ドストエフスキーのレビュー一覧

  • カラマーゾフの兄弟〈1〉

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    ほんとこの作品「やばい」です。。。。
    語彙力が退化するぐらい私は度肝を抜かれた作品。そして、私にとって大切な作品です。
    個人的に罪と罰より、展開も早く、面白い!!しかし、長いです!長すぎて周りで読んでいる人がいないので、どんどん布教したいです。

    帝政時代のロシアは検閲が厳しく、哲学などを学問として体系だって発表することはできなかったそうで、小説が一つの思想を発表するための手段として用いられたんだとか。そのため、ロシアの小説は、小説にしてはあまりに思想が出過ぎている。しかし、それがたまらない魅力である。(難しい哲学をストーリー仕立てで理解できるって最高では?)

    また、ドストエフスキーは一回捕まっている(‼️)ので、さらに検閲の目が厳しかったそう。その検閲を掻い潜るための手法だと言われているのが、ポリフォニーである。とにかくいろんな登場人物の経験や思想が次へ次へと展開されていく。このポリフォニー手法が、読者を物語の深部へと誘ってくれるのだ。これも中々ない体験なので是非体験してほしい。

    出てくる同情人物は、相変わらず救いようがない。発狂した人、酒狂い、冷笑する人、人でなし、娼婦、病人、仙人(?)
    そして人間の意地汚さ、醜さを執拗に深く描き出すその技術は圧巻。やめてください。

    さらには、ロシアの厳しい風土と動乱の時代の影響下に置かれて、作品全体には救いようのない陰鬱で退廃した空気感が常に漂う。逃げたい。

    それでも、時折、照らし出される人間の美しさと、愛と讃歌。この圧倒的なコントラストとダイナミズムはドストエフスキーならでは!!
    そして、登場人物も最高に愛らしい。私はイワンが大好きです。
    また絶対に読み返したい作品です。

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    2026年02月03日
  • 地下室の手記

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    ひたすらに地下室で主人公は考え続ける!!自分はあまりにも賢すぎるがゆえに思ったことを行動に移せないのだ、と言い訳をしてみたり、身分や貧乏という自分の置かれた立場に関係なくもっと堂々としていたい、でもできない…と不器用で愚かな葛藤。とても暗い手記なのに、なぜか笑える、不思議なドストエフスキーの世界観が詰まった作品です。

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    2026年01月29日
  • 地下室の手記

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    ドストエフスキーの『地下室の手記』を読み終えた。読んでて気が滅入ったりもしたけど、それも含めてけっこう楽しめた。

    俺なりに内容をまとめると、社会に溶け込めない孤独なオヤジが、自分自身と他人とに向けた恨みつらみを代わる代わる書き連ねるだけで一冊終わる本。

    主人公である書き手は臆病さと高慢さを兼ね備えた性格の悪い男で、社会とうまくやっていくこができない貧乏な役人。
    こういう、性格や色々がズレてるせいで孤独に暮らしてる狂人を主人公とした作品として、俺はやっぱり映画の『タクシードライバー』を連想するんだけど、本作の主人公は『タクシードライバー』のトラヴィスと少し違うところもある。

    トラヴィスは「腐った世の中で唯一、まともで正義を背負ってるのは自分一人だ」というような独善性を最後まで掲げて振る舞うけど、本作の地下室のオヤジは、他者を見下す一方で、自分自身の下劣さも同時に強く自覚して、ひっきりなしに自己嫌悪に陥ってる。

    このオヤジの言動が、読み手の側からしたら時々滑稽なくらい高慢かつ卑屈で、空回りなことばかり繰り返す無様を目で追いながら、笑っちゃうようや落ち込んじゃうような気持ちになる。

    例えばオヤジは、ある夜に盛り場の通路みたいなとこで、自信満々な若い軍人に押しのけられる。軍人は別にオヤジの知り合いでも何でもなく、貧相な身なりの通行人(オヤジ)を、通るのに邪魔だからと乱暴に横に追いやって通っていっただけ。そりゃオヤジじゃなくても、押しのけられた側はムカッとはするだろう。それでも、たったそれだけの3秒の出来事。軍人は振り向きもせずスタスタ歩いていく。人を押しのけたことすら意識してないオラついた若者だと思う。

    ところがオヤジは、この3秒の出来事を2年も引きずる。その2年の間に、軍人への復讐の計画を練って恨みの炎を燃やすわけ。復讐と言っても、道で再び会って今度は道を譲らないで踏ん張ってやろうと企むだけの話なんだから、セコくて笑える。2年の間に軍人にこっそり付きまとって、よく通る道を突き止めてタイミングを狙ったり……威厳ある復讐に相応しい服装をするために、わざわざ借金までして新しい外套を揃えたり……。

    そんな風に何ともこせこせした、陰気で卑屈な言動の数々のせいで他人とトラブルばっかり起こしている地下室のオヤジの姿を読んで、俺たちは哀れめばいいのか、嘲笑えばいいのか。

    あるいは読者によっては、「この醜い無様な狂人こそ、俺の姿だ……」と自認する人もいるんだろう。そういう人は、痛い傷をわざと触ってみるような、マゾ的な自傷の喜びに悶えながらこの本を読み通すのかな……。

    書き出しからしてキラーフレーズすぎる。〈僕は病んだ人間だ……僕は意地の悪い人間だ。およそ人好きのしない男だ。〉小説全体が、この最初の一行をまるまる一冊分まで拡大しただけみたいなものだと思う。

    なんだか「臭いと分かってるものの臭いをわざと嗅いでみたくなる」みたいな感じで、不思議な吸引力を持っていたので結局最後まで読んじゃった。明るいところがひとつもない悲惨な小説だった。

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    2026年01月13日
  • カラマーゾフの兄弟 2

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    第一編から第二編の中盤までは、正直読むのがつらいくらい退屈だったけど、第二編の「大審問官」以降グイグイ引き込まれました。

    人物の造形を読者に伝えるためなのか、最初のほうはとにかく無軌道なおしゃべりが延々と続き、ストーリーもないので苦しい…。

    でも、「大審問官」からはおしゃべりも理路がわかりやすくなってきて、ストーリーも動き始める。

    作中屈指の名場面と言われる「大審問官」はもはや物語というより聖書の考察ですね。
    キリスト教において標榜される自由とは何かが、単なる個人の経験ではなく、聖書の読み込みと解釈から考えられている。
    聖書やキリスト教に内在する逆説を暴き出していくという点で、脱構築的手法を用いた批評の文章を読んでいるようでおもしろかったです。

    ゾシマ長老の遺言もすごい。
    遺言に至るまでのところでも、他の人物のおしゃべりが聞くに耐えないものであるのに対して、この長老のおしゃべりだけはスカッと頭に入ってくる。
    会話文の性質だけでここまで人物の特徴を書き分けられるドストエフスキー恐るべしだなと思いました。

    ここからさらに物語が動いていくようなので三巻からが楽しみ!

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    2026年01月05日
  • 地下室の手記

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    ネタバレ

    繰り返される自己ツッコミのため、もう誰の話をしてるのか本人もわからなくなってしまってる自意識過剰な長台詞に笑う。
    ぶつかりおじさんとしても登場する。彼らの心情ってこんな感じなのだろうか。
    旧友との食事会で嫌われるようなことばかりして、最後は友人からその場に居ないものとして無視された挙句、仲直りしたくて気づいてもらおうと店の中を閉店まで行ったり来たりしてる健気な一面も。だったらそんなこと最初からしなければいいのに、そういうわけにもいかない性分らしい。

    癖はあるので好き嫌いは分かれそう。

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    2026年01月05日
  • カラマーゾフの兄弟〈4〉

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    あー面白かった!!!!
    このドストエフスキーという人は二百年ぐらい時代を先取りしちゃってる、というか普遍的に人間を見透かしちゃってる!!
    虹色のルーブル紙幣のように人間は、「真実」とは多面的で、読者もこの大事件に引きずり回されちゃうのだ。
    一気読みしてしまった。大声で世界中にお薦めして回りたい最高のエンタメ

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    2026年01月04日
  • 罪と罰(下)

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    概念が人格化した様な登場人物たち。荒ぶる言葉に立ち上がる手触りのある世界観。ラスコーリニコフの気持ち、完全に自分と違っていた。そして救済はかのように、唐突に、そして静かに、心の中に訪れるのだと思う。

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    2026年01月04日
  • カラマーゾフの兄弟(上)

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    「この世には2種類の人間がいる。カラマーゾフの兄弟を読破したことがある人間とそうでない人間だ。」という言葉があるそうですが、この言葉知らなくても読んだ人みんなこう思うんじゃないかな。なんていうか、ただ1つの物語を読んだっていうより、「カラマーゾフの兄弟」っていう「経験」をしたって感じだった。
    最初はなんか小難しくてつまんないよくわかんない場面が延々と続いてて(それは最後までずっとそう)、絶対ここで全世界の何千万人もの人がリタイアしたんだろうなーと思いつつ、気がついたらどんどんページを捲る手が止まらなくなっていて、早く読みたくてたまらなくなっていた。毎日10時-22時で働かなきゃいけない限界の時期にちょうど読んでたし、1ページ1ページびっしり文字が詰まってるのに、毎日1日50ページをノルマにしてちゃんとその分読んでた。今は全然これより薄い本読んでるのに読むスピードが全然違って(その本には独特の読みづらさがあることも大きいんだけど)、「瞬間風速」って言葉を思い出すようなこの本を読んでたときの読書スピードに毎日思いを馳せたりしてるw
    頭おかしい登場人物多すぎだし全員ヒステリックで狂ってるし話長すぎだし、感情とか論理の流れはぶっ飛んでるし、理解できない難しい概念を延々喋ってるとこも多いし…なのに今まで経験したことのないような中毒性があってビビってました。
    「東大生がオススメする本No.1」「史上最高の小説」って帯に書いてあって、まぁ確かにこれ読んでると法律の勉強とかめちゃモチベ上がりそうだなと思った。でも史上最高かと言われると疑問ではある。

    結局この本から何を学んだかとか、この本が何を言おうとしてたかとかははっきりとまとめられない。けどそのガツンとした衝撃だけは覚えてる。今でも何度もこの経験を思い出すし、これからもふとした瞬間に思い出す、気がつけば自分の血肉になっているような本に出会えた春だった。突然私の頭を通り過ぎた嵐のような小説だった。

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    2026年01月06日
  • カラマーゾフの兄弟〈1〉

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    ようやくまとまった時間が取れたので、「カラマーゾフの兄弟」を読み始めました。個人的には、ドストエフスキー作品の魅力は「人間の本性に迫る、徹底したリアリズム描写」だと思います。作中を通して、自分の本性が暴露されているような気分に陥るため、かなりの怖さを伴いますが、他の作品ではなかなか味わえい読書体験です。挫折せずに最後まで読み切りたいと思います。

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    2025年12月29日
  • カラマーゾフの兄弟 2

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    第2巻を読み終え、主人公アリョーシャに対する印象が劇的に変化した。第1巻における彼は、周囲が強欲の怪物ばかりであったがゆえに、相対的に「若くして完成された聖人」のように見えていた。しかし今巻では、「中途半端な人物」という印象になった。兄に侮辱されたスネギリョフに恥辱を忘れる代わりにお金を無心する、という浅慮に手を貸してしまったり、恋愛経験などなさそうなのに、カチェリーナに、本当はイワンが好きなのだと言ってみたり、どこか浅くて半端な行動をとっている。そういえば、物語のまえがきに、アリューシャは「明確さを欠いた活動家」と作者が言っていた。

    スネギリョフがアリョーシャの提案を拒絶する場面は、今巻の白眉だ。貧困のどん底にある家族を救える大金を前に、彼は一瞬、希望に突き動かされそうになる。しかし、父の恥辱を雪ごうとする息子の思いを想起し、彼はそれを拒絶する。金を握りつぶし、地面に叩きつけ、踏みにじる。誘惑を退け、名誉を選び取った誇らしさと、同時に、家族を救う唯一の機会を自ら断ち切ってしまったことへの絶望。その二つの感情に引き裂かれ、歪んだ顔で泣く彼の姿には、「生きた人間」の厚みがある。ドストエフスキーの描く人間は、単なるキャラクターではなく、血を通わせた存在としてそこにいる。

    言わずとしれた「大審問官」の章。ここで突きつけられるのは、「人間に自由は必要なのか」という根源的な問いだ。キリスト教において、自由意志によって神を信じることは至上の命題とされる。聖書の言葉に従い、神に服従することが真の自由へと繋がるという「牧人思想」。この自由と服従という一見矛盾する論理が、うまく理解できない。なぜ神は自由を人間に与えたのか。老審問官の言う通り、盲信させておけば、自由の不安は存在しない。自由意志によって、神を信じることが、キリスト教において、いかほどに重要なことなのか。自由は理念だが、その結果と責任は現実だ。結局のところ、理念というものはどこまで行っても「それが正しい」と信じ続けるしかないのだろうか。近代社会は、信じる対象を「神」から「自由」や「平等」といった抽象的な理念にすり替えただけではないのか。この対話の直後、ゾシマ長老が死に、その死体から腐臭が漂うという「奇跡の不在」が描かれる。民衆は失望し、不信に陥る。この冷酷な現実は、老審問官の正しさを証明しているようにも見えてしまう。

    大審問官の話をアリョーシャにした後の、スメルジャコフとイワンの不気味な会話の場面も強く印象に残っている。別れ際のイワンの笑いは何だったのか。「そのとき彼の顔を一見したものならだれしも、彼が笑ったのは決して愉快だったためではないと、確実に結論を下したであろう。それに彼自身にしても、その瞬間彼の心に何がおこったのかは、とうてい説明できなかったにちがいない。」あまり目立たない場面だが、こういう多重の意味がありそうな描写が好きだ。
    また、語られるゾシマ長老の生涯は、既存のキリスト教的枠組みからは少し浮いているようにも感じられる。自然を崇拝していた兄の死、決闘直前の唐突な回心、過去に殺人を犯した男との、鬼気迫る接触の記録。
    読み進めるうちに、キリスト教的思考には、因果関係の追及をある地点で強制的に停止させてしまう装置があるように思えてきた。「なぜか」と問うていくと、最後には「神のなすことは人知を超えており、理解不能である」ということに行きついてしまうような気がする。

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    2025年12月28日
  • カラマーゾフの兄弟(下)

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    大審問官が自身の苦悩や葛藤を極限まで突き詰め、激烈なまでにキリストを糾弾するという逆説に満ちた上巻の一幕が脳裏から離れないが、
    「父殺しの犯人は誰か」という娯楽小説としてすら消費できてしまう両義性からも、この傑作の化け物じみた本性が窺える

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    2025年12月16日
  • カラマーゾフの兄弟(中)

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    本作は腑に落ちる答えも気持ちのいい共感も与えてくれないし、少しでも理解した気になった瞬間、容赦なく梯子を外され、「これならどうだ、お前の理屈はどこまで耐えきれるかな!」と思考の逃げ道を塞ぎながら詰め続けてくる

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    2025年12月14日
  • カラマーゾフの兄弟(上)

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    難しいらしいし〜、頁数多くて萎えるし〜、と敬遠してきたことが心底悔やまれる
    無知蒙昧な私が想像していたワケワカランお堅い文学ではなかった
    とりわけゾシマ長老の言葉は、彼の柔和な佇まいとは裏腹に鬼気迫る迫真性があり、思わず息を呑んだ

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    2025年12月12日
  • カラマーゾフの兄弟(下)

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    いや凄かった。ありとあらゆるテーマ、人間社会の問題や物語のベースとなるものが詰まっている。
    児童虐待、身内殺し、階層社会、宗教の限界を描きつつ物語は最後の法廷劇でクライマックスを迎える。
    正直、父親殺しの話、くらいの知識しかなく読み始めたので、最後までどうなるか分からずハラハラドキドキしながら読みました。

    正直消化はできていないし分からない。
    以下メモ。
    スメルジャコフがフョードルを殺したのは、結果なぜだったのか。金ではなかった。知能は高いが同じ兄弟として扱ってもらえず、自分の出生を憎み、その原因を作ったフョードルに復讐したいと思っていたとしても不思議ではない。

    何でミーチャは有罪にならなければならなかったのか。イワンにしても、殺してやりたいと思っていたとしても、それほどの罪が彼らにあったのだろうか。

    裕福でも下劣で、憎しみ合うカラマーゾフと対比して描かれるイリューシャとその父親。悲惨なほど貧しいが、高潔な心と愛情に満ちている。
    なぜイリューシャは死ななければならなかったのか。

    再読時に少しでも理解は進むだろうか。
    いや凄まじかった。

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    2025年12月07日
  • カラマーゾフの兄弟 1

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    15年ぶりの再会。あの過剰な語りをまた経験したくなり、本を開いた。過剰な語りは過剰な感情と行動を伴い、有無を言わさぬ力で、読者を物語の世界へと深く引きずり込む。
    色々と過剰で、化け物のような人々。このような人間がいるのかと思えるほど、感情と行動の起伏が激しい。今巻は特に、カラマーゾフ3兄弟の父親フォードルと長兄ドミートリィが目立つ。序盤の山場は、ゾシマ長老との会食での大立ち回り。強欲で好色なフョードルは、自ら道化のような役回りを演じる。自分でこしらえた感情を自分で真に受けて感動するもんだから、どこまで本気で、どこからが演技か境目が無くなってしまう。その結果、彼の人物像は、凡庸な理解が及ばない、恐るべき化け物感を増大させる。
    化け物具合は長兄ドミートリィも引きをとらない。上官の令嬢カチェリーナを、親の借金のために自分に身売りさせようと仕向け、いざ彼女が自分のものとにやってくると急に話を冗談にしようとしたくなったが、それを我慢し、金を渡した。直後、歓喜のために自殺しようとするが思いとどまる。令嬢に身売りさせても、彼女と結婚することはなく、娼婦の女と結婚しようとし、同じくその娼婦に目を付けた父親と争い、父を床にたたきつけ、顔を何度も蹴飛ばした。もはや理性的な理解は及ばない。
    しかし、この常軌を逸した過剰さが、私を強く惹きつける。過剰への憧れが、自分の中にある。

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    2025年11月24日
  • 罪と罰 下

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    辛く陰うつなストーリーがずっと続いているのに、最後のシーン、寒く荒れ果てた土地で、心の自由?を感じているラストが、印象的だった。

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    2025年11月20日
  • カラマーゾフの兄弟〈2〉

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    村上春樹とウィトゲンシュタインが「『カラマーゾフの兄弟』は50回は読んだ」と言っていたが、あと5回読んでも読むたびに新しい発見がありそうな小説であることがわかる。

    イワンの「大審問官」は本作品の山場と言われているが、解説サイトで予習しても難しかった。それに比してゾシマ長老の独白は共感できる部分が多かった。自分を振った女性を殺した男性の良心の呵責、この部分は「罪と罰」との関連を強く感じることができる。

    第3巻と第4巻も楽しもうと思う。

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    2025年11月14日
  • 賭博者

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    ネタバレ

     すっごく面白い。冒頭はけっこう硬くて、これは厄介なものに手を出してしまったと後悔したのだけど、おばあさんが出てきてから俄然面白くなり、特にカジノの場面はめちゃくちゃ面白い。主人公が、好きな女の子といい感じになってその流れでカジノで大勝ちする場面が痛快だ。とっくにパブリックドメインなので、現代に置き換えて漫画にしてみたい。

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    2025年10月31日
  • カラマーゾフの兄弟〈2〉

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    イワンとアレクセイの会話がハイライト。

    "結局のところ、おれはその母親に、わが子を犬にずたずたに食いちぎらせた迫害者なんかと抱き合ってもらいたくないんだ!母親にそんなやつを許せるわけがない!許したけりゃ自分の分だけ許せばいいし、母親としての自分のはてしない苦しみの分だけ、迫害者を許せばいい。だがな、たとえ母親でも、食いちぎられた子どもの苦しみを許す権利まではもっちゃいないし、迫害者を許すわけにはいかないんだよ。たとえ子どもが自分からそいつを許すにしたってだ!"

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    2025年10月26日
  • カラマーゾフの兄弟(下)

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    現代の小説で語られる問題提起の原型がここに全て大集結してるな、という感じがする、とんでもない小説だった。

    昨日の夜、読み終わった直後は、気持ちを全くまとめられる気がしなくて、一晩寝かせた(笑)
    一日経った今、感想を綴りたい!!

    まずびっくりなのは、こんだけ長いのにここまでは実は第1部だったようで、本当は第2部に続く予定だったけど、ドストエフスキーさんはその前に亡くなられてしまったとか。

    でも、もうこの1部で物語として完璧だと思う。本当に。

    人間社会のテーマって他にある?って思うほど、全てがここに詰まってるという気がする。

    いろんな世界の流れを感じているドストエフスキーさん、プーチンをも予言してるかのようで、怖かった。(今のロシアを見てドストエフスキーさんは何を思うのかな…)

    人間から神を奪い自由を与えると、神以外にひれ伏すことができる対象を探すのが人間。でもそれはものすごく困難だから、自由を与えられた人間は結局全く自由になれていない。では何が正解?

    というようなことを書かれていて、

    何なの?この人間の根本?なんでこれをこんなに面白く書けるの?やっぱり本当にすごいんだ…やっぱりすごいんだ…19世紀にこれを書いてたんだ。朝井リョウさんの『イン・ザ・メガチャーチ』に、この部分が繋がる。

    しかもエンタメやサスペンス要素になりがちな殺人とか、犯人探しってところをも、ドストエフスキーさんは思想小説にする!!人の死を、殺人を、人間の暴力的な部分を、彼はエンタメとして「消費」してもらうように読者へ提供しません!!!なのに?だから?面白い。とんでもなく。

    私は、もうドストエフスキーさんにひれ伏したい。ひれ伏す対象(=神)は彼に決定でも良いのでは(笑)「ドストエフスキーさんにひれ伏したい」はパワーワードだと古典専門の某インスタアカウントの方にも言ってもらえたので!!(笑)

    無神論者の落とし穴、信仰深い人の落とし穴。
    どっちの人の立場からも、『ポリフォニー』という技法を使って、登場人物それぞれのイデオロギーや意識を書きまくるんです!!とにかく書きまくるんですよ!!!長いんです!!長いんです!!

    でもそれが私はたまらなく好きだった!!沢山の思想が私に覆い被さってくる感じ。様々な方向から延々と覆い被さってくる。重いんです。押し倒されるんです。何なら押しつぶされそうになる。でもそれが快感に繋がるんです。理解したい、受け止めたい、読み続けたいという中毒症状が出るんです。(変態と呼んで)

    こんな読書体験、死ぬまでに出来て良かった。

    そして最後に!多分ドストエフスキーさんが、子供という存在を何よりも尊重していて、「子供にはなんの罪もない」ということをはっきりと書かれているんだけど、それが信心深い登場人物(ゾシマ)の独白にも、無神論者の登場人物(イワン)の独白にもはっきりと現れるところが、印象的だった。そして最後の弁護人のところ。子供はどのようにして育つのか?親とは何か?父親とは何か?これをグサグサ刺すように書くんです。

    私の価値観を変えた川上未映子さんの『夏物語』にも繋がるものがあって、この「子供という存在をどう捉えるか」というとこに、私は今回の『カラマーゾフの兄弟』でも一番感銘を受け、ここがこれからの私の価値観に一番影響を与えるであろう箇所だった。

    全部読んだ。読み切った。バンザイ。
    そしてまたいつか読み返す。

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    2025年10月08日