由」や「平等」といった抽象的な理念にすり替えただけではないのか。この対話の直後、ゾシマ長老が死に、その死体から腐臭が漂うという「奇跡の不在」が描かれる。民衆は失望し、不信に陥る。この冷酷な現実は、老審問官の正しさを証明しているようにも見えてしまう。
大審問官の話をアリョーシャにした後の、スメルジャコフとイワンの不気味な会話の場面も強く印象に残っている。別れ際のイワンの笑いは何だったのか。「そのとき彼の顔を一見したものならだれしも、彼が笑ったのは決して愉快だったためではないと、確実に結論を下したであろう。それに彼自身にしても、その瞬間彼の心に何がおこったのかは、とうてい説明できなかったにちがいない。」あまり目立たない場面だが、こういう多重の意味がありそうな描写が好きだ。
また、語られるゾシマ長老の生涯は、既存のキリスト教的枠組みからは少し浮いているようにも感じられる。自然を崇拝していた兄の死、決闘直前の唐突な回心、過去に殺人を犯した男との、鬼気迫る接触の記録。
読み進めるうちに、キリスト教的思考には、因果関係の追及をある地点で強制的に停止させてしまう装置があるように思えてきた。「なぜか」と問うていくと、最後には「神のなすことは人知を超えており、理解不能である」ということに行きついてしまうような気がする。 -
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いや凄かった。ありとあらゆるテーマ、人間社会の問題や物語のベースとなるものが詰まっている。
児童虐待、身内殺し、階層社会、宗教の限界を描きつつ物語は最後の法廷劇でクライマックスを迎える。
正直、父親殺しの話、くらいの知識しかなく読み始めたので、最後までどうなるか分からずハラハラドキドキしながら読みました。
正直消化はできていないし分からない。
以下メモ。
スメルジャコフがフョードルを殺したのは、結果なぜだったのか。金ではなかった。知能は高いが同じ兄弟として扱ってもらえず、自分の出生を憎み、その原因を作ったフョードルに復讐したいと思っていたとしても不思議ではない。
何でミーチャは有罪にならなければならなかったのか。イワンにしても、殺してやりたいと思っていたとしても、それほどの罪が彼らにあったのだろうか。
裕福でも下劣で、憎しみ合うカラマーゾフと対比して描かれるイリューシャとその父親。悲惨なほど貧しいが、高潔な心と愛情に満ちている。
なぜイリューシャは死ななければならなかったのか。
再読時に少しでも理解は進むだろうか。
いや凄まじかった。 -
Posted by ブクログ
15年ぶりの再会。あの過剰な語りをまた経験したくなり、本を開いた。過剰な語りは過剰な感情と行動を伴い、有無を言わさぬ力で、読者を物語の世界へと深く引きずり込む。
色々と過剰で、化け物のような人々。このような人間がいるのかと思えるほど、感情と行動の起伏が激しい。今巻は特に、カラマーゾフ3兄弟の父親フォードルと長兄ドミートリィが目立つ。序盤の山場は、ゾシマ長老との会食での大立ち回り。強欲で好色なフョードルは、自ら道化のような役回りを演じる。自分でこしらえた感情を自分で真に受けて感動するもんだから、どこまで本気で、どこからが演技か境目が無くなってしまう。その結果、彼の人物像は、凡庸な理解が及ばない、恐るべき化け物感を増大させる。
化け物具合は長兄ドミートリィも引きをとらない。上官の令嬢カチェリーナを、親の借金のために自分に身売りさせようと仕向け、いざ彼女が自分のものとにやってくると急に話を冗談にしようとしたくなったが、それを我慢し、金を渡した。直後、歓喜のために自殺しようとするが思いとどまる。令嬢に身売りさせても、彼女と結婚することはなく、娼婦の女と結婚しようとし、同じくその娼婦に目を付けた父親と争い、父を床にたたきつけ、顔を何度も蹴飛ばした。もはや理性的な理解は及ばない。
しかし、この常軌を逸した過剰さが、私を強く惹きつける。過剰への憧れが、自分の中にある。 -
Posted by ブクログ
現代の小説で語られる問題提起の原型がここに全て大集結してるな、という感じがする、とんでもない小説だった。
昨日の夜、読み終わった直後は、気持ちを全くまとめられる気がしなくて、一晩寝かせた(笑)
一日経った今、感想を綴りたい!!
まずびっくりなのは、こんだけ長いのにここまでは実は第1部だったようで、本当は第2部に続く予定だったけど、ドストエフスキーさんはその前に亡くなられてしまったとか。
でも、もうこの1部で物語として完璧だと思う。本当に。
人間社会のテーマって他にある?って思うほど、全てがここに詰まってるという気がする。
いろんな世界の流れを感じているドストエフスキーさん、プーチンをも予言してるかのようで、怖かった。(今のロシアを見てドストエフスキーさんは何を思うのかな…)
人間から神を奪い自由を与えると、神以外にひれ伏すことができる対象を探すのが人間。でもそれはものすごく困難だから、自由を与えられた人間は結局全く自由になれていない。では何が正解?
というようなことを書かれていて、
何なの?この人間の根本?なんでこれをこんなに面白く書けるの?やっぱり本当にすごいんだ…やっぱりすごいんだ…19世紀にこれを書いてたんだ。朝井リョウさんの『イン・ザ・メガチャーチ』に、この部分が繋がる。
しかもエンタメやサスペンス要素になりがちな殺人とか、犯人探しってところをも、ドストエフスキーさんは思想小説にする!!人の死を、殺人を、人間の暴力的な部分を、彼はエンタメとして「消費」してもらうように読者へ提供しません!!!なのに?だから?面白い。とんでもなく。
私は、もうドストエフスキーさんにひれ伏したい。ひれ伏す対象(=神)は彼に決定でも良いのでは(笑)「ドストエフスキーさんにひれ伏したい」はパワーワードだと古典専門の某インスタアカウントの方にも言ってもらえたので!!(笑)
無神論者の落とし穴、信仰深い人の落とし穴。
どっちの人の立場からも、『ポリフォニー』という技法を使って、登場人物それぞれのイデオロギーや意識を書きまくるんです!!とにかく書きまくるんですよ!!!長いんです!!長いんです!!
でもそれが私はたまらなく好きだった!!沢山の思想が私に覆い被さってくる感じ。様々な方向から延々と覆い被さってくる。重いんです。押し倒されるんです。何なら押しつぶされそうになる。でもそれが快感に繋がるんです。理解したい、受け止めたい、読み続けたいという中毒症状が出るんです。(変態と呼んで)
こんな読書体験、死ぬまでに出来て良かった。
そして最後に!多分ドストエフスキーさんが、子供という存在を何よりも尊重していて、「子供にはなんの罪もない」ということをはっきりと書かれているんだけど、それが信心深い登場人物(ゾシマ)の独白にも、無神論者の登場人物(イワン)の独白にもはっきりと現れるところが、印象的だった。そして最後の弁護人のところ。子供はどのようにして育つのか?親とは何か?父親とは何か?これをグサグサ刺すように書くんです。
私の価値観を変えた川上未映子さんの『夏物語』にも繋がるものがあって、この「子供という存在をどう捉えるか」というとこに、私は今回の『カラマーゾフの兄弟』でも一番感銘を受け、ここがこれからの私の価値観に一番影響を与えるであろう箇所だった。
全部読んだ。読み切った。バンザイ。
そしてまたいつか読み返す。 -
Posted by ブクログ
中巻を読み終えて、私なりに思う『カラマーゾフの兄弟』…略して『カラ兄(きょう)』(上巻の帯にそう書いてあったんです!!)の楽しみ方をここに綴りたい!!!!ネタバレなしで!!
まずは残念ながらヘテロセクシュアルの女性、あるいはホモセクシュアルの男性の方のみに通用する読み方になってしまうのだけど、
カラマーゾフの兄弟たちを、すんごいイケメンな男性たちに想像して読み進めるというもの。(ロシア系とか東欧系の顔立ちの白人男性だとより物語の中身とマッチするかもだけど、無理なら人種なんてどうでも良い!!)
そうすると、ワクワクとゾクゾクがとにかく増すんです!!!
「え?私も奪い合われてみたいけど?!」となる(笑)
私の推しのイワンは、とんでもないイケメン&インテリな雰囲気が出まくりの教養人として想像してました(笑)
(因みに @koten.book さんからは周りはみんなイワン推しだよと教えてもらい、自分も同じだと安心しました笑)
でもロシアって究極の美女も多いし、女たちが揃うシーンでは、ものすんごい美女も想像してみた!!(笑)
それも良かった!!
はい。ルッキズム丸出しの低俗な(?)読み方はここまでとして…失礼いたしました。
少し小難しい国家と教会がどうあるべきか的な、独白みたいになるところとかは、強めのお酒をちびちび飲みながら、お家で、小さな声に出しながら、自分が独白してるかのように読む!!
ただただ私がそうしただけだけど、上巻の終わりの方はこれをやるのが堪らなく楽しかった。
そしてそして、中巻の3/4くらいからは、どう読むかとかなく、続きが気になり過ぎて、無我夢中で読んでた!!
気がついたら最終ページに!
下巻がどうなるのか楽しみ。
村上春樹さんと金原ひとみさんが感銘を受けた本、そして我らが @book26ts
さんが名刺代わりに選ぶ本に入ってるから、もう読みたくて読みたくて(笑)
だから読めてることが嬉しい!!
人生のあれこれ、社会のあれこれ、全てこれに詰まってると思うの。
現代に通じることばかり。
そしてドストエフスキーさんの中から溢れ出る考えと言葉を、純粋に書き出している感が伝わってくる気がして、それがまたすごく好き。
でももちろんただ書き出しているだけじゃなくて、全ての物語の順序立てが綺麗にされていて、伏線も全て綺麗に回収されていき、読んでいて快感なんです。
私なんかが、ドストエフスキーさんの偉大さを語るまでもないんだけど!!(当たり前)
だからって「逆に何がすごいの?」って思う意見があっても全然良いし!読んでみたけど合わなかったももちろんある!!
金原ひとみさんだって上巻半分読むのに3ヶ月かかって、つまんない!って思ったて帯に書いてあるし!!(笑)
とにかく下巻が楽しみだっ!! -
Posted by ブクログ
興奮冷めやらぬうちにレビュー。
今日行った温泉施設の漫画コーナーに置かれていた本作。ドストエフスキーか〜と思って手にとってみると、まさかの漫画太郎先生の作品。名前は知っていたけど、こんなに凄いのか。荒唐無稽でとにかく下品極まりない。老若男女すべての人間が同等に、局部を露出しては糞尿を撒き散らす。汚すぎて目も当てられないけど、しかし独創性という点においてはこれ以上のものはないし、恐らく原作の内容を所々なぞっていて、原作の哲学的で社会的な要素もしっかり内包されているんだと思う。でもそれを感じさせないアホさ、感じようとするのが馬鹿らしくなるほどのアホさが前前前面に出ていて、絵も本当に汚いし、最低にキモいし、人によってはクソ漫画かもしれないけど、自分はそのロックというかパンクというか、自己表現を突き詰めすぎて破綻しまくっている感じがカッコよすぎて、マジで感動している。 -
Posted by ブクログ
(いつも感想を読んでくれる)あなたへ
季節の変わり目だけど、元気にしてる?
私は今とある外国の、とある家族の元で、ホームステイをしているの!ビッグニュース!!あ、ストーリーズにもよく上げてたから知ってるか(笑)でもこうやって改めて報告するのは初めてだよね。
ホームステイはいつかしたいと思ってたことなんだけど、不安がなかったと言ったら嘘になるし、何ならモチベーションが下がってた時期もめちゃくちゃあるんだよね。
もう少し先延ばしにしようかなと思ってたの。
でも、やっぱり最近沸々とワクワクの方が勝ってきて、「行くなら今しかない!」と思って、思い切って来ちゃった!!何がきっかけだったんだろ?もしかしたら、最後に触れた文化が、あまりにも自分に近いもので、その反発が起こったのかも。
ドイツ語でね、「Fernweh(フェルンヴェー)」って言葉があるんだけど、ホームシック(Heimweh[ハイムヴェー])と真逆の意味の単語で、「これまでに行ったことのない場所やどこか遠い場所へ行くことを欲する状態」を指している言葉なんだよね。
まさしくこの「フェルンヴェー」がホームステイをする原動力になったの!!
でもね、来てみたら、やっぱり母国語で話せない国でのホームステイは寂しいこともあるし、不安もあるし、結局またホームシックになって「早く帰りたい…」ってなることもあるし、なんなら「何を話してるの?」って理解に及ばない事もあったりするんだよね。アウェー感ももちろん感じるよ。
それでも、断然ワクワクだったり、アドレナリンが出まくるほどの楽しさだったり、思い切って来た自分が誇らしいっていう気持ちだったりが勝ってる!!圧倒的に!!知らない世界の知らない文化の人たちと触れ合うことで、学びがめちゃくちゃ多いし、時としてそれがぴったりと自分の文化や自分の国の人たちと重なり合ったりしてる瞬間を感じる時に、震えるんだよね。「あ、人間の根本とはこういうことなのか…それは変わらないのか…」って痛感するんだよね。
最近では、気になる人も出てきたんだ(照)
イワンっていうものすごいクールな知的人なんだけど、この間実は彼の修羅場を目撃しちゃって、去り際に「奥さま、私はご褒美を求めてはおりませぬ。」ってうシラーの詩の一節を、ドイツ語で捨て台詞として吐いていったんだよね。
ここだけ切り取って話しても、彼のかっこよさが伝わらないかもしれないね、ごめん(笑)でもね、私はこの時、めちゃくちゃ痺れたんだよ。本当にやばかった(笑)カッコよかった…
まぁ、そんな感じでめちゃくちゃこちらでの生活、楽しんでます!!
まだ目処はついてないけど、ホームステイが終わる時は必ず来るし、帰国した後に見る景色がどう変わってるのか、すごく楽しみ!!
土産話なら沢山できると思うから、また聞いてね!!!
じゃあ、また連絡します!
あなたも体に気をつけて、元気でね!